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娼婦と飲み比べ
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「お待たせー」
ウェイターの青年が数本のボトルとグラスをテーブルに置いた。楽しそうに私を眺めた後、店の奥へと戻っていく。
飲み比べ勝負をするときに持ち出される共通のルールがある。
グラスは必ず同じものを使い、交互に飲み干すこと。勝負中は第三者が介入せず、葡萄酒はお互いに注ぎ合うこと。
一つのグラスを使うのも相手に葡萄酒を注ぎ合うことも、すべては勝負の公正を規するためだ。飲み合いはアームファイトと共に酒場でよくされる勝負で、昔からたくさん行われている。だから自分を有利にするために相手のグラスに妙な薬を入れたり、立会人を買収して濃さを調整したりといった不正をした過去から、こういった酒場でのルールが生まれた。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はザイクス。お前は?」
「ロジスティア」
短く名乗ってテーブルの席に着く。
カウンターでするはずの勝負は、なぜか店の真ん中で行うことになった。まあ、店中の人間が証人になってくれると宣言した勝負だ。余興というか、客引きにも使われるのかもしれない。
筋肉隆々の巨躯を誇る男と私が飲み比べ勝負をするところなどなかなか見られるものではない。
店側としては飲み比べの飲み代も利益になるし、勝負事が終わればその話を肴に酒を酌み交わす連中もいる。多少の騒ぎに目をつむれば、店側が損をすることはない。さすがに暴れて店内のものを壊すようなことがあればストップが掛けられる。しかもその場にいる全員から袋叩きにあい、問答無用で身ぐるみ剥がされて大通りに捨てられるので、不利になったからといって暴れるような輩は少ない。
ともかく、勝負をすることに決まったからにはもう弱みは見せられない。どんな勝負でもそうだが、向かい合った時点からそれは始まっている。
私は無表情で筋肉男——ザイクスを見上げた。座高も高いから視線が同じ位置に来ない。見下ろされるのは癪だが、それを顔に出さすような真似はしない。こちらが見下すつもりで薄ら笑いさえ浮かべた。
ザイクスがグラスに葡萄酒を半分注いでボトルを置いた。今度は私が葡萄酒をグラスに注ぐ。八分目で止めてボトルを置く。
最初の一杯目はこうして二人で注ぐ決まりだ。そしてその一杯目は勝負を仕掛けた方から飲む。今回はザイクスから声をかけてきたから目で飲めと促せば、まるで水のようにごくごくと飲み干す。
あまりの飲みっぷりに周りから拍手と喝采、そして野次が飛ぶ。ザイクスがグラスを音を立ててテーブルに置く。そこに葡萄酒を八分目まで注ぎ、同じように目で勧めてくる。私も当然するっと飲み干してグラスを置いた。驚きの声がそこかしこで起きる。
「いい飲みっぷりだな、ロジー」
「ロジスティアよ。勝手に愛称で呼ばないで」
愛称で呼ぶ許可を出した覚えはない。私はザイクスを睨みながらグラスに葡萄酒を注いで突き出す。それを受け取ってザイクスがまたごくごくと飲み干した。
「俺とお前の仲だ。別にいいだろ」
「名前を気軽に呼び合うような仲になった覚えはないわ」
注がれた葡萄酒を飲み干す。注ぎ返して飲み干される。
「これからそうなるし、もっと特別な仲にもなる予定だ」
「私はこの勝負に負けるつもりはないの。あなたからお金をもらって、それでさよならよ。特別な仲になんてならないわ」
「俺は強いぞ」
「残念ながら、私も強いの」
飲んで、注いで、飲んで、注いで。言葉を交わしながら互いに杯を進める。ボトルはあっという間に空になり、新たなボトルが追加される。
