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王弟 ファルク
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扉が外側から静かに閉められ、俺とアルミナ、ベリンダとシュナイダー卿が残された。
俺とシュナイダー卿の間には、特筆すべき感情がない。一方、ついに対面を果たしたアルミナとベリンダが顔を見合わせ、微笑みを浮かべる。
赤い髪に緑の瞳をした、今やヴァントデンの王妃となったアルミナ。
金色の髪に青い瞳をした、アストエダムに唯一の聖女ベリンダ。
「久しぶりね、ベリンダ」
「久しぶりねアルミナ。たったの1年だというのに、すごく昔みたいに懐かしいわ」
彼女たちは少し照れくさそうにお互いを観察し、ぎこちなく再会を喜ぶ抱擁を交わした。実に心が和む美しい光景だ。
「私って、こんなに小さかったのね」
とアルミナが肩をすくめる。確かにアルミナの元の身体は小柄だった。極端に小さくはないが、アストエダムの女性の平均身長よりは低いだろう。骨格も華奢なので、俺なんかが触れたら壊してしまいそうだ。
「別に不便は何もないわ。それより、私こそすごく派手な外見だったのね。あ、そのドレスはよく似合ってるわ」
「ありがとう」
アルミナは、豊かな胸元をレースで覆ったドレスを褒めた。クスクスと笑いあう彼女たちをずっと見守っていたいところだが、本題に入らなければならなかった。
「ベリンダ……いや、ベル姉。俺とアルミナの近況は知っているよな?」
「あ、その話ね」
俺が話しかけると、ベル姉は眉を上げ、声を硬くして応じた。そういえばベル姉と会話をするのは――1年5カ月ぶりだ。以前の俺とベル姉は喧嘩をして、それ以来なのだった。
「ごめん、謝って済む話じゃないけど」
「勝手に結婚したこと?」
「それもあるし、その……」
「まあいいわ、謝られてもどうしようもないから」
口調こそ冷たいが、ベル姉の笑顔は爽やかなものだった。アルミナの元の身体の造形の影響もあるかもしれない。童顔気味で、目が大きくて鼻が高すぎず、とても無邪気な印象だ。
「俺とアルミナは今の状態でいたいんだ。ベル姉も同じ気持ちなんだよな?そこの、シュナイダー卿からの伝聞だけれど」
「そこのとは何ですか」
今まで口を開かなかったシュナイダー卿がすかさず割り込んだ。
「全く、私なりにこの顔合わせには随分骨を折ったんですからね。王と王妃、聖女だなんて中々一度に集合できませんよ」
「ああ、ありがとう。それより、ベル姉はいいんだよな?入れ替わりは解消しないんだよな?」
「うーん、シュナイダー卿にはそう伝えたけれど、気が変わったの」
ざわりと俺の尻尾が膨らみ、背筋が寒くなる。アルミナも言葉にならない声を漏らした。シュナイダー卿は青ざめ、しきりに瞬きをする。
「冗談はやめてくれよ」
「ごめんね、ファルク。びっくりした?尻尾が……」
「そんなことはいいよ、それより入れ替わりを解消したいなんて、本気か?」
「本気よ。私、もう聖女に飽きちゃったの。ねえアルミナ、約束よね?一年後に元に戻るって」
詰め寄られたアルミナは、助けを求めるように俺を見上げた。あるいは俺を気遣ったのかもしれない。俺は狼の獣人だから、今さら入れ替わりを解消されると、番を失ったも同然になってしまう。俺が関係を結んだのはベリンダの身体にアルミナの魂なのだ。
「……ベリンダ、お願いよ。聖女の役目については私がいくらでも手助けをするわ。だから、この身体を私にちょうだい」
「嫌よ」
ベル姉は、アルミナの切実な懇願を迷いなく断り、薄笑いを浮かべる。
「ベリンダ、どうしたのですか?私が離れている間、何かおつらい思いをされたのですか?」
シュナイダー卿が宥めようとしてか、彼女の肩に軽く触れた。
「いいえ、別に何もないわ」
接触を拒み、ベル姉はその手を振り払った。
「嘘でしょう、あなたは理由もなく周囲を混乱させる人ではありません。悩みがあるのなら聞かせて下さい」
「わかったような口を聞かないでくれる?シュナイダー卿だって、今はもうどうでもいいの」
ただでさえ冷淡そうなシュナイダー卿の水色の瞳が、すうっと感情の色を消した。聖騎士は貞節を重んじるため、狼の獣人くらい純粋でロマンチストらしい。その分、裏切られたショックは大きそうだ。
「そうですか……では私への感情については以後問いません。ですがこちらのお二人は、既に結婚までしたのです。まさかヴァントデン王妃になるおつもりですか?」
「そうよ。面白そうじゃない」
俺に視線を戻し、ベル姉は唇の両端を引き上げる。
「ねえ、私とファルクは結構仲良くやってたでしょう?」
「それは、まあ」
「あなたがまさか王子とは知らなかったけど、長い間匿ってあげたのよ。私への恩返しとして、贅沢させてくれてもいいじゃない」
「金銭的補償ならいくらでもする。だけど……」
欲望に負けてアルミナを抱いた自分が急にあさましく感じられ、俺はそれ以上何も言えなかった。
どうして言えるだろう?
今のアルミナを愛してしまったから、戻らないで欲しいなどと。
元の身体に戻りたいという願望はきっと、当たり前のものなのだ。
「いやね、そんな困った顔をしないでよ。フフッ、王様のくせに」
ベル姉は明らかにこの場を楽しんでいた。肩を揺らし、発作のように笑い続ける。
俺は暗鬱とした気分で、入れ替わりを解消したあとについて頭を巡らせる。聖女アルミナと王にまでなった俺との関係は困難を極めるだろう。しかも神聖力を持つのはアルミナだけとなる。
「おかしいわね。王と王妃、それからお偉い聖騎士が揃いも揃って困った顔をしちゃって……何か言いなさいよ、私なんて、ただの踊り子なのに」
ベル姉の笑い方は、次第にわざとらしい演技に変わっていた。おかしくもないのに笑う真意がわからない。いや、元に戻りたいという意思すら本気かもわからなくなり、俺はアルミナ、シュナイダー卿の様子を伺った。
「ベリンダ、私は元に戻って構わないわ」
アルミナがそっとベル姉の手をすくい上げ、両手で包むように握った。
俺とシュナイダー卿の間には、特筆すべき感情がない。一方、ついに対面を果たしたアルミナとベリンダが顔を見合わせ、微笑みを浮かべる。
赤い髪に緑の瞳をした、今やヴァントデンの王妃となったアルミナ。
金色の髪に青い瞳をした、アストエダムに唯一の聖女ベリンダ。
「久しぶりね、ベリンダ」
「久しぶりねアルミナ。たったの1年だというのに、すごく昔みたいに懐かしいわ」
彼女たちは少し照れくさそうにお互いを観察し、ぎこちなく再会を喜ぶ抱擁を交わした。実に心が和む美しい光景だ。
「私って、こんなに小さかったのね」
とアルミナが肩をすくめる。確かにアルミナの元の身体は小柄だった。極端に小さくはないが、アストエダムの女性の平均身長よりは低いだろう。骨格も華奢なので、俺なんかが触れたら壊してしまいそうだ。
「別に不便は何もないわ。それより、私こそすごく派手な外見だったのね。あ、そのドレスはよく似合ってるわ」
「ありがとう」
アルミナは、豊かな胸元をレースで覆ったドレスを褒めた。クスクスと笑いあう彼女たちをずっと見守っていたいところだが、本題に入らなければならなかった。
「ベリンダ……いや、ベル姉。俺とアルミナの近況は知っているよな?」
「あ、その話ね」
俺が話しかけると、ベル姉は眉を上げ、声を硬くして応じた。そういえばベル姉と会話をするのは――1年5カ月ぶりだ。以前の俺とベル姉は喧嘩をして、それ以来なのだった。
「ごめん、謝って済む話じゃないけど」
「勝手に結婚したこと?」
「それもあるし、その……」
「まあいいわ、謝られてもどうしようもないから」
口調こそ冷たいが、ベル姉の笑顔は爽やかなものだった。アルミナの元の身体の造形の影響もあるかもしれない。童顔気味で、目が大きくて鼻が高すぎず、とても無邪気な印象だ。
「俺とアルミナは今の状態でいたいんだ。ベル姉も同じ気持ちなんだよな?そこの、シュナイダー卿からの伝聞だけれど」
「そこのとは何ですか」
今まで口を開かなかったシュナイダー卿がすかさず割り込んだ。
「全く、私なりにこの顔合わせには随分骨を折ったんですからね。王と王妃、聖女だなんて中々一度に集合できませんよ」
「ああ、ありがとう。それより、ベル姉はいいんだよな?入れ替わりは解消しないんだよな?」
「うーん、シュナイダー卿にはそう伝えたけれど、気が変わったの」
ざわりと俺の尻尾が膨らみ、背筋が寒くなる。アルミナも言葉にならない声を漏らした。シュナイダー卿は青ざめ、しきりに瞬きをする。
「冗談はやめてくれよ」
「ごめんね、ファルク。びっくりした?尻尾が……」
「そんなことはいいよ、それより入れ替わりを解消したいなんて、本気か?」
「本気よ。私、もう聖女に飽きちゃったの。ねえアルミナ、約束よね?一年後に元に戻るって」
詰め寄られたアルミナは、助けを求めるように俺を見上げた。あるいは俺を気遣ったのかもしれない。俺は狼の獣人だから、今さら入れ替わりを解消されると、番を失ったも同然になってしまう。俺が関係を結んだのはベリンダの身体にアルミナの魂なのだ。
「……ベリンダ、お願いよ。聖女の役目については私がいくらでも手助けをするわ。だから、この身体を私にちょうだい」
「嫌よ」
ベル姉は、アルミナの切実な懇願を迷いなく断り、薄笑いを浮かべる。
「ベリンダ、どうしたのですか?私が離れている間、何かおつらい思いをされたのですか?」
シュナイダー卿が宥めようとしてか、彼女の肩に軽く触れた。
「いいえ、別に何もないわ」
接触を拒み、ベル姉はその手を振り払った。
「嘘でしょう、あなたは理由もなく周囲を混乱させる人ではありません。悩みがあるのなら聞かせて下さい」
「わかったような口を聞かないでくれる?シュナイダー卿だって、今はもうどうでもいいの」
ただでさえ冷淡そうなシュナイダー卿の水色の瞳が、すうっと感情の色を消した。聖騎士は貞節を重んじるため、狼の獣人くらい純粋でロマンチストらしい。その分、裏切られたショックは大きそうだ。
「そうですか……では私への感情については以後問いません。ですがこちらのお二人は、既に結婚までしたのです。まさかヴァントデン王妃になるおつもりですか?」
「そうよ。面白そうじゃない」
俺に視線を戻し、ベル姉は唇の両端を引き上げる。
「ねえ、私とファルクは結構仲良くやってたでしょう?」
「それは、まあ」
「あなたがまさか王子とは知らなかったけど、長い間匿ってあげたのよ。私への恩返しとして、贅沢させてくれてもいいじゃない」
「金銭的補償ならいくらでもする。だけど……」
欲望に負けてアルミナを抱いた自分が急にあさましく感じられ、俺はそれ以上何も言えなかった。
どうして言えるだろう?
今のアルミナを愛してしまったから、戻らないで欲しいなどと。
元の身体に戻りたいという願望はきっと、当たり前のものなのだ。
「いやね、そんな困った顔をしないでよ。フフッ、王様のくせに」
ベル姉は明らかにこの場を楽しんでいた。肩を揺らし、発作のように笑い続ける。
俺は暗鬱とした気分で、入れ替わりを解消したあとについて頭を巡らせる。聖女アルミナと王にまでなった俺との関係は困難を極めるだろう。しかも神聖力を持つのはアルミナだけとなる。
「おかしいわね。王と王妃、それからお偉い聖騎士が揃いも揃って困った顔をしちゃって……何か言いなさいよ、私なんて、ただの踊り子なのに」
ベル姉の笑い方は、次第にわざとらしい演技に変わっていた。おかしくもないのに笑う真意がわからない。いや、元に戻りたいという意思すら本気かもわからなくなり、俺はアルミナ、シュナイダー卿の様子を伺った。
「ベリンダ、私は元に戻って構わないわ」
アルミナがそっとベル姉の手をすくい上げ、両手で包むように握った。
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