聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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獣人ファルク

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「そうだったのか。いや全く、ベリンダ嬢のような素晴らしい女性が私の甥を好きになってくれてとても嬉しいよ」
「好きになって当然です。ファルクは、とても優しくて、かけがえのない人ですもの」

 アルミナがそう言いながら俺に向かって微笑むので、血が首や顔にのぼる。アルミナのふんわりとした好意を頭から信じ込むのは危険だ。そうわかっているのに、顔が赤くならないよう願うほど、逆効果に感じた。ユルゲン叔父上はニヤニヤが止まらない。

「よかったな、ファルク。お前も何か言ってくれよ」
「別に……」
「もっと大人の男にならないといかんぞ」
「わかってるよ」

 豪快に叔父上は笑い声をあげ、アルミナも上品に笑った。嘘で塗り固めていなければ、実に平和で温かなひとときだ。俺も心から笑えただろう。

 確かに、この数日間の俺たちは信じられないほど楽しく過ごすことができた。しかしアルミナは意外と世渡り上手だ。その証拠に、ユルゲン叔父上ともあっという間に打ち解けた。

 もしベリンダの家に居着いているのが俺でなくとも、好奇心であんなことをしたのだろうか?
俺は想像したくなかった。

 少し甘い物を食べると、急激な眠気を感じて休むことにした。ひとりの女性を抱えて、全力疾走で移動したのは流石に骨身に堪えたようだ。ベッドに横になった俺は、泥のように眠った。



 翌日、俺と叔父上は復位の交渉のため、王城へと出発することにした。別荘のこじんまりとした玄関ホールに、見送りの使用人たちが勢揃いする。

「ねえ、私も一緒に行ったらだめ?」

 朝食の席で伝えたときは素直に受け入れていたのに、直前になってアルミナはそんなことを言い出した。ずらりと並ぶ使用人たちを見て、よく知らない場所に、ひとりで取り残される事実に気づいてしまったのかもしれない。

「悪いけどだめなんだ。王城は危険だから」

 出掛けに詳しい事情は説明できないが、かつての俺が殺されかけた場所だ。アルミナを連れていく選択肢はなかった。ユルゲン叔父上も困ったように眉を下げる。

「でもほら、私に危険なことってあまりないのよ。わかるでしょ?」

 俺に屈むよう手招きし、こそっと耳に囁く言葉に笑ってしまう。まるで最強の武器を握った子どものようだ。実際のところアルミナはどんな傷でも、毒でも治してしまうだろう。だからこそ、留守番をしてもらえるのだ。

「俺と叔父上は獣化して走って行くから、あなたを連れていけないんだよ」

 もうひとつの理由を告げるが、アルミナは引き下がらなかった。

「急ぐこともないし、ゆっくり歩いて行ってもいいんじゃない?」
「お願いだから、ここで待ってて」

 どれ程ほど懇願されようと、同行を受け入れるつもりのなかった俺は、彼女の頬にキスをする。このくらいの接触は許されるだろう。

「……っ」

 アルミナは真っ赤になって俯いた。その反応に胸を撃たれたような感覚がして、俺は衝動的に彼女を抱きしめ、尻尾まで巻き付ける。

 なぜこんなことこをしているのか?
 そう、見送りに出ている屋敷の使用人たちに、アルミナが俺の大事な人だと知らしめる必要があるからだ。
恋愛感情からじゃない。とにかく、この人は大事にするべき人だ。ユルゲン叔父上の別荘にいるのは信用できる人たちとは思うが、とにかく丁重に扱ってもらいたい。

「おい、見せつけてくれるな」

 叔父上の一言で我に返り、体を離した。叔父上は目尻に皺を浮かべて苦笑していた。

 まだ名残惜しそうなアルミナになるべく早く帰ると約束し、俺と叔父上は狼の姿になって出発した。

 ヴァントデン国が王都だけでなく地方に至るまで繁栄するのも、こういった便利な移動方法があるからだろう。

 軽い駆け足でも、2本足とはまるで速度が違う。別荘の敷地を抜け、森の中を走ると気持ちが良かった。大きく息を吸うと、緑の匂いが鼻腔を満たした。

「全く、非の打ち所がない結婚相手だな。よく見つけたものだ」

 速度をゆるめたユルゲン叔父上は、含みを持ってそう言った。俺も仕方なく歩調を合わせる。

「彼女の神聖力のこと?」

 ただ手放しに褒めてくれたのではないとわかっていた。アルミナからは、獣人にはわかる神聖力の匂いがする。匂い、と言うのは感覚的な表現だけれど、魔力や神聖力に敏感な獣人独自の防衛反応だろう。

 しかもアルミナは、食べ物を口にするときに習慣で神聖力の付与までしていた。にこやかに会話しながら、さりげなくだ。俺が止める暇もない鮮やかさだった。

「ああ。すごい神聖力だが、神官とは紹介してくれなかったな。一体、どういう事情だ?彼女は貴族のお抱え治癒師でもしてたのか?」

 ユルゲン叔父上は、ヴァントデン国軍の最高位である元帥を務めている。駆け引きはお手のものというわけだ。もしや、アルミナの能力に利用価値があると見ているのだろうか。

 獣人が人口の9割を占めるヴァントデンは、魔物と戦う道を選んだ国だ。魔物は定期的に数を減らせば、強い個体も少なくなる。それでもけが人は出るから、治癒ができる神官は貴重な存在ながら、慢性的に不足していた。

「そんなところかな」
「私にまで秘密にしなくともいいだろう。私は、ベリンダ嬢ならお前が悲しい思いをすることはないと安心したんだ。決して毒に倒れたりしない」
「そう思うよ」
「ただ彼女は人間だから、お前たちの間に子どもができても一族の正統な後継者にはできないが……」
「そこまで考えてない!!」

 俺は聞きたくなくて、全速力で走り出した。

「いやしかし、ベリンダ嬢にファルクの匂いが染み付いてたが?もちろん結婚するのだろう?」

 追い打ちをかけるように後ろから叔父上が大声で叫ぶ。しばらくヴァントデンを離れていたせいで忘れていた。ここは獣人の国だ。匂いから判明する情報はあまりに多く、油断してはいけなかった。


 途中は宿に泊まり、翌日に王都へと到着した。

 ユルゲン叔父上が許可を取ってくれたので、王城にいる王であっても謁見の申請は無事に叶った。

 とはいえ待機室に通されてから2時間ほど待たされたのだが、そのくらいの嫌がらせは想定の範囲内だった。多忙な叔父上は人に呼ばれてしまい、ひとりきりで沈黙に耐え続ける。

 俺と、姉上を殺してでも王の座を望み、揺るぎないものとした兄、ディートヘルム。ついに対面する前に、俺としても十分な心構えができたくらいだ。

 やっと呼び出しがかかったとき、俺の心は静かに凪いでいた。美しい左右対象に飾り付けられた謁見の間を進み、玉座の前で膝をつく。
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