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start No 2 風見総司は知らない。遠野彰は知っている。織堂紅葉はこれから知る。
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それなりに『繁華街』という表現が出来る世界の裏側は何故かどんなエリアでもどこか冷えた空気を抱えている。陰陽とかウラオモテとかと表現する類のちぐはぐさ、光があれば闇がある、レッツゴー★ とか歌いたくなるやつね。ていうかそろそろこのネタも通じなくなってるかもしれない。やだなあ僕まだ色々元気なんですけどねえ。そして僕はそんな場所が嫌いじゃなかったりする。
時は夕方5時を回った頃だ。今日の僕の現場スタイルは全身ユニ&クロ、背中には会社から取ってきた相当な量が入るバックパック、そして左手に愛用タブレット。腰には愛用の細鉈一振という、単独行動用の装備でここに来ていた。あれから無事にホテルで仮眠も出来たし、一ノ瀬さんから貰ったおいしいぞゼリーも飲んだしで準備は万端である。
湿った細道を慎重に歩いていく。その後ろには相棒遠野くんがぴったりついてきている。その安心感が半端なさすぎて有り難いにも程があるねぇ。
「さてそろそろだと思うんだけど……」
「だねー、風見くんの前回の雪辱は今日こそ晴らしたいよねー」
「ほんそれ。今日そいつ出てきたら僕によこしてね?」
「りょーかー」
相変わらず見た目も可愛い遠野くん。本日はスクールスタイルな私服のままで愛用武器である特大包丁を背中に背負っている。ちなみに銃刀法違反待ったなしの包丁を持ち運ぶ為のフェイクとしてキーボード用の鞄を愛用しているんだけど、これは余談で僕の愛する先輩が働く楽器屋さんで買ったものなので見るだけでニヤっとしちゃうんだぜ。
僕達と入れ替わりになる清掃班が今待機してる送迎用バンに詰めてきても良かったんだけどプラマイ一時間位の誤差が出やすい街中に長時間の停車は出来ない。だから今はこの近辺をぐるぐる走り回ってもらっているのでいっそ何かの宣伝カーに偽装でもしたらいいんじゃない? と思うまである。
「つーかここ狭いけど、大丈夫そう?」
「全然ー! まあ僕たちより横幅ある人だったら結構苦しかったかもねー適材適所ー」
やや苦しめに僕たちはさらに隙間を縫ってより細い路地裏に入る。そろそろと人間ひとり歩ける隙間に入り込み奥へ進むと、ビルとビルの境目にある8畳くらいのスペースに辿り着いた。抜けた視界とは真逆に、さっきまで感じていた通気の悪さがより酷くなり、淀んだ何かが全身にべとべとまとわりついてくるのが解る。
そして案の定。ここでタブレットから怪異感知レベルが一気に強まったアラートが鳴った。データ自体が僕の作った前回の雪辱込みの調査結果だ。よし、ほぼここで出るだろう。
速攻別窓を開き、清掃班に連絡。この道に通じる箇所全部の封鎖を依頼すると、僕はいつもの白衣に袖を通し、遠野くんもシンプルな園芸用エプロンを身につけた。その他細々とした準備をしていると、そういえば、と今日の日付と時間が気になった。
「あー……、遠野くんて今日ってライブ配信の日じゃなかったけ?」
「予定21時からだから問題ないよー、風見くんのお気遣い感謝ー」
「見れたら見るよ、解体してる間になるかもだけどね?」
「今日は角煮の予定だから同じ時に違うジャンルのおにく切ってるかもって面白いねー」
「それなー!」
二人してけらけら笑いながら僕は巨大な荷物を角に下し、便利器具セットをスラックスのポケットに突っ込み、改めて鉈を手に取る頃、遠野くんも二丁包丁を腰に整えた。
「そういえばさー、昨日は別行動だったし、折角だからやっちゃうー?」
「やるやる! せーの!」
学生時代からの付き合いの僕達は、その頃からのコンビ名がある。お互いノリが合うモノ同士の縁で、ビシっと虚空に向かってポーズをキメた。
「風見総司と!」
「遠野彰のー!」
「「マゴットセラピーズ! 推参!!」」
大声出して士気を高め、息を合わせる。あっはは名乗りってきもちいいね!
そして僕達は背中合わせで狭いスペースの真ん中に立つと、突然すぅ、と異様で陰湿な空気が流れる。
……来る。
さっきまで笑ってた顔が自然に引き締まる。遠野くんもすらりと包丁を抜き、構えた。
「さて、今日はいくつ出る……?」
刹那、足元のコンクリートに鋭い閃光が走った。丁度僕達を点で囲う様にバチっと光を放ち、僕は一瞬だけ目を反らした。しまった、悔しいけれど登場シーンに格好良さが混じるコレは、同時に宿敵の合図でもある。
「風見くん! 頭下げて!」
視線を上に戻すよりも先に相棒の声が響いた。僕は直ぐ頭を落としてしゃがむと自分の頭上に空気を斬る音が走った。そしてコンマ5秒程で生温い液体が頭に降り、しゃがれた奇声が聞こえた。流石遠野くんだ、これで一体完了!
「ありがと遠野くん! あといくつ!?」
「風見くんの狙いがそこから15時! んで他元気な人間2体と泥1は僕の方!」
「解った! じゃお願いね!」
立ち上がりついでに目の前でこと切れてる真っ黒なスーツを着ているデブい人間体を見ると、遠野くんの見事な一閃で既に頭がどこかに飛んで行っていた。その切れ目からはきっちりと脈打つ様にどくどくと血液が流れ出ている。やだなあこれでもゾンビなんですかって突っ込みたくなるね!
さあ僕の狙いは右方向だ。足首を使い身体の向きを捩じってそのまま飛び出すと、遠野くんは僕と反対方向に交差して駆け出した。狭い場所に密度高いよ! 直ぐに眼前に見知った顔が映る。分かり易くも短髪金髪で年齢20代後半位? どう見てもヤンキーさんだし、最初のも含めて考えるとこいつら何かの抗争とかで纏めてお亡くなりにでもなったんだろうか。しかしこっちは服もアロハだし派手好きかよ。
ソレは目と口を見事と言える位に大きく開けており、理性を完全に無くしている。顎間接が外れていそうな位に開いた口からは腹の奥から出ている奇妙な音を発し、コイツらゾンビの中でも上位人間体が持つ特徴である角膜の外ラインがくっきり紅く染まっているのを確認までした。前回の襲撃ではここまで確認出来なかったからな。
「じゃあてめーは今日の素材になって貰うよ!」
ソイツはまた俺を思い切り引っかきたいらしいね! 大きく振り上げた右腕を振り下ろされる前に、僕は鉈に角度を付けて右脇から左腰に一本線を思い切り入れてやる。痩せ形の胸筋を越えて肋骨をなぞるガタガタとした手ごたえに意図せず口の端が持ち上がる。
『ヒィギャアアア!!』
途端そいつから元気のいい悲鳴と、確実に死なない線から真っ赤な血が元気に噴出した。僕はステップ踏んで身体を一回転させそれから距離を稼ぎ血から逃げると、即次の計算に入った。
ええと一ノ瀬さんは今日眼球を使うって言ってたからまあ頭以外として、今日は他にどこ持って帰ろうかな? 取り敢えずレア種だし元気も良さそうな男だし、何より薄着! それこそ内臓とかいいかもしれないね、ならさっき入れた一閃を目安にああやってこうやって、はい決まった!!
僕の顔の傷跡の恨み晴らさておくべきか。このヤロウの『解体図』が頭に定まった所で、また僕はそれに向かって飛んだ。負った傷に素直になっている前屈みの頭蓋のこめかみをつま先で思い切り蹴飛ばすと、力学的にも正しく吹き飛んで頭を壁に強打させた。ゴシャりと頭蓋骨が砕け、脳漿も一緒にみっともなく潰れ弾けて壁を汚した。
僕は直ぐにソイツを壁から引き剥がして、素早く直接首を切断した。これで確実に活動停止する。念には念をのスタイルだ。よし!
獲物にするにはどのジャンルにもはぎ取りが必要。まだ生体活動が終わらない内に頭に描いた構図に沿って、右腕、左足を間接に沿ってとっとと切り離しておいた。べちべべちと血やら肉やら軟骨やら神経やらを綺麗に切り離せるとやったぜとガッツポーズしたいまである。
しかし本当にリアル人間とほぼ変わらないであろう強度を持つゾンビ上位人間体を開くのにはこの鉈一本ではここまでが限界。一端鉈を降ろして立ち上がった。
直ぐに周囲を見回すと、丁度遠野くんがラストであろう人間体をストレートド真ん中で切り裂いている光景が広がった。わー流石だね! 遠野くんのやり方はいろいろ構わない斬り方をするもんで僕よりも大惨事な姿になる。ていうかあの包丁ほんと切れ味すげえなあ。まあ開発には僕も携わってるんだけどね!
「はい終わりー! 最初から出現場所がわかってると楽だねー風見くんのおかげだねー」
今日のゾンビさんは合計5体と、通常の現場よりはかなり少な目ではあるのに、そうやって爽やかに笑って見せる遠野くんはいつも通りにほぼ全身が血で染まっていた。狭い場所だったからかもしれないけど、何も変わらない笑顔のまま、包丁についた血を勢いよく振り払って鞘に納めた。かっけー。
「ていうか風見くん腕上げてる? さっきも綺麗に避けきってたよねー」
「いやいやいや最初の遠野くんのアレ無かったらどこか怪我ってたと思う」
「あー、僕の視界に入ったのが運のツキだけど、即ちそれは風見くんのラッキー?」
「そうそう、連続縫い傷はそろそろ避けたいかなあはは」
数分の出来事だけど、僕たちは無事に今日の仕事を無事にこなせた。いやー怪我なく終わってよかったよかった! そしてにこやかにハイタッチを交わした。
今日の討伐数は遠野くんが4、僕は1。ハンターは討伐数で給料の計算が入るので概ね遠野くんに任せているところもある。うーん。さてここから。だな。
「ちょっとこっちの心臓と右腕確保するから、周囲の確認お願い出来る?」
「りょかー、まあ大丈夫だと思うけどねー」
さて折角生きのいい色々が転がってる訳だし、一寸本気出すかと、僕はポケットからキットを取り出した。まだ何か生えてくる可能性が無い訳じゃないから遠野くんがいるってだけで安心して作業出来るの本当にありがてえってもんだよ。
鉈を再度手に取ってー、憎いアイツのボディの肋骨を柄でばきばき叩き割ってー、キットからお気に入りのメーカーのメス出してー、一気にかっ開いてー、今日は肺いらないからぺいっとなげてー、腹立つ位にすっげえ綺麗な色した心臓を露出させてー、新しいメス出してぺりぺり剥がしてー、べろりと取り出してー、っと歌いながら圧縮袋の中にぺいっと放り込んだ。よしよし。あといくつか取れそうかな?
折角なので近くの膵臓も引っ張り出したところで今日のお土産素材は無事ゲット。デカモノとして右腕もパッキンに詰めて傷の恨みも晴らせたし、一定気が済んだのでもうこいつには用が無いかなー。
ついでに他はねえかと立ち上がってくるりと見渡す。首を吹っ飛ばせた黒スーツデブ、右肘から下が無くて、右肩から斜めに切り取られている細身スーツ、脳天からまっぷたつの青アロハ、その他泥形態1。綺麗な一閃で仕留められた遠野くんの技術もまたすごいものだなあ。やったー内心わくわくしちゃう。しかも今日はまだ切れ目から血が流れてきてるゾンビレア種もある位で、しっかり怪我の巧妙の豊作になった。やったぜ。
そんな四肢累々の中、可憐に笑う血塗れ遠野くんは携帯ウェットティッシュで顔や髪を拭いていた。うーん、絵になる。
「遠野くんこそ今日も色っぽいけど怪我とかない?」
「今日の人数くらいなら大丈夫大丈夫、ただ、エモノが風見くんが使えるものになってるかは謎だけどねーあはは」
遠野くんがやや苦笑気味に笑うけど、ハンターはあくまでも討伐が仕事だ。普通ならハンターの討伐が終わった後、安全が確認できた後に清掃班に混じって検体を採取していくのが僕たち研究員の仕事だ。だから本来ならば遠野くんがハンターとしてやっている仕事に対して配慮を必要とする事はない。
……んだけど、その研究員の僕が相方として一緒にいて、僕の一定の希望に沿った回収作業を踏まえるとなると討伐するにも一気に難易度が上がる訳だ。それでも僕が安心して色々と併せられるのは、遠野くんがハンターの中でも数少ない最高ランクのSSを持つ実力があるからでもある。ちなみに僕のランクSとSSは相当な差がある。当然簡単には登れない壁だけど研究職兼のS持ちはうちのエリアでは僕だけなのであまり気にしない。えへん。僕えらい。僕つよい。……たぶん。怪我する度に自信削るけどねー!
「わ、遠野くんのこのまっぷたつ最高。ここからも色々貰えそう。ちょっと急ぐから通達お願いしていい?」
「おっけー、じゃあ僕からしとくねー」
言って遠野くんに清掃班への連絡を頼むと、僕は急いでバックパックから最新コンシューマーゲーム機サイズの機械と、更に圧縮袋を何枚か取り出した。たのしみたのしみ。
さて、この怪異で生えてくるゾンビさんだけど、泥だろうが人間体だろうが本当の人間に見間違えるレベルのレア種だろうが共通して、人間で言うところの『死』を迎えると一定時間経過の後にどろどろと溶けだしてしまう。これは酸化に近い現象で、つまり空気が宿敵。研究素材としてお持ち帰りする場合は持っていきたい部位を真空パックにして保冷しなきゃいけない。僕の鞄が毎回大きいのはそういう理由だったりする。
だから今僕がざくざく斬ってパックしてーなんてやってるけど、この行為自体こそ結構レアでもある。この前のビル内怪異じゃ2人しかロクな素材無かったもんなあ……。
ともあれ解体解体、とかしてる最中にふと顔を上げると、目の鋭さを消していない遠野くんが少し遠くを見ていた。清掃班そろそろ来たかな?
