52 / 90
祝宴の一夜
②
しおりを挟む「どうしてもこれ、着なきゃいけないのか……?」
「はい。私はエステル様より、そう伺っておりますゆえ……ささっ、観念してくださいませ」
シュリは、最後の最後迄、拒否の姿勢を崩さず頑張ってはいたが、そこはそれ、メイド家業の長いエマだ、まるで子供の様に嫌がり逃げようとするシュリに、まんまときらびやかな王子様服を、着せたのだった。
「ギャッハッハッハッ~」
寝ていた筈のロイが、エマが出て行ってすぐに、ムクリと起き上がって来て、シュリを見た第一声が、この大爆笑だった。
「なはははは~!! さすが!! 魔術師! いょっ! 馬子にも衣装ってのはこーゆー事を言うんだなっ!!」
ナハナハとお腹をよじらせ、ソファーでのたうち回って笑うロイに、シュリは拳を握り締めて怒りに耐えていた。
白地に金の刺繍の衣装は、シュリの屋敷の書庫に有る、地球の書物に書かれている、中世ヨーロッパの衣装にとても酷似していた。
そう、彼は正に王子様だった。
「ロイ、きさま…… 。どうやら死にたい様だな…… 。いや、殺しても死なないから痛い目か」
低く地を這う様なシュリの言葉と声に、ロイは馬鹿笑いをピタリと止めた。
ドスン……… 。
いつの間に現れたのか、ロイの身体スレスレに巨大な本が落とされている。
身体スレスレの所で、銀の意匠が張り付く形で、やけに冷たい。
身体が冷える。
首だけ捻って本を見ると、本が冷たい意味が解った。
ロイが、喉を鳴らして唾を飲み、次にシュリを見る。
ほっと安堵出来たのは、シュリが怒りの表情を作って見せている事だ。
彼が本気なら、表情など作らないのだ。
ロイは経験上それを知っている。
「笑わない……。笑わないから、お願いシュリ、この、魔術書退けて…… 。怖いよぉ、コレ、寄りによって『ネクロノミコン』じゃないかぁ~」
半ベソ状態で、魔術書を指差しながらロイは、シュリに必死の形相で懇願した。
黒い毛皮で被われているロイの必死の形相などたかが知れてはいるが、見ていてじつに面白い。
シュリはと言うと、そんなロイに脅しとばかりに無表情な顔を作って、ロイを見ている。
そして、ようやく口を開いた第一声が。
「お願いします……だ。ロイ」
「うっ……。お願いします……。シュリ」
オウム返しの様に呟くロイに、シュリは口元をわずかに吊り上げると、ロイの身体スレスレで突き立てた魔術書を退けて、それを取り出した亜空間に納めた。
ロイは、魔術書が無くなると安堵の息を吐いてよろよろと起き上がり、ブルッと身体を奮わせて、シュリを見上げた。
じっとシュリを見つめる瞳が、フッと和む。
何度か見た事があるシュリの魔術師や黒騎士の正式な衣装。
それを彷彿とさせる今回の衣装。
ここまで華美では無かったが、魔術師の衣装に至っては、白を基調としているところは同じ。
それと照らし合わせると、今の衣装は決して似合っていないと言う訳ではなかった。
むしろ、似合いすぎていると、言った方がいい。
魔術師と白を基調とした彼らの正装とは。
ザイラスでは、魔術師と魔女と呼ばれる者は、王族と謁見する時、白の魔術師の制服を着用する事が、義務付けられていた。
勿論、黒騎士、白騎士も同じだ。
それを考えれば、今回着るお仕着せ等、慣れた物だ。
シュリとしては、魔術師の衣装ですら苦手だったらしいのだが。
── それにしても、この国のシンボルカラーが『白』だったとはね……。出来過ぎた偶然だ』──
シュリは自分の着ている服を見下ろすと、溜め息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
溺愛兄様との死亡ルート回避録
初昔 茶ノ介
ファンタジー
魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。
そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。
そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。
大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。
戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。
血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。
「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」
命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。
体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。
ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる