聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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聖女 アルミナ

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「急がなきゃ」

 息を切らし、私は石畳の道を走っていた。沈みかけの夕陽が建物の間からチラチラと眩しく瞳を射す。昼と夜の間の黄昏時。逢魔が時とまで言われる時間であっても、私は急いでいた。

 幸か不幸か聖女として見出され、各地の教会にて祈りを捧げ、魔を退けるつらい旅の道中なのだ。
 せめて各地のおいしいものを食べなきゃやってられない、というわけで空き時間は地元の人に聞き込みをして情報を仕入れるようにしていた。

 人の良さそうなふくよかな婦人に教えられたのは、シナモンとレーズンとバターたっぷりの焼き菓子を売る店だ。早くしないと売り切れてしまうそうなので、全速力で教えられた道をひた走る。

「いたっ」
「わあっ」

 十字路を曲がったところで、私は誰かとぶつかった。目の前で火花が散ったかのような衝撃で尻もちをつき、固い石畳にぶつかる痛みに低い声が出る。私って、こんな声が出たんだ。

「ごめんなさい……?」
「ごめんね……?!」

 ぶつかった相手は女性だったが、あまりにも自分と似過ぎていて私は目を疑う。というか、私そのものが目の前で額をさすっていた。他人の空似どころじゃない。前髪まで真っ直ぐな金髪、青い瞳、着ていた黒いローブまで同じだ。

「……待って、え?」

 自分の発する声の違和感に喉を触る。その両手を見て、いつもと形が違う他人の手だと気がついた。肩にかかる髪は、見事な赤毛だ。しかも胸部の盛り上がりがすごい。

 勢いで全身をまさぐると、出るところは出ていてウエストはキュッと締まった素晴らしい体つきだ。そして目の前にはストンとした自分の体がある。

 ――中身が入れ替わった。そう考えるしかない状態だった。とても信じられないが、古い文献で読んだ魂の逸脱、そして憑依が起きた状態かもしれない。あり得なすぎて、心臓がドキドキとうるさく鳴った。

「あたし?!何これ?!」
「……とりあえず、どこかで話し合いましょう」

 冷静なふりをして立ち上がり、まだ事態を把握しかねている『私の体』に向かって、手を差し伸べる。

「そ、そうだね……」


 素直に手につかまり、立ち上がった私の体は頼りなげだった。身長が低く、童顔な自分をこうして他人目線で見下ろすのは変な感じだ。とりあえず、ぶつかったのが話のわかりそうな女性で良かったと思う。

「一緒に私の泊まってる部屋に来てくれませんか?」
「わかった」

 残念だけれど、もうお菓子を買うどころではなさそうだ。私は歩きながら、転んだ拍子に擦りむいた手のひらを治そうと深呼吸をした。今まで息をするように扱えた神聖力がこの体では少し扱いづらく感じたものの、何とか形になって安堵する。

 私と女性は無言でしばらく歩き続けた。彼女も、手を見たり髪を触ったりしながら考えることがたくさんあるようだ。だけど宿泊している教会が見えてくると女性が血相を変えた。

「きょ、教会?何かいい服着てるし、手も荒れてないし、お忍びのお嬢様かと思ったけどあなたってもしかして今来ているって噂の、聖女アルミナ様?」
「そうです、自己紹介が遅れましたね」
「うわあ、ごめん、ほんっとごめんなさい。早く戻らなきゃやばいよね」
「あなたのお名前を伺っても?」
「あ、ごめんね、あたしはベリンダ。ただの踊り子だからさ、聖女様を傷つけた罪をどう償えばいいのかな……」
「大丈夫です、責任は私にもありますから。まずは私の代わりにこう喋ってください」

 中身が入れ替わったことは、まだ周囲に打ち明けないほうが良さそうだ。彼女と打ち合わせを済ませ、教会の寄宿舎のドアを開ける。

 そこに立っていたのは旅の護衛であり、最も口うるさい聖騎士のシュナイダー卿だ。ストレスで黒い髪を乱し、氷のような薄青い瞳を細めて立っていた。

「またおひとりでお出かけして来たんですね?楽しかったですか?」
「……あ、は、はい」

 私の体に入っているベリンダは、しばらく私を見つめたあと、思い出したかのように答えた。彼の下瞼が持ち上がり、目がさらに細くなる。
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