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新生活
30.思い出したくない過去
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王都へと領主達が続々と集まってきた。
少し髪が伸びたマルクスとも再会を果たした。
幸いにも死人は出ず、負傷者も真紘の回復魔法と神官の治療によって事なきを得た。
城に残っていたレヴィは避難の際にぎっくり腰になった。
老化による体の不調には魔力による治療はあまり効果がないようだ。そんな彼に指揮を執らせるのは心苦しいが、王が不在の今、踏ん張ってもらうしかなかった。
アテナは通話で指示を出しつつ、視察を切り上げ既に王都へと向かっているようだ。
爆炎や煙は誤魔化せないため、王都の民には演習中の事故が原因だと公表。この発表を真実にできるかは、今後の勇者の言動と、真紘達の努力に懸かっているといっても過言ではない。
戦いが終わってみれば、一介の元高校生にしかすぎない真紘にできることは少なかった。
別棟の瓦礫を撤去し、脆くなった危険な場所を一時的に補強していく。別棟にはあまり行く機会がなかったため、ぼんやりとした外観しか覚えておらず、復元はできなかった。
「真紘ちゃん、もうこの辺はいい感じじゃね? 聖女ちゃんのところに行く?」
「行かなきゃだめだよね……」
城の管理や燃えてしまった食材の調達に関しては任せてほしいとレヴィから言われている。他にやることを見つけようと思えば、いくらでもやることはあるのだが、真紘が目下解決しなければならないのは勇者と聖女の問題だ。
今はまだ勇者からは落ち着いて話を聞けそうにない。
ならば聖女から話を聞くしかないのだが、彼女も目覚めたばかりで明らかに困惑していた。
先ほど彼女が異世界に来てから目覚めるまで治療を行っていた神官に連れられて行ったため、この世界の説明を受けているはずだ。
中学卒業以来会っていなかったとしても、知り合いがいた方が安心するだろう。
これはあくまで常識的に考えてのことだ。
頭では理解していても、心が過去を拒絶する。
真紘は目を閉じて俯いた。
「何があったか聞かない方がいい? 中学時代になんか色々あったのは風の噂で聞いたけど、所詮噂は噂だろ。俺にとっては自分で見て聞いた真紘ちゃんが全てだよ。だぁ~ごめん。だから今すぐ話せってことじゃない、急かすつもりもない。俺ダセぇな、余裕なさすぎて」
後頭部を掻いて唸る重盛。
嗚呼、やっぱりもう一度、人を信じてみるなら彼がいい――。
家族がいる中、実家のリビングのソファーで微睡んでいるかのような安心感がじわり、じわりと心に広がった。
真紘は一瞬で煤けたベンチを新品に戻し、腰かける。
隣をポンポンと叩くと重盛は素直に従った。
「聞いてくれる? ちょっと長くなるけど」
「そりゃ聞くけど、無理すんなって」
「ううん、思い出したくないけど、本当の意味で過去にけじめをつけて大人になるなら今かなって。君と一緒に大人になりたいしね」
「……それ誰にでも言うなよ」
「う、うん?」
何度か深いため息をついた重盛はスッと姿勢を正した。
「教えて、お前のこと」
真剣な眼差しに応えるべく、真紘は一呼吸置いてから語り出した。
中学三年生の春、初めて告白というものをされた。
あまり話したことのない隣のクラスの女の子、好意は嬉しかったが、同じ気持ちを返せない以上付き合うという選択肢はなかった。
誰とでもというわけではないが、小学生の頃から男女共に仲は良かった。男友達から誘われれば昼休みでも制服のまま校庭に飛び出して行くし、女友達から誘われれば菓子をつまみながら談笑もする。成績も良く、クラス委員や生徒会長に他薦されるのが当たり前だった。
もしかしたら今より性格も少し明るかったのかもしれない。
期待されるのは苦ではなかったし、人の役に立てるのならそれで良かった。
だが、誰か一人だけを選ぶことだけはできなかった。
恋愛感情というものを理解できなかったからだ。
