叶わぬ夢、影が繋ぐ彼方に -死を越えて繋がる夢-

第一章

悲しい同盟者

昼下がりの森の中、風が木々の間を通り抜けていった。周りの静けさが全てを包み込み、その中でルネッサの声だけが突然その静寂を切り裂いた。

「アイデン、なぜあの虫を…殺したの？」

彼女の声は震えていて、脆く、繊細だった。

「あなたは一度も虫を殺したことがなかったはず。どんな生物に対しても、いつでも愛と敬意を示していた。それがあなただったわ」

風が彼女の言葉を遠くまで運んでいった。

胸が痛んだ。彼女の言葉が私の頭の中を駆け巡り、それぞれが以前の私を描き、今の私を偽物として責めたてていた。

彼女の温かい笑顔、その柔らかな瞳、そして私、アイデンが本来持っていたであろう生物への深い敬意。その全てが私を苦しめた。

私は深く息を吸い込み、再び彼女の瞳に視線を戻した。

「君が言う通りだ、ルネッサ。それが以前の僕だったんだ。でも…」

私の言葉が途切れた。

ルネッサの視線が私の顔を探していた。

「でも…？」

彼女の声はほとんど聞こえないほどに小さかった。

私は再び深く息を吸い、それから静かに告げた。

「でも、君の知っているアイデンはもういないんだ。今の僕は、そのアイデンとは違うんだ」

その言葉が森に響いた。彼女の目には驚きと混乱が交じっていた。私の告白は彼女にとって予想外のことだった。

「それはどういう意味？アイデンはアイデンじゃないって？」

ルネッサの混乱が声に現れていた。彼女の深い緑の瞳は私の姿を探し、その変化を理解しようとしていた。

「私は記憶ではダークエルフのヴェルサイルという熟練の暗殺者だった。ダルガン博士が私の脳をアイデンに移植したらしい」

ルネッサは驚きの表情で尋ねた。

「なぜそんなことを…」

私は首を振った。

「私にも経緯はわからない。君の両親も同様だ。ダルガン博士の独断だったのかもしれない。でも、私はアイデンの人生を奪ったわけではなく、成り代わろうとしているわけでもない」

ルネッサからの視線が厳しくなった。

「ただ、誤解しないで欲しい。私はアイデンの協力者と言っていい。ここに書かれたアイデンの夢を叶えたいと思っている。このアイデンの日記の通りに生きることで」

口元を引き結んで、ゆっくりと胸ポケットから小さな本を取り出した。それはダルガン博士からアイデンの持ち物として渡されたものだった。

「なぜアイデンの夢を…あなたが？」

まだ困惑の中にいる彼女の声が囁きとなり、森の中に消えていった。

静かに、ヴェルサイルとしての過去の記憶を語り始めた。殺し、盗み、暴力を振るい振るわれた日々。私の語りは少しずつ熱を帯びていった。ルネッサは黙って私の話に耳を傾けていた。

「自分は暗殺者として、汚れた仕事をしてきた。それが僕、ヴェルサイルの真実だ。この少年、アイデンが夢見た未来を追い求めることは贖罪でもあり、汚れないアイデンへの敬意なんだ」


「いや、違うな…自分として、新たな自分を見つける。アイデンの夢、彼が全てをかけて追い求めていた夢を、自分がアイデンとして叶える。それが、自分がアイデンとして生きる意味だ」

自分の声は最後には落ち着きを取り戻し、自分自身にもそのことを確認するように静かに言った。

森が静かに息づいていた。昼下がりの風が、木々の間を抜けていく。その音が沈黙を裂く。太陽の光が地を照らし、森に穏やかな陽光をもたらす。

ルネッサを見つめる。彼女の銀色の髪が太陽光に反射して輝く。

ルネッサに向けて口を開いた。

「ルネッサ、自分がもう一度、以前のアイデンになれると思っているかもしれないけど、それは無理だ」

ルネッサの深い緑の目は、複雑な感情が織りなす波紋を描く。口元は悲しみで引き結ばれる。

「もう、あの人には会うことができないのね。身体はここにあるのに」

ルネッサの手が自分の肩に触れる。手が震えていた。

「あなたの大切な彼はもういないけれど、自分は選んだ。アイデンのアイデンの夢を追い、それを叶えることを。ダークエルフはどんな仕事でも契約を違えない。貴方に彼の夢を叶えることを誓おう。それはアイデンの身体を預かった者としてのアイデンへの弔いだ」

ルネッサの目をじっと見た。

「本当にあなたがアイデンの夢を叶えてくれるの？」

ルネッサの言葉が自分の心を揺さぶる。

「ああ、必ず」

ルネッサの涙を見つめる。その心は同情と悲しみで溢れていた。

「それなら、私も協力するわ。君がアイデンとして生きる限り、私は君のそばにいる」

彼女の痛みを共有し、その痛みを乗り越えようとする強い意志を感じた。

「ありがとう、ルネッサ。これからもよろしく」と、自分は再び前を向いて握手を求めた。

「わかったわ。アイデン。でも、少しだけここで泣かせて」

ルネッサは静かに咽び泣いた。自分の手は所在なく垂れ下がったままだった。