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旅の記録

58.焼き芋

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 真紘と重盛がリアースで第二の人生を歩み始めてから半年以上が過ぎた。
 自身の変わってしまった容姿にも慣れたし、地球では感じられなかった魔力も大掛かりな魔法でなければ意識せずに操れるようになった。
 しかしどんなにこの世界に適応しても、ブルームの言う通り心まで急激に強くなることはない。
 種族ごとの思想の違い、種族関係なくそれぞれが抱える問題、その二つが絡み合うとどれほど事件が複雑になるのか。チャコットの鉱山で遭遇した事件は、青年二人の心の柔らかい部分を大きく揺さぶった。

 加害者であるセロンは人間。
 ブルームから受けた報告によると、火の属性を持ちながらも父と同じ職に就くため属性を偽り鉱員になったという。彼の犯行の動機は嫉妬である。本来、火属性を持っているため居ないはずのドワーフが鉱山で働いているのに、人間の自分が働くことができないという葛藤。そしてそんな不安定な心に付け込まれた。
 I,Mのロゴが入った腕輪を売っていた商人は行方知れずのまま。
 魔暴走に巻き込まれて大事な人を失った遺族の集まりだと聞いていたため、魔力の制御装置を開発するのは理解できるが、それを属性の偽装などに悪用するとなれば看過できない。
 白装束の集団は真紘達が思っているよりも大きな組織であった。王都に帰り次第、I,Mについて詳しく調べてみるつもりだ。
 一方、被害者のグランピーはドワーフ。
 火の属性がないため鉱山に辿りついた。彼の恋人であるバッシュフルの気が急いて真紘と重盛に犯人捜しの依頼をしていなければ、遠くない将来、第二の殺人事件が起きていたかもしれない。結果的にバッシュフルは復讐を思い直してくれたが、説得に失敗していたらと考えると今でも背筋が凍る。

