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小説の勇者とめぐる物語
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俺がこの世界に転移したのは、たしか、金曜だったと記憶をしている。俺こと、伊勢信三は、普通のサラリーマン生活を送る25歳だ。いや、だったのほうが正しいか。
そう言えば、あの台風の日に、いつものように近道の細い路地を通っていたときだった。
「うわ、びちょびちょだよ」
俺の服は大雨のせいで、ほぼ、ずぶ濡れだった。台風27号の影響は、ニュースのキャスターさんの言う通り、いつもの日常と違う町を見せていた。俺は足早に、マンホールの横を通り過ぎようとした。
排水溝から逆流する雨水を横目に見た時だった。
一瞬、俺の視界の中に人間の手が写り込んできた。
「えっ、人間の手?」
そこにはあるはずのない人間の手がマンホールの隙間から出ようともがいているようにもみえた。
「おいおい、冗談だろ。」
もしも、本当に人間の手であるなら、何かの間違いだと思いたい。傘が強烈な雨におされて、壊れそうだった。
でも、本物の人間の手であるなら、何らかの凶悪な事件に巻き込まれてもおかしくはない。
するとかすかに人間の声が聞こえたような気がした。
「助けて・・・」
俺は周りを見回したが、人間らしい人間はいない、もちろんこの雨のせいで車も通っていなかった。昨日、徹夜してラノベを読んだから、幻聴でも聞こえたのだろうか。
もう一度、あのマンホールを見ると、手の先がピクリと動いて、はっきりと聞こえた。
「助けて」
「うわーもう、どうとでもなれ」
俺は、傘を後ろに投げ、マンホールからでる手が出ている人間を助けに行った。中から出る手は、かすかに動いていて、この状態で人間が生きているとは思えないほど奇妙だった。それでも、助けての声が聞こえる。なんとか、マンホールをはさまった手を引っ張り出そうとする。
びくともしない
俺の非力の力では、マンホールのふたさえも動かせない。てこの原理で隙間からバールのようなものを入れてあげられれば、少なくとも隙間は大きく開けられるはずだ。でも、そのような代物があるはずもない。かすかに聞こえてくる声を頼りに持てる力をだして、数センチ動かせた。そうすると、マンホールに手が勢いよく吸い込んだ。
「マジで」
しかし、その吸引力は、衰えを知らずに、次々と近くの物体を吸い込みだした。木ですらも台風ではない力に引き込まれそうで、大きくざわめいていた。俺は、足に力を入れて、マンホールに吸い込まれないように踏ん張った。
「お、俺はなんとしてでも」
吸引力はすさまじく、カバンがマンホールに吸い込まれそうだった。なんとしても、昨日頑張って仕上げた資料は守らないと思ったが、すぐに吸い込まれていった。とうとう、俺の順番になった。
吸引にあらがって、今となっては不気味な不気味なあの白い手が出てきた。
「えっ嘘!」
なぜか、俺の足に先ほどの手が捕まれていた。マンホールの中に引き込もうと俺の足を引っ張ってくる。俺が絶えられるわけもなく、ずるずるとマンホールに引き込まれていく。
「観念して」
マンホールの中の人間は、冷めたような声で、俺をマンホールに引き込んだ。中は、暗闇で、何も見えない。
無限に落ちていく感覚がした。
先ほどの俺の足をつかんでいた手は闇の中にはもう、いない。しかし、暗みから徐々に光が見えはじめた。
そこには、草原が広がり、まぶしい世界があった。
「うわっ」
どうやら、ふかふかの芝生の上に俺はいた。頭がふらついて、じょじょにこの世界が見えはじめた。普通の草原のように見えるが、少しファンタジー感が漂っていた。
ぼろぼろの感じの看板には何が書いてあるのか、わからない。
「ようこそ、異世界へ」
透き通った声で、どうやら先ほどから、俺の顔をのぞいていたらしかった。
「もしもしー。伊勢さん?伊勢さん?聞こえてますか」
白髪でミニスカートをはいている女の子は涙ぐみながら問いかけていた。
「ああ、聞こえてるよ」
「よかったー。軽くいないような存在だと思われてるかと・・」
美少女に声をかけられて、少しどぎまぎしてしまったが、平常心、平常心。
「大丈夫、大丈夫、聞いてるから。君は、誰なの?」
「あっ、自己紹介がまだでしたね。私の名前は、小説の勇者、ミカン・クライスです。どうぞよろしくお願いいたします」
「へっ、小説の勇者?」
ふと、俺は笑ってしまった。なんだそれ。
「笑いましたね。私は勇者の中の勇者、小説の勇者なんです」
ミカンさんはいかにも怒ってますよ感を出している。
「聞きなれない言葉があったのだが、小説の勇者?なんなの?」
「ああ、そうでした。小説の勇者とは、具体的言うと、本を書くこと生業とする勇者です」
「へー。ソウナンダ」
明らかに。関心もない。
「ちょっと待ってくださいよ。何で、そんなに痛い子を見る目で見るんですか?」
涙目で、俺の胸ぐらをつかんでくる。ブンブンと頭を振り回されて痛いのだが。そもそも、勇者という職業が魔王を倒すとかするのに。いかんせん、勇者になれないから、小説とかつけて、勇者とか言っちゃっている輩やからに違いない。
「それって、勇者?つけなくていいんじゃないか?そもそも、勇者って、魔王とか倒すもんだろう?」
彼女こと、ミカンさんは、顔を膨らませて、いかにも憤慨ですという感じだった。
&
「伊勢さん。勘違いがないように言っておきますが、ここの異世界、ローランにはもう魔王はいません。」
「えっ。今、なんといった?」
「だから、魔王はいないといったのです。」
唖然とする。俺を見ながら、ミカンさんは話を進める。
「あのーですね。魔王は以前来た勇者さんに倒していただきました。そして、ローランに平穏がおとずれたのです。ローランは、平和なんです。THE平和。非力なあなたみたいな人が勇者になれるわけないじゃないですかー。クスクス」
平和の世界に、俺は、連れ込まれたのか・・・・だんだんと、白髪頭の自称、小説の勇者に怒りがでてきた。
「俺は平和の世界に呼ばれたのか。それって意味あるのか?」
「うーん。どうでしょう」
「・・・・」
「・・・・・」
「このやろう。なんで、俺をマンホールに連れ込んだ。」
むなぐらをつかみながら、ミカンを問いただす。
「伊勢さん。伊勢さん。落ち着いてください。」
俺の怒りはおさまらない。魔王軍とか、危機的な状況があってこそ、異世界から人間を呼ぶのが流れだろうに。
「俺は元の世界でも普通のサラリーマンをして、普通に過ごしていたんだよ。それをよくわからん異世界に連れてきやがって。はやくもどせよ。はやく、日本に」
ミカンのむなぐらをはなし、話を続ける。
「それは無理な相談ですね。あなたは小説の勇者になるんです。」
彼女は俺を指差して声を高らかに宣言した。
「だから、その小説の勇者ってなんなんだよ。」
「小説の勇者とは、本を書く勇者です。この世界で本を広めてほしいのです。勇者として!」
ミカンが胸を張って、堂々と宣言した。俺は終始、冷ややかの目線を向けて、ミカンの演説を聞いていた。
「勇者として、本を書くことには、重要な意味があるのです。伊勢さんは、魔王を倒した後の世界は考えたことはありますか?」
「そういえば、考えたことはないな」
こういう設定、もとい、世界はやい魔王とか、やい悪役の公爵などが出てくるが、そいつらを倒した後はあまり考えたことはなかった。俺はそうだったけど、こういう異世界はそういう主軸で動いてくれるし、そういう物語のほうが、読了後、気持ちがスカッとする。
「そうですよね。私もやっと魔王を倒すことができて、平穏を満喫してました。」
「満喫してた?」
妙な過去形にいやにも反応してしまう俺。
「えっ、今は、どうなんだ?」
「はい、今は平穏を満喫しすぎてて、つまらないのです。退屈なのです」
「うん、話の行く末が見えんな。要するに、俺はそこでどうかかわる?」
いぶかしげな眼を向けられてミカンはたじろぐ。
「そこで、私、勇者もとい、ミカン・クライスは小説の勇者を考えたのです。異世界に行って、本の文化、もとい、萌え文化がある中に住む日本人に来てもらい、この娯楽が乏しいローランで本を書いて、この退屈な日常.....コホン...に新しい風をふきこもんでくれる勇者を」
もじもじしながら話していたミカンが徐々に勢いを出し、ふんぞり返りながら、偉そうに宣言した。でも、疑問に残ることがある。
「お前は誰でもよかったのか?」
汗をダラダラ流し始めるミカンさん。あれれれ、どうしたのか、ミカンさんは口が滑ってしまったと口を真一文字にしめて、、沈黙する。
「おい、ミカン」
「はい」
「なんとか言えよ」
「はい」
「もしもし、ミカンさん?」
「はい」
「それじゃあ、帰らしてもらうわ」
「うわーん。待ってください。話しますから」
涙ながらに、ことの顛末を語るミカンさん。やっと本題になった。
「日本に行き、作家さんを探そうと思いました。ここ一か月、探し回りました。でも、活躍中の作家さんに頼んで「「異世界で執筆しませんか」」と声をかけて回ったのです。グスグス、悪質な勧誘と思われたりしました。しまいには、警察を呼ばれてしまったのです。私は涙ながらに、逃げてきました。」
何とも言えない。世知辛い日本を見たのだろう。でも、それとこれとは、話は違う。
「それで、なんで俺を連れてきた。いいかげん、話してくれ!」
「それは、いつものように、私は、マンホールのふたを開けて、日本に来ようとしました。でも、マンホールが開かなかったのですよ。」
「まあ、台風だったからな。」
台風の大雨と強風でいつもと違っていたのはわかるけれども。
「そこにちょうどよく、伊勢さんが通ったのです。試しに、私は、声をかけてみようと思いました。そうしたら、伊勢さんが一目散に台風の中、私を助けに来てくれました。今までの日本人の方をのぞいて、特に優しい方だと思いました。それで、私は、この人しかいないと思って、異世界に連れていこうと思ったのです」
マンホールから手を出していたのは演技だったのか。ゾンビ映像にもとらえてもおかしくない状況だったが。
「いかんせん、納得がいかないし。要するにおれは、お人よしが災いして、こっちに連れてこられたのか」
「まああ、そうなりますね」
きっぱりといいきるミカンさん、あのーそんなにはっきり言われても困るのだが。でも、こういう世界には、あのルールがあるのは、明確だ。恐る恐る聞いてみる。
「どうせ、戻れないんだろう?お約束で」
「はい、お約束ですね。」
爽やかに答えるミカンさんは何も悪びれもない。こういう世界のしきたりで、何かを達成しなければ、日本に戻れないのだろう。
「さておき、俺は普通のサラリーマンだし。小説なんか書いたことなんてないのだが」
「まあ、そんなこと。大丈夫ですよ。特訓すればいいのです」
「いやまてまて、そんな特訓すれば、小説家になれるのか」
任せてくださいというばかりに、ミカンさんはこぶしで自分の胸
をたたく。胸が揺れてしまうので、俺は目をそらしてしまう。
自信はその胸の中にしまっておいてください。
「はい、その通りです。私は小説の勇者なので、書物を網羅し、ありとあらゆる、ラノベ、ラノベ、ラノベを知り尽くした小説の勇者なのです」
「う?ううん?」
怪しい空気になってきた。
「何でしょうか?」
「ラノベ専門のその~、小説の勇者なのか?」
俺はミカンさんにまじまじと見つめる。ミカンさんは、ばつが悪そうに、手をもじもじし始めた。
「その~。私、純文学、得意ではありませんし。後、ミステリーとか頭が痛くなります。それで自分にできることは、ラノベしかないと考えました」
なんという消極的な考え方。単に、その手のジャンルにミカンさんの頭が弱いだけということ。俺としても、ライトノベルが悪いと思わない。逆に、好きだ。しかし、仮にも小説の勇者もとい、本を書く勇者がこんなかんじでいいのだろうか?
「それで、ミカンさんはラノベの知識を総動員して、、物語は書けたのか?」
「いいえ、まだ。」
「えっ。小説の勇者なのに。一作品も」
本当にこのミカンさんは、肩書で勇者を名乗っているだけのイタイ子に見えて来た。あわてて、言葉を重ねる。
「まだ、一作品も書けていませんが、私と伊勢さんが協力すれば、絶対にいいライトノベルができます」
どこから来るのかわからない熱意。俺もあったよそういうどこから来るかわからない自信。いつの日か、忘れてしまったけれども。遠い空をみてたそがれる。
それにも増して、ミカンさんは自信のオーラをはなっていた。しまいに、俺はミカンさんの熱気にあてられてしまった。要約すると、このイタイ子は、一緒にラノベを書こうというらしい。
「納得はできないのだが、俺とミカンさんで、そのーなんだ。ラノ、ラノ」
「声が小さくて、聞こえませんよ。伊勢さん。ラノなんです?」
ラノベは好きだが、恥ずかしい自分と異世界まで来て小説家になろうという憤りもある。しかし、この白髪の美少女をたすけたのも何かの縁。俺は決めた。
「俺とミカンでラノベを書くぞー」
としがいもなく、大きな声を出してしまった。
「そんなに大きな声出されると私も恥ずかしいのですが・・・」
俺の決死の宣言を返してほしい。
「ともかく、特訓です。これから、この場所で執筆に専念してもらいます。いいですね?」
「おうよ。これからが、ここでのはじまりだ。」
俺とミカンとの執筆生活が幕を開けた。
そう言えば、あの台風の日に、いつものように近道の細い路地を通っていたときだった。
「うわ、びちょびちょだよ」
俺の服は大雨のせいで、ほぼ、ずぶ濡れだった。台風27号の影響は、ニュースのキャスターさんの言う通り、いつもの日常と違う町を見せていた。俺は足早に、マンホールの横を通り過ぎようとした。
排水溝から逆流する雨水を横目に見た時だった。
一瞬、俺の視界の中に人間の手が写り込んできた。
「えっ、人間の手?」
そこにはあるはずのない人間の手がマンホールの隙間から出ようともがいているようにもみえた。
「おいおい、冗談だろ。」
もしも、本当に人間の手であるなら、何かの間違いだと思いたい。傘が強烈な雨におされて、壊れそうだった。
でも、本物の人間の手であるなら、何らかの凶悪な事件に巻き込まれてもおかしくはない。
するとかすかに人間の声が聞こえたような気がした。
「助けて・・・」
俺は周りを見回したが、人間らしい人間はいない、もちろんこの雨のせいで車も通っていなかった。昨日、徹夜してラノベを読んだから、幻聴でも聞こえたのだろうか。
もう一度、あのマンホールを見ると、手の先がピクリと動いて、はっきりと聞こえた。
「助けて」
「うわーもう、どうとでもなれ」
俺は、傘を後ろに投げ、マンホールからでる手が出ている人間を助けに行った。中から出る手は、かすかに動いていて、この状態で人間が生きているとは思えないほど奇妙だった。それでも、助けての声が聞こえる。なんとか、マンホールをはさまった手を引っ張り出そうとする。
びくともしない
俺の非力の力では、マンホールのふたさえも動かせない。てこの原理で隙間からバールのようなものを入れてあげられれば、少なくとも隙間は大きく開けられるはずだ。でも、そのような代物があるはずもない。かすかに聞こえてくる声を頼りに持てる力をだして、数センチ動かせた。そうすると、マンホールに手が勢いよく吸い込んだ。
「マジで」
しかし、その吸引力は、衰えを知らずに、次々と近くの物体を吸い込みだした。木ですらも台風ではない力に引き込まれそうで、大きくざわめいていた。俺は、足に力を入れて、マンホールに吸い込まれないように踏ん張った。
「お、俺はなんとしてでも」
吸引力はすさまじく、カバンがマンホールに吸い込まれそうだった。なんとしても、昨日頑張って仕上げた資料は守らないと思ったが、すぐに吸い込まれていった。とうとう、俺の順番になった。
吸引にあらがって、今となっては不気味な不気味なあの白い手が出てきた。
「えっ嘘!」
なぜか、俺の足に先ほどの手が捕まれていた。マンホールの中に引き込もうと俺の足を引っ張ってくる。俺が絶えられるわけもなく、ずるずるとマンホールに引き込まれていく。
「観念して」
マンホールの中の人間は、冷めたような声で、俺をマンホールに引き込んだ。中は、暗闇で、何も見えない。
無限に落ちていく感覚がした。
先ほどの俺の足をつかんでいた手は闇の中にはもう、いない。しかし、暗みから徐々に光が見えはじめた。
そこには、草原が広がり、まぶしい世界があった。
「うわっ」
どうやら、ふかふかの芝生の上に俺はいた。頭がふらついて、じょじょにこの世界が見えはじめた。普通の草原のように見えるが、少しファンタジー感が漂っていた。
ぼろぼろの感じの看板には何が書いてあるのか、わからない。
「ようこそ、異世界へ」
透き通った声で、どうやら先ほどから、俺の顔をのぞいていたらしかった。
「もしもしー。伊勢さん?伊勢さん?聞こえてますか」
白髪でミニスカートをはいている女の子は涙ぐみながら問いかけていた。
「ああ、聞こえてるよ」
「よかったー。軽くいないような存在だと思われてるかと・・」
美少女に声をかけられて、少しどぎまぎしてしまったが、平常心、平常心。
「大丈夫、大丈夫、聞いてるから。君は、誰なの?」
「あっ、自己紹介がまだでしたね。私の名前は、小説の勇者、ミカン・クライスです。どうぞよろしくお願いいたします」
「へっ、小説の勇者?」
ふと、俺は笑ってしまった。なんだそれ。
「笑いましたね。私は勇者の中の勇者、小説の勇者なんです」
ミカンさんはいかにも怒ってますよ感を出している。
「聞きなれない言葉があったのだが、小説の勇者?なんなの?」
「ああ、そうでした。小説の勇者とは、具体的言うと、本を書くこと生業とする勇者です」
「へー。ソウナンダ」
明らかに。関心もない。
「ちょっと待ってくださいよ。何で、そんなに痛い子を見る目で見るんですか?」
涙目で、俺の胸ぐらをつかんでくる。ブンブンと頭を振り回されて痛いのだが。そもそも、勇者という職業が魔王を倒すとかするのに。いかんせん、勇者になれないから、小説とかつけて、勇者とか言っちゃっている輩やからに違いない。
「それって、勇者?つけなくていいんじゃないか?そもそも、勇者って、魔王とか倒すもんだろう?」
彼女こと、ミカンさんは、顔を膨らませて、いかにも憤慨ですという感じだった。
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「伊勢さん。勘違いがないように言っておきますが、ここの異世界、ローランにはもう魔王はいません。」
「えっ。今、なんといった?」
「だから、魔王はいないといったのです。」
唖然とする。俺を見ながら、ミカンさんは話を進める。
「あのーですね。魔王は以前来た勇者さんに倒していただきました。そして、ローランに平穏がおとずれたのです。ローランは、平和なんです。THE平和。非力なあなたみたいな人が勇者になれるわけないじゃないですかー。クスクス」
平和の世界に、俺は、連れ込まれたのか・・・・だんだんと、白髪頭の自称、小説の勇者に怒りがでてきた。
「俺は平和の世界に呼ばれたのか。それって意味あるのか?」
「うーん。どうでしょう」
「・・・・」
「・・・・・」
「このやろう。なんで、俺をマンホールに連れ込んだ。」
むなぐらをつかみながら、ミカンを問いただす。
「伊勢さん。伊勢さん。落ち着いてください。」
俺の怒りはおさまらない。魔王軍とか、危機的な状況があってこそ、異世界から人間を呼ぶのが流れだろうに。
「俺は元の世界でも普通のサラリーマンをして、普通に過ごしていたんだよ。それをよくわからん異世界に連れてきやがって。はやくもどせよ。はやく、日本に」
ミカンのむなぐらをはなし、話を続ける。
「それは無理な相談ですね。あなたは小説の勇者になるんです。」
彼女は俺を指差して声を高らかに宣言した。
「だから、その小説の勇者ってなんなんだよ。」
「小説の勇者とは、本を書く勇者です。この世界で本を広めてほしいのです。勇者として!」
ミカンが胸を張って、堂々と宣言した。俺は終始、冷ややかの目線を向けて、ミカンの演説を聞いていた。
「勇者として、本を書くことには、重要な意味があるのです。伊勢さんは、魔王を倒した後の世界は考えたことはありますか?」
「そういえば、考えたことはないな」
こういう設定、もとい、世界はやい魔王とか、やい悪役の公爵などが出てくるが、そいつらを倒した後はあまり考えたことはなかった。俺はそうだったけど、こういう異世界はそういう主軸で動いてくれるし、そういう物語のほうが、読了後、気持ちがスカッとする。
「そうですよね。私もやっと魔王を倒すことができて、平穏を満喫してました。」
「満喫してた?」
妙な過去形にいやにも反応してしまう俺。
「えっ、今は、どうなんだ?」
「はい、今は平穏を満喫しすぎてて、つまらないのです。退屈なのです」
「うん、話の行く末が見えんな。要するに、俺はそこでどうかかわる?」
いぶかしげな眼を向けられてミカンはたじろぐ。
「そこで、私、勇者もとい、ミカン・クライスは小説の勇者を考えたのです。異世界に行って、本の文化、もとい、萌え文化がある中に住む日本人に来てもらい、この娯楽が乏しいローランで本を書いて、この退屈な日常.....コホン...に新しい風をふきこもんでくれる勇者を」
もじもじしながら話していたミカンが徐々に勢いを出し、ふんぞり返りながら、偉そうに宣言した。でも、疑問に残ることがある。
「お前は誰でもよかったのか?」
汗をダラダラ流し始めるミカンさん。あれれれ、どうしたのか、ミカンさんは口が滑ってしまったと口を真一文字にしめて、、沈黙する。
「おい、ミカン」
「はい」
「なんとか言えよ」
「はい」
「もしもし、ミカンさん?」
「はい」
「それじゃあ、帰らしてもらうわ」
「うわーん。待ってください。話しますから」
涙ながらに、ことの顛末を語るミカンさん。やっと本題になった。
「日本に行き、作家さんを探そうと思いました。ここ一か月、探し回りました。でも、活躍中の作家さんに頼んで「「異世界で執筆しませんか」」と声をかけて回ったのです。グスグス、悪質な勧誘と思われたりしました。しまいには、警察を呼ばれてしまったのです。私は涙ながらに、逃げてきました。」
何とも言えない。世知辛い日本を見たのだろう。でも、それとこれとは、話は違う。
「それで、なんで俺を連れてきた。いいかげん、話してくれ!」
「それは、いつものように、私は、マンホールのふたを開けて、日本に来ようとしました。でも、マンホールが開かなかったのですよ。」
「まあ、台風だったからな。」
台風の大雨と強風でいつもと違っていたのはわかるけれども。
「そこにちょうどよく、伊勢さんが通ったのです。試しに、私は、声をかけてみようと思いました。そうしたら、伊勢さんが一目散に台風の中、私を助けに来てくれました。今までの日本人の方をのぞいて、特に優しい方だと思いました。それで、私は、この人しかいないと思って、異世界に連れていこうと思ったのです」
マンホールから手を出していたのは演技だったのか。ゾンビ映像にもとらえてもおかしくない状況だったが。
「いかんせん、納得がいかないし。要するにおれは、お人よしが災いして、こっちに連れてこられたのか」
「まああ、そうなりますね」
きっぱりといいきるミカンさん、あのーそんなにはっきり言われても困るのだが。でも、こういう世界には、あのルールがあるのは、明確だ。恐る恐る聞いてみる。
「どうせ、戻れないんだろう?お約束で」
「はい、お約束ですね。」
爽やかに答えるミカンさんは何も悪びれもない。こういう世界のしきたりで、何かを達成しなければ、日本に戻れないのだろう。
「さておき、俺は普通のサラリーマンだし。小説なんか書いたことなんてないのだが」
「まあ、そんなこと。大丈夫ですよ。特訓すればいいのです」
「いやまてまて、そんな特訓すれば、小説家になれるのか」
任せてくださいというばかりに、ミカンさんはこぶしで自分の胸
をたたく。胸が揺れてしまうので、俺は目をそらしてしまう。
自信はその胸の中にしまっておいてください。
「はい、その通りです。私は小説の勇者なので、書物を網羅し、ありとあらゆる、ラノベ、ラノベ、ラノベを知り尽くした小説の勇者なのです」
「う?ううん?」
怪しい空気になってきた。
「何でしょうか?」
「ラノベ専門のその~、小説の勇者なのか?」
俺はミカンさんにまじまじと見つめる。ミカンさんは、ばつが悪そうに、手をもじもじし始めた。
「その~。私、純文学、得意ではありませんし。後、ミステリーとか頭が痛くなります。それで自分にできることは、ラノベしかないと考えました」
なんという消極的な考え方。単に、その手のジャンルにミカンさんの頭が弱いだけということ。俺としても、ライトノベルが悪いと思わない。逆に、好きだ。しかし、仮にも小説の勇者もとい、本を書く勇者がこんなかんじでいいのだろうか?
「それで、ミカンさんはラノベの知識を総動員して、、物語は書けたのか?」
「いいえ、まだ。」
「えっ。小説の勇者なのに。一作品も」
本当にこのミカンさんは、肩書で勇者を名乗っているだけのイタイ子に見えて来た。あわてて、言葉を重ねる。
「まだ、一作品も書けていませんが、私と伊勢さんが協力すれば、絶対にいいライトノベルができます」
どこから来るのかわからない熱意。俺もあったよそういうどこから来るかわからない自信。いつの日か、忘れてしまったけれども。遠い空をみてたそがれる。
それにも増して、ミカンさんは自信のオーラをはなっていた。しまいに、俺はミカンさんの熱気にあてられてしまった。要約すると、このイタイ子は、一緒にラノベを書こうというらしい。
「納得はできないのだが、俺とミカンさんで、そのーなんだ。ラノ、ラノ」
「声が小さくて、聞こえませんよ。伊勢さん。ラノなんです?」
ラノベは好きだが、恥ずかしい自分と異世界まで来て小説家になろうという憤りもある。しかし、この白髪の美少女をたすけたのも何かの縁。俺は決めた。
「俺とミカンでラノベを書くぞー」
としがいもなく、大きな声を出してしまった。
「そんなに大きな声出されると私も恥ずかしいのですが・・・」
俺の決死の宣言を返してほしい。
「ともかく、特訓です。これから、この場所で執筆に専念してもらいます。いいですね?」
「おうよ。これからが、ここでのはじまりだ。」
俺とミカンとの執筆生活が幕を開けた。
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