どのくらいそうして飲みあいをしていたのか、私は葡萄酒を飲み干して息を吐いた。テーブルの上には空になったボトルが何本も転がっている。しかし酔っているという感覚はない。頭はしっかりしているし、眠気があるわけでもない。ただ、さすがに飲み続けているとトイレが近くなる。
飲み比べの勝負は大体が短期決戦だが、私もザイクスも酒豪のためかなかなか勝負がつかない。長時間ともなれば休憩を挟むこともある。ただし、酔い覚ましに水を飲んだり吐いたりすれば即負けとなる。
「ねえ、野暮用を済ましてきてもいい?」
「小便か」
「下品ね。化粧直しと言ってくれる?」
「ロジーは化粧なんかしなくても綺麗だ」
「はいはい、そうね。とにかく、一旦席を外すわよ」
「吐くなよ」
「吐くわけないでしょ。私は負けるつもりはないって言ったじゃない」
「なら、俺も野暮用だ」
二人同時に立ち上がる。私はもちろんザイクスも足元はしっかりしている。酔ったような様子も見せず、一旦休憩を挟む宣言をしてからトイレへ向かった。
飲食の店では色々な都合上、大抵がトイレは別の場所にある。この店もそうで、一旦外に出た先の別棟にトイレがある。男女別に別れた個室に向かう前で足を止めてザイクスを振り仰ぐ。
「もどしてもいいのよ?」
「吐かねえよ。お前を見てたらムラムラしてきただけだ。一発抜いてくる」
「馬鹿じゃないの」
睨みあげれば楽しそうに目を細める黄色の瞳が見下ろしてくる。その挑発的な瞳から顔をそむけて女性用の個室へと足を向けた。
小用を済ませて個室を出ると、ザイクスはまだ戻っていないようだった。本当に抜いてるんじゃなかろうな。まあ、そんな血の巡りが良くなるようなことをすれば酔いは一気に回るわけで、勝負の時短に繋がるのなら悪くはない。
夜も更けてきたこの時間は通りも静かだ。店から漏れ聞こえる喧騒は、私たちの飲み勝負の話で持ち切りで、中にはどちらが勝つか賭けているものまでいる。
勝つのは私だけどね。
そう思いながら息を吐いて店に戻ろうと一歩踏み出した私の前に、男が立ちふさがった。
ウェイターの青年が数本のボトルとグラスをテーブルに置いた。楽しそうに私を眺めた後、店の奥へと戻っていく。
飲み比べ勝負をするときに持ち出される共通のルールがある。
グラスは必ず同じものを使い、交互に飲み干すこと。勝負中は第三者が介入せず、葡萄酒はお互いに注ぎ合うこと。
一つのグラスを使うのも相手に葡萄酒を注ぎ合うことも、すべては勝負の公正を規するためだ。飲み合いはアームファイトと共に酒場でよくされる勝負で、昔からたくさん行われている。だから自分を有利にするために相手のグラスに妙な薬を入れたり、立会人を買収して濃さを調整したりといった不正をした過去から、こういった酒場でのルールが生まれた。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はザイクス。お前は?」
「ロジスティア」
短く名乗ってテーブルの席に着く。
カウンターでするはずの勝負は、なぜか店の真ん中で行うことになった。まあ、店中の人間が証人になってくれると宣言した勝負だ。余興というか、客引きにも使われるのかもしれない。
筋肉隆々の巨躯を誇る男と私が飲み比べ勝負をするところなどなかなか見られるものではない。
店側としては飲み比べの飲み代も利益になるし、勝負事が終わればその話を肴に酒を酌み交わす連中もいる。多少の騒ぎに目をつむれば、店側が損をすることはない。さすがに暴れて店内のものを壊すようなことがあればストップが掛けられる。しかもその場にいる全員から袋叩きにあい、問答無用で身ぐるみ剥がされて大通りに捨てられるので、不利になったからといって暴れるような輩は少ない。
ともかく、勝負をすることに決まったからにはもう弱みは見せられない。どんな勝負でもそうだが、向かい合った時点からそれは始まっている。
私は無表情で筋肉男——ザイクスを見上げた。座高も高いから視線が同じ位置に来ない。見下ろされるのは癪だが、それを顔に出さすような真似はしない。こちらが見下すつもりで薄ら笑いさえ浮かべた。
ザイクスがグラスに葡萄酒を半分注いでボトルを置いた。今度は私が葡萄酒をグラスに注ぐ。八分目で止めてボトルを置く。
最初の一杯目はこうして二人で注ぐ決まりだ。そしてその一杯目は勝負を仕掛けた方から飲む。今回はザイクスから声をかけてきたから目で飲めと促せば、まるで水のようにごくごくと飲み干す。
あまりの飲みっぷりに周りから拍手と喝采、そして野次が飛ぶ。ザイクスがグラスを音を立ててテーブルに置く。そこに葡萄酒を八分目まで注ぎ、同じように目で勧めてくる。私も当然するっと飲み干してグラスを置いた。驚きの声がそこかしこで起きる。
「いい飲みっぷりだな、ロジー」
「ロジスティアよ。勝手に愛称で呼ばないで」
愛称で呼ぶ許可を出した覚えはない。私はザイクスを睨みながらグラスに葡萄酒を注いで突き出す。それを受け取ってザイクスがまたごくごくと飲み干した。
「俺とお前の仲だ。別にいいだろ」
「名前を気軽に呼び合うような仲になった覚えはないわ」
注がれた葡萄酒を飲み干す。注ぎ返して飲み干される。
「これからそうなるし、もっと特別な仲にもなる予定だ」
「私はこの勝負に負けるつもりはないの。あなたからお金をもらって、それでさよならよ。特別な仲になんてならないわ」
「俺は強いぞ」
「残念ながら、私も強いの」
飲んで、注いで、飲んで、注いで。言葉を交わしながら互いに杯を進める。ボトルはあっという間に空になり、新たなボトルが追加される。
どのくらいそうして飲みあいをしていたのか、私は葡萄酒を飲み干して息を吐いた。テーブルの上には空になったボトルが何本も転がっている。しかし酔っているという感覚はない。頭はしっかりしているし、眠気があるわけでもない。ただ、さすがに飲み続けているとトイレが近くなる。
飲み比べの勝負は大体が短期決戦だが、私もザイクスも酒豪のためかなかなか勝負がつかない。長時間ともなれば休憩を挟むこともある。ただし、酔い覚ましに水を飲んだり吐いたりすれば即負けとなる。
「ねえ、野暮用を済ましてきてもいい?」
「小便か」
「下品ね。化粧直しと言ってくれる?」
「ロジーは化粧なんかしなくても綺麗だ」
「はいはい、そうね。とにかく、一旦席を外すわよ」
「吐くなよ」
「吐くわけないでしょ。私は負けるつもりはないって言ったじゃない」
「なら、俺も野暮用だ」
二人同時に立ち上がる。私はもちろんザイクスも足元はしっかりしている。酔ったような様子も見せず、一旦休憩を挟む宣言をしてからトイレへ向かった。
飲食の店では色々な都合上、大抵がトイレは別の場所にある。この店もそうで、一旦外に出た先の別棟にトイレがある。男女別に別れた個室に向かう前で足を止めてザイクスを振り仰ぐ。
「もどしてもいいのよ?」
「吐かねえよ。お前を見てたらムラムラしてきただけだ。一発抜いてくる」
「馬鹿じゃないの」
睨みあげれば楽しそうに目を細める黄色の瞳が見下ろしてくる。その挑発的な瞳から顔をそむけて女性用の個室へと足を向けた。
小用を済ませて個室を出ると、ザイクスはまだ戻っていないようだった。本当に抜いてるんじゃなかろうな。まあ、そんな血の巡りが良くなるようなことをすれば酔いは一気に回るわけで、勝負の時短に繋がるのなら悪くはない。
夜も更けてきたこの時間は通りも静かだ。店から漏れ聞こえる喧騒は、私たちの飲み勝負の話で持ち切りで、中にはどちらが勝つか賭けているものまでいる。
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