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新しい年
59.もっと、早く
真紘と重盛は王都へと戻ってきた。
十一月もあと一週間で終わる。二十八日は重盛の誕生日。前々から計画していたこともあるため、間に合って良かったと真紘は密かに胸を撫で下ろした。
自宅のある五階まで階段を上がると、ひさしぶりに王都へ帰ってきた実感が沸く。
王都を離れて半年も経っていないが、一度も帰っていなかったため少々埃っぽい。窓を開けて換気をすると、気持ちの良い風が部屋に流れ込んできた。
生活魔法を使えばあっという間に清潔にはなる。しかしそれではどこか味気なく無機質だ。元からオーガニック志向というわけではないが、真紘は今回の旅を通じて自然と寄り添って生きることの豊かさに気付き、甚く気に入った。まだ見ぬ世界、遥か彼方遠くから吹く風、四季折々に色や姿を変える花々、凪いだ海に流れる雲。どれも当たり前でいて、美しいものだった。
エルフになった影響なのか、元からの感性なのかは分からないが、真紘は悪くないと思えた。
ローブを脱ぎ、王城で貰ったシャツとスラックスに着替えてソファーに腰かけると、サラサラと長い髪を風が撫でる。
暮らした日数よりも離れていた日数の方が多いので自宅と呼ぶには早い気もするが、完全なプライベートな空間は、外に設置するタイニーハウスや人の気配が濃い宿泊施設とは比べものにならないほど落ち着くものだ。
忘れないうちに買い物リストを作ろうとふと思い立ち戸棚に視線を投げると、それを察した重盛が戸棚からメモとペンを取って隣に座った。
「なんでわかったの?」
「そりゃ俺のビッグラブのおかげっしょ」
「なるほど、ありがたい。ビッグラブお一つ、頂戴致します」
ウインクをして親指と人差し指をクロスしたハートを投げて寄越す重盛をあしらうと、真紘はローテーブルを覗くような体勢でペンを走らせた。
暖房器具や毛布や布団。寒くなってきたのでこれは必須。
それから一週間分の食料。旅用の簡易的な食器は軽量で機能面に特化している。それに不満はないが、以前から重盛が王都に帰ったら料理の盛り付けも楽しみたいと言っていたので、食器の種類も増やしたい。
植物や海、湖、池についての本も欲しい。地方の古書店には専門書の類はあまり取り扱いがなかったので、王都に戻ったら絶対に王城の書庫へ足を運ぼうと決めていた。
中心部にある大きな書店にも行きたいところだ。年明けは寝台列車で地方へ旅に出るため、風土についても予習しておきたい。
黙々と綴られていく買い物リストを静かに見守っていた重盛は唸りながらソファーの背もたれに倒れた。
「本、本、本、めっちゃ本!」
「リアースの情報収集の基本は本じゃないか」
「ヒトも情報源じゃん。流行りみたいなリアルタイムの話は聞いた方が早くね?」
「そうれはそうだね。本は鮮度には欠けるかもしれないけど、精査された情報が載っていることが多いからさ。それに図鑑も面白いんだ。子供向けだからこそ、記述も分かりやすいし、こんなの常識だろうってことも丁寧にまとめてあって、リアース初心者の僕らにもピッタリなんだよ」
「リアースでは赤子に毛の生えたようなもんだから、基礎を固めるために本で学びたいってこと?」
「うん。この世界の宗教観とか死生観とか、人に訊き難いことも勉強しておけば、円滑な対人関係を築くことができるかなって……。それとは別にフィクションも好きだから結局僕は活字が読みたいだけなのかも?」
別に人見知りが理由で本に逃げているわけではないのだ、と真紘はあたふたと付け加える。重盛は分かっているよ、と笑みを浮かべてリストの一番上を指さした。
「本は真紘ちゃんの趣味みたいなもんだしいいんだけどさ、布団セットは一つでいいよね?」
「勿論だよ。ここ最近ちょっと寒いし重盛は体温高いから助かる。君の尻尾を抱えて寝たいな」
「俺は湯たんぽ代わりかよ! でも僕の布団から出て行けぇってプリプリ言われてた頃と比べるとすっごい進歩だよなぁ。あの頃はまだこうやって抱きしめられなかったし、感慨深いぜ……」
「そんなぶりっ子してないよ。というか、やれやれみたいな顔してるけどわりと最初からハグしてたじゃない」
「そうだっけ?」
「そうだよ。でも確かに感慨深いかもね」
真紘はペンをテーブルに置いて振り返り、首を傾げる重盛の腰に両手を回して抱き着いた。するとひじ掛けに置かれていた尻尾がぶわりと広がりピンと伸びた。さらに背中をポンポンと優しく撫でるように叩く。重盛の胸あたりにある顔をあげると上目遣いの完成だ。
ぶりっ子というのはこうやるんだよ、仕上げにコテンと頬を胸につける。
「カマ―バンドの中に入っていた短剣が今はないのが嬉しい。それって僕の隣が安心できるってことでしょ? 前はぎゅっとした時に万が一鞘から剣が抜けて重盛に刺さったらどうしようって思ってたから、抱きしめ返すのが怖くって。だからハグするならこっちの方がい、あ、ちょっ……んっ…」
尖らせた口をぱくりと食べられた。制止の言葉は形だけで、押し返すことはしない。
新品同様のソファーがギシリと音を立てた。
「本もいいけど、ちゃーんと俺のことも構ってね?」
仕方ないなと目を閉じると、ふっと笑ったような重盛の息遣いを感じ、真紘は余計な物がなくなった逞しい背中に遠慮なく両手を回した。
体温を分け与えるように一回、また一回と唇を合わせる。物足りさを感じた頃、空いた隙間からぬるりと舌が入って来て真紘は歓喜に震えた。
小さな口腔に収まっていたものを絡め取られ、喉の奥で息と言葉が混ざった音が鳴る。
酸素を求めて力任せに握っていた重盛の服を手放すと、唾液の糸を引きながら顔が離れていった。
「ふっ…あ……しげもり、キスするの、好き……だね」
「好き。人気のない森の中でも真紘ちゃんは照れるから、こうして思う存分したかったんだよねぇ」
「うう、ごめんってば……わ、ぷっ」
言葉の途中にも関わらず、下唇に吸いつかれ、ちゅっと音を立てて離れていく。
余裕そうな言葉とは裏腹に、目の前の獲物を狙う狐のような金の瞳がぎらつき熱を帯びて揺れていた。
「わぷっだって、いひひ、かわいい。でも喋ってると舌噛むぞ」
「……黙る」
「ん、素直」
キスをしながらうわ言のように好きだ好きだとと耳元で愛を囁かれ、形の良い指が後頭部に差し込まれた。空いた方の手が真紘の腰を引き寄せる。身体がピタリと密着すると、どちらのものか分からない鼓動が一段と大きくなった。
僕も好きだよ。
蜂蜜のように甘い瞳が、細く柔らかい黄金が、感情豊かな耳と尻尾が、低く蕩けそうな自分を呼ぶ声が――。
そんな想いを込めて、重盛の垂れた目尻にそっと口づけを落とした。
すりすりと頬を擦り合わせると、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
「二人きっりになると甘えんぼだな」
「我慢してた反動かな」
「外でも我慢しなくてもいいよって言いたいところだけど、この二人きりだけで発動するメロメロモードも捨てがたい。悩ましいわ」
「バカっ」
「昔から真紘馬鹿なんだ、俺」
「……知ってる。だから家では我慢しなくていいから」おいで、までは言わせてもらえず、またしても言葉は呑み込まれた。
どれだけ夢中になっていたのだろうか。
快晴とはいえ厚手のコートが欲しい気温。
いつの間にか腰を支えていた手が臍を経由して上へ上へと迫ってきている。あと少しで胸の尖りに到達するという時、くちゅんと真紘が小さなくしゃみを落とした。
ハッとして重盛は肩を掴んで引き離した。
顔を見合わせて小さく吹き出す。
このタイミングでくしゃみをするなんて、残念なような、安心したような。性的な触れ合いはいつも二律背反な感情の嵐だ。
羞恥心が込み上げてきた真紘は前髪を手櫛で直しながら呟いた。
「ま、窓閉めようかなぁ? 換気も終わったよね」
「はは……。賛成。真紘ちゃんが風邪ひく」
長く熱い息を吐いてから重盛は立ち上がった。とろりとした瞳のまま真紘は背中を目で追う。
そして窓の鍵を閉めた重盛は真紘に問いかけた。
「続きは夜?」
真紘は熱が冷めぬ唇を人差し指ですっとなぞると「もっと、早く」と囁いた。
王都へ戻ったことと騎士としての活動を報告するため二人は王城へと赴いた。
ぽってりと赤く腫れた真紘の唇を見て、重盛はニタニタと笑みを浮かべる。気恥ずかしさを覚えならも、同じように赤く染まった彼の唇を見て、真紘もまんざらでもないと思うのだ。
珍しくアテナ王と宰相のレヴィは二人そろって暇を持て余していたようで、すぐに謁見が許された。
教会に設置された神木の枝は周辺地域の魔力の巡りを良くする効果がある。それが上手く発揮されなくては意味がない。
町長や村長に王都から派遣された旨を説明し、教会で点検や魔力補充して掃除もする。丁寧に行っても二時間程度で終わる作業のため、一カ所目以降は真紘一人で行っていた。
空いた時間で重盛はその土地の居住者達と交流し、特産品や、お勧めの店などのリサーチをする。真紘はその日の夜に、重盛が日中何をしていたのか聞くのが楽しみだった。
訪れた教会のリストなどをまとめた資料をレヴィに手渡す。
小さな町や村にある教会は、神木の枝の魔力補充が行き届いておらず、周辺の森林で魔力溜まりに中った動植物を見かけることが多かった。真紘と重盛もギルドの仕事を奪わない程度に討伐してきたが、居住者の人口が少なくなるほど人員が必要になるため、ギルドの到着を待つことになる。
待つことは苦ではないが、有事の際に冒険者の到着が遅れることは問題だ。そのため根本的な解決策を講じる必要がある。
「これは前々からの課題なのよね。冒険者ギルドも頑張ってくれているのだけど、何か良い案はないかしら」とアテナは大きなため息をついた。
相変わらず豪華な王専用の椅子は置物になっており、本人は騎士のような衣服をまとい仁王立ちだ。王冠を被っていなければ、騎士団長と呼んでしまうかもしれない。
「ギルドもない小さな集落は魔獣が出た時、自衛団が退治するか遠くのギルドに依頼しますよね」
「そうね。冒険者が常にいてくれたら良いのだけど留まってもらえないのよ」
「では常にいてもらえるように給料を支払うのはいかがでしょうか?」
「それでは大きな都市で依頼を好きに受けることができる者と、その土地から動けぬ者の報酬や経験に差が生まれて不公平だと不満の声が上がるわ」
「確かにそうですね。そこで提案したいのは試験に受かったばかりの新人に限定した転勤制度です。大きな都市にはギルドの建物があるので良いとして、中々依頼を受けてもらえないような過疎地などに駐在所を作って人員を配置するんです」
地球には警察という冒険者ギルドのような組織があった。試験に受かった者は半年、人によっては十ヶ月ほど給料をもらいながらスキルを身に着けるため全寮制の学校に通い、卒業後は各地の交番へ配属される。
一年ごとなど区切りを決めて異動させれば、人によって経験の差は生まれ難くなり、組織力の底上げにも繋がる。
「現在は貴族の子息など身分の高い人間だけにある異動ですが、大きなギルドを取り纏めるような役職だけですよね。せっかく組織化しているのですから、全員で協力すべきではないでしょうか? 問題点を挙げるならば、世界を旅しながら依頼を受けたい冒険者にとっては嫌なことかもしれません。始めは混乱や反発が起きる可能性も……」
「だろうな。特に冒険者なりたての新人なんて夢と希望の満ち溢れていて血の気も多いよぉ。どうすんの?」
重盛の言葉にアテナとレヴィは頷く。真紘は苦笑いを浮かべながらズボンのポケットを軽く叩いた。
「そこは、これですよ。お金」
「おっ、真紘ちゃんにしては意外な方法じゃん」
「あは、そうかも。新人が駐在するのは三拠点。一年ごとに異動があって、三年間は固定給。下位ランカーでは達成し得ない額を毎月受け取れるとしたら、反発する者も減るのではないでしょうか? 旅に出たい人にとっては十分な準備資金も貯めることができますし、もしかしたらその土地を気に入って住まう者も現れるかもしれない。田舎でどう過ごすかは自分次第ですよ。四年目からが本当の踏ん張りどころ、普通の会社だって中間管理職が一番大変だって言うじゃない」
「あー……言ってたね、わははっ」
げっそりとした中間管理職代表のノエルの顔を思い出したのか、重盛は乾いた笑い声をあげた。
「ならば駐在所も必要になるし、駐在所をサポートする人員も必要になるわね。それから財源も」
「財源ならもう確保してありますよ」
アテナはそうねと頷いた。今代の救世主全員が受け取らなかった莫大な額の褒賞金を指しているのだと瞬時に理解したのだろう。
「本当に使ってしまって良いのかしら」
「はい。僕が言うのもおかしな話ですが、使ってこそのお金ですから。駐在所の建設となれば商業ギルドにも利益が出るでしょう。魔力溜まりによる事件や事故が減って、怪我をする人や悲しい思いをする人が減るのなら、それは僕らの喜びにも繋がります。教会周辺の環境が整えば、魔獣討伐の依頼を横から攫うこともなくなり、神木の枝への魔力補充も楽になりますしね。未来への投資ですよ」
「そうね。時代は変わるものよね。我々も貴方達が生まれた魔法のような世界を目指して、我々も進まなくては」
魔法のない、魔法のような科学が発展した世界。全てをシステム化するのが善とは思わないが、この世界にはもう少し基礎を固める必要があるのではないかと真紘は考えてた。
大半の事は魔法でなんとかできてしまう世界だからこそ、停滞してほしくないのだ。尊い命を一つでも未来に繋いでいくためには、清く正しく力を役立てたい。魔力溜まりによって大切な人亡くしたI,Mのような組織がいつかなくなるように、活動していかなければならない。
この世界における魔力とは、本来人の生活を豊かにできるものであり、そのために自分はこの世界に呼ばれたのだから。
「はい。そのお手伝いをさせてください。つきましては、その改革の指揮官として推薦したい人物が――」
その頃、真紘の思惑など知らぬ青髪の愛煙家は、ぶるりと身震いをしていた。
「教会の件は旅のついでにとお願いしたことだけど、想像以上にお仕事もこなしてくれて嬉しいわ。本当にありがとう、お二人とも」
「こちらこそありがとうございます。旅がさらに有意義なものになりました。この懐中時計のおかげで教会に立ち入る交渉もスムーズです。いただいておいて良かったです」
キラリと光る王家の紋章が入った時計は今では立派な身分証代わりだ。
「良かったわ。地道な作業だけれど、今後もよろしくね。それから、改善してほしいことや疑問があればいつでも言ってちょうだい」
ならば、と真紘は前々から気になっていたことを尋ねた。
「神木の枝は地球とリアースを繋いだ大魔法使いが設置したものですか?」
「半分正解ね。大魔法使いは東西南北の大戦によって枯渇した魔力をどうにかしようと研究されていたようなの。魔法を完成させて本人は消えてしまったそうよ。大魔法使いの弟子が持ち帰った神木の枝は、王城のとある場所に保管してある。復興のために枝を置くよう指示したのはその弟子の方ね。新しい教会が建つ時は儀式をするとかなんとか理由をつけて私かレヴィがその地まで行くわ。ちなみにこれは王族と宰相までしか知らない極秘事項なので他言無用よ」
「えーやば。そんな秘密の話を予告も無しにするなんて、ひでぇよばーちゃん。真紘ちゃん、どうにかして俺の記憶飛ばしてくんない?」
「無理だよ……。気軽に質問した僕が馬鹿だった。そんな大事な物がここにあるなんて。忘れたい……」
顔を青くした二人を見てアテナはケラケラと笑い手を叩いた。
「今度から新しい教会ができても、私とレヴィが行かなくともなんとかなるじゃないの。公務が一つ減って助かるわぁ。やったわねレヴィ」
「ほっほっほ、最近足腰にきていての、次期宰相選びも急がなくてはと思っておったが、お二人が引き継いでくださるのならば焦らずともいいのぉ」
「そ、そんな!」
「こりゃ何言ってもダメだわ、諦めよう真紘ちゃん。じーさんばーさんを歩かせんのもアレだし、枝を設置するくらいなら俺でもできそうだからオッケー。あ、待って、よく考えたら新しい教会の下見とかわくわくしない? 設計の段階から関われたらブライダルに特化した教会ができるかもじゃん!」
「ちょっと! 教会は時の神様を祀る場所でしょ、結婚式のために建てたら目的が変わっちゃうよ」
「なるほど。真紘ちゃんは色々な教会を見て決めたい派ね。メモしとこ」
耳まで真っ赤に染まった真紘と、今にも踊り出しそうな重盛を見比べて、アテナとレヴィは目を丸くした。
「あらあら、まあまあ! やだ、もう、貴方達まとまったのね!」
「ほっほっほ、めでたいことじゃ。重盛殿、ようやくですな。何も式ならば教会ではなく王城で盛大に挙げればよいではないか」
「あざっす……。でもやっぱり真紘ちゃんは恥ずかしがり屋だし、着飾った姿を見るのは俺だけがいい。二人きりの結婚式もロマンティックだろ?」
斜め下を向き指で鼻の下を擦る重盛だが、どうせろくな事を考えていないことを真紘は知っている。絶対にヴェールなんて付けないし、レースとフリルがふんだんにあしらわれた純白の衣装も着ない。
羞恥心を乗り越え、開き直った方が楽だと理解しているが、真っ赤に染まった耳の熱は引いてくれそうになかった。
「あーん、残念だけど年寄りが口を挟むべきじゃないわね。お花だけでも贈りたいから決まったら教えなさいな」
「サンキュー、ばーちゃん」
三人が結婚式について話している間、真紘は一人ぽつんと立ち尽くしていた。
仕事の報告をしに来たはずなのに、今にも緑茶が出てきそうな和気藹々とした雰囲気はなんだ。祖父母の家に結婚報告をしにきたような、なんとも言えないむず痒さを感じる。
室内とはいえ普段使用していない王の間はひんやりとしていて、少々肌寒い。真紘が肩を震わせると、重盛の上着が肩にかけられた。
「寒い? 晴れてるけど今日の上着じゃこの季節にはちょっと薄かったな。そろそろ帰ろっか」
「仕事の報告はもういいの?」
重盛の代わりに質問に答えたのはレヴィだった。
「今日の資料もありますし、真紘殿がこまめに旅先から報告書を送ってくださっていましたので、問題ありませんぞ。この爺がお二人の元気な顔を見たかったのでお呼び立てしたまでじゃ」
「ごめんなさいね。でも直接良い報告が聞けて良かったわ。手紙にはお二人が恋人になったなんて書いてなかったんだもの。寂しいじゃない」
「そ、それは職務に関係がないことでしたので……」
アテナとレヴィに責め寄られ、真紘は手のひらを胸の前に掲げて後退る。するとアテナは思いもよらぬ事を言い放った。
「真紘様もうかうかしていると危ないわよ。王都でも重盛様は人気なんだからちゃんと捕まえておかないと」
「えっ」
「ばっ、ばーちゃん!」
「あら言ってなかったの? メイド、領主の娘、ギルドの高位ランカー、何人かに告白されたと聞いたわよ」
「……誰から聞いたんだよ」
「あなたと仲良しの料理長よ」
「だっ! グストのやつ!」
目線を泳がす重盛は否定しない。
王都にいた頃の真紘は自宅と書庫の往復の日々だった。この世界に早く順応したくて、魔法についての本は熱心に読み込んだ。そんな中で交流があったのはアテナ、レヴィ、ノエル、麻耶、野木だけだ。
重盛も獣人の先輩であるアテナ王と訓練したり料理長のグストーソと料理の勉強をしたりしていたのは知っていたが、王城に通う間にそんな事になっていたとは――。
付き合う前とはいえ、何も聞かされていなかった衝撃は大きく、嫉妬して良いのかも分からなかった。
何か言おうとしている重盛の言葉を遮り、真紘は絵画のような恐ろしいほどの美しい笑みを浮かべる。
「……帰ろうか。アテナ様、レヴィ様、失礼致します。年末の式典には参加させていただきますので宜しくお願い致します」
肩の上着をぎゅっと掴むと真紘は踵を翻した。
「まひ、待って! ああもう、ばーちゃんのバカッ!」
不敬罪で投獄されてもおかしくない捨て台詞を残し、重盛は真紘の背中を追いかけた。
残されたアテナとレヴィは顔を見合わせる。
深いため息をついたのはレヴィだった。
「若者の青春を突くのは良い趣味とは言えませんな」
「だってだって! おめでたい事なのに手紙には何も書いてなかったし、お式に呼んでくれないんだもの」
「殿下はいつまで経ってもお心は少女のままじゃ。お変わりない」
「レヴィは老け込むのが早すぎるのよ」
「わしは人間ですからのぉ」
「私は貴方にもお二人のお式を見せてあげたかったの! 数百年間お願いすれば、真紘様も重盛様もお優しい方だからきっと王城でもお式を挙げてくれるわ。でも隣に喜びを分かち合う臣下がいないじゃないの。ねえ、もう少し早く……。もっと早く、王城でもやってもらえないかしら。交流の深いマルクスのところの教会でもいいのよ」
「お二人にはお二人のペースがあるのですから口出しはしないように。いい加減獣人やドワーフなど長命種の臣下を採用してくだされ。数百年後のお二人の式を共に見れるような臣下を」
数百歳も年下であるレヴィは、父親が年頃の娘に言い聞かせるような穏やかな口調で語り掛ける。するとアテナは耳をシュンと垂らして呟いた。
「……嫌よ。力の強い者が権力を手にしては碌なことにならないわ」
頭上で輝く王冠をはずして、長い尻尾を丸めたアテナは深いため息をついた。
