同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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旅の記録

52.Bless you!

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「海見たら湖も見てみたくね?」
「確かにここ数日間で秋の海は楽しめたかな。ティアードさんの元職場の近くに湖があるって教えてもらったし、そこに寄ってから王都に戻ろうか」
 地図でルートを確認しながら真紘は日取りを計算した。この順路でいけば問題なく重盛の誕生日までには王都に戻れるだろう。
「賛成。俺、海も久しぶりだったけど、湖も久しぶり」
「湖は海外で?」
「飛行機の中から何回か見た」
「それ、久しぶりって言っていいのかな……?」
 海を背に再び山道を行く二人。
 港街では掃除や魔石の魔力補充の依頼を幾つか受けて路銀を稼いだ。
 初めこそ見た目の華やかな二人は遠巻きに見られていたが、最初に受けた廃倉庫掃除の評判が広まり、次第にトントンと依頼が舞い込んで名刺も何枚か配ることができたので便利屋としても上々だ。
 秋の海はとっくに遊泳禁止になっていて、足を濡らすくらいしかできなかったので、泳げる季節になったらまた来ようと二人は約束した。
 山の中で新鮮なシーフードを堪能できるのもこのポケットのおかげ。冷え込む日には重盛特製のあら汁が披露されるらしい。
 真紘が早く寒くなれと願いながらマントの内側に取り付けたポケットを叩くと、通話用の魔石に反応があった。それを取り出すと、王都の雑貨屋で購入した水色の巾着が淡く光っていた。

「――もしもし、志水です」
『もしもし、久しぶり、麻耶です。重盛君も一緒?』
「おっす、麻耶姉さん。重盛くんもいまーす」
『あは、それは丁度良かった。いきなりなんだけど、一つ提案があってね。私が取材した王都の製紙場が、来年新しく開業するクルーズトレインのチケットを担当することになったの。それでオープンランのチケットを貰えることになって』
 麻耶が取材した王都の製紙場といえば、便利屋の名刺を依頼した会社だろう。丁寧な仕事で真紘もとても気に入っていた。
「クルーズトレインって、観光目的用の寝台列車ですよね。それは素敵だなぁ。楽しんできてくださいね!」
『もう、最後まで聞いてよ! 王都を中心に東西に伸びる列車で、西行と東行でそれぞれチケットがあるのよ。私は製紙場の社長に同行して西側に行くんだけど、東側のチケットが余ってるから二人も乗ってみない?』
「マジ? 乗りたい乗りたい!」
「いつかは乗ってみたいとは思いますが、僕たちは鉄道会社にも印刷会社にもほとんど関係のない人間ですし、他にもっと適任な人がいるのでは?」
 乗り気な重盛と遠慮する真紘の様子が目に浮かんだのか、麻耶は手を叩いて笑っている。
『はあ、相変わらず正反対で面白いんだから。予想してた反応通りで笑っちゃった。列車内のレストランが目玉なんだけど、プレオープンだから一般の人は入れられないの。それに私も半分は救世主として招待されているわけ。有名人を乗せれば箔が付くから宣伝効果も狙っているんじゃない? 少なくとも王都で私達を知らない人はいないみたいだから遠慮なく乗車しちゃって。同じく招かれてる私が言うことでもないんだけどね』
「なるほど、それなら僕たちは乗るだけでも列車開業の宣伝をしたことになるんですね」
「そうなんだ、なら宣伝バンバンしちゃお。てか豪華寝台列車だろ? 服装とか決まりとかあんのかな?」
『ドレスコードがあるか分からないけど、そんな構えなくて大丈夫よ。煙草は持ち込みできないんだって社長が嘆いていたから火気厳禁くらいじゃない? 詳細は直接会う時までに確認しておくね。ところで二人は今どこにいるの?』
「ありがとうございます、よろしくお願いします。今はタルハネイリッカから東に進んだ海にいます。十一月中には王都に帰りますよ。年末年始はいると思うので、良かったらまた遊んであげてください」
「遊んであげてください? 俺はお前の子供かよ」
「さあね」
『ははーん? さては君たちついに何かあったな? まっ、王都に帰ってきたらたっぷり聞かせてもらいましょうか。それじゃ、旅を楽しんで。またね!』
 スッと魔石は光を失い元の状態に戻った。

