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新たなる影
⑧
しおりを挟む腕を下ろしたその時に、ほんの少しの力のカケラを形にして、ナイアルラトホテップの左肩に撃ち込んだ。
指先で弾いて。
それが食い込んだ瞬間に、触手が派手に爆発したのが、先程の怪音だった。
「くっっ……さすがハスター様。一筋縄では行かないですね」
苦し紛れに言い捨てる、ナイアルラトホテップの言動と、余裕釈々なシュリの態度。
「なめてかかっていたか? 残念だったな」
囁く様な声音は、普段のシュリとは違い、少し高く、ちらりと聴いただけでは、男女の区別も付けがたかった。
姿も声も明らかに違う、シュリとハスター。
だが、話す口調、醸し出す雰囲気は変わらない。
イシスは何と無くだが、ホッとした自分に気がついた。
「シュリさまはシュリさま。どんなに姿形が違えども、あの方には変わり無いのです」
やけにしっかりと、確信を持って呟くイシスの言葉に漣がうなづいて、彼女を見た。
「上等、上等。それがわかっていれば、イシスちゃんは大丈夫だね。ハスターの事も受け入れられる」
『よかった』けど、
「問題はシュリの方に有るんだよね……」
多分……と、漣は溜め息混じりで一人呟いて、
「……?」
と、何か言いたげなイシスを余所に、目線をシュリに向けた。
そこには、対峙する二人が。
危うい、一発触発な様相を呈していた。
「ハスター……様?」
かけられた声に、シュリがピクリと反応する。
フードを深く被ったままなので、端から見ると彼の表情は、相変わらず見て取る事が出来なかったが、声を掛けた者を注視した事は、気配で知れていた。
無言の促しが、声を掛けたルルイエに重くのしかかる。
その間も、双方の均衡は崩れる事無く、微妙な位置で保たれていた。
「ルルイエ、お前まだ召喚していないのか?」
シュリが、唐突にルルイエに話し掛けた。
もちろん正面は見据えたままで。
そんなシュリの言葉に反論するように、ルルイエが言った。
「無理です! あれは長年、ハスター様を捕縛、封印していた物です!あのような物を召喚しては、御身に危険が及びます!」
「かまわない。あれを殺す訳にはいかない……ならば捕縛して送り返すしか手は無い。あれでも神の端くれ、いなくなれば均衡が崩れる」
「ですが……」
「ルルイエ」
渋るルルイエに、シュリの声が重なる。
意見も反論も聞き入れそうに無い、頑(かたく)なな物言いに、ルルイエは黙って従うしか無かった。
「召喚。捕縛の椅子」
ルルイエが空中で召喚の呪文を唱えるタイミングで、結界を引いていたロイがシュリの下へ戻って来た。
「捕縛の椅子。あんな物呼び出してどうするの?」
ロイも、シュリの真意が読み取れない。
《捕縛の椅子》
それは、神の座す椅子。
神を捕らえ封じる為に、旧神と人間が協同で作り出し
た、ハスターをひとところに閉じ込める為に造られたアイテム。
遥か昔。
捕縛の椅子によって、捕らえられていたハスターが、どのようにして逃れたのか。
そして如何なるいきさつを持って、シュリとして、今を生きているのか。
それは、当の本人にしか解らない。
そんな彼が、己を縛り、封じるかもしれない、危険な道具を呼び出す真意。
それは、綿々と繰り返される『彼の思い』の中にあった。
「捕縛の椅子だと!?」
シュリとロイ、ルルイエの会話を、耳をそばだてて聞いていたナイアルラトホテップが、驚嘆の声を上げ、次の瞬間、辺りに彼の歓喜の声が響き渡った。
「丁度良い! 私がその椅子、使わせて頂きましょうか。貴方を捕らえる為に……」
「さて……そう上手く事が進むかな?」
嘲笑を、目の前の男に向ける、ナイアルラトホテップ。
それに対して、虚勢を張っている訳では、なさそうに見えるシュリの姿。
シュリの口角が、弧を書くようにゆっくりと上がって、笑みの形を作り上げた。
自然と滲み出る、余裕と自信。
それらに満たされた神は、その姿を隠していても内面から光り輝いて見えて、辺りの人々はその姿に、目を逸らす事が出来ないでいた。
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