十一月もあと一週間で終わる。二十八日は重盛の誕生日。前々から計画していたこともあるため、間に合って良かったと真紘は密かに胸を撫で下ろした。
自宅のある五階まで階段を上がると、ひさしぶりに王都へ帰ってきた実感が沸く。
王都を離れて半年も経っていないが、一度も帰っていなかったため少々埃っぽい。窓を開けて換気をすると、気持ちの良い風が部屋に流れ込んできた。
生活魔法を使えばあっという間に清潔にはなる。しかしそれではどこか味気なく無機質だ。元からオーガニック志向というわけではないが、真紘は今回の旅を通じて自然と寄り添って生きることの豊かさに気付き、甚く気に入った。まだ見ぬ世界、遥か彼方遠くから吹く風、四季折々に色や姿を変える花々、凪いだ海に流れる雲。どれも当たり前でいて、美しいものだった。
エルフになった影響なのか、元からの感性なのかは分からないが、真紘は悪くないと思えた。
ローブを脱ぎ、王城で貰ったシャツとスラックスに着替えてソファーに腰かけると、サラサラと長い髪を風が撫でる。
暮らした日数よりも離れていた日数の方が多いので自宅と呼ぶには早い気もするが、完全なプライベートな空間は、外に設置するタイニーハウスや人の気配が濃い宿泊施設とは比べものにならないほど落ち着くものだ。
忘れないうちに買い物リストを作ろうとふと思い立ち戸棚に視線を投げると、それを察した重盛が戸棚からメモとペンを取って隣に座った。
「なんでわかったの?」
「そりゃ俺のビッグラブのおかげっしょ」
「なるほど、ありがたい。ビッグラブお一つ、頂戴致します」
ウインクをして親指と人差し指をクロスしたハートを投げて寄越す重盛をあしらうと、真紘はローテーブルを覗くような体勢でペンを走らせた。
暖房器具や毛布や布団。寒くなってきたのでこれは必須。
それから一週間分の食料。旅用の簡易的な食器は軽量で機能面に特化している。それに不満はないが、以前から重盛が王都に帰ったら料理の盛り付けも楽しみたいと言っていたので、食器の種類も増やしたい。
植物や海、湖、池についての本も欲しい。地方の古書店には専門書の類はあまり取り扱いがなかったので、王都に戻ったら絶対に王城の書庫へ足を運ぼうと決めていた。
中心部にある大きな書店にも行きたいところだ。年明けは寝台列車で地方へ旅に出るため、風土についても予習しておきたい。
黙々と綴られていく買い物リストを静かに見守っていた重盛は唸りながらソファーの背もたれに倒れた。
「本、本、本、めっちゃ本!」
「リアースの情報収集の基本は本じゃないか」
「ヒトも情報源じゃん。流行りみたいなリアルタイムの話は聞いた方が早くね?」
「そうれはそうだね。本は鮮度には欠けるかもしれないけど、精査された情報が載っていることが多いからさ。それに図鑑も面白いんだ。子供向けだからこそ、記述も分かりやすいし、こんなの常識だろうってことも丁寧にまとめてあって、リアース初心者の僕らにもピッタリなんだよ」
「リアースでは赤子に毛の生えたようなもんだから、基礎を固めるために本で学びたいってこと?」
「うん。この世界の宗教観とか死生観とか、人に訊き難いことも勉強しておけば、円滑な対人関係を築くことができるかなって……。それとは別にフィクションも好きだから結局僕は活字が読みたいだけなのかも?」
別に人見知りが理由で本に逃げているわけではないのだ、と真紘はあたふたと付け加える。重盛は分かっているよ、と笑みを浮かべてリストの一番上を指さした。
「本は真紘ちゃんの趣味みたいなもんだしいいんだけどさ、布団セットは一つでいいよね?」
「勿論だよ。ここ最近ちょっと寒いし重盛は体温高いから助かる。君の尻尾を抱えて寝たいな」
「俺は湯たんぽ代わりかよ! でも僕の布団から出て行けぇってプリプリ言われてた頃と比べるとすっごい進歩だよなぁ。あの頃はまだこうやって抱きしめられなかったし、感慨深いぜ……」
「そんなぶりっ子してないよ。というか、やれやれみたいな顔してるけどわりと最初からハグしてたじゃない」
「そうだっけ?」
「そうだよ。でも確かに感慨深いかもね」
真紘はペンをテーブルに置いて振り返り、首を傾げる重盛の腰に両手を回して抱き着いた。するとひじ掛けに置かれていた尻尾がぶわりと広がりピンと伸びた。さらに背中をポンポンと優しく撫でるように叩く。重盛の胸あたりにある顔をあげると上目遣いの完成だ。
ぶりっ子というのはこうやるんだよ、仕上げにコテンと頬を胸につける。
「カマ―バンドの中に入っていた短剣が今はないのが嬉しい。それって僕の隣が安心できるってことでしょ? 前はぎゅっとした時に万が一鞘から剣が抜けて重盛に刺さったらどうしようって思ってたから、抱きしめ返すのが怖くって。だからハグするならこっちの方がい、あ、ちょっ……んっ…」
尖らせた口をぱくりと食べられた。制止の言葉は形だけで、押し返すことはしない。
新品同様のソファーがギシリと音を立てた。
「本もいいけど、ちゃーんと俺のことも構ってね?」
仕方ないなと目を閉じると、ふっと笑ったような重盛の息遣いを感じ、真紘は余計な物がなくなった逞しい背中に遠慮なく両手を回した。
体温を分け与えるように一回、また一回と唇を合わせる。物足りさを感じた頃、空いた隙間からぬるりと舌が入って来て真紘は歓喜に震えた。