聖女として召喚された萩野フミは小学生の頃から同じクラスで、お互い読書が趣味のため、よく本の貸し借りをしていた。
そんな彼女から告白されたのは夏休み前。
大人しい性格ではあったが、清楚で明るい、男女問わず同級生から人気だったようだ。よくお似合いの二人だと揶揄われていたが、色が白くて細い、活気のあるタイプではない、そんな雰囲気が似ているんだな、くらいの認識だった。
しかし彼女は違った。
告白の断り文句と化していた、忘れられない人がいるからという言葉を、いつのまにか自分の事だと思い込み、受け入れられると信じていたのだろう。
告白を断ると、フミは激高した。
その勢いのまま友人に泣きついた彼女の姿を目撃したクラスメイトによって、あのフミじゃないならば真紘の気になる人は誰なのだと議論が巻き起こった。
そして一人の男子が新種の鳥でも見つけたかのように高らかに言い放った。
『志水の好きなやつって女じゃなくて、男なんじゃね?』
教室は静まり返った。
真紘が口を開く前にフミは叫んだ。
『きっとそうよ、その歳で女の子に興味がないなんておかしいもの!』
教室中の視線が真紘に集まった。
可愛い顔していても俺は無理だとか、真紘くんが男好きだったなんて信じられないだとか、実は男相手に金を貰っているだとか――。
その日から、悪意を孕んだ噂が広まった。
真紘の立場や容姿という外側の記号を妬んだ者による噂話は、十五歳の真紘を深く傷つけた。
それでもあくまで外側の話だ、本当の自分を理解してくれる人が一人でもいれば良かった。
そんな中、同じ生徒会に属していた友人の元樹だけは真紘の味方だった。
彼と同じ進学先なら高校生活はやり直せるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。
同級生の多くが進学する高校の推薦枠が確定した翌日、事件は起きた。
夏休み前に生徒会長の任を後輩に引き継いだが、卒業に向けて校内報に載せるコメントが欲しいと頼まれたため、元樹と久しぶりに生徒会室を訪れた。
後輩達はまだ来ておらず、二人だけの生徒会室。
西日が射しこむ八畳ほどの部屋にはノスタルジックが詰まっていた。
ただただ楽しかったあの日にはもう戻れない。
隣で立ち尽くす元樹も同じく懐かしんでいるのだと信じていた、部屋の鍵を閉められるまで。
「なんで鍵閉めたの? もうみんな来るよ……?」
夕日を浴び、赤く染まった瞳はどろりとした熱が見え隠れしていた。真紘が後退りしながら距離を取ると元樹は笑い声を上げた。
「やっぱ駄目だ、お前の方が背も高いし、声もちゃんと男なのに、どうしたって特別になりたいって思っちまう。孤立した志水がオレだけに笑いかけてくれるのは気持ちよかったよ。結局周りもお前を手に入れたいだけなんだなぁ、自分でその可能性を手放すなんて馬鹿だなぁって思ってた」
「何……? 何が言いたいのさ」
真紘が生徒会長用の机に縋りつくと、元樹はゆっくりと迫ってきた。
「でもさ、その綺麗な顔を自分の手で歪ませたいって気持ちは止められないんだよ。さっきもオレの気持ちに何にも気づかないまま呑気に夕日を眺めてたもんなぁ?」
「ゆ、歪ませたいって……。なんだよそれ、騙してたのかよ! 僕は君のこと友達だと思ってたのにッ……」
相手の希望通り、悲痛な表情を浮かべていたのだろう。元樹は愉悦を抱いて近づいてくる。
心が痛い、どうして、ただ友達と楽しく学校生活を送りたかっただけなのに。
自分の何がいけなかったのだろうか。
荒い呼吸は真紘の視界をさらに奪った。
「ぶふっ! ひゃっはっは! 最初から友達だと思ってたやつの方が少ないと思うけど! その鈍感さだけは嫌いだったなぁ。なあ、どうせ手に入らないなら思い出だけくれよ、志水」
「何をしたいのか分からないけど絶対に嫌だよ。やめよう、君は僕にとって大事な友――」
言葉を遮るように胸倉を掴まれた。
「勘違いさせるような態度を取ったお前のせいで、オレはおかしくなった」