 真紘と重盛は顔を見合わせる。
「おいおいおい、今ので付き合い始めたってバレるか?」
「そんなに王都にいた頃から気持ちがただ漏れだったのかな……。自覚する前に気づかれていたなんて、恥ずかしすぎて顔を合わせられないよ……」
「まあ、いいじゃん、祝ってくれるっぽい雰囲気だったし? てか列車で遠くに旅行なんて新婚旅行みたいでテンション上がるなぁ」
「結婚はしてないよ」
「んじゃ、婚前旅行?」
「婚約もしてないよ」
「細け~じゃあ恋人記念旅行! これで文句ないっしょッ」
「うん」
「素直~! 塩対応からの高低差えぐい。はっくしょいッ、だあ……」
 ずずっと鼻を鳴らして重盛は軽く咳き込んだ。
「豪快なくしゃみだったけど大丈夫? 風邪ひいた?」
「いや、俺のくしゃみはいつもこんなモン。だいじょーぶだいじょーぶ」
 小路を風が通り抜けていった。
 地面を黄色く染める葉は、枯葉と呼ぶには早すぎるほどまだ瑞々しいが、そろそろ茶色のローブだけでは寒いかもしれない。
 真紘は寒さ対策としてローブの下にカーディガンとショールを重ねている。
 重盛はシャツにローブを羽織っているだけ。冬毛に変わってきたのか、尻尾と耳が今まで以上にモコモコしてきて可愛らしいが、寒くないのだろうか。彼の肩に落ちてきたイチョウの葉を手に取り、真紘は呟く。
「ねえ、重盛。茶碗蒸し食べたい」
「どんな流れでそうなんの? まあ、いいけど」
「銀杏入ってるやつ」
「ふっ、まさかイチョウの葉っぱ見て腹減った系? 地球にいた頃から思ってたけど、食が細いわりに真紘ちゃんって食いしん坊だよな」
「むっ。今は魔法を使えばそれだけお腹へるからいっぱい食べれるよ」
「いっぱい食べても肉にならないのマジ摩訶不思議」
「君は僕を肥えさせたいの? 確かにこんな痩せっぽちじゃ抱きしめても面白くないと思うけどさ……っうわ!」
 会話の途中で森を揺らすような突風が吹いてイチョウの木が一斉に揺れた。
 降り注ぐように落ちてくる葉を振り払うように真紘は頭を振った。
 すると伸びてきた重盛の手が頬を掠めて髪を梳いていく。
 真紘が肩を揺らして驚き一歩後ろに下がると、重盛は耳と尻尾を垂らしてあからさまに傷ついた顔をした。
 すっと下げられた手にはイチョウの葉が握られていた。
「体型なんか関係ないし。そんなこと言ったら俺だってお前より大きい男で、触ってても面白くないと思う。尻尾や耳は触ってて楽しそうだけど、そういうことじゃないっしょ?」
「僕は尻尾とか関係なく、君に触れたいと思っているよ。性別とか種族とか関係なく君がいいのに」
「本当に?」
「本当だよ」
「でもさ、今みたいに近づくと逃げちゃうじゃん。……まだ人に触られるの怖いんじゃないの?」
 過去に襲われたことがあるという告白に、真紘と同じくらい重盛は傷ついたのだろう。
 体についた傷は殴り合いになった外傷のみだったが、重盛が心配しているのは心の方だということは真紘にも分かる。
 気の向くまま笑っている彼が好きなのに、自分が彼を必要以上に慎重にさせてしまっている。
 返事に迷っている間の沈黙を重盛は肯定と受け取ったらしく「焦らずいこうよ」と言い残してまた歩き出した。その後ろ姿はタルハネイリッカで告白する前に見た背中によく似ていた。
 あの時も言葉足らずで彼を悲しませた。
 今度は何が足りないのだろう。
 誰かと付き合うということは、自分の恥ずかしいところをさらけ出すことなのかも――。
 いつまでも受け身でいてはいけないと決めたではないか。
 真紘は意を決して勢いよく後ろから重盛に抱き着いた。
 緩やかな坂道とはいえ、身長差がより広がる。頬が肩甲骨あたりにゴツンとぶつかった。
「なっ、コケた!?」
「ううん、思ったより勢いついちゃっただけ。そのまま聞いて? 僕はさ、誰かと付き合うのなんて初めてだから何をするにしても全部緊張しちゃうんだ。今変な顔してないかな、期待に応えられるかなって不安と恥ずかしさで頭が真っ白になって、気持ちがごちゃごちゃになる。いつも誤解させてごめんね……」