小さな口腔に収まっていたものを絡め取られ、喉の奥で息と言葉が混ざった音が鳴る。
酸素を求めて力任せに握っていた重盛の服を手放すと、唾液の糸を引きながら顔が離れていった。
「ふっ…あ……しげもり、キスするの、好き……だね」
「好き。人気のない森の中でも真紘ちゃんは照れるから、こうして思う存分したかったんだよねぇ」
「うう、ごめんってば……わ、ぷっ」
言葉の途中にも関わらず、下唇に吸いつかれ、ちゅっと音を立てて離れていく。
余裕そうな言葉とは裏腹に、目の前の獲物を狙う狐のような金の瞳がぎらつき熱を帯びて揺れていた。
「わぷっだって、いひひ、かわいい。でも喋ってると舌噛むぞ」
「……黙る」
「ん、素直」
キスをしながらうわ言のように好きだ好きだとと耳元で愛を囁かれ、形の良い指が後頭部に差し込まれた。空いた方の手が真紘の腰を引き寄せる。身体がピタリと密着すると、どちらのものか分からない鼓動が一段と大きくなった。
僕も好きだよ。
蜂蜜のように甘い瞳が、細く柔らかい黄金が、感情豊かな耳と尻尾が、低く蕩けそうな自分を呼ぶ声が――。
そんな想いを込めて、重盛の垂れた目尻にそっと口づけを落とした。
すりすりと頬を擦り合わせると、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
「二人きっりになると甘えんぼだな」
「我慢してた反動かな」
「外でも我慢しなくてもいいよって言いたいところだけど、この二人きりだけで発動するメロメロモードも捨てがたい。悩ましいわ」
「バカっ」
「昔から真紘馬鹿なんだ、俺」
「……知ってる。だから家では我慢しなくていいから」おいで、までは言わせてもらえず、またしても言葉は呑み込まれた。
どれだけ夢中になっていたのだろうか。
快晴とはいえ厚手のコートが欲しい気温。
いつの間にか腰を支えていた手が臍を経由して上へ上へと迫ってきている。あと少しで胸の尖りに到達するという時、くちゅんと真紘が小さなくしゃみを落とした。
ハッとして重盛は肩を掴んで引き離した。
顔を見合わせて小さく吹き出す。
このタイミングでくしゃみをするなんて、残念なような、安心したような。性的な触れ合いはいつも二律背反な感情の嵐だ。
羞恥心が込み上げてきた真紘は前髪を手櫛で直しながら呟いた。
「ま、窓閉めようかなぁ? 換気も終わったよね」
「はは……。賛成。真紘ちゃんが風邪ひく」
長く熱い息を吐いてから重盛は立ち上がった。とろりとした瞳のまま真紘は背中を目で追う。
そして窓の鍵を閉めた重盛は真紘に問いかけた。
「続きは夜?」
真紘は熱が冷めぬ唇を人差し指ですっとなぞると「もっと、早く」と囁いた。
王都へ戻ったことと騎士としての活動を報告するため二人は王城へと赴いた。
ぽってりと赤く腫れた真紘の唇を見て、重盛はニタニタと笑みを浮かべる。気恥ずかしさを覚えならも、同じように赤く染まった彼の唇を見て、真紘もまんざらでもないと思うのだ。
珍しくアテナ王と宰相のレヴィは二人そろって暇を持て余していたようで、すぐに謁見が許された。
教会に設置された神木の枝は周辺地域の魔力の巡りを良くする効果がある。それが上手く発揮されなくては意味がない。
町長や村長に王都から派遣された旨を説明し、教会で点検や魔力補充して掃除もする。丁寧に行っても二時間程度で終わる作業のため、一カ所目以降は真紘一人で行っていた。
空いた時間で重盛はその土地の居住者達と交流し、特産品や、お勧めの店などのリサーチをする。真紘はその日の夜に、重盛が日中何をしていたのか聞くのが楽しみだった。
訪れた教会のリストなどをまとめた資料をレヴィに手渡す。
小さな町や村にある教会は、神木の枝の魔力補充が行き届いておらず、周辺の森林で魔力溜まりに中った動植物を見かけることが多かった。真紘と重盛もギルドの仕事を奪わない程度に討伐してきたが、居住者の人口が少なくなるほど人員が必要になるため、ギルドの到着を待つことになる。
待つことは苦ではないが、有事の際に冒険者の到着が遅れることは問題だ。そのため根本的な解決策を講じる必要がある。
「これは前々からの課題なのよね。冒険者ギルドも頑張ってくれているのだけど、何か良い案はないかしら」とアテナは大きなため息をついた。
相変わらず豪華な王専用の椅子は置物になっており、本人は騎士のような衣服をまとい仁王立ちだ。王冠を被っていなければ、騎士団長と呼んでしまうかもしれない。
「ギルドもない小さな集落は魔獣が出た時、自衛団が退治するか遠くのギルドに依頼しますよね」
「そうね。冒険者が常にいてくれたら良いのだけど留まってもらえないのよ」
「では常にいてもらえるように給料を支払うのはいかがでしょうか?」
「それでは大きな都市で依頼を好きに受けることができる者と、その土地から動けぬ者の報酬や経験に差が生まれて不公平だと不満の声が上がるわ」
「確かにそうですね。そこで提案したいのは試験に受かったばかりの新人に限定した転勤制度です。大きな都市にはギルドの建物があるので良いとして、中々依頼を受けてもらえないような過疎地などに駐在所を作って人員を配置するんです」
地球には警察という冒険者ギルドのような組織があった。試験に受かった者は半年、人によっては十ヶ月ほど給料をもらいながらスキルを身に着けるため全寮制の学校に通い、卒業後は各地の交番へ配属される。
