同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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新生活

29.戦禍で集合

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 タキシード撮影会をやんわりと咎められ、元の服に着替えて家に帰ろうと試着室の扉を閉めた瞬間、バッグの中の通話魔石が光った。
 ノエルから渡された王城との通話用魔石だ。
「はい、志水です」
『真紘様! 真紘様ですか、お助けくださいッ!』
 聞こえた声はノエルのもではなく、シェフのグストーソだった。
 普段から彼と城の厨房で勉強会をしている重盛は、何事だと隣の試着室から勢いよく飛び込んできた。
「グストっ! どうした!」
「重盛様ッ……! 勇者様が別棟で暴れ回っております! ノエル様から通話魔石を投げ渡されてからはぐれてしまって……。別棟の奥から爆音が聞こえるので、恐らくノエル様や城にいる騎士団がなんとか抑え込んでいるのですが、陛下は遠方の領土の視察中で、本日中のお戻りは難しいそうなんです。このままでは城が、食糧庫がッ……!」
 別棟の近くにある食糧庫の方が心配といった様子はまさにシェフである。
 アテナの視察に同行するため多くの騎士団が出払っており、城の警備は薄くなっていた。重盛の補習のため、ノエルが王城に残っていたことだけが不幸中の幸いであった。
 外部からは時間をかけて構築した防御魔法があるため傷一つつかないが、内部から打ち崩される想定はしていないため、城の中は大混乱らしい。
「マルクスさんには?」
「ノエル様が既に連絡済みです」
「俺達もすぐ向かう、非戦闘員は全員、俺と真紘ちゃんが使ってた客室に避難して、あそこなら遠隔でも防御魔法張れるよな?」
 頷く前に真紘は防御魔法をかけた。
 ある程度距離が離れていても、一ヶ月以上使わせてもらっていた部屋だ、目を閉じるだけでイメージできる。
「もうできた、行こう」
「ってことらしいんで、急いで避難して! 転ぶなよ、フリじゃねぇぞ!」
「はい!」
 通話を終えた魔石はプツリと光が消えた。
 顔を見合わせ頷くと、真紘と重盛はタキシードのまま店を飛び出した。
 前払いで良かったと笑う重盛だが、不安が眉間の皺の深さに出ている。
 真紘は別の通話用の魔石を取り出し、麻耶に連絡を取った。

 王城の近くにいた麻耶とはすぐに合流できた。
「どうして急に暴れているの!? ずっと引きこもっていたじゃない!」
 麻耶は初日の戦闘を思い出したのか、手が震えていた。
「僕達にもさっぱり……。非戦闘員の避難は完了しているはずなので、麻耶さんは本館と別棟の間で負傷した人の保護と避難誘導をお願いします!」
「わかった、二人も気を付けてね!」
 麻耶と別れて爆音が轟く別棟に着くと、数十人もの負傷した騎士が倒れていた。
 回復魔法をかけながら意識のある者から避難させる。
 しかし、ノエルが見当たらない。
「ノエルさん、ノエルさん!」
 爆発音と瓦礫の崩れる音に真紘の声はかき消された。すると重盛に手を引かれ、屋根の上へと飛び上った。
 耳と鼻を忙しなく動かす重盛は死角になっていた螺旋階段へ駆け出す。
 階段を飛び降りると、そこには女性を背に剣を握るノエルと、黒髪の日本人らしき男がいた。
 ノエルは額と肩から血を流している。
 どうしてこんなことに――。
 美しかった白と青の城が、ジリつく赤を残した無残な黒い塵へと変わっていく。
 後悔、怒り、悲しみ、様々な感情が入り混じった激情が真紘を襲った。
「テメェッ……! 俺達の先生に何やってんだ!!」
 唸るような重盛の声がその場に響いた。
 全身の毛が逆立っている、このままでは捕らえるだけでは済まないかもしれない。彼が動き出す前に、男を制圧せねばと本能が囁く。
 真紘は咄嗟に魔法を放ち、男を一瞬で氷のようなクリスタルに閉じ込めた。
 拘束魔法は重盛との模擬戦でしか練習しておらず、余裕がなかったため氷山のような山ができてしまった。
「出てこないでね……」
 圧倒的な魔力差があるようで脱出は不可能なようだが、真紘は駄目押しとばかりにポソリと呟いた。
 真紘の声に反応し、冷静さを取り戻した重盛は真紘の煤けた頬を袖で拭い「ごめん」と言った。
 いいんだ、僕も君と同じ気持ちだから――。
 殺してはいないが、拘束するなら別のやり方は幾らでもあったはずだ。それでも相手の自由を全て奪う手段を選んだのは、自分も感情を抑えられなかったからだ。
 重盛は真紘を抱えたまま、ふわりとノエルの前に降り立った。
「うっ……。申し訳ございません、真紘様、重盛様……」
 真紘は重盛の腕から抜け出してノエルに回復魔法をかける。
「謝ることなんてないですよ。むしろ僕達の方が謝らなくちゃ、遅くなってごめんなさい。火も消しますね」
 天を仰いで手を翳すと、大粒の雨が一瞬で城に降り注いだ。
 城の本体はノエルや騎士団のおかげで何とか無事だったが、別棟と食糧庫の大半が焼けてしまった。後でグストーソにも謝らなくてはならない。
 ノエルの後ろで震えていた女性は聖女だろう。彼女に目をやると「真紘くん」と懐かしい声で呼び掛けられた。
 記憶の中よりも少し大人びているが、幼馴染の【萩野フミ】だ。
 真紘は固まり、彼女の名前を口にした。
「えっと、君が聖女ちゃん? 真紘ちゃんと知り合いだった系?」
「はい、そう――」「中学卒業以来、顔を合わせていないけど、多分そうだと思うよ」
 フミの言葉を遮り、どこか突き放した態度の真紘。
「……そっか。とにかく他に怪我人がいないか見て回りながらグスト達のとこに行こ」
 重盛はノエルを背負い、一先ず安全な場所に移動しようと提案した。
「わかった」
 顔を上げるとクリスタルの中の勇者と目が合った。真紘は勇者の暗い視線から逃げるように踵を翻した。
「萩野さん、安全な場所に連れて行くよ」
 真紘が手を差し出すと、フミは奇怪そうな表情を浮かべた。
 それはこちらの方なのだが――。
 二度も戦いに巻き込まれたからではない、違和感の残る彼女の視線に真紘は不安を覚えた。
「待って、重盛……」
 真紘はもう片方の手を彼に差し出す。自力で飛べるのだからそんな必要はないのだが、今は手を引いて欲しかった。
 初めての実践に戸惑っているだけなのかもしれない。
 中学の時に真紘を見捨てた昔の知り合いに会ったからかもしれない。
 今は手から伝わる重盛の体温だけが真紘に安心を与えてくれた。
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