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黄金を纏し少女

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「シュリ。3ブロック先で走る靴音。息遣い荒くて、その後に続いて3、4人の靴音……。どうやら、女の人が複数の男に追われてるみたい 」

「あぁ。そうみたいだな」


シュリが空中を見つめ、呟く。


「んじゃあ、どうするの?」

「面倒事は、御免だ」


ロイの問い掛けにシュリは踵を返すと、その場を立ち去ろうとする。

が、ロイの声に彼は立ち止まる事を余儀なくされた。


「あっ!! でももう遅いみたいだよ」


と、言うロイの呼び掛け。

それと同時に、何かがロイの横を駆け抜ける。

その瞬間、赤い靴の鮮やかな朱色が、ロイの目に飛び込んで来た。

それは、シュリを見付けると、両腕を伸ばし倒れ込む様に、彼に抱き付いた。


「お願いです! 助けて下さい!!」


シュリは、飛び付かれた勢いでよろめきはしたが、すぐに体制を整えた。

自身の腹部に巻き付く、きゃしゃな腕に、背中に感じる軟らかさと、体温。

ゆっくりと首を巡らし、自分にしっかり抱き付く者を見る。

黄金に輝く絹糸の様な髪が、シュリの目に飛び込んで来た。

黄金の髪が揺れて、誰か解らない少女の頭が動く。

柔らかい印象を受ける、花の様なかんばせ

シュリは、少女を見て息を飲んだ。

走り寄って来たロイも、シュリ同様、言葉を失った。



『セレナ……』



「セレナだっ!!」

「違う。彼女じゃ無い」



ロイの嬉しくて弾ける様な声に、間髪入れずにシュリが答える。

少女は蒼色の瞳で、不思議そうにシュリとロイを見比べた。

そして。


 
「猫ちゃんが……しゃべった?」




少女は、いかにも暢気極まりない声音で、呟いた。

話せる事を知られたロイは、まるで石の様にカチンコチンに固まった。

少女は、シュリから離れると、今度は固まったロイを抱え上げて、



「喋る猫ちゃんは、初めて見ました」



と、シュリに笑いかけた。

だがシュリは、少女が自分から離れたのをこれ幸いと、彼女とは反対方向へ歩き出す。



「ちょっ……! 何処へ行かれるのですかっ!?」



少女の焦る声にシュリは振り返り、感情の篭らない冷たい声で言い放った。



「あんたを暴漢から助ける事ぐらい、そいつでも出来る」



シュリは、顎を釈って少女とロイを一瞥する。

そんなシュリを見て、ロイは正気にかえると、ウルウルと瞳をにじませ、情け無い声を上げた。



「シュリ~そんな薄情な事、言わないでよぅ~。おいら、人間は苦手なんだよぅ~。お願い! なっ、シュリ~」

「ま、頑張れロイ。何事も経験だ」

「そっ……そんなぁ~」



ロイは、少女の腕からもぞもぞと這い出ると、二本足で立ち上がり前足を胸にやり《お願い》ポーズを取って、もう一度頼み込む。



「お願い助けて」

「私からもお願いします。どうか御慈悲を……」



シュリがふと少女の方を見ると、ロイと同じポーズでシュリを見つめている。



「ぷっ……」



シュリが俯いて、声を殺して笑っている。

少女とロイ、同じポーズで、同じく首を傾けている。

シュリが本当に面白いと思っているのか、格好なのか判断が付かない。



だが、彼は笑っていた。

 
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