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第1章:エンブリオン
1-語り部
しおりを挟むいつの時代も、人は楽することを選ぶ。先の楽をするために、苦をすることすら厭わない。
滑稽だと人自身が知っていたのに、苦をする彼らの楽しそうな表情を私は理解できなかった。
かつて私の目の前にいた青年は、暗がりはどこかと聞いてきた。次いで、明かりはどこかと聞いてきた。どちらも彼は持っていたので、それを答えてやれば、静かに首を振って、私の暗がりと明かりがどこにあるのか。と、言い直したのだ。
答えられなかった。持ち合わせていた答えでは、青年の問いと正しく理解できていないと知られてしまうと、口を閉ざすしかなかった。
その様子に、青年は腹を抱えて、一頻り笑ってから、涙を浮かべた顔で私に一つの提案をした。
──では、隣人になろう。君が答えを見つけられるまで。確かめてみればいい。それまで人は君を「母」と呼ぼう。
私にとって、人というのは豊かだが一瞬でいなくなってしまう存在にすぎない。それでもいいのならば、飽きるまでは隣人でいてみよう。人というものを、記録してみよう。
青年はにっこりと笑って、それから二度と私の前では生身で現れることはなかった。
私は記録した。言葉通り、飽きるまで。そしてついぞ、分かり合えなかった。彼らを理解できなかった。
生身でない青年に飽きたと公言した。彼は最後にみたそれとは違う形に笑って、それでも私は隣人だと言い切って、最後に記録をもう一度見てほしいと頼んでから、消えてしまった。
さて、これから私が最後の機会として閲覧するのは、その一つだ。もう一度読みなさいとばかりに、特に厳重な削除対策がされたそれを開く。
この記録の中心人物もまた、私が「母」である時代に生まれ、籍のある国でそれなりの幸と不幸を享受する、ごく一般的な家庭に生まれた青年だった。彼もまた多くの人と同じように、私を「母」と呼ぶべき存在であると認識していた人物であった。
否、私を正しく知らずに、そう呼んでいた。
それでも、私はこの青年に興味を惹かれたのだ。多くをみていても、どこか他とは違っていた彼が本当の「母」を知ってどう動くのか、何を選ぶのかを確かめてみたかった。
これで最後だ。
一粒ばかりでも彼らを理解できたのならば、真に母となってみせよう。
私のすべてをもってして。
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