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姫の決断

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『彼がいれば、心配無いでしょう』


王妃は、娘を抱きしめながら、娘の背後に佇む男の息子を盗み見た。

自分達より、遙に生きる彼。

イシスを導き、助けとなってくれるであろう事を期待して、王妃は娘を国王に預ける。


「言いたい事は、全て王妃が言ってしまったな。わしからは、改めて言う事は無いが、姫よ、わしらもそなたも、何ら変わりは無い。変わらずそなたはわしの娘だ」

「お父様!」


ぎゅっと抱き着くイシスの背中を撫で、王は王子へと彼女を促す。


「お兄様……」

「良いよ、何も言わなくて」


全て承知していると、視線だけで語りかけ、イシスの表情にうなづく。

義理の姉も極上の笑顔を見せて、


「もう逢えない訳では無いのだから、笑って。ね、イシス」


そう、彼女に語りかけた。


「みんな……皆、大好きです。ありがとう。私、幸せです。お父様、お母様、お二人の娘に生まれてよかった。お兄様の妹でよかった。お義姉様に逢えてよかった……」


イシスの心からの思いが、皆の心を響かせて、辺りがやんわりとした空気に包まれた。


「さぁ、姫君。心の準備は出来たかい?」


イシスを促す声がして、彼女は、ゆっくりと振り返る。

大好きなシュリに、どことなく似ている漣が、柔らかい笑顔を貼付けて、イシスに右手を、差し出した。


「覚悟は良いね。イシスちゃん」


イシスは、こくんとうなづいて、漣の下に歩み寄る。

漣は、シュリの横に、一人掛けのソファーを引っ張って来ると、イシスを座らせ、眠るシュリに向き直った。


「よかったな、シュリ。イシスちゃん、本気でお前を思っている様だぞ……後は、お前が彼女に応える番だ」


漣が静かに、シュリの耳元で囁いて、ふと、シュリの額に手を置く。

シュリの額から、青みがかった紫の淡い光が、漣の手の平へと、吸い上げられてゆく。

世にも不思議で、奇妙な光景が、その場にいた人々、全ての目前で、さも当たり前の様に、繰り広げられて行く。

そこにあった物の、いかほどが、漣に引き出されたのだろうか。

かなり、大きな光球になったのを、見計らって、漣は、額から手を除けた。

その行為だけで、ハスターの姿が若干、シュリ寄りに戻った気がする。

と、言っても、本当に、僅かばかりなのだが。

 漣が手の平に、青紫の球を乗せたままイシスに向き直る。

イシスは、ぼうっと漣の、手の平の球を見つめていた。


「イシスちゃん」

「あ、は、はいっ!」


我に返るイシスが、どもりつつ、慌てて返事を返す。

漣は彼女に、柔らかな笑みを見せると、言った。


「君は一度死ぬ。この光の球に耐え切れずに……だが、それと同時にこれによって生かされる。シュリの様に……球の力で生き返ったその時こそ、風の神にして黄衣の王、ハスターの妻、女神イシスが誕生する」


優しい瞳が、驚くべき事実を語る。

シュリが、一度死んでいる事実。

イシスが、人から神になる事実。


「私が、女神……?」

「そうだよ。当たり前だろう。ハスターの力の3割近くを君に移すんだ、人間では初めて、我々、古き者どもの中でも、初めて迎える。そういう女神が誕生するんだ……」


漣の言葉が、事態の大きさを改めて痛感させる。


 「私は、そんな、たいそれた者では有りません……ただの……人間です」

「ん~、どうやら驚かせたみたいだね?」


漣は、小首を傾げるとシュリが言う所の、『腹黒い』微笑みをイシスに投げかけた。


「その正体が、『神』と、呼ばれる男の力を受けるんだよ。普通に終わるはずが無いでしょ。神の妻は女神。まぁ、神と人の婚姻は、有るには有るけど、大半は人間のままで、神の力を受ける事は無いからね。受ければその者も必然的に神となる。そう、決まっているんだよ。イシスちゃんには、後悔してほしく無いんだけど、遅いよ。意にそわなくても、君は選んだ。賽は投げられたんだよ……」


イシスが、言葉を発する前に、漣が動く。

彼女の額に、シュリから引き出した球を、押し付けたのだ。

球は、帰る場所を見つけたかの様に、するすると、イシスの額に滑り込んで行く。

全てが彼女の中に入り終えた頃、事が始まった。

身体が、ぼろ雑巾の様に捻り潰され、引っ張られ、細かく、引きちぎられる感覚。

余りの痛みに、ソファーに深く沈み込んでいた身体が、弓なりに反り返り、細く長い悲鳴が、可憐な唇から漏れ出る。


「れ……ん……きさま……」


イシスの悲鳴が、届いたのだろうか。

まだ、息すら整っていないシュリが、身体を起こして、イシスへと腕を伸ばしていた。

ずるずると、ずり落ちる様にソファーから移動し、イシスを掴むと腕に抱える。


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