頬に衝撃が走る。平手打ちされたのだと気付いたのはじんじんと痛む頬に手を当てた後だった。
元樹は飛び掛かってきた後は地獄だった。
両腕は強く掴まれ打撲、さらに右肩は噛みつかれて流血。
性別関係なく告白を断ると抱き着いてくる者や最後に口づけだけと強請る者もいたが、全て言葉で解決してきた。
ここまで力業で迫られたのは初めてで、相手を気絶させるまで、真紘は抵抗し続けた。
唇を奪われることはなかったし、貞操も無事だったのが奇跡にすら思えた。
スペアキーを持った後輩が来る頃には、真紘も気を失っていた。
どうやら頭を打っていたようで、目が覚めたのは意識不明で病院に運び込まれた後だった。一通り検査も終わっていて、打撲と肩以外の怪我はなかった。
だが、密室で乱闘がいつのまにか密室で不埒な行為に及んでいたと真実が捻じ曲がって広まっていた。
助けてくれた生徒会の後輩は真紘を信じ、噂を否定してくれていたようだったのが唯一の救いだった。
しかし、後輩の大事な場所を血や噂で穢してしまった罪の意識から、謝罪の菓子折りを渡しに学校に行って以来、真紘は卒業式まで学校に行くことはなかった。
元樹とは弁護士を通して示談で済ませた。
今までの経緯と、これ以上関わりたくない旨を両親に説明するのは辛かったが、家族は誰も真紘の考えを否定しなかった。
推薦を蹴り、誰にも進路を明かすことなく、重盛と同じ高校に進学した。
人の噂も七十五日とはいうが、一度広まった噂は中々消えず、何度か進学先でも耳にした。
特進クラスは一クラスのみで、三年間クラス替えはなかった。
クラスメイトは真紘の噂知っても尚、程よい距離感で普通に接してくれた。
場所が変われば人もまた変わるのだと、真紘は知った。
図書室で重盛と話してみて、初めて自分からもっとこの人を知りたいと思えた。あんなに自分から積極的に話しかけたことは高校に入ってから初めてで、自分でも驚いた。
高校でも他薦で生徒会やクラスの代表といった表立って意見を述べることはあったが、それも決められた模範解答を口にしていたにすぎなかった。
勇気を振り絞るなら先ずは重盛に話しかけてみたいとずっと機会を伺っていた。
そして転機は訪れたのだ――。
少し髪が伸びたマルクスとも再会を果たした。
幸いにも死人は出ず、負傷者も真紘の回復魔法と神官の治療によって事なきを得た。
城に残っていたレヴィは避難の際にぎっくり腰になった。
老化による体の不調には魔力による治療はあまり効果がないようだ。そんな彼に指揮を執らせるのは心苦しいが、王が不在の今、踏ん張ってもらうしかなかった。
アテナは通話で指示を出しつつ、視察を切り上げ既に王都へと向かっているようだ。
爆炎や煙は誤魔化せないため、王都の民には演習中の事故が原因だと公表。この発表を真実にできるかは、今後の勇者の言動と、真紘達の努力に懸かっているといっても過言ではない。
戦いが終わってみれば、一介の元高校生にしかすぎない真紘にできることは少なかった。
別棟の瓦礫を撤去し、脆くなった危険な場所を一時的に補強していく。別棟にはあまり行く機会がなかったため、ぼんやりとした外観しか覚えておらず、復元はできなかった。
「真紘ちゃん、もうこの辺はいい感じじゃね? 聖女ちゃんのところに行く?」
「行かなきゃだめだよね……」
城の管理や燃えてしまった食材の調達に関しては任せてほしいとレヴィから言われている。他にやることを見つけようと思えば、いくらでもやることはあるのだが、真紘が目下解決しなければならないのは勇者と聖女の問題だ。
今はまだ勇者からは落ち着いて話を聞けそうにない。
ならば聖女から話を聞くしかないのだが、彼女も目覚めたばかりで明らかに困惑していた。
先ほど彼女が異世界に来てから目覚めるまで治療を行っていた神官に連れられて行ったため、この世界の説明を受けているはずだ。
中学卒業以来会っていなかったとしても、知り合いがいた方が安心するだろう。
これはあくまで常識的に考えてのことだ。
頭では理解していても、心が過去を拒絶する。
真紘は目を閉じて俯いた。
「何があったか聞かない方がいい? 中学時代になんか色々あったのは風の噂で聞いたけど、所詮噂は噂だろ。俺にとっては自分で見て聞いた真紘ちゃんが全てだよ。だぁ~ごめん。だから今すぐ話せってことじゃない、急かすつもりもない。俺ダセぇな、余裕なさすぎて」
後頭部を掻いて唸る重盛。
嗚呼、やっぱりもう一度、人を信じてみるなら彼がいい――。
家族がいる中、実家のリビングのソファーで微睡んでいるかのような安心感がじわり、じわりと心に広がった。
真紘は一瞬で煤けたベンチを新品に戻し、腰かける。
隣をポンポンと叩くと重盛は素直に従った。
「聞いてくれる? ちょっと長くなるけど」
「そりゃ聞くけど、無理すんなって」
「ううん、思い出したくないけど、本当の意味で過去にけじめをつけて大人になるなら今かなって。君と一緒に大人になりたいしね」
「……それ誰にでも言うなよ」
「う、うん?」
何度か深いため息をついた重盛はスッと姿勢を正した。
「教えて、お前のこと」
真剣な眼差しに応えるべく、真紘は一呼吸置いてから語り出した。
中学三年生の春、初めて告白というものをされた。
あまり話したことのない隣のクラスの女の子、好意は嬉しかったが、同じ気持ちを返せない以上付き合うという選択肢はなかった。
誰とでもというわけではないが、小学生の頃から男女共に仲は良かった。男友達から誘われれば昼休みでも制服のまま校庭に飛び出して行くし、女友達から誘われれば菓子をつまみながら談笑もする。成績も良く、クラス委員や生徒会長に他薦されるのが当たり前だった。
もしかしたら今より性格も少し明るかったのかもしれない。
期待されるのは苦ではなかったし、人の役に立てるのならそれで良かった。
だが、誰か一人だけを選ぶことだけはできなかった。
恋愛感情というものを理解できなかったからだ。
聖女として召喚された萩野フミは小学生の頃から同じクラスで、お互い読書が趣味のため、よく本の貸し借りをしていた。
そんな彼女から告白されたのは夏休み前。
大人しい性格ではあったが、清楚で明るい、男女問わず同級生から人気だったようだ。よくお似合いの二人だと揶揄われていたが、色が白くて細い、活気のあるタイプではない、そんな雰囲気が似ているんだな、くらいの認識だった。
しかし彼女は違った。
告白の断り文句と化していた、忘れられない人がいるからという言葉を、いつのまにか自分の事だと思い込み、受け入れられると信じていたのだろう。
告白を断ると、フミは激高した。
その勢いのまま友人に泣きついた彼女の姿を目撃したクラスメイトによって、あのフミじゃないならば真紘の気になる人は誰なのだと議論が巻き起こった。
そして一人の男子が新種の鳥でも見つけたかのように高らかに言い放った。
『志水の好きなやつって女じゃなくて、男なんじゃね?』
教室は静まり返った。
真紘が口を開く前にフミは叫んだ。
『きっとそうよ、その歳で女の子に興味がないなんておかしいもの!』
教室中の視線が真紘に集まった。
可愛い顔していても俺は無理だとか、真紘くんが男好きだったなんて信じられないだとか、実は男相手に金を貰っているだとか――。
その日から、悪意を孕んだ噂が広まった。
真紘の立場や容姿という外側の記号を妬んだ者による噂話は、十五歳の真紘を深く傷つけた。
それでもあくまで外側の話だ、本当の自分を理解してくれる人が一人でもいれば良かった。
そんな中、同じ生徒会に属していた友人の元樹だけは真紘の味方だった。
彼と同じ進学先なら高校生活はやり直せるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。
同級生の多くが進学する高校の推薦枠が確定した翌日、事件は起きた。
夏休み前に生徒会長の任を後輩に引き継いだが、卒業に向けて校内報に載せるコメントが欲しいと頼まれたため、元樹と久しぶりに生徒会室を訪れた。
後輩達はまだ来ておらず、二人だけの生徒会室。
西日が射しこむ八畳ほどの部屋にはノスタルジックが詰まっていた。