 チャコットで一泊した後は、湖で少し写真を撮りすぐに王都へと出発した。
 再び森の中を進む。
 足元でカサカサと音を立てる乾いた落ち葉は秋の終わりを告げていた。
「真紘ちゃん、眉間に皺寄ってる」
「そうかな?」と真紘は二本の指で眉間をトントンと軽く押す。
「またチャコットであったこと考えてたんだろ」
「うん」
「もしかしてエルフの集落のこと?」
「いや、それはあんまり考えていなかったな。どうしてそう思ったの?」
「俺はアテナばあちゃんや真っ赤かじーさんとか、何人か獣人に会ったことあるじゃん。魔法が下手な分、魔力を物理的な戦闘に活かすコツとか獣体に変化する方法とか教えてもらえたから、真紘ちゃんも同じエルフに会って色々聞いてみたいことあるかなって思ってさ……」
 声がどんどん小さくなる重盛の顔を覗き込むと、気まずそうに目線を逸らされた。
「確かにエルフの弱点は把握しておきたいところだけど、今のところ特に不自由はないし、いいかなって思っているよ。バッシュフルさんがエルフは集落から出てこないって言っていたし、排他的なコミュティなんじゃないかな? わざわざ顔を出して同じエルフですが、なんてお邪魔するつもりもないよ。ほら、僕人見知りだし」
「それならいいけど……」
「けど?」
「もしエルフの集落がめっちゃ居心地良くて、永住したいなってなったらどうしよって思って……」
「仮にそうなっても重盛も一緒に引越しだよ? 同じ家に住むんだからさ」
 珍しく言い淀む重盛を眉間の皺が取れぬまま見上げると、彼は感激したように顔を両手で覆っていた。
「やばい、嬉しい。でもエルフは特に美人だっていうじゃん、俺は美人って言うかイケメンの部類だし、同じ種族同士の方がきゅんとするかもじゃん!」
「わあ、自己肯定感が高いのか低いのか分かんない悩み方してるなぁ。僕は重盛みたいな垂れた目にキリっとした眉に男らしい骨格が好きだよ。もっと自信持って。なんでそんな不安になっちゃったの? 僕の愛情表現が乏しいからかな」
 立ち止まって姿勢を正す。両手を広げて「ほら、おいで」と言うと重盛が飛び込んでくる。勢いに圧されて真紘は二歩ほど後退した。
 大きな背中に両手を回しポンポンと子供をあやすように撫でる。
 首元で鼻をスンスンと鳴らす重盛の好きにさせていると、体勢を変えず重盛は穏やかに語り始めた。
「ううん、真紘ちゃんのせいじゃない。なんつーかこれは俺の問題なんだと思う……。あのさ、バッシュフルさんが、真紘ちゃんが死んだらどうするって言っただろ?」
「うん」
「俺、地球にいた頃も近所のじいちゃんばあちゃんとか、バイト先の店長や仲間とか、人に恵まれて来たけど、やっぱり母さんが死んでからずっと孤独だった。平気なフリしてたけど、もうあんな思いはしたくない。一回不安になったらずっとモヤモヤして、自分が嫌になる。お願い、頼むから真紘ちゃんは俺のこと置いていったり他の人のところに行ったりしないって約束して」
「この先どんな出会いがあったとしても他の人のところにはいかないよ。移動するなら君も連れて行く。寿命に関してはお互いイレギュラーすぎて絶対に先に逝かないとは言えないけど、そのつもりで頑張って長生きするよ」
「たはっ、真紘ちゃんすっげぇカッコいい。あーなんか自分でもなんでもこんな不安になってるのか分かんねぇ。こうやって抱きしめてると幸せなのにここ数日は同じくらい、怖い」
 しゅんと下がる耳と尻尾がいじらしくて真紘は口元に手を当てて笑った。
「重盛は優しいからバッシュフルさんの哀しい気持ちに共鳴しちゃったんじゃないかな。特に長命で同性同士っていう共通点もあったしね。寂しいとか悲しいとかはさ、表面上は癒えたようでいても、思い出しては辛くなることもあると思うんだ。でも心配しないで大丈夫だよ。僕は見た目も貧弱だし、色も薄いし、頼りなさそうかもしれないけど、魔力のおかげかこの世界では結構丈夫な方だって。ねえ、道が開けてきたら久しぶりに模擬戦しよ? 僕は元気だしそこそこ強いよって体でも証明してあげる」
「体で証明、ね」
 吐息が耳にかかり驚いた真紘が仰け反ると、重盛は満足そうに左の口角だけクイっと上げて目を細めた。
「……えっちな顔してるんだけど。実はもう元気なんじゃないの?」
「わはっ! 元気ってどーゆー意味で?」
「はあ、やだやだ。君、たまにオヤジ臭くなるの何?」
 真剣に心配していたのに重盛はすっかりいつもの調子だ。肩を震わせて笑う彼を小突いて歩きだすと、進む方向に一本の煙が上がっているのが見えた。
「ねえ、あれなんだろう。火事ではないよね?」
 真紘の言葉に重盛は何度か鼻を鳴らし多分と答えた。
 自分たちのような旅人が昼食でも作っているのか、又は肌寒くなってきたので暖でも取っているのだろうか。煙の柱はどちらにしても些か太いような気がした。救援信号である可能性もあるため、二人は火元を確認してみようと煙を目指して駆け出した。