「しっかし今日は5人中レア種3人か、なんか打率高いね?」
「だよねー、服装からして最近のひとたちなのかもだけどねー」
「夏服だもんなぁ……一ヶ月位前にお亡くなってもう噂されるとかどんだけ幹部なんだっていうか?」
ちなみに世間一般的な、適度に人間の形を保ったゾンビであれば討伐後10分位で溶け出すんだけど、今日みたいなかなり人間のままであるレア種だと大体30分くらいは持つのがスゴい助かるんだよねーしかもこの素材は研究の役に立つレベルが違う。凶暴性も攻撃性も桁違いだけど、その分のご褒美みたいな所もある。
「らんらんさてさて君はどこを持ってってほしいかなー肝臓かなー腎臓かなー脳かなー」
僕がにこにこしながら手袋を真っ赤に染めて素材を取れるだけ取る。わーい小腸ーとかしてると
「ごめーん、ちょっと私用一本入れるねー」
なんて遠野くんが言う。
私用? ていうかそんなわざわざ言わなくてもええんやで、と思った瞬間だった。
「ピェ」
………………。
なんか聞こえてきたぞ? 僕はまだ生温い小腸を持ったままそっちを見た。
「もう安全だから隠れてなくてもいいよーグロ大丈夫なら出ておいでー?」
にっこにこの遠野くんが細道の向こうに声をかけた。すっと通るその声は狭い場所では余計に響く。そういえば太陽も随分傾いているのかこのあたりは相当暗くなってきている。そんな暗がりの隙間から漏れる光を僅かに削る様に、ぴょこり。と、小さな頭がやや傾きがちに壁から生えてきた。
「あのー……、あっきーさんですよね……? 今日の配信、中止って本当ですか??」
……………………。なんだこれ。
僕はそのままの姿勢でそれを見ていた。その、小さな頭は逆光で表情こそよく見えないけれど、やたら可愛い声に耳横のツインテールな外見。つまり明確な女子。どうやらスマホ片手に遠野くんの何かを訴えてきているみたいだった。…………なんだこれ。
「そうだねー、君がいるのは気づいてたけど、思ってたより面白そうだから配信を延期させてこっち優先したって感じかなー、ていうか怪我とかしてないよね? まあさせるつもりもなかったけどねー」
ちょ待てよォ僕を置いていかないでくれませんか遠野くん。出来る限り急ぎの仕事なのに完全に手が止まっちゃうじゃないのさ。
「あわわまさかあっきーさんが心配してくれるとか……! いやわたしのせいで配信中止ですがごめんなさいわわわわたしは全然大丈夫ですから!! ていうかこれって何かのお仕事ですか? もしかしなくても例の都市伝説のですか? あっすみません後ろの方お仕事の邪魔してたらごめんなさいわたしは気にせず続けててくださいでもあの後でそのこのこととか教えてもらってもいいですか!!! はわーー!!!!!」
はわーって直に言う人はじめて見た。そしてめちゃめちゃ言葉が早いな同類か?
て、いやいやいやいやそこじゃないそうじゃない。結構な動揺をしてる。一般人に現場を見られたからには消すしかない、とかドラマあるある系の物騒な意味でもないけど、見られたら見られたなりの『案件』でもあるし、寧ろこんな、世間一般的な目線で見たらかなり残酷な殺人事件現場です! 的な状況だし、しかも僕は斬りたてほかほかの内臓片手に持ってるし、彼女のお目当てだろう相方はデカい刃物を腰から提げて挙句全身血塗れな訳で。けどそんな事も特に気にもしていない様に、寧ろ楽しそうにしながら、了解降りたからと『ここ』に入って駆け寄ってこれるとか、ちょっと、想像が、追いつかないですねえ……? その学校指定っぽい皮靴、思いっきり血ついてますよ? 大丈夫ですか?
「ああああのあっきーさん、握手してもらってもいいですか……?」
「この状態でいいならいいけどー、君なかなかだねー」
その女の子はかなり身軽に、いや軽率にと言っても差し支えないであろう足取りで遠野くんのそばまで来てファンサを求めていた。ぺちょぺちょと血だまりの上を跳ねててすっごい嬉しそう。遠野くんはいつもの笑顔でそれに応じているし、なんならその女の子、近くで見上げてみるとかなり可愛いお顔立ちまでしていて一瞬目を奪われてしまった。身長もちょっと小さめかな、グレイのジャケットに赤チェックのスカートはあの学院の制服だろう、とてもよく似合っている。ころっと丸い瞳、ピンクアッシュ系の色を含ませた耳横からのツインテールは毛先を緩くカールさせていて露骨に令和の女子校生! って感じだ。そんな美少女が推しを目の前にして頬を紅く染めて喜んでいる姿は見ていてとても和むものでもある。ここが死体(仮)と臓物(仮)と血だまりの風景じゃなければなあ……まあこの子が気にしてないならいいのか? ……いいのか。
あー焦った。いかんいかん。気を取られた。僕の愛は先輩だけのものだというのに。かわいいは正義だから仕方ない。取り敢えずこの小腸詰めよう。問題はその後。ところで清掃班遅くない? まあいっかあと3分待ってやろうそうしよう。と思ってしゅこーしゅこーと各パッキングの空気を抜いているところでその子が問いかけた。
「あの、ところでマゴットセラピーズってなんですか?」
聞いてたんかーい。
「あ、もしもしー、こっちお仕事終わったんでお迎えお願いしまーす、ちょっと知り合いがひとり参加してるんで清浄材もいっこ追加おねがいしまーす」
呼んでなかったんかーい。
「はわ、しりあ……!?」
わあ顔真っ赤ですねかわいいかーい。
「ーーさて、どうしよっかー?」
遠野くんが今度こそ間違いなく僕に声をかけた。……そうだねえ。まあ、どうしようね?
「…………、取り敢えず、その子、一緒に来て貰うのは確定だから、遠野くん説明しといて」
「あいなー」
「わはー???????」
「えーとね、君が今日おうちに帰れるの、多分夜9時くらいになるかもだから、ご両親に連絡できそうー?」
「はわーーーー???」
血だまりの世界に微笑む美青年と慌てふためく美少女。そして内臓を拾い詰める僕。
もう一度言おう。……なんだこれ。
この仕事をしてもう結構長い年月が経っているけれど、正直初めてだ。
ーーーー清掃班ー早くきてェーー。
時は夕方5時を回った頃だ。今日の僕の現場スタイルは全身ユニ&クロ、背中には会社から取ってきた相当な量が入るバックパック、そして左手に愛用タブレット。腰には愛用の細鉈一振という、単独行動用の装備でここに来ていた。あれから無事にホテルで仮眠も出来たし、一ノ瀬さんから貰ったおいしいぞゼリーも飲んだしで準備は万端である。
湿った細道を慎重に歩いていく。その後ろには相棒遠野くんがぴったりついてきている。その安心感が半端なさすぎて有り難いにも程があるねぇ。
「さてそろそろだと思うんだけど……」
「だねー、風見くんの前回の雪辱は今日こそ晴らしたいよねー」
「ほんそれ。今日そいつ出てきたら僕によこしてね?」
「りょーかー」
相変わらず見た目も可愛い遠野くん。本日はスクールスタイルな私服のままで愛用武器である特大包丁を背中に背負っている。ちなみに銃刀法違反待ったなしの包丁を持ち運ぶ為のフェイクとしてキーボード用の鞄を愛用しているんだけど、これは余談で僕の愛する先輩が働く楽器屋さんで買ったものなので見るだけでニヤっとしちゃうんだぜ。
僕達と入れ替わりになる清掃班が今待機してる送迎用バンに詰めてきても良かったんだけどプラマイ一時間位の誤差が出やすい街中に長時間の停車は出来ない。だから今はこの近辺をぐるぐる走り回ってもらっているのでいっそ何かの宣伝カーに偽装でもしたらいいんじゃない? と思うまである。
「つーかここ狭いけど、大丈夫そう?」
「全然ー! まあ僕たちより横幅ある人だったら結構苦しかったかもねー適材適所ー」
やや苦しめに僕たちはさらに隙間を縫ってより細い路地裏に入る。そろそろと人間ひとり歩ける隙間に入り込み奥へ進むと、ビルとビルの境目にある8畳くらいのスペースに辿り着いた。抜けた視界とは真逆に、さっきまで感じていた通気の悪さがより酷くなり、淀んだ何かが全身にべとべとまとわりついてくるのが解る。
そして案の定。ここでタブレットから怪異感知レベルが一気に強まったアラートが鳴った。データ自体が僕の作った前回の雪辱込みの調査結果だ。よし、ほぼここで出るだろう。
速攻別窓を開き、清掃班に連絡。この道に通じる箇所全部の封鎖を依頼すると、僕はいつもの白衣に袖を通し、遠野くんもシンプルな園芸用エプロンを身につけた。その他細々とした準備をしていると、そういえば、と今日の日付と時間が気になった。
「あー……、遠野くんて今日ってライブ配信の日じゃなかったけ?」
「予定21時からだから問題ないよー、風見くんのお気遣い感謝ー」
「見れたら見るよ、解体してる間になるかもだけどね?」
「今日は角煮の予定だから同じ時に違うジャンルのおにく切ってるかもって面白いねー」
「それなー!」
二人してけらけら笑いながら僕は巨大な荷物を角に下し、便利器具セットをスラックスのポケットに突っ込み、改めて鉈を手に取る頃、遠野くんも二丁包丁を腰に整えた。
「そういえばさー、昨日は別行動だったし、折角だからやっちゃうー?」
「やるやる! せーの!」
学生時代からの付き合いの僕達は、その頃からのコンビ名がある。お互いノリが合うモノ同士の縁で、ビシっと虚空に向かってポーズをキメた。
「風見総司と!」
「遠野彰のー!」
「「マゴットセラピーズ! 推参!!」」
大声出して士気を高め、息を合わせる。あっはは名乗りってきもちいいね!
そして僕達は背中合わせで狭いスペースの真ん中に立つと、突然すぅ、と異様で陰湿な空気が流れる。
……来る。
さっきまで笑ってた顔が自然に引き締まる。遠野くんもすらりと包丁を抜き、構えた。
「さて、今日はいくつ出る……?」
刹那、足元のコンクリートに鋭い閃光が走った。丁度僕達を点で囲う様にバチっと光を放ち、僕は一瞬だけ目を反らした。しまった、悔しいけれど登場シーンに格好良さが混じるコレは、同時に宿敵の合図でもある。
「風見くん! 頭下げて!」
視線を上に戻すよりも先に相棒の声が響いた。僕は直ぐ頭を落としてしゃがむと自分の頭上に空気を斬る音が走った。そしてコンマ5秒程で生温い液体が頭に降り、しゃがれた奇声が聞こえた。流石遠野くんだ、これで一体完了!
「ありがと遠野くん! あといくつ!?」
「風見くんの狙いがそこから15時! んで他元気な人間2体と泥1は僕の方!」
「解った! じゃお願いね!」
立ち上がりついでに目の前でこと切れてる真っ黒なスーツを着ているデブい人間体を見ると、遠野くんの見事な一閃で既に頭がどこかに飛んで行っていた。その切れ目からはきっちりと脈打つ様にどくどくと血液が流れ出ている。やだなあこれでもゾンビなんですかって突っ込みたくなるね!
