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祝宴の一夜
③
しおりを挟むシュリは考えを巡らして、何かを思い立ったのかフッと息を吐く。
この服を贈ったのはエステルだ。
この王子様、どうやら見た目よりも、かなり食わせ者だと感じ取った。
端から見たらただのシスコン。
だがそのじつは。
頭の切れる(正、時々頭のネジが一本吹っ飛ぶ)、腹に一物を抱える人物。
『まぁ……いずれはこの国の王になる奴だ。それなりに野心の一つでも無いと、務まらんさ……』
「シュリ、シュリってば!! 」
シュリは足元で、けたたましく名を呼ぶロイに気付き目線を下げた。
「悪い……考え事をしていた」
「良いけどさ~。ねぇ、おいらがイシスを送り届けてる間、何があったの~? 漣様来てたよね~? 」
「お前は…… 」
抑揚の無い声で呟くシュリに、何故かロイが二本脚で立ち上がり、ぽこんとした可愛いお腹を突き出して、ドヤ顔を披露する。
「これでもハストゥール様の1の従者ですからね。気配くらい読み取れます」
「ははっ、大きく出たな…… 」
シュリは、苦笑いでロイの額を突いた。
身体を反らしていた分、後ろへよろけたが、「ふおっ」と鳴いて体勢を立て直す。
「何すんだよ~シュリはぁ~。もぅ…… 」
不服そうに言うロイだったがふと思い出したようにシュリに言った。
「そう言えば漣様、また突入されちゃったの? もう一体入ってきた気配がしたよ? 」
「あぁ、それな、本人の前で言うなよ。やたらめんどくさくなるから」
「あらま、そうなんだね~」
うんうんとうなずいていたロイが、
「ね~ね~、シュリ。お腹空いたよ~。もうすぐご飯の時間だね~。あーもうおいら楽っしみ~」
満面の笑みをその顔に浮かべ、屈託無く笑い、はしゃぐ。
だがそこで、ロイがかけられた言葉は無情極まり無い物だった。
「あぁその事だが、生憎お前は、此処でお留守番だ」
「へっ?な、なんて?」
ロイは、まるで聞こえ無かったかの様に、もう一度聞き返した。
流石にもう一度同じ事を言われると、唖然とするのは当たり前の事で。
シュリの言葉に、ロイがあんぐりと口を開けたままで固まった。
その表情は魂が抜けた様で、まさに『生気が無い』と、言う言葉を地で行っていた。
そして一拍置いてから、ぎゃあぎゃあと喚き出した。
「そんなの無いよ~!! おいらすんごく楽しみにしてたのにぃ~!!」
「そうは言っても、お前動物だからな。ペット持ち込み可、と、思うか? 」
シュリが、冗談ともつかない口調で言って、肩をすくめる。
確かに……。
至極、ごもっともな指摘である。
「嘘だぁぁぁぁ~。白身のお魚が~、マッシュポテトがぁ~。おいらの大好きな海老がぁぁぁ…… 」
ロイが頭を抱え、のたうちながら悲痛な叫びを上げる。
その声が部屋中に響き、シュリは耳を塞いでうるさいと意思表示をした。
そうしながら何だか少し、同情心が、心に過ぎるシュリであった。
だから……。
シュリは、ボソリと呟く。
「だが、勝手に忍び込む分には、どうとでもなるかもな…… ただし、気付かれなければの話だけど」
「シュリ~ィ~!!」
大きなロイの双眸が、ウルウルと潤み、喜びを訴える。
と、同時に地面にペたりと座り、後ろ脚で身体を支え、前脚を拝みポーズにして若干、首を可愛く倒す── お願いポーズ ──でシュリを見上げる。
「シュリ! 手引きお願い!! 」
「しょうがない奴だ…… 」
シュリは、そう言うと、溜め息を付き、肩を竦めた。
時は着々と進み、間もなく運命の時間が訪れる。
止まってしまっていたシュリの時間が、わずかだが動き始める。
だが、彼はその事に気が付かない。
イシスとシュリ。
二人の運命の歯車が、軋んだ音をたてて廻り始めた。
時は満ちた。
今まさに、祝宴の一夜が始まろうとしていた── 。
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