 煙の近くまで来ると、一人の大男が三つある焚火の近くをうろうろと歩き回っているのが見えた。
 重盛がスッと前に出ると、尻尾を振りながら満面の笑みを浮かべて言った。
「焼き芋じゃん!」
 少し離れていても甘い芋の匂いを感じ取れるほど重盛の鼻は回復していて、先ほどのしおらしさが嘘のように嬉々と尻尾を振っている。
 自分があれだけ言葉を尽くして引き出した笑顔なのにと真紘は肩を落とす。一瞬で重盛の瞳に灯を燈らせた焼き芋に敗北感を覚え、モクモクと青空に吸い込まれていく煙を睨みつけた。
 こちらの視線を察知したらしい大男は足をピタリと止めた。
 黒い大きなコートに、茶色の長靴。肩辺りまである長い髪は、黒に緑を混ぜたような色をしていた。貫禄があるが、歳はそこまで離れていない。肌艶から察するに三十手前あたりのようだ。
「お前達は旅人か? どうだ。芋、食うか?」
「やったー食べる食べる!」
「あっ、こらこら、遠慮がなさすぎるよ」
 駆け出す重盛の後に続き真紘は頭を下げる。
 近くまで来ると大男は重盛よりも大きく、二メートル近くあった。
「夫婦か?」
「そうそう」
「違います、まだ」
「そうか。まあなんだ、前祝っつーことで食え」
「は、はあ……」
 大男は焚火に鉄の棒を刺して焼き芋を引き抜いた。古紙を巻いていたのか、芋から剥がれ落ちた黒い塵がふわふわと宙に舞う。
 煤で汚れた手袋は、既に何度か焼き芋をした後であることが見て取れた。
「この世界にも焼き芋文化ってあんだな。めっちゃ嬉しいわ」
「この世界? お前達もしかして救世主か?」
「そうっす。自己紹介もせずに芋だけもらうのも申し訳ないよな。俺、重盛って言います。こっちはハニーの真紘ちゃん」
「志水真紘です」
「おう。俺はアルマ・スミス。その日暮らしの旅人だ。この芋は近くの村の古くなって壊れた警鐘を修理した礼でもらった。食い切れなくて困っていたから助かった」
 アルマは体に見合う程の大きなリュックを指さした。パンパンに膨らんだそれにもさつま芋が入っているようだ。
 アルマに焼き芋についた煤を払うように頼むと、真紘はローブの内側に装着しているまっぽけから厚手の布を出して二人に手渡した。
 ついでにレジャーシートを広げて敷くと、アルマは「流石旅人だ、用意がいいな」と感心していた。
 焼いた芋を囲むようにして三人は座る。
 芋を布で包み二つに割ると、蜜がたっぷり詰まった黄金色が姿を現す。甘い香りの湯気がさらに空腹感を刺激した。
「んんっ甘くて蕩ける! うんまいッ」
「ほふっほふっ、おいひいてふ」
 熱さを物ともせずに芋に食らいつく重盛に対し、真紘の一口は小さく、子猫の食事のようであるとアルマに笑われた。
「はふっ、うう……。猫舌というわけではないのですが、そんなに変かな? アルマさんも笑い過ぎじゃありませんか」
「悪い、知り合いに似ていてな。半分は思い出し笑いだ」
「知り合い? 真紘ちゃんみたいな綺麗で可愛くて完璧な子、他にいるわけなくね」
「はは、確かにここまで綺麗なやつは見たことがないな。見た目は正反対だが、控えめで可愛らしいやつだ」
「ふーん、じゃあ黒髪清楚系ギャルって感じ?」
「僕の正反対って黒髪清楚系ギャルなの? そもそも清楚系ギャルって何だ」
「白髪じーさんの逆はそうっしょ」
「ふんっ、これは銀髪だよ。その定義でいうならば銀と言えば金でしょ。逆は金髪ばーさんだよ、ほぼ重盛じゃないか」
「俺は金髪だけどばーさんじゃねぇし! 自分がじーさんなのはもういいのかよ」
「痴話喧嘩は止せ、秋風が沁みる」
 アルマの焼き芋の蜜に似た色の瞳はどこか遠いところを見つめていた。
 半分諦めたような自嘲めいた笑みは秋の空がそう思わせるのか、少し寂しそうに見えた。真紘はどこか寂しそうなその瞳に既視感を覚えた。
 三人で焼き芋を十本近く平らげる間も会話は弾んだ。寡黙そうな見た目に反して、アルマはよく喋った。これも一人旅の反動なのだという。
「人嫌いってわけじゃなさそうなのにアルマはなんで一人旅をしてんの?」