さあ僕の狙いは右方向だ。足首を使い身体の向きを捩じってそのまま飛び出すと、遠野くんは僕と反対方向に交差して駆け出した。狭い場所に密度高いよ! 直ぐに眼前に見知った顔が映る。分かり易くも短髪金髪で年齢20代後半位? どう見てもヤンキーさんだし、最初のも含めて考えるとこいつら何かの抗争とかで纏めてお亡くなりにでもなったんだろうか。しかしこっちは服もアロハだし派手好きかよ。
ソレは目と口を見事と言える位に大きく開けており、理性を完全に無くしている。顎間接が外れていそうな位に開いた口からは腹の奥から出ている奇妙な音を発し、コイツらゾンビの中でも上位人間体が持つ特徴である角膜の外ラインがくっきり紅く染まっているのを確認までした。前回の襲撃ではここまで確認出来なかったからな。
「じゃあてめーは今日の素材になって貰うよ!」
ソイツはまた俺を思い切り引っかきたいらしいね! 大きく振り上げた右腕を振り下ろされる前に、僕は鉈に角度を付けて右脇から左腰に一本線を思い切り入れてやる。痩せ形の胸筋を越えて肋骨をなぞるガタガタとした手ごたえに意図せず口の端が持ち上がる。
『ヒィギャアアア!!』
途端そいつから元気のいい悲鳴と、確実に死なない線から真っ赤な血が元気に噴出した。僕はステップ踏んで身体を一回転させそれから距離を稼ぎ血から逃げると、即次の計算に入った。
ええと一ノ瀬さんは今日眼球を使うって言ってたからまあ頭以外として、今日は他にどこ持って帰ろうかな? 取り敢えずレア種だし元気も良さそうな男だし、何より薄着! それこそ内臓とかいいかもしれないね、ならさっき入れた一閃を目安にああやってこうやって、はい決まった!!
僕の顔の傷跡の恨み晴らさておくべきか。このヤロウの『解体図』が頭に定まった所で、また僕はそれに向かって飛んだ。負った傷に素直になっている前屈みの頭蓋のこめかみをつま先で思い切り蹴飛ばすと、力学的にも正しく吹き飛んで頭を壁に強打させた。ゴシャりと頭蓋骨が砕け、脳漿も一緒にみっともなく潰れ弾けて壁を汚した。
僕は直ぐにソイツを壁から引き剥がして、素早く直接首を切断した。これで確実に活動停止する。念には念をのスタイルだ。よし!
獲物にするにはどのジャンルにもはぎ取りが必要。まだ生体活動が終わらない内に頭に描いた構図に沿って、右腕、左足を間接に沿ってとっとと切り離しておいた。べちべべちと血やら肉やら軟骨やら神経やらを綺麗に切り離せるとやったぜとガッツポーズしたいまである。
しかし本当にリアル人間とほぼ変わらないであろう強度を持つゾンビ上位人間体を開くのにはこの鉈一本ではここまでが限界。一端鉈を降ろして立ち上がった。
直ぐに周囲を見回すと、丁度遠野くんがラストであろう人間体をストレートド真ん中で切り裂いている光景が広がった。わー流石だね! 遠野くんのやり方はいろいろ構わない斬り方をするもんで僕よりも大惨事な姿になる。ていうかあの包丁ほんと切れ味すげえなあ。まあ開発には僕も携わってるんだけどね!
「はい終わりー! 最初から出現場所がわかってると楽だねー風見くんのおかげだねー」
今日のゾンビさんは合計5体と、通常の現場よりはかなり少な目ではあるのに、そうやって爽やかに笑って見せる遠野くんはいつも通りにほぼ全身が血で染まっていた。狭い場所だったからかもしれないけど、何も変わらない笑顔のまま、包丁についた血を勢いよく振り払って鞘に納めた。かっけー。
「ていうか風見くん腕上げてる? さっきも綺麗に避けきってたよねー」
「いやいやいや最初の遠野くんのアレ無かったらどこか怪我ってたと思う」
「あー、僕の視界に入ったのが運のツキだけど、即ちそれは風見くんのラッキー?」
「そうそう、連続縫い傷はそろそろ避けたいかなあはは」
数分の出来事だけど、僕たちは無事に今日の仕事を無事にこなせた。いやー怪我なく終わってよかったよかった! そしてにこやかにハイタッチを交わした。
今日の討伐数は遠野くんが4、僕は1。ハンターは討伐数で給料の計算が入るので概ね遠野くんに任せているところもある。うーん。さてここから。だな。
「ちょっとこっちの心臓と右腕確保するから、周囲の確認お願い出来る?」
「りょかー、まあ大丈夫だと思うけどねー」
さて折角生きのいい色々が転がってる訳だし、一寸本気出すかと、僕はポケットからキットを取り出した。まだ何か生えてくる可能性が無い訳じゃないから遠野くんがいるってだけで安心して作業出来るの本当にありがてえってもんだよ。
鉈を再度手に取ってー、憎いアイツのボディの肋骨を柄でばきばき叩き割ってー、キットからお気に入りのメーカーのメス出してー、一気にかっ開いてー、今日は肺いらないからぺいっとなげてー、腹立つ位にすっげえ綺麗な色した心臓を露出させてー、新しいメス出してぺりぺり剥がしてー、べろりと取り出してー、っと歌いながら圧縮袋の中にぺいっと放り込んだ。よしよし。あといくつか取れそうかな?
折角なので近くの膵臓も引っ張り出したところで今日のお土産素材は無事ゲット。デカモノとして右腕もパッキンに詰めて傷の恨みも晴らせたし、一定気が済んだのでもうこいつには用が無いかなー。
ついでに他はねえかと立ち上がってくるりと見渡す。首を吹っ飛ばせた黒スーツデブ、右肘から下が無くて、右肩から斜めに切り取られている細身スーツ、脳天からまっぷたつの青アロハ、その他泥形態1。綺麗な一閃で仕留められた遠野くんの技術もまたすごいものだなあ。やったー内心わくわくしちゃう。しかも今日はまだ切れ目から血が流れてきてるゾンビレア種もある位で、しっかり怪我の巧妙の豊作になった。やったぜ。
そんな四肢累々の中、可憐に笑う血塗れ遠野くんは携帯ウェットティッシュで顔や髪を拭いていた。うーん、絵になる。
「遠野くんこそ今日も色っぽいけど怪我とかない?」
「今日の人数くらいなら大丈夫大丈夫、ただ、エモノが風見くんが使えるものになってるかは謎だけどねーあはは」
遠野くんがやや苦笑気味に笑うけど、ハンターはあくまでも討伐が仕事だ。普通ならハンターの討伐が終わった後、安全が確認できた後に清掃班に混じって検体を採取していくのが僕たち研究員の仕事だ。だから本来ならば遠野くんがハンターとしてやっている仕事に対して配慮を必要とする事はない。
……んだけど、その研究員の僕が相方として一緒にいて、僕の一定の希望に沿った回収作業を踏まえるとなると討伐するにも一気に難易度が上がる訳だ。それでも僕が安心して色々と併せられるのは、遠野くんがハンターの中でも数少ない最高ランクのSSを持つ実力があるからでもある。ちなみに僕のランクSとSSは相当な差がある。当然簡単には登れない壁だけど研究職兼のS持ちはうちのエリアでは僕だけなのであまり気にしない。えへん。僕えらい。僕つよい。……たぶん。怪我する度に自信削るけどねー!
「わ、遠野くんのこのまっぷたつ最高。ここからも色々貰えそう。ちょっと急ぐから通達お願いしていい?」
「おっけー、じゃあ僕からしとくねー」
言って遠野くんに清掃班への連絡を頼むと、僕は急いでバックパックから最新コンシューマーゲーム機サイズの機械と、更に圧縮袋を何枚か取り出した。たのしみたのしみ。
さて、この怪異で生えてくるゾンビさんだけど、泥だろうが人間体だろうが本当の人間に見間違えるレベルのレア種だろうが共通して、人間で言うところの『死』を迎えると一定時間経過の後にどろどろと溶けだしてしまう。これは酸化に近い現象で、つまり空気が宿敵。研究素材としてお持ち帰りする場合は持っていきたい部位を真空パックにして保冷しなきゃいけない。僕の鞄が毎回大きいのはそういう理由だったりする。
だから今僕がざくざく斬ってパックしてーなんてやってるけど、この行為自体こそ結構レアでもある。この前のビル内怪異じゃ2人しかロクな素材無かったもんなあ……。
ともあれ解体解体、とかしてる最中にふと顔を上げると、目の鋭さを消していない遠野くんが少し遠くを見ていた。清掃班そろそろ来たかな?
「しっかし今日は5人中レア種3人か、なんか打率高いね?」
「だよねー、服装からして最近のひとたちなのかもだけどねー」
「夏服だもんなぁ……一ヶ月位前にお亡くなってもう噂されるとかどんだけ幹部なんだっていうか?」
ちなみに世間一般的な、適度に人間の形を保ったゾンビであれば討伐後10分位で溶け出すんだけど、今日みたいなかなり人間のままであるレア種だと大体30分くらいは持つのがスゴい助かるんだよねーしかもこの素材は研究の役に立つレベルが違う。凶暴性も攻撃性も桁違いだけど、その分のご褒美みたいな所もある。
「らんらんさてさて君はどこを持ってってほしいかなー肝臓かなー腎臓かなー脳かなー」
僕がにこにこしながら手袋を真っ赤に染めて素材を取れるだけ取る。わーい小腸ーとかしてると
「ごめーん、ちょっと私用一本入れるねー」
なんて遠野くんが言う。
私用? ていうかそんなわざわざ言わなくてもええんやで、と思った瞬間だった。
「ピェ」
………………。
なんか聞こえてきたぞ? 僕はまだ生温い小腸を持ったままそっちを見た。
「もう安全だから隠れてなくてもいいよーグロ大丈夫なら出ておいでー?」
にっこにこの遠野くんが細道の向こうに声をかけた。すっと通るその声は狭い場所では余計に響く。そういえば太陽も随分傾いているのかこのあたりは相当暗くなってきている。そんな暗がりの隙間から漏れる光を僅かに削る様に、ぴょこり。と、小さな頭がやや傾きがちに壁から生えてきた。
「あのー……、あっきーさんですよね……? 今日の配信、中止って本当ですか??」
……………………。なんだこれ。
僕はそのままの姿勢でそれを見ていた。その、小さな頭は逆光で表情こそよく見えないけれど、やたら可愛い声に耳横のツインテールな外見。つまり明確な女子。どうやらスマホ片手に遠野くんの何かを訴えてきているみたいだった。…………なんだこれ。
「そうだねー、君がいるのは気づいてたけど、思ってたより面白そうだから配信を延期させてこっち優先したって感じかなー、ていうか怪我とかしてないよね? まあさせるつもりもなかったけどねー」
ちょ待てよォ僕を置いていかないでくれませんか遠野くん。出来る限り急ぎの仕事なのに完全に手が止まっちゃうじゃないのさ。
「あわわまさかあっきーさんが心配してくれるとか……! いやわたしのせいで配信中止ですがごめんなさいわわわわたしは全然大丈夫ですから!! ていうかこれって何かのお仕事ですか? もしかしなくても例の都市伝説のですか? あっすみません後ろの方お仕事の邪魔してたらごめんなさいわたしは気にせず続けててくださいでもあの後でそのこのこととか教えてもらってもいいですか!!! はわーー!!!!!」
はわーって直に言う人はじめて見た。そしてめちゃめちゃ言葉が早いな同類か?
て、いやいやいやいやそこじゃないそうじゃない。結構な動揺をしてる。一般人に現場を見られたからには消すしかない、とかドラマあるある系の物騒な意味でもないけど、見られたら見られたなりの『案件』でもあるし、寧ろこんな、世間一般的な目線で見たらかなり残酷な殺人事件現場です! 的な状況だし、しかも僕は斬りたてほかほかの内臓片手に持ってるし、彼女のお目当てだろう相方はデカい刃物を腰から提げて挙句全身血塗れな訳で。けどそんな事も特に気にもしていない様に、寧ろ楽しそうにしながら、了解降りたからと『ここ』に入って駆け寄ってこれるとか、ちょっと、想像が、追いつかないですねえ……? その学校指定っぽい皮靴、思いっきり血ついてますよ? 大丈夫ですか?
「ああああのあっきーさん、握手してもらってもいいですか……?」
「この状態でいいならいいけどー、君なかなかだねー」
その女の子はかなり身軽に、いや軽率にと言っても差し支えないであろう足取りで遠野くんのそばまで来てファンサを求めていた。ぺちょぺちょと血だまりの上を跳ねててすっごい嬉しそう。遠野くんはいつもの笑顔でそれに応じているし、なんならその女の子、近くで見上げてみるとかなり可愛いお顔立ちまでしていて一瞬目を奪われてしまった。身長もちょっと小さめかな、グレイのジャケットに赤チェックのスカートはあの学院の制服だろう、とてもよく似合っている。ころっと丸い瞳、ピンクアッシュ系の色を含ませた耳横からのツインテールは毛先を緩くカールさせていて露骨に令和の女子校生! って感じだ。そんな美少女が推しを目の前にして頬を紅く染めて喜んでいる姿は見ていてとても和むものでもある。ここが死体(仮)と臓物(仮)と血だまりの風景じゃなければなあ……まあこの子が気にしてないならいいのか? ……いいのか。
あー焦った。いかんいかん。気を取られた。僕の愛は先輩だけのものだというのに。かわいいは正義だから仕方ない。取り敢えずこの小腸詰めよう。問題はその後。ところで清掃班遅くない? まあいっかあと3分待ってやろうそうしよう。と思ってしゅこーしゅこーと各パッキングの空気を抜いているところでその子が問いかけた。
「あの、ところでマゴットセラピーズってなんですか?」
聞いてたんかーい。
「あ、もしもしー、こっちお仕事終わったんでお迎えお願いしまーす、ちょっと知り合いがひとり参加してるんで清浄材もいっこ追加おねがいしまーす」
呼んでなかったんかーい。
「はわ、しりあ……!?」
わあ顔真っ赤ですねかわいいかーい。
「ーーさて、どうしよっかー?」
遠野くんが今度こそ間違いなく僕に声をかけた。……そうだねえ。まあ、どうしようね?
「…………、取り敢えず、その子、一緒に来て貰うのは確定だから、遠野くん説明しといて」
「あいなー」
「わはー???????」
「えーとね、君が今日おうちに帰れるの、多分夜9時くらいになるかもだから、ご両親に連絡できそうー?」
「はわーーーー???」
血だまりの世界に微笑む美青年と慌てふためく美少女。そして内臓を拾い詰める僕。
もう一度言おう。……なんだこれ。
この仕事をしてもう結構長い年月が経っているけれど、正直初めてだ。
ーーーー清掃班ー早くきてェーー。
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