聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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獣人ファルク

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「陛下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。このたびはお時間を取って頂き光栄です」
「久しいな、弟よ」

 3年ぶりのディートヘルムは俺を見下ろし、ゆったりと、いかにも余裕のある笑みを浮かべた。

 俺と同じ黒い髪と金色の瞳、褐色の肌をしているが、顔つきはあまり似ていない。ディートヘルムは母方の祖父に似て、角度のついた眉に垂れ下がった上まぶたをしていた。いつ見ても、目つきが悪い印象だ。

 今は26歳となり、3年前よりは太って貫禄がついていた。玉座からほとんど動かないという噂は本当なのかもしれない。

 隣では、王妃マティルデも大きな宝飾品や豪華なドレスを身に着けてふんぞり返っていた。彼女とディートヘルムが婚約したのはかなり前なので、昔から知ってはいる存在だ。淡い金髪に紫の瞳をしたマティルデは以前よりふっくらしていた。

 俺がいない間に後継者になり得る元気な男児を産んだ影響があるかもしれない。健康に育っているというので、一定の感謝は持っていた。おかげで俺の王位継承順位が下がったこともあり、帰ってこられたのだ。俺が殺害されかけた当時は、まだ女児しかいなかった。

 マティルデばかりに注意がいってしまう俺が不快だったのか、ディートヘルムが咳払いをした。

「それで、臆病者はなぜ戻ったのだ?私の靴を舐めに来たか?」
「陛下がお望みでしたら」

 俺の返答に、謁見の間に響く大きな嘲笑が沸き起こる。従者や近衛騎士がこの場で不用意に笑っていいはずはないが、そうしても構わないとディートヘルムに言われているのだろう。

 俺はもっと自尊心を刺激されるかと思っていたが、笑われる程度は大した傷にはならなかった。王族でも何でもない平民として、アストエダムで過ごした日々が俺を図太くさせていた。
 ただアルミナを連れて来なくて正解だった。心優しいアルミナに、こんな姿を見られたくはない。

「ふっ、臆病者には私の靴すら分不相応だ」
「左様ですか。では恐れながら、私の用件を申してもよろしいですか?」
「言われずともわかっている。おめおめと顔を出したのは、王族の権威を取り戻したいからだろう?」
「はい。復位の上、アストエダムの平民の女性との婚姻を希望します」
「ほう……」

 丁度いい獲物を見つけたとばかりに、ディートヘルムは目を細めた。

「なるほど、婚姻する相手によいところを見せたいと望むか。自分は王族だと誇りたいのであろう?どうして連れてこなかった?」

 ディートヘルムが何を考えているか、簡単に想像がついた。俺にもっと恥をかかせたいのだ。彼の王としての地位は、とっくに揺るぎないものとなっている。けれど少しでも俺の心を踏み躙り、反逆など考えるなと言い聞かせたいのだろう。

 でも俺は、見栄を張りたい訳じゃない。ただ少しばかり、俺の身分を利用したいだけだ。

「彼女は、このような場ではきっと気後れしてしまいますから」
「平民と言ったな?王族の義務を果たさぬ弟と、そのような礼儀知らずの夫婦を我々の一員として認めろと申すか?」
「どうか、陛下の恩情を賜りたく存じます」

 俺は分厚い絨毯に平伏して訴えた。何にしても、俺は争うつもりはないと伝えなければならなかった。

「私の願いをお聞き入れ下さるのなら、この国のため、力を尽くすと誓います。どのようなご命令にも従います」

 俺は、祖先の血を色濃く継いでいてほかの獣人と比べてもはるかに強い。ヴァントデン国の治安維持のため、戦う覚悟は存分にある。

 低く笑ったディートヘルムが、席を立つ音がした。まさか退室するのかと思いきや、壇上を降りて俺のところにまで歩み寄る。よく磨かれた靴が頭を下げた俺の視線に入った。

「ブルクハルトよ。王の権威とは、何によって齎されるかわかるか?単に血筋さえ続けばよいというものではない」

 演劇のように、朗々とした声が謁見の間に響き渡る。

「決して逃げぬからだ。王とは逃げずに責任を取るからこそ尊い。近年台頭する野蛮な共和国では、失敗した首長は職を辞せば責任を逃れられる。しかし王や、王族にはそのようなことは叶わぬのだ。一度逃げた貴様は本来なら受け入れられない。それでも……これが兄としての甘さか。よい、情けをかけてやろう」

 今度は拍手だ。ひどい茶番だった。ディートヘルムは立派で寛容な王を演じていて、俺は卑怯な臆病者として許しを請う役なのだ。

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