「俺は逃げたんだ」
「逃げたというのは……」
「俺は好きなやつを大事にできない。見た通り力は強いし、顔も怖いだろう。震える小さなあの子を支えるどころかいつも震えさせちまうんだ。最後に見た怯えるような目が忘れられない。だから決定的な別れの言葉を聞きたくなくて俺はあの子から逃げたんだ」
 そう呟くアルマは確かに険しい表情をしているが、瞳の奥は慈愛に満ち溢れていた。余程相手のことを好きなのだろう。
 火を消しても良いかと真紘はアルマに問う。
 そろそろ終いにしようという返答に頷き、水の塊を三つの焚火に落とした。次に風で燃え残った葉や灰をミキサーのように混ぜて土に返す。真紘の魔法にかかれば焚火をした痕跡すら残らない。
「僕はお相手のことを知らないけど、怯える目はアルマさんが怖かったからじゃないと思うなぁ。見知らぬ旅人に美味しいお芋をわけてくださるくらい優しい人を怖いなんて本当に思うかな? 特別な人にはきっと無自覚にもっと優しくなってると思います。もう一度話し合ってみてはいかがですか。僕は重盛と向き合って良かったと思ってます。まあ、離れるために話し合おうとしたら結果的にまとまったのですが……。どのような結末になったとしても、優しくしたいって気持ちはちゃんと伝わるものですよ。勇気を出して」
 後半にかけて重盛からの視線に耐えられなくなり、そのまま膝を抱えて顔を隠した。重盛は満面の笑みを浮かべ、真紘の頭を片腕で抱えて旋毛あたりに唇を寄せた。
「好きな子を大事にしたい、傷付けたくないってのは分かるぜ。でも意外と相手の方が強いって場合もあるって。体がとかじゃなくてココの話ね。真紘ちゃんも細くて簡単にポキっといきそうだけど、心が超強い。ボロボロでも進むかっけぇ男」
 重盛が胸をトントンと叩き「ちょっとクサかったか」と口角を上げると、アルマはふっと頬を綻ばせた。
「俺の方が大分年上なんだがな。勇気か……。ここ最近は無縁な言葉だった」
「じゃあさ!」
「ああ、話し合ってみるよ。いつかはけじめをつけねばならないと思っていた。背中を押してくれてありがとう。重盛と真紘の仲睦まじい様子を見ていたら、羨ましくなった」
「ふふっ、頑張ってください。応援してます!」
「いやぁ、純度の高い素直なやつばっかりじゃん。俺の周りって。良きかな、良きかな」
「人前で抱き着くのは良くないよ」
「なんで?」
「恥ずかしいから……」
「いひ~! 真紘ちゃんマジ可愛いっ!」
「かっけぇって言ったばかりなのに」
 真紘が頬を膨らませて苦しいくらい抱き着いてくる重盛を押し返すと、アルマは本当に仲が良いなと機嫌よく笑った。
「そうだ、焼いていない芋もあるが持っていくか?」
「えっ、マジで。サンキューアルマ! 王都に帰ったら炊き込みご飯にしたりシチューに入れたりしよっかなぁ。てか、アルマはこの量の焼き芋を一人で食おうと思ってたのかよ」
「そうだ。三食焼き芋にするつもりだった。男の一人飯はこんなもんだろう」
「うはは! そりゃ人によるっしょ。てか二食分貰っちゃってごめん、ありがと。ご馳走様でした」
「ありがとうございます、アルマさん。ご馳走様でした。物々交換になっちゃいますけど、お礼のクッキーと街で買った保存食です。アレルギーや苦手なものがなければどうぞ」
「ああ、それはありがたい。甘いもんも好きだ。芋の消費に協力してくれて助かった。お互い良い旅を。またどこかで会おうな」
 大きな手をひらりと振ってアルマはのしのしと坂を下っていった。背中が見えなくなったのを確認して、真紘と重盛も山道を上っていく。

「なあ、俺達めちゃ仲良しに見えるってよ」
「円満に見えているならいいじゃないか。重盛風に言うならば良きかなでしょ」
「今日の夜さ、もっと仲良しする?」
「……君、今日ずっとクサいな」
「だっは! そこは良きかなって言って!」
 癖のある笑い声を上げて重盛はまた真紘に抱き着いた。

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