一年ごとなど区切りを決めて異動させれば、人によって経験の差は生まれ難くなり、組織力の底上げにも繋がる。
「現在は貴族の子息など身分の高い人間だけにある異動ですが、大きなギルドを取り纏めるような役職だけですよね。せっかく組織化しているのですから、全員で協力すべきではないでしょうか? 問題点を挙げるならば、世界を旅しながら依頼を受けたい冒険者にとっては嫌なことかもしれません。始めは混乱や反発が起きる可能性も……」
「だろうな。特に冒険者なりたての新人なんて夢と希望の満ち溢れていて血の気も多いよぉ。どうすんの?」
重盛の言葉にアテナとレヴィは頷く。真紘は苦笑いを浮かべながらズボンのポケットを軽く叩いた。
「そこは、これですよ。お金」
「おっ、真紘ちゃんにしては意外な方法じゃん」
「あは、そうかも。新人が駐在するのは三拠点。一年ごとに異動があって、三年間は固定給。下位ランカーでは達成し得ない額を毎月受け取れるとしたら、反発する者も減るのではないでしょうか? 旅に出たい人にとっては十分な準備資金も貯めることができますし、もしかしたらその土地を気に入って住まう者も現れるかもしれない。田舎でどう過ごすかは自分次第ですよ。四年目からが本当の踏ん張りどころ、普通の会社だって中間管理職が一番大変だって言うじゃない」
「あー……言ってたね、わははっ」
げっそりとした中間管理職代表のノエルの顔を思い出したのか、重盛は乾いた笑い声をあげた。
「ならば駐在所も必要になるし、駐在所をサポートする人員も必要になるわね。それから財源も」
「財源ならもう確保してありますよ」
アテナはそうねと頷いた。今代の救世主全員が受け取らなかった莫大な額の褒賞金を指しているのだと瞬時に理解したのだろう。
「本当に使ってしまって良いのかしら」
「はい。僕が言うのもおかしな話ですが、使ってこそのお金ですから。駐在所の建設となれば商業ギルドにも利益が出るでしょう。魔力溜まりによる事件や事故が減って、怪我をする人や悲しい思いをする人が減るのなら、それは僕らの喜びにも繋がります。教会周辺の環境が整えば、魔獣討伐の依頼を横から攫うこともなくなり、神木の枝への魔力補充も楽になりますしね。未来への投資ですよ」
「そうね。時代は変わるものよね。我々も貴方達が生まれた魔法のような世界を目指して、我々も進まなくては」
魔法のない、魔法のような科学が発展した世界。全てをシステム化するのが善とは思わないが、この世界にはもう少し基礎を固める必要があるのではないかと真紘は考えてた。
大半の事は魔法でなんとかできてしまう世界だからこそ、停滞してほしくないのだ。尊い命を一つでも未来に繋いでいくためには、清く正しく力を役立てたい。魔力溜まりによって大切な人亡くしたI,Mのような組織がいつかなくなるように、活動していかなければならない。
この世界における魔力とは、本来人の生活を豊かにできるものであり、そのために自分はこの世界に呼ばれたのだから。
「はい。そのお手伝いをさせてください。つきましては、その改革の指揮官として推薦したい人物が――」
その頃、真紘の思惑など知らぬ青髪の愛煙家は、ぶるりと身震いをしていた。
「教会の件は旅のついでにとお願いしたことだけど、想像以上にお仕事もこなしてくれて嬉しいわ。本当にありがとう、お二人とも」
「こちらこそありがとうございます。旅がさらに有意義なものになりました。この懐中時計のおかげで教会に立ち入る交渉もスムーズです。いただいておいて良かったです」
キラリと光る王家の紋章が入った時計は今では立派な身分証代わりだ。
「良かったわ。地道な作業だけれど、今後もよろしくね。それから、改善してほしいことや疑問があればいつでも言ってちょうだい」
ならば、と真紘は前々から気になっていたことを尋ねた。
「神木の枝は地球とリアースを繋いだ大魔法使いが設置したものですか?」
「半分正解ね。大魔法使いは東西南北の大戦によって枯渇した魔力をどうにかしようと研究されていたようなの。魔法を完成させて本人は消えてしまったそうよ。大魔法使いの弟子が持ち帰った神木の枝は、王城のとある場所に保管してある。復興のために枝を置くよう指示したのはその弟子の方ね。新しい教会が建つ時は儀式をするとかなんとか理由をつけて私かレヴィがその地まで行くわ。ちなみにこれは王族と宰相までしか知らない極秘事項なので他言無用よ」
「えーやば。そんな秘密の話を予告も無しにするなんて、ひでぇよばーちゃん。真紘ちゃん、どうにかして俺の記憶飛ばしてくんない?」
「無理だよ……。気軽に質問した僕が馬鹿だった。そんな大事な物がここにあるなんて。忘れたい……」
顔を青くした二人を見てアテナはケラケラと笑い手を叩いた。
「今度から新しい教会ができても、私とレヴィが行かなくともなんとかなるじゃないの。公務が一つ減って助かるわぁ。やったわねレヴィ」
「ほっほっほ、最近足腰にきていての、次期宰相選びも急がなくてはと思っておったが、お二人が引き継いでくださるのならば焦らずともいいのぉ」
「そ、そんな!」
「こりゃ何言ってもダメだわ、諦めよう真紘ちゃん。じーさんばーさんを歩かせんのもアレだし、枝を設置するくらいなら俺でもできそうだからオッケー。あ、待って、よく考えたら新しい教会の下見とかわくわくしない? 設計の段階から関われたらブライダルに特化した教会ができるかもじゃん!」
「ちょっと! 教会は時の神様を祀る場所でしょ、結婚式のために建てたら目的が変わっちゃうよ」
「なるほど。真紘ちゃんは色々な教会を見て決めたい派ね。メモしとこ」
耳まで真っ赤に染まった真紘と、今にも踊り出しそうな重盛を見比べて、アテナとレヴィは目を丸くした。
「あらあら、まあまあ! やだ、もう、貴方達まとまったのね!」
「ほっほっほ、めでたいことじゃ。重盛殿、ようやくですな。何も式ならば教会ではなく王城で盛大に挙げればよいではないか」
「あざっす……。でもやっぱり真紘ちゃんは恥ずかしがり屋だし、着飾った姿を見るのは俺だけがいい。二人きりの結婚式もロマンティックだろ?」
斜め下を向き指で鼻の下を擦る重盛だが、どうせろくな事を考えていないことを真紘は知っている。絶対にヴェールなんて付けないし、レースとフリルがふんだんにあしらわれた純白の衣装も着ない。
羞恥心を乗り越え、開き直った方が楽だと理解しているが、真っ赤に染まった耳の熱は引いてくれそうになかった。
「あーん、残念だけど年寄りが口を挟むべきじゃないわね。お花だけでも贈りたいから決まったら教えなさいな」
「サンキュー、ばーちゃん」
三人が結婚式について話している間、真紘は一人ぽつんと立ち尽くしていた。
仕事の報告をしに来たはずなのに、今にも緑茶が出てきそうな和気藹々とした雰囲気はなんだ。祖父母の家に結婚報告をしにきたような、なんとも言えないむず痒さを感じる。
室内とはいえ普段使用していない王の間はひんやりとしていて、少々肌寒い。真紘が肩を震わせると、重盛の上着が肩にかけられた。
「寒い? 晴れてるけど今日の上着じゃこの季節にはちょっと薄かったな。そろそろ帰ろっか」
「仕事の報告はもういいの?」
重盛の代わりに質問に答えたのはレヴィだった。
「今日の資料もありますし、真紘殿がこまめに旅先から報告書を送ってくださっていましたので、問題ありませんぞ。この爺がお二人の元気な顔を見たかったのでお呼び立てしたまでじゃ」
「ごめんなさいね。でも直接良い報告が聞けて良かったわ。手紙にはお二人が恋人になったなんて書いてなかったんだもの。寂しいじゃない」
「そ、それは職務に関係がないことでしたので……」
アテナとレヴィに責め寄られ、真紘は手のひらを胸の前に掲げて後退る。するとアテナは思いもよらぬ事を言い放った。
「真紘様もうかうかしていると危ないわよ。王都でも重盛様は人気なんだからちゃんと捕まえておかないと」
「えっ」
「ばっ、ばーちゃん!」
「あら言ってなかったの? メイド、領主の娘、ギルドの高位ランカー、何人かに告白されたと聞いたわよ」
「……誰から聞いたんだよ」
「あなたと仲良しの料理長よ」
「だっ! グストのやつ!」
目線を泳がす重盛は否定しない。
王都にいた頃の真紘は自宅と書庫の往復の日々だった。この世界に早く順応したくて、魔法についての本は熱心に読み込んだ。そんな中で交流があったのはアテナ、レヴィ、ノエル、麻耶、野木だけだ。
重盛も獣人の先輩であるアテナ王と訓練したり料理長のグストーソと料理の勉強をしたりしていたのは知っていたが、王城に通う間にそんな事になっていたとは――。
付き合う前とはいえ、何も聞かされていなかった衝撃は大きく、嫉妬して良いのかも分からなかった。
何か言おうとしている重盛の言葉を遮り、真紘は絵画のような恐ろしいほどの美しい笑みを浮かべる。
「……帰ろうか。アテナ様、レヴィ様、失礼致します。年末の式典には参加させていただきますので宜しくお願い致します」
肩の上着をぎゅっと掴むと真紘は踵を翻した。
「まひ、待って! ああもう、ばーちゃんのバカッ!」
不敬罪で投獄されてもおかしくない捨て台詞を残し、重盛は真紘の背中を追いかけた。
残されたアテナとレヴィは顔を見合わせる。
深いため息をついたのはレヴィだった。
「若者の青春を突くのは良い趣味とは言えませんな」
「だってだって! おめでたい事なのに手紙には何も書いてなかったし、お式に呼んでくれないんだもの」
「殿下はいつまで経ってもお心は少女のままじゃ。お変わりない」
「レヴィは老け込むのが早すぎるのよ」
「わしは人間ですからのぉ」
「私は貴方にもお二人のお式を見せてあげたかったの! 数百年間お願いすれば、真紘様も重盛様もお優しい方だからきっと王城でもお式を挙げてくれるわ。でも隣に喜びを分かち合う臣下がいないじゃないの。ねえ、もう少し早く……。もっと早く、王城でもやってもらえないかしら。交流の深いマルクスのところの教会でもいいのよ」
「お二人にはお二人のペースがあるのですから口出しはしないように。いい加減獣人やドワーフなど長命種の臣下を採用してくだされ。数百年後のお二人の式を共に見れるような臣下を」
数百歳も年下であるレヴィは、父親が年頃の娘に言い聞かせるような穏やかな口調で語り掛ける。するとアテナは耳をシュンと垂らして呟いた。
「……嫌よ。力の強い者が権力を手にしては碌なことにならないわ」
頭上で輝く王冠をはずして、長い尻尾を丸めたアテナは深いため息をついた。
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