「……じゃあ俺が触るのは怖くないの?」
「怖くないよ。そう見えるのは僕が緊張してるからだね……。むしろあれから何もないから、ちょっと悩んでた。思ってたのと違ったのかなぁ、でも毎日ベッドには入ってくるしなぁって。ちゃんと話し合わなきゃだめだね」
「マジかよ~。あのさ、誤解してそうだから言っとくけど、俺も誰かと付き合ったことないから。高校に入って自称彼女が何人かいた時は、チャラい見た目になっただけでこうなんのってちょっとビビってたし、それが他の誰に誤解されてもいいけど、真紘ちゃんだけには変な風に伝わってないといいなって思ってた。てか、マジで悩むのは性に合わねぇんだなってのがようやく分かった気がする。最初から素直に聞いておけば良かったんだな……」
 へなへなと道の真ん中でしゃがむ重盛は安心したように顔を両手で覆ってため息をついた。
 真紘は重盛の正面に回り込みその手を取ると、屈んで彼に口づけた。
 触れるか触れないかの一瞬の出来事で、彼は何が起こったのか理解していなさそうな顔をしている。頬を染めているのは自分だけだ。
「え?」
「別に僕からしたっていいよね? いつもは身長差があるし、布団に入ってくっつくと煽るなって怒られるし、チャンスがあまりなくて……。今みたいに屈んでもらえばいいんだよ」
「わっ、えっ、あの、何した?」
「ちゅーした」
「ちゅ……」
 壊れたネズミのオモチャのようにチューチューと繰り返したあと、重盛はそのまま後ろに倒れた。
 手を握っていた真紘も雪崩れ込むようにそのまま転んだ。
 人気のない山中のため、そんな心配は無用なのだが、もしここに通行人がやってきたら真紘が重盛を道のど真ん中で押し倒しているように見えるだろう。
「ちょっと! 坂道の途中で後ろに倒れたら危ないよ! 頭打ってない?」
「俺死ぬかも」
「や、やだ! おっ、お、おぬしは死なぬ!」
「ふっ、わははっ! 混乱しすぎ、突然武士口調になるのやめて」
 重盛は上半身を起こして真紘を抱えるようにして体勢を戻した。
 心地の良い風が吹いているのに、二人そろって汗だくになっているのがなんともおかしかった。
「あの、重盛……? いきなりちゅーしたの嫌だった?」
「んや、ちょー嬉しかった。触っていいんだって教えてくれてありがと。もう遠慮はしないけど、触りたい時はちゃんと許可取る」
「許可……。でも、僕は今、無許可で君に――」
「だっは! それはいいよ。俺は年中無休いつでもオッケー。さっきぶっ倒れたのは嬉しかったのもあるし、真紘ちゃんが……」
「僕が?」
「それこそ武士みたいに接吻とか堅苦しい言い方すんのかと思ってたら、ちゅーとか可愛い言い方するから色々と爆発しそうになっただけ」
「……言い方を改めます」
「改めなくてよいよい。はあ、幸せ。好き」
「良かった」
「大っ好き!」
「うん」
「そこは僕も好き、だろ!」
「……ボクモスキ」
「耳真っ赤、さっきの大胆さはどこ行ったんだよ。そんな棒読みでもバレバレだぞ」
 はっとして真紘は両手で自分の耳を掴む。
「ズルだ。でも重盛も照れてるでしょ? 耳と尻尾が動いてるからすぐ分かるよ」
「そっちのがズルじゃん!」
 どこからか美しい鳥の声が聞こえる。
 自分達は道の真ん中で何をやっているんだろう。
 何の話をしていたんだっけ。
 早く二人だけの家に帰りたくなってきた。
 ぎゅうぎゅうと苦しいくらい抱きしめられながら真紘はぼんやりと王都に帰った後のことを考えていた。
 汗が引いてきた頃、重盛はまた大きなくしゃみをした。
「寒いの?」
「いや、まだ火照ってるくらい」

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