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黄衣の王と黄金の姫君
①
「もういいですよ……考えたら馬鹿馬鹿しくなりました。煮るなり、焼くなりお好きな様になさるとよろしい」
大人しくなったナイアルラトホテップが、呆れた声でシュリに言い放つ。
彼は一体、シュリの、いや、この場合はハスターの何を思い出したのか。
「まぁ、長年貴方を捕縛するうちにコイツが虜になると考えるべきでした」
「だから浅はかだと言った。恨むなら己を恨め」
意図も簡単に、ハスターにしてやられた、ナイアルラトホテップ。
彼は、苦虫を潰した様な表情を隠さずに、嬉々としたランに連れられ、時空の裂け目に消えて行った。
「はぁ……。鳴り物入りで登場した割に、あっさりと帰って行ったが、あいつ……」
「腑に落ちませんか? ハスター様」
シュリの傍らに、ふよふよとやってきたのは、ルルイエ。
ロイも、空間を元に戻すと、シュリの傍に戻って来た。
「まさか、捕縛の椅子がシュリのアイテムだったとは、思わなかったよ」
驚きなのか、はたまた、呆れているのか。
ロイの声音は判断がつかなかったが、シュリはいっこうに気にするそぶりも無い。
ロイの疑問にシュリは答える事無く、言い放つ。
「ロイ。転身解除。速やかに元に戻れ」
「あぃ。願ってもないもんね~」
シュリの言葉にロイは、いそいそと可愛い黒猫に立ち戻る。
そしてちらりとシュリを見て、
「シュリは、もどんないの?」
と、シュリにとって、酷な言葉をさらりと言った。
「戻れねぇ。戻れる訳がねぇ。戻る為にはイシスを虜にして抱かなくちゃならない。イシスを虜にする気は無いし、したくも無い。ましてや、強引に抱くなんて…… 」
悲痛に押し殺した声。
綿々と続く螺旋の糸。
遠い遠い昔。
虚無に支配されたハスターの心が、初めて動いた事があった。
捕われの身の上では、何処へも行けず、退屈を極めていた時、何と無く眺めていた水鏡にふと映し出された少女の姿。
彼女が、欲しい。
無性に感じた、飢餓感。
彼女を手にすれば、この飢えは満たされるのか。
『あの娘を手に入れる為なら、何だってしよう。己の姿を彼女に見せて、その心を手にしようか?』
よこしまな思いのままに、使ってしまった禁じ手。
汚い手を使って手にした彼女の愛は、果たして真実だったのか。
その思いは真か。
禁じ手を、使ったせいではなかったか。
ハスターは、是非を知る為の考えなぞ、持ち合わせてはいなかった。
三度転生した少女に、三度出会って、愛し合った。
四度目の出会いは、はたして。
如何なるものなのか。
黄衣の王の姿を纏ったまま、物思いにふけるシュリの元に、駆け寄る黄金の姫君の姿。
「イシス! 待てっ!」
彼女の姿に気付いたシュリは、思わず制止の声を上げてしまう。
その声の硬さに、思わず、立ち止まってしまうイシス。
どうしたのかと小首を傾げ、シュリに問う。
「ハスターさま?」
外套のフード越しでは、シュリの表情も判らない。
シュリは、イシスの問い掛けに、目を見張った。
そして、少し間をおいて答えた。
「イシス、どうしてその名を…… 」
思わずそう呟いては見たものの、何事も無かったかのように気持ちを切り替えてシュリは話を続けた。
「トレントの事は無事解決した。ひょんなことからだったがな。トレントは、封じられたまま、さっきの馬鹿が名を語っていただけだ」
『だからもう心配無い』シュリはキッパリと言い切ってフード越しにイシスを見た。
「ありがとう……ございます、シュリさま」
何が不安か、わからない。
どうしてハスターの事をシュリとわざわざ言い直したかも。
只ならぬ雰囲気。
其れだけは感じ取れた。
実は、イシスには言われたく無い言葉があった。
それを言われそうな気がして、不安に思うのだと彼女は気付く。
そしてとうとう。
「全て、終わった。もう俺のする事は無い」
終わりを告げられて。
イシスは、潤んだ瞳でシュリを見つめた。
かける言葉も見付からず、シュリを留める言葉も見当たらず、途方に暮れるイシスに向けられた助け船は、すぐ隣から発っせられた。
「ご苦労様。シュリ。いいや、今はハスターだよねぇ。イシスちゃんイジメちゃ駄目だよ」
「は? イジメだと? 馬鹿も休み休み言え」
シュリがまだ何も、言っていないと言うのに、漣は先手を打って来た。
「もしかしなくても、イシスちゃん、手放して、置いてきぼりにする気でしょ。お前」
「何が言いたいのか、さっぱり判らんな…… 」
「おやま~。とぼけちゃって。やな奴だよね~」
最後の言葉はイシスに向けて、口にする。
「言いたい事があれば言え」
シュリの言葉は、どちらに向けられた物なのか。
「何処かへ帰られるのでしたら……私も連れて行って下さい」
意を決したイシスが、口にする、思い。
それをシュリは、唇に刻む冷たい微笑で返した。
「俺について来ると? 君はこの国の姫でしょう。出来ない事は口にしない方が賢明だと思うよ?」
イシスに対して珍しく冷たい態度に出るのは、今がハスターであるせいなのか。
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