ただただ楽しかったあの日にはもう戻れない。
隣で立ち尽くす元樹も同じく懐かしんでいるのだと信じていた、部屋の鍵を閉められるまで。
「なんで鍵閉めたの? もうみんな来るよ……?」
夕日を浴び、赤く染まった瞳はどろりとした熱が見え隠れしていた。真紘が後退りしながら距離を取ると元樹は笑い声を上げた。
「やっぱ駄目だ、お前の方が背も高いし、声もちゃんと男なのに、どうしたって特別になりたいって思っちまう。孤立した志水がオレだけに笑いかけてくれるのは気持ちよかったよ。結局周りもお前を手に入れたいだけなんだなぁ、自分でその可能性を手放すなんて馬鹿だなぁって思ってた」
「何……? 何が言いたいのさ」
真紘が生徒会長用の机に縋りつくと、元樹はゆっくりと迫ってきた。
「でもさ、その綺麗な顔を自分の手で歪ませたいって気持ちは止められないんだよ。さっきもオレの気持ちに何にも気づかないまま呑気に夕日を眺めてたもんなぁ?」
「ゆ、歪ませたいって……。なんだよそれ、騙してたのかよ! 僕は君のこと友達だと思ってたのにッ……」
相手の希望通り、悲痛な表情を浮かべていたのだろう。元樹は愉悦を抱いて近づいてくる。
心が痛い、どうして、ただ友達と楽しく学校生活を送りたかっただけなのに。
自分の何がいけなかったのだろうか。
荒い呼吸は真紘の視界をさらに奪った。
「ぶふっ! ひゃっはっは! 最初から友達だと思ってたやつの方が少ないと思うけど! その鈍感さだけは嫌いだったなぁ。なあ、どうせ手に入らないなら思い出だけくれよ、志水」
「何をしたいのか分からないけど絶対に嫌だよ。やめよう、君は僕にとって大事な友――」
言葉を遮るように胸倉を掴まれた。
「勘違いさせるような態度を取ったお前のせいで、オレはおかしくなった」
頬に衝撃が走る。平手打ちされたのだと気付いたのはじんじんと痛む頬に手を当てた後だった。
元樹は飛び掛かってきた後は地獄だった。
両腕は強く掴まれ打撲、さらに右肩は噛みつかれて流血。
性別関係なく告白を断ると抱き着いてくる者や最後に口づけだけと強請る者もいたが、全て言葉で解決してきた。
ここまで力業で迫られたのは初めてで、相手を気絶させるまで、真紘は抵抗し続けた。
唇を奪われることはなかったし、貞操も無事だったのが奇跡にすら思えた。
スペアキーを持った後輩が来る頃には、真紘も気を失っていた。
どうやら頭を打っていたようで、目が覚めたのは意識不明で病院に運び込まれた後だった。一通り検査も終わっていて、打撲と肩以外の怪我はなかった。
だが、密室で乱闘がいつのまにか密室で不埒な行為に及んでいたと真実が捻じ曲がって広まっていた。
助けてくれた生徒会の後輩は真紘を信じ、噂を否定してくれていたようだったのが唯一の救いだった。
しかし、後輩の大事な場所を血や噂で穢してしまった罪の意識から、謝罪の菓子折りを渡しに学校に行って以来、真紘は卒業式まで学校に行くことはなかった。
元樹とは弁護士を通して示談で済ませた。
今までの経緯と、これ以上関わりたくない旨を両親に説明するのは辛かったが、家族は誰も真紘の考えを否定しなかった。
推薦を蹴り、誰にも進路を明かすことなく、重盛と同じ高校に進学した。
人の噂も七十五日とはいうが、一度広まった噂は中々消えず、何度か進学先でも耳にした。
特進クラスは一クラスのみで、三年間クラス替えはなかった。
クラスメイトは真紘の噂知っても尚、程よい距離感で普通に接してくれた。
場所が変われば人もまた変わるのだと、真紘は知った。
図書室で重盛と話してみて、初めて自分からもっとこの人を知りたいと思えた。あんなに自分から積極的に話しかけたことは高校に入ってから初めてで、自分でも驚いた。
高校でも他薦で生徒会やクラスの代表といった表立って意見を述べることはあったが、それも決められた模範解答を口にしていたにすぎなかった。
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