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新生活

33.恋バナ

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 パチンッと真紘が指を鳴らすと、勇者のステータス画面が開いた。
 強制的にステータスを開けるのは、対象よりMPやHPの総合値が高い者だけだ。
 日本では勇者といえば物語の中心人物、言わば主人公というイメージが強かったので、真紘は彼の能力が自分達と同等かそれ以上だと思い込んでいただけに拍子抜けした。
 この世界でも魔王は物語にだけ登場する架空の存在であり、勇者が絶対的な力を得ているわけではないようだ。
 
 勇者が特別弱いわけではない。
 ステータスの振り分けは地球で生まれた時から保有している魔力値が元になっている。シゲ松という神の遣いに気に入られた真紘は少し色がついているが、勇者も救世主としては平均的な値であった。
 クリスタルに視線を戻す。
 向こう側には今にも暴れ出しそうな男。
 できれば穏便に戦意喪失させたいところだ。
 真紘がもう一度指を鳴らすと、辺りは一瞬で高校の教室に変化した。
 そしてサラサラと砂のように、勇者の顔周りだけクリスタルが消え去った。
「……よくも俺をッ! うわ、なんだここッ、教室!? 地球に戻って来たのか!」
 勇者は般若のような顔をして吠え続けた。
「うーん、麻袋でも顔にかぶせる?」
 聞くに堪えない罵詈雑言に、重盛が一言。
 真紘は冗談だと分かるが、勇者からすれば、タキシード姿の重盛は金髪のマフィアにでも見えているのかもしれない。
 勇者はぶるりと震えると、途端に大人しくなった。
「僕は志水真紘、彼は九条院重盛。あなたと同じ地球から召喚された者です。これ以上手荒な真似はしたくないので、どうか気を静めてください。これは僕が作った幻で、実際は螺旋階段の下です。幻を攻撃しても意味はないからやめてくださいね。僕達はあなたの話を聞きたくて来ました」
「……フミちゃんは?」
 同じスタートラインにいたはずの真紘との力の差を察してこちらの狙い通り戦意喪失したのか、勇者は怯えたようにフミの名を口にした。
「別室にいますよ。ですが、彼女は中学三年の春までの記憶を失っているので、もしあなたが彼女の知り合いだったとしても、今の彼女にとっては知らない人ということになっています」
「ちなみに、聖女ちゃんが記憶喪失になったのは城に来て数日後だってさ。俺と真紘ちゃんが神木の魔力補填した後、あーこっちに来て三日後くらいだったかな。何か夢見なかった?」
 重盛の言葉に勇者は眉を顰めた。
「お前、フミちゃんに手出してないだろうな……」
「ぎゃはっは! お前、マジ見る目ねぇな~! 俺はこっち」
 ぐいっと腕を引っ張られ、真紘は重盛の胸にすっぽり収まった。
 背中から抱き着かれているため、重盛の顎が肩に乗って擽ったい。
 ふわふわの耳が時折頬を掠めるのは悪くない。抵抗する気力がなくなり、そのままの体勢で勇者と向き合った。
「お前、どっち……?」
 勇者は真紘に問いかける。
「どっち、とは?」
「女? いや、でも声は低いし……」
「……オ・ト・コ、ですよ」
「ぶふっ! クールアンドキュートで最高でしょ、惚れるなよ?」
 ダイレクトに伝わる揺れに腹を立て、真紘は重盛の足の甲を軽く踏んだ。
「それで、夢は見たんですか?」
「見たけど。特に何も変わってない……」
 何も言いたくないらしいが、こちらとしてもこの問題を長引かせるつもりはない。視線を逸らす勇者に真紘はカマをかけてみることにした。
「まあ、言わなくてもわかりますよ。あなたの名前は【野木勇也】で年齢は十八歳。MPの方が若干HPより多いかなぁ。火魔法が得意で、水魔法は苦手といったところでしょうか」
 淡々とステータス画面を読み上げただけだが、それなりに効果はあったようで、野木は息をのんだ。
「くっそ……。じゃあ俺がフミちゃんに似合うような男になりたいって願ったのもバレバレってことかよ。顔もフミちゃんが好きだって言ってた人気俳優の顔にしてもらったのに、アイツ! 記憶喪失ってことは前の俺を知らないで、更に拒否ったってことだろ!? なんでそんなに俺を否定するんだよ……!」
 野木は期待以上に全てを喋ってくれた。
 汚い嗚咽を漏らして咽び泣く姿を見ていられず、真紘は彼の拘束を全て解いた。
 重盛は耳をピクリと動かして真紘の腰をさらに引き寄せ囁いた。
「なぁ、あいつ拘束してなくていいわけ?」
「顔だけ出たままだと涙も拭けないし、なんか汚くて可哀想だし、あの人に負けるビジョンが見えないから」
「やってるコトは優しいけど、言ってるコトがめっちゃ辛辣」
 蹲る野木に近づこうとするが、重盛が一歩も動かない。
「ちょっと、ふざけてる場合じゃないんだけど?」
「ハンカチ貸してあげるつもりだろ。タキシードに合わせて厳選した真紘専用のは使うなよぉ~」
「何のためのハンカチなのさ。残念ながらそれしか持ってないよ」
 彼を魔法で浮かせるようにして背負うと、背後からからきゃっきゃと楽しそうな声がした。
 自分の腕の間から伸びる彼の脚が長すぎて少し腹が立ってきた。
 苛立った顔のまま野木の前に立つと、野木はまた情けない悲鳴を上げた。
 いかにも魔法使いの、しかも見た目のか弱そうなエルフが筋肉隆々の獣人を背負っているのだ。
「ヨッ!」と手を挙げた重盛は勇者に聞いた。
「それで、今後野木くんはどうすんの? 聖女ちゃんとどうなりたいん?」
「あ、うっ……。できれば彼氏になりたい」
「諦めが悪いなぁ。気持ちは分らんでもないけど、もしかして初恋? ちょっと突っ走り過ぎだと思うんだよねぇ。まず大前提として、恋愛するなら周りに迷惑をかけるのは避けて。今までのメシや寝床だって城の皆んなの厚意だって自覚しないと。それに、目覚めてすぐに俺はお前の彼氏だぁ~いって言われても、女の子からしたらそいつがどんなにイケメンでも怖いからさ。ちゃんとどこが好きだとか、自分と付き合ったらどうなるのかとか、プレゼンした方がいいよ」
 重盛の言葉に野木は感銘を受けたように深く何度も頷いた。
 もしかして、日頃から可愛いだの綺麗だの褒められていたのも重盛のアピールで、料理を振舞われたり寝支度を手伝ってくれていたりしたのも、自分といるメリットをプレゼンしていたということなのだろうか――。いやいや、それは親友になりたいアピールであり野木とはまた違うものだろう。
 ぽけーっとした顔のまま真紘は思考の海に潜っていった。
 ぼんやり顔のエルフと、そのエルフに背負われたまま身振り手振りで恋愛論を説く獣人、土下座したままの偽物の人気俳優。異様な光景は、真紘のくしゃみで幻が解けるまで続いた。
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