同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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やっと出会えた二人

48.今をあげる

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 図書室での思い出話が終わる頃には、食事はすっかり冷めてしまっていた。
 真紘は膝を抱えたまま重盛を見上げる。諦めに近い凪いだ表情を浮かべる彼を今すぐ抱きしめたくなった。
「そんな顔すんなって。やっぱ困ってる感じ? 真紘ちゃんのこと女の子だと思ってたの怒った?」
「女の子に間違われるのなんていつもだからいいよ。ヒロちゃん呼びだって慣れたものだし、今さら。ただ、地球でもリアースでも、君の気持ちも知らずに自分のことで精一杯だったのが情けなくて……」
 ひやりとした秋風が鼻先を掠め、スンと鼻を鳴らす。
 重盛は真紘が泣き出すと勘違いしたのか、わたわたと大袈裟に手を振り出した。
「あら~、そっちかぁ。地球では俺が一方的に見てただけだから、真紘ちゃんが自分を責める必要はねぇって。いや、自分で言うのもアレだけど、ストーカーみたいなねっとりした視線を受け続けて気付かないお前は結構やばいと思うけど」
「視線なんか気にしていたら外に出られなくなる。それに下心満載の嫌な視線には敏感な方だし、君からはそんな感じしなかったもん」
「は? マジで言ってる?」
 重盛は目を見開いて驚愕した。
 真紘は首を傾げる。
「本気だけど」
「下心しかなかったのに!?」
 今度は真紘が目を見開く番だった。
 そうか、元々ヒロちゃんを女性だと思っていたから下心があったということだ。ここ数日の避けようを見ていれば、現在進行形で恋愛感情がないということは理解できる。
「はあ……。それは仕方ないね。確かに昔の僕は可愛かっただろうし」
「ちょいちょい、その急な自画自賛はおもしれーけど、俺の話ちゃんと聞いてた? 俺は昔も今も、真紘ちゃんのおかげで踏ん張ってこれたんだよ。感謝してる、感謝はしてんだけど……。それとは別の気持ちも膨れて弾けそうっつーかなんつーか」
 最後はなんと言っているのか聞こえなかったが、重盛は拗ねたように口を尖らせた。
「僕こそ感謝してるよ。だから、君に嫌な思いをさせたくないなって思ってる。僕達、ここでさよならした方が良いのかもしれないね」
「……は?」
 草木の騒めきが止み、沈黙が流れる。
 恋ってただキラキラしているものではなかったんだ。
 全く動かない白い雲を見つめ、ぼんやりと思った。
 フミや元樹のような、相手に激情をぶつけるだけの独りよがりを恋とは呼びたくなくて、抗っていただけなのかもしれない。
 重盛と出会って、芽生え、育った気持ちが、フミや元樹が真紘にしたことと共鳴しだして恐ろしくて堪らないのだ。
 女の子に勘違いされていたとしても、重盛が自分を好きだったという事実が嬉しい。
 そんな自身の浅ましさに吐き気がした。
「だって聡い君のことだから、僕の気持ちを知って、それで傷付けないようにと避けていたんでしょう? だからいい加減、君を解放してあげないと……」
「どういう――」

「僕は君が好きなんだ」

「……人として、だよな?」と重盛は苦しそうに呟いた。
 片方だけヒクりと上った口元に戸惑いが表れていた。
「人としても好きだよ。誰にでも等しく接するところとか、前向きなところとか、僕にはないものを沢山持っている。今も君の話を聞いて、なんて強い人なんだろうって、素直に尊敬の気持ちも強くなったよ」
「そうか……」
「でもね、ライクも大きいけど、ラブの意味でも好きなんだ。恋愛感情って言えば伝わるかな。はっきりと自覚したのは最近だけど、今思えば、お弁当屋さんの軒下で出会ったお兄さんの寂しそうな目が忘れられなかったのも、一目惚れだったのかもしれない。男が好きなんだって責め立てられた時も、ちゃんと否定できなかったのはそういうことだったのかもしれないな。ごめんね、女の子じゃない上に、君が望む親友にも家族にもなれなくて……」
 頭を下げると銀色の髪が視界を覆った。
 失恋の辛さよりも、彼の気持ちを裏切った申し訳なさが勝る。
 聞こえるのは風が木々を撫でる音と鳥の囀りだけ。
 黙り込んだままの重盛の様子を伺うため視線を上げると、目の前には顔を真っ赤に染め、口元を片手で覆う彼がいた。
 真っ青ではなく真っ赤。
 つい都合の良い方向に考えてしまいそうになるが、こんな時だけ楽観的になるなと心の中で自分自身を叱咤する。
「本当にごめんね。恋愛に前向きじゃないと言っておきながら、こんな裏切り……。君は僕を信じて過去を打ち明けてくれたのに、最後まで友人でいる自信がなかった。君の初恋をもらえて嬉しかったよ。これから友人に戻れるように頑張るから、いつかまたこうやって話せたら――なんて、贅沢な願いか。ご飯食べたら屋敷に戻ろう。食器やシートは僕が片付けておくから先に帰って大丈夫」
 真紘は気まずさを隠すように冷めきった味噌汁を一気に飲み干す。
 もっとゆっくり味わっていたかったのに、もう喉が震えているのか、手が震えているのか分からなかった。ちょっぴり塩気が増した味噌汁の味は一生忘れられそうにない。
 最後のコロッケに箸を入れた瞬間、重盛のざらりとした声が風に乗って聞こえた。
「好きだって、恋人になりたいってこと?」
「……そうだね」
「それってさ、ハグしたいとか、キスしたいとかそういう欲もあるってこと?」
「うッ、そう、かもね。ごめん、そこまで考えたことはなかったけど、そういうことをするなら君がいいとは思う……」
「本当に俺でいいの?」
「僕は重盛がいい。でもそれが嫌だったから君は僕のことを避けていたんだよね。もう分かったからこれ以上は勘弁してくれないか」
 トドメの一撃が一撃じゃない。
 振られて目の前で泣くなんて情けなさすぎて絶対に嫌だ。
 真紘は箸を置いて、大きく息を吸った。
 重盛はブツブツと何かを唱え始めた。
 耳を澄ますと、それは確かに日本語だった。
「ダメだ、やっぱ夢かも。この世界って事故って死んだ俺の都合の良い夢なんじゃないの……」
「都合の良い?」
「だって真紘ちゃんが俺を好きになるなんて、それこそ夢だろ……」
「残念ながら夢じゃないよ。そんな混乱するほど嫌だった?」
「イヤなわけない!」
 大声に驚き、真紘は兎のように飛び上った。
 つい立ち上がってしまったが、虚ろな目をした重盛がゆらりと迫ってくる。獣のようなぎらついた眼光に捕らえられ、真紘は後ずさることしかできない。
 命短し恋せよ乙女。
 長命になったはずなのに、恋をしたら死にました、なんて笑えない。
 でもあのフレーズって戦時中だといつ何があるか分からないから恋をしておきなさいって意味だったような――。
 いやいや、今はそれどころではない。
 九十九パーセントの悪い予感と、一パーセントの良い予感。
 圧倒的に前者の確率が高いのに、どうしたって期待に胸が膨らむ。
「ちょっと待って! 僕が言いうのも変かもしれないけど、一旦落ち着こう?」
「やぁだ」
 腕を引かれ、簡単に真紘は重盛の胸にすっぽりと収まった。
 背中に腕を回して良いのか分からず、手は宙を彷徨う。
 自分とは違う優しい肌の匂いが懐かしくて、嬉しくて、辛い。
 これ以上触れていては離れがたくなってしまいそうで、もぞもぞと身を捩って脱出を試みるが、さらに力強く抱きしめられた。
「重盛、これなに? 慰めされてるの? 僕、君のことが好きだって言ったばかりなんだけど……」
「うん」
「嫌じゃないの?」
「死ぬほど嬉しい」
「それってどういう」
「恋人になりたいって意味で」
「おっとっと。もしかして僕、失恋のショックのあまり死んじゃった? ここって僕にとって都合の良い死後の世界だったりする?」
 くつくつと肩を震わせる重盛に合わせて真紘も揺れる。
 ドクドクと早い鼓動は自分のものだと思っていたが、どうやら自分のものだけではなかったらしい。
「今死んだら困る。俺もやっと現実かもって思い始めたとこだし、海辺の教会で結婚式挙げて、リアース一周の新婚旅行に出発しなきゃいけないから」
「……初耳」
「わははっ! リアースに来てわりと早い段階で計画してたんだけどなぁ。それより俺の過去、ちゃんと聞いてなかったのか? 昔からお前のこと狙ってたんだぞ。俺のこと怖くないの?」
「聞いていたよ。怖くない」
「じゃあ嬉しい?」
「嬉しい」
「うわ、素直過ぎて泣きそぉ。なんか言わせてる感すごいけど」
「ちゃんと自分の意思で言ってるのに。あのさ、じゃあなんでここ最近僕のこと避けてたの?」
「それは悪かったって……。重盛君もさぁ、思春期の男の子だから? 真紘ちゃんの近くにいるとスケベなことしたくなっちゃって、距離置いてた。無理矢理迫って嫌われるの怖くてビビってた。ダセぇな」
「もうしてもいいって言ってるよ」
「だッ! うおっ、お、うわぁ~! 可愛いがフルスロットルじゃん、破壊力やばッ!」
 重盛は真紘の首筋に顔を埋めて唸っている。
 すっかり馴染んだ可愛いという言葉に真紘は微笑んだ。
 もう男だろうが女だろうが、勘違いされてもいいとすら思えるほどに満たされているのだ。目の前の男を笑顔にできるのなら、性別や種族、どんな世界でも何でも良い。

「ずっと好きだよ、真紘ちゃん」

 プロボーズのような言葉を、鼻先が触れそうな距離で重盛は囁いた。
 真紘が彼の背中に腕を回すと、大きく揺れる尻尾が手に当たった。
 思い出のエプロンによく似た色のシャツに皺ができる。
 少し顎を上げると、金色の瞳に自分が映っていて、何もかも吸い込まれてしまいそうで、真紘はぎゅっと目を瞑った。
「こらこら、眉間に皺寄ってるから。なあ、こっち見てよ」
「え? んッ……!」
 手が早いと抗議するため背中をバンバンと叩くが、二人そろって慎重でいては、いつまで経っても何も変わらない。
 何事も、もう少し積極的になってみてもいいのかもしれない。
 唇から伝わる熱はそんな自信をくれる。
 重盛の長い指は、真紘のうなじをなぞり後頭部へと移動した。
 今までの真紘なら恐怖心と羞恥心が勝り、逃げ出していただろう。
 寄りかかってもびくともしない体幹の差に少し嫉妬しながら、逞しい背中に縋りつき、想いに応える。
 真紘が限界を迎え腰を抜かすまで、その深い口づけは続いた。
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