聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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獣人ファルク

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「陛下の慈悲に感謝いたします。私の命は、この国のために燃やすことを誓い……」
「ブルクハルト!」

 調子を合わせていたところに、奥の扉から乱入してきたのは母上だった。胸をくすぐる温かく懐かしい匂いをさせ、俺たちのところにまで駆けてきた。最後に見たときより幾分年を取ったが、足取りはしっかりしている。輝きを失った銀色の髪と、紫の瞳が昔の美貌を語っていた。

「陛下、もうやめて下さい。ブルクハルトが生きて帰ってきてくれただけで、どれほど嬉しいか」

 ディートヘルムは嘆息を吐く。最高権力者であっても、母には逆らえない。

「私は王としての義務を果たしたまでだ……身内ばかりかわいがっては、反感を招く」
「かわいがって?そんなこと、よく言えたものですね。さあ行きましょうブルクハルト、後のことはこの母が何とかするわ」

 俺の手を取り、母上は場所を移動しようと誘ってきた。父上が亡くなった直後からすると、驚くほどの力強さで、俺は導かれるままに歩を進める。母上に逆らえないのは侍従たちも同じのようで、進行方向にいた彼らが波のように引いて道を開ける。

「……あのときは、守ってあげられなくてごめんなさい」

 俺を引っ張って歩きながら、母上はそう言った。父上が亡くなった直後のことだろう。母上に謝ってもらおうだなんて全く発想の外であり、以前より小さくなった彼女を見つめる。いや、俺が大きくなったのだろう。

「父上を亡くしたばかりだったんだ、仕方ないよ」

 狼の獣人である俺たちにとって、つがいの死は半身を失うことと同義だ。後を追うように儚くなってしまうことも多いが、母上が立ち直ったのは悲しみに浸る暇すらなかったせいかもしれない。

「でも、伝統ある決闘が終わってからあんな卑怯なことを……」

 その一言で、ひどく苦々しい記憶が蘇る。

 3年前、父上は突然具合が悪くなり、その日のうちに崩御した。ヴァントデン王国では王が亡くなると、王位継承権を持つ子息らによる決闘が行われ、次期王が決定する。何よりも勇敢さを重視する獣人の国ならではのしきたりで、弔いを華々しく彩るものだ。

 当時15歳だった俺と、16歳の姉パウリーネは身体が成長しきっていなかったこともあり、23歳の兄ディートヘルムに歯が立たなかった。ディートヘルムは子どもの頃から虚弱な体質ではあったが、まだ年齢的な有利さがあった。時機を勝ち取る運も実力のうちとして、俺は納得して降伏した。姉上もだ。

 ――そこまではよかった。

 決闘後、汗をかいた服を着替えている最中に俺は襲われたのだ。相手の数は多かったし、疲弊した状態では戦うのは厳しかったが、何とか隙を突いて部屋を出ると、俺は姉上の部屋に向かった。

 こんなことをして得をするのは、ひとりしかいない。ディートヘルムの仕業に違いないとわかったからだ。

「……パウリーネがもし生きていたら、あなたのように立派な姿を見せてくれたでしょうね」

 母上が口はばかることなく、姉上の死を惜しんだ。俺には今でもできないことだ。あのとき、無残な姉上の姿を見て怖くなった俺は逃げ出した。ただ殺されるだけなんて絶対に嫌だったから、自分で顔を殴って隣国にまで行った。そのせいで姉上の葬儀には出られず、心の整理がつかないままだ。

「その話はやめよう」
「そうね。結婚したい相手ができたそうね?喜ばしいことだわ」

 母上のサロンに案内され、俺は伝えられる内容だけを選んで伝えた。

 アルミナを歓迎する手筈を母上に頼み終えると、俺は急いで叔父上の別荘へと戻った。知らない人に囲まれて寂しい思いをしているだろうと、獣化した脚を急がせた。
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