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王弟 ファルク
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「アルミナ?」
信じ難く、情けない声で彼女の名前を呼ぶ。
アルミナの発言は、衝撃的に俺の胸を抉った。元の身体に戻って構わないなんて、冗談でも言ってほしくない。それは俺と一緒にいられなくなっていい、と同じ意味だからだ。
彼女は俺より年上ながら、聖女として育てられたせいで何かと危うげで、ふわふわとして世間知らずだ。それでも、俺に誓ってくれた愛だけは確かだと信じていた。どうか、交渉のための一時的な譲歩だと言ってくれ。そう願ってアルミナの緑の瞳を見つめると、意味ありげに渋い顔をされる。
「つまりね、入れ替わる機会はまた来年にもやって来るの。だからベリンダが望むのなら一年間、戻ってみましょう」
アルミナは名案だとばかりに声を張る。しかし俺は、愛する人と一年間も離ればなれなどという苦しみに耐えられそうもない。神話の神々ならまだしも、俺は普通の獣人なのだ。
――と、心の中では不満が言えるのだが、実際には、口を閉ざすしかなかった。ベル姉が入れ替わりの解消を望むのなら、それが全てだ。俺はベル姉に多大な恩がある。
「何を言ってるの?戻るのは一年間だけじゃないわ。私はもう聖女なんて、うんざりなの」
ベル姉は不満そうに髪をかき上げる。それでもアルミナは、どこか超然と微笑んだ。
「わかるわ。今までベリンダには迷惑をかけてしまったわね。本当にありがとう」
「ふふっ、アルミナはやっぱり真の聖女よね。優しいわ」
終始和やかな彼女たちに対して、俺とシュナイダー卿は暗かった。あまりに大きな絶望感が口を閉じさせていた。
◆
会談を終え、迎賓館で宛てがわれた宿泊用の部屋に入ると俺はアルミナに詰め寄った。
「アルミナ、どうしてベル姉の要求をあんなに簡単に受け入れたんだ?」
まだ彼女の前で涙を見せた覚えはないが、泣きたい気分だった。耳と尻尾が精神状態に呼応して、ぐっと下向きになる。
「ごめんなさい、そんなに悲しまないで」
「仕方ないのはわかるよ、ベル姉が望むなら。でも」
「あのね……私、まだファルクに言ってなかったことがあるの。ベリンダにも言っていない」
それはもしかして、名案なのだろうか。申し訳なさそうに眉を下げる彼女を抱き上げ、俺は長椅子に腰掛けた。こうして触れ合えるのもあと僅か、と思えば少しでも密着していたかった。鼻先を彼女の赤く柔らかな髪に埋める。
「どんなこと?聞かせて」
「……偶然ベリンダとぶつかって入れ替わった日なんだけど、実はその……」
「うん?」
「この事象は、星の位置が関係してるでしょ?つまり、星の位置が大きく変わらないその日のうちなら、何度でも入れ替われるの」
「そうなのか?」
俺は天体に関する知識を総動員してアルミナの発言を理解しようとする。王子時代に教育は十分に受けた。俺たちが住むガイアは1日で1回転し、同時に軌道を描いて移動する――
「だからね、こんなことになったのは全部私の責任でもあるけれど」
「責任じゃなくて最高の思いつきだよ。俺は何としてもアルミナに出会いたかったから。それより、本当にその日のうちなら何度でも入れ替われるのか?」
複数回入れ替われるのか、またベル姉がそれを知っているのかも不確定だった。なのにアルミナの爛々とした目は確信を持っているかのようだ。
「そう。だから一年後ではなくて、きっと一日で終わるわ」
こんなとき、アルミナは取り憑かれたかのように神々しい。彼女の口を使って女神様が話しているのではと怖れてしまうほどだ。
「……ひとつ教えてくれ。どうして、あの場では一年なんて言ったんだ?」
「だってシュナイダー卿の前では言いたくなさそうだったから……ベリンダにとってすごく嫌なことがあるみたい。だけど、決別しなきゃいけないのよ」
俺は思わず深いため息が出てしまい、アルミナが瞳を潤ませる。
「ごめん、怒ったわけじゃないよ」
柔らかい頬に口づけ、それからそっと唇を重ねる。不安が募るからこそ、彼女が欲しくて堪らなかった。唇を軽く擦り合わせるだけで、じんと身体の奥が熱くなるけれど、我慢だ。
「ファルク……」
ただ、アルミナが敏感に俺の肉体の変化を察した。彼女の濡れた唇から官能的な色気が溢れ、また何度でもキスをしたくなった。
この欲情が正しい愛の発露とは限らなくても、アルミナの反応は幾ばくかの満足を俺に与えてくれた。アルミナだって、俺と離ればなれになるのは嫌なはずだ。
「俺はアルミナを信じる。絶対に一年じゃないんだな?」
「うん」
アルミナは腕を回し、俺を抱きしめた。俺の胸囲がありすぎるためなかなか届かないのだろう。背中に感じる指先がくすぐったくて、いつも最高に愛おしい。
◆
そうして俺たちは、約束の日を迎えた。
人目を避けるため、まだ暗い日の出前に集合する。場所は、アルミナとベリンダがぶつかったという何の変哲もない十字路だ。一見すると整然と敷かれた石畳はところどころに欠落があり、古くさい建物が立ち並ぶ通りだ。だが、このありふれた場所で奇跡が起きたのだ。
「約束通り来てくれたのね」
シュナイダー卿を連れたベル姉は、するりと黒いローブを下ろして金色の髪をさらけ出す。
「もちろん、来るに決まってるじゃない」
アルミナも同様に、目深に被っていたローブを下ろし、赤い髪を払うように首を振った。
信じ難く、情けない声で彼女の名前を呼ぶ。
アルミナの発言は、衝撃的に俺の胸を抉った。元の身体に戻って構わないなんて、冗談でも言ってほしくない。それは俺と一緒にいられなくなっていい、と同じ意味だからだ。
彼女は俺より年上ながら、聖女として育てられたせいで何かと危うげで、ふわふわとして世間知らずだ。それでも、俺に誓ってくれた愛だけは確かだと信じていた。どうか、交渉のための一時的な譲歩だと言ってくれ。そう願ってアルミナの緑の瞳を見つめると、意味ありげに渋い顔をされる。
「つまりね、入れ替わる機会はまた来年にもやって来るの。だからベリンダが望むのなら一年間、戻ってみましょう」
アルミナは名案だとばかりに声を張る。しかし俺は、愛する人と一年間も離ればなれなどという苦しみに耐えられそうもない。神話の神々ならまだしも、俺は普通の獣人なのだ。
――と、心の中では不満が言えるのだが、実際には、口を閉ざすしかなかった。ベル姉が入れ替わりの解消を望むのなら、それが全てだ。俺はベル姉に多大な恩がある。
「何を言ってるの?戻るのは一年間だけじゃないわ。私はもう聖女なんて、うんざりなの」
ベル姉は不満そうに髪をかき上げる。それでもアルミナは、どこか超然と微笑んだ。
「わかるわ。今までベリンダには迷惑をかけてしまったわね。本当にありがとう」
「ふふっ、アルミナはやっぱり真の聖女よね。優しいわ」
終始和やかな彼女たちに対して、俺とシュナイダー卿は暗かった。あまりに大きな絶望感が口を閉じさせていた。
◆
会談を終え、迎賓館で宛てがわれた宿泊用の部屋に入ると俺はアルミナに詰め寄った。
「アルミナ、どうしてベル姉の要求をあんなに簡単に受け入れたんだ?」
まだ彼女の前で涙を見せた覚えはないが、泣きたい気分だった。耳と尻尾が精神状態に呼応して、ぐっと下向きになる。
「ごめんなさい、そんなに悲しまないで」
「仕方ないのはわかるよ、ベル姉が望むなら。でも」
「あのね……私、まだファルクに言ってなかったことがあるの。ベリンダにも言っていない」
それはもしかして、名案なのだろうか。申し訳なさそうに眉を下げる彼女を抱き上げ、俺は長椅子に腰掛けた。こうして触れ合えるのもあと僅か、と思えば少しでも密着していたかった。鼻先を彼女の赤く柔らかな髪に埋める。
「どんなこと?聞かせて」
「……偶然ベリンダとぶつかって入れ替わった日なんだけど、実はその……」
「うん?」
「この事象は、星の位置が関係してるでしょ?つまり、星の位置が大きく変わらないその日のうちなら、何度でも入れ替われるの」
「そうなのか?」
俺は天体に関する知識を総動員してアルミナの発言を理解しようとする。王子時代に教育は十分に受けた。俺たちが住むガイアは1日で1回転し、同時に軌道を描いて移動する――
「だからね、こんなことになったのは全部私の責任でもあるけれど」
「責任じゃなくて最高の思いつきだよ。俺は何としてもアルミナに出会いたかったから。それより、本当にその日のうちなら何度でも入れ替われるのか?」
複数回入れ替われるのか、またベル姉がそれを知っているのかも不確定だった。なのにアルミナの爛々とした目は確信を持っているかのようだ。
「そう。だから一年後ではなくて、きっと一日で終わるわ」
こんなとき、アルミナは取り憑かれたかのように神々しい。彼女の口を使って女神様が話しているのではと怖れてしまうほどだ。
「……ひとつ教えてくれ。どうして、あの場では一年なんて言ったんだ?」
「だってシュナイダー卿の前では言いたくなさそうだったから……ベリンダにとってすごく嫌なことがあるみたい。だけど、決別しなきゃいけないのよ」
俺は思わず深いため息が出てしまい、アルミナが瞳を潤ませる。
「ごめん、怒ったわけじゃないよ」
柔らかい頬に口づけ、それからそっと唇を重ねる。不安が募るからこそ、彼女が欲しくて堪らなかった。唇を軽く擦り合わせるだけで、じんと身体の奥が熱くなるけれど、我慢だ。
「ファルク……」
ただ、アルミナが敏感に俺の肉体の変化を察した。彼女の濡れた唇から官能的な色気が溢れ、また何度でもキスをしたくなった。
この欲情が正しい愛の発露とは限らなくても、アルミナの反応は幾ばくかの満足を俺に与えてくれた。アルミナだって、俺と離ればなれになるのは嫌なはずだ。
「俺はアルミナを信じる。絶対に一年じゃないんだな?」
「うん」
アルミナは腕を回し、俺を抱きしめた。俺の胸囲がありすぎるためなかなか届かないのだろう。背中に感じる指先がくすぐったくて、いつも最高に愛おしい。
◆
そうして俺たちは、約束の日を迎えた。
人目を避けるため、まだ暗い日の出前に集合する。場所は、アルミナとベリンダがぶつかったという何の変哲もない十字路だ。一見すると整然と敷かれた石畳はところどころに欠落があり、古くさい建物が立ち並ぶ通りだ。だが、このありふれた場所で奇跡が起きたのだ。
「約束通り来てくれたのね」
シュナイダー卿を連れたベル姉は、するりと黒いローブを下ろして金色の髪をさらけ出す。
「もちろん、来るに決まってるじゃない」
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