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新たなる影
⑦
「いい子だね。イシスちゃんは」
食い入る様にシュリを見つめ続けるイシスの側で、漣は、ボソッと呟くがイシスは彼の言葉に気付かない。
「セレナちゃんの様に、ハスターも愛せると良いんだけど……こればかりは我等)にも解らぬしなぁ……」
イシスがハラハラした顔で見つめる目線の先には、漣の息子。
少しづつ漣達に向かって後退してくるシュリを見て漣は悟る。
「いよいよお出ましかぃ? 我が息子にして、弟……邪神ハスター」
漣の呟きが、イシスの短い悲鳴によって掻き消される。
触手の一本がシュリの首をかすめ、同時に襲い来るもう一本が心臓を捉える。
咄嗟に動いたシュリ。
横には動けない。
なぜなら、彼の後方にはイシスがいる。
漣が守っている事は、解りきっている。
危険も無いと言う事も。
知ってはいる。
だが、シュリは避けなかった。
一瞬、風が吹き上がる。
イシスの目の前を突然、くすんだ黄色が被いつくす。
次の瞬間。
風が凪いで、黄色い衣が地面にストンと落ちた。
背の高い後ろ姿。
黄色い衣は外套で、地面スレスレまである裾で、足元が見えない。
フードを被っているせいで、彼がどんな人物かも知る事ができなかった。
ただ一つ判るのは、心臓目掛けて来た触手を掴む白い腕。
明らかに、男の腕と見て取れるが、抜ける様な白さは、尋常な色では無い。
彼がゆっくりと、頭を巡らし、掴んでいる触手を見た。
イシスが息を呑む声が、漣の耳に届く。
「あぁ…… 」
『懐かしい』と『愛しい』二つの思いに、心が、歓喜の声を上げる。
まるで、シュリに出会った時と同じように。
ざわつく心臓にイシスは両手を当てて、もう一度彼を見た。
深く被ったフードで口元しか見えないが、イシスの脳裏には、彼の顔や外套の中の姿が、ハッキリと浮かんでいた。
「ハスターさま…… 」
「へぇ…… 、まあ、確かに当然と言えば当然か…… 」
「はいっ……? 」
イシスの呟きに、漣がハスターをチラリと見て囁く。
「イシスちゃんは、ハスターの事覚えてたんだね」
『ねっ』と、漣はイシスに同意を求めると、話しを続ける。
「ありがとう、そんな風に思っててくれて。その割には私の事忘れてたんだね~。くっすん。おと~さん泣いちゃうぞ…… 」
そんな事を言って拗ねたふりをしてみせれば、イシスはあたふたしてしまう。
「すいません、シュリ様に関する事意外は余り覚えていなくて…… 」
しゅんとするイシスに、逆に慌てて仕舞う漣。
「いいのいいの。シュリの事を知っててくれるだけで」
そう言って漣は笑った。
何故、イシスには前世の記憶がこんなにも残っているのだろう。
唯一その秘密を知る者は、イシスの目の前に居る黄衣の王ただ一人。
全ては彼が知っていた。
力が身体の奥底から沸き上がり、外へと溢れ出そうと暴れている。
シュリは、左手に有る触手に目をやった。
手の中で蠢く触手が、どこと無く苦しんでいるように見える。
ハスターとなったシュリが、白い顔に映える紅い唇を、ニンマリと笑いの形に歪めた。
ナイアルラトホテップ以上に、背筋が凍る様な冷笑。
情けも手加減も、持ち合わせていないであろう、ハスターの仕草。
その何気なく放った力は、駆け巡る様な速さで、触手を這い、端から干からびさせて崩折れて行く。
灰が降り積もる様に、触手だった物が、地面に長い帯を作り出した。
切り刻む事とは明らかに違う方法。
それが、彼の身体の内側から造られた力だとは、誰も解らなかった。
『バシュッ』
何かが弾ける音がして、ナイアルラトホテップの触手の腕がちぎれ飛ぶ。
シュリは何もしていない。
いや、違う。
手の内にあった触手が灰になった時、上げていた左手をダラリと下げたのだ。
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