20 / 72
踊り子 ベリンダ
20
しおりを挟むアルミナは――つまりこの身体は、魅力的なかわいい顔をしている。本人は童顔を気にしていたが、世の中には子どものような顔で子どもを産んでいる女性なんていくらでもいる。つまり、いくら童顔であっても、あるいは本当に幼くとも男性よっては性的対象になる得るということだ。
ただ、シュナイダー卿を筆頭とした護衛の彼らは、聖女アルミナを性的対象として見てこない。私は幾度も危険な目に遭ってきたから、それがわかってしまうのだった。
すぐ隣で歩調を合わせるシュナイダー卿は、小さく咳払いをした。
「神は太陽と月と星を作られた……それは私たちの営みを見守り、力を与えるもの。ときに運命を形作るもの。ここまでは覚えましたね?」
「はい」
シュナイダー卿は聖書を開くこともなく、頭の中にあるページを読むように暗唱した。聖騎士とは、神官と騎士の両方を極めて、やっと就ける上級職だという。
だから彼は、神官の知識と神聖力があり、騎士の剣術と体力がある。侯爵家の生まれと聞いているから、幼い頃から、食べ物の心配もなく勉強ができたのだろう。
あまりにも、今まで私の人生にはいなかった存在だ。つい整った横顔を見つめると、鼻の形まで恵まれるなあとため息が出る。
「人はこの世に生まれるとき、星の加護を得て誕生する。そのため星の運行は人の生に影響を与えるのです……」
淡々と授業を続けながら、シュナイダー卿はキャラメルを袋から取り出し、ひと粒手渡してくれた。口に入れると甘く香ばしい。
「質問してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「星が運命を形作るのなら、個人の努力に意味はあるのですか?」
私は不幸な星の下に生まれたと思っていた。だけど、魂の双子だというアルミナが聖女であって、なぜ私は何の能力もなく、暗い人生を歩まなければならなかったのだろう。
私の質問に、シュナイダー卿は冷たそうな水色の瞳を細めた。
「運命を形作るとは、いくつもある道を示すという意味です。その中から、どの道を選ぶかは私たち次第でしょう」
「選べないときもあるじゃないですか、今みたいに」
私たちの前にある石畳の道は、一本だ。
「教会は、人の行動の責任は人にあると定めています。欲望が強くなる満月の日であっても、パンを盗めば当然ながら満月のせいではなく、その人の罪となります」
「そうだけど……」
私は不満を声に表してしまった。些細なパン泥棒のことはどうでもいい。私が聞きたいのは、努力したってどうしようもなく、選択肢がなかった人生のことだ。
父はそもそも知らないし、娼婦だった母もいつの間にか男と消えてしまった。頼った顔見知りの娼婦は途中まで私を育ててくれたものの、好色な貴族に売り飛ばす始末。ある程度の金銭を稼いで逃げたけれど、まあとにかく散々だった。
もし私が幼いうちに教会に拾われていたら、清らかな体でいれただろうし、聖女になれた可能性があったかも、なんて思ってしまう。
「嘆かわしいですね。アルミナ様は、血を吐くほど努力を重ねた日々の記憶までも失っているのですか?」
「え、血を吐くほど……?」
真っ白で柔らかな手をしたアルミナにも苦労があったのかと私は耳を傾ける。
「アルミナ様は幼くして聖女候補者になられましたが、女神様の声を聞いたのは誰よりも努力していたから、と聞き及んでおります。また、聖女になられて莫大な神聖力を授かりましたが、より使いこなすために厳しい訓練を受けたとも聞きました。たとえば何らかの事故に遭い、激痛に苛まれているときでもご自身を治癒できるようにです」
「それって虐待じゃない?あ、虐待じゃないですか?」
「神官が虐待などしませんが……」
シュナイダー卿は言葉を濁した。虐待のつもりはなくとも、幼いアルミナを傷つけてはいたのだろう。
それを聞くとアルミナを羨む気持ちが消え失せた。激痛に苛まれながら自分を治癒する練習なんて、怖すぎる。
「アルミナ様ご自身が努力したのに、生まれついた星がよかったと言われるのは不服ではありませんか?」
「確かに」
「努力に意味はありますよ。先程は運命について、道にたとえましたが、雨とも言えるでしょう。雨は私たちに容赦なく降り注ぐけれど、私たちの何もかもを変える訳ではありません。時には恵みをもたらします」
「……確かにそうですね」
今度は納得がいき、私は相槌を打つ。
シュナイダー卿のありがたい授業を受けながら、私たち一行は歩き続けた。
こんなに長く歩くのは初めてだけど、やってみたら問題なかった。何せ身体は旅慣れた聖女アルミナだ。しかも少しでもだるく感じたら、息をするように神聖力で回復ができる。これだけ使いこなせるように努力したアルミナには尊敬しかない。
そして聖女の同調能力により、自分のものとは違う倦怠感を拾ったらシュナイダー卿とベッシュとクライン卿に声をかけ、回復を施した。
また、途中の食事休憩では用意されたパンと果物にたっぷりと祝福を振りかけた。体力を回復した私たちはまた、ひたすらに歩いた。
私はいつの間にか心が透き通っていくように感じた。長くはない20年の人生ながら、私の上にはいつも泥水が降ってきた。降り積もって纏わりついていたそれらの汚れが、歩くたびに落ちていくようだった。
元々、体を動かすのは好きだし、心の中で歌を歌い、弾む気持ちで足を動かし続けた。
聖女の旅は、思った通りに価値がある。基本的に徒歩と定められているのも、やはり自分の足で踏破しなければ得られない何かがあるからだろう。
日が沈みかける頃、彼らは見晴らしのよい丘の頂上を見つけ、ここに泊まろうと夜営の準備を始めた。
ベッシュが背負っていたバッグパックから天幕を取り出し、テキパキと慣れた動作で支柱を立てる。その面積からしてどうも、4人が1つの天幕で寝るらしい。私はどうしても抵抗があった。
「おかしなことを訊くけれど……歴代の聖女も、男性と同じ天幕で寝ることに文句を言わなかったのですか?」
「え?さあ……俺はよく知りません。シュナイダー卿は知ってますか?」
1
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる