聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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獣人ファルク

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「うん、だめなの?」
「大事なことだから、もう少し考えたほうがいい」
「でもファルクの考え方がきっと合ってるのよ」
「俺に騙されていると考えないのか?」
「ファルクはそんなことしないでしょ?」

 思わぬ信頼を見せられ、胸の内側がざわざわとした。何なんだ、この危なっかしい人は。つい先ほどまでは記憶喪失だから物事を知らなくて当然、と思っていたけれど、素でこれは絶対に危ないというか、おかしい。箱入りの王女だった姉上もここまで無邪気ではなかった。

「確認し忘れていたが、アルミナは何歳なんだ?」

 俺は聖女アルミナの年齢を覚えていなかった。この言動からして魂は幼い年齢である可能性に気付き、不安がこみ上げる。身体が大人でも魂が幼い少女と結婚はできないし、ましてや昨夜のように淫蕩に耽る行為は絶対にいけないことだ。

「もちろん、20歳よ。ベリンダと同じ」

 何がもちろんかはわからなかったが、アルミナは少しだけ不満そうに眉を険しくした。俺より2歳上の20歳。倫理的な問題はなかったが、教会はそうとう偏った教育を施したようだ。

 20歳にもなって、リンゴ飴を買うのを止めただけで泣きそうになっていたアルミナが少し可哀想になってしまった。

「そうか……俺もベリンダと同じくらいだろうと思ってたんだ」
「そうでしょう?」

 俺の嘘を疑わず、フフッとアルミナは笑う。彼女という人を、もう一度解釈し直す必要がありそうだった。

 できることなら、昨夜の行為についても意図を確認したいところだ。
 あれは、ベリンダの記憶がまだらに残っているから、あんなふうになったのだと思い込んでいた。だけど聖女アルミナの自発的な行動だったのだ。

 何を思って俺の寝室に入り込んできて、性欲の発散を何度も手伝ってくれたのか、全く以て不可解すぎた。ただの好奇心でベリンダの身体を悪用していたなら、注意したほうがいいだろう。

「アルミナ」
「なに?」
「昨夜のことは……」

 話の途中、近付いてくる人の足音に俺は振り返る。懐かしい足音と匂いだった。

「ファルク!やっと戻る気になったのか!」

 ノックもせず、駆け込んできたのは久しぶりに会うユルゲン叔父上だ。銀髪を長く伸ばし、後ろで結わえている。髪の色以外は俺と同じ褐色の肌と、金色の瞳だ。立ち上がって出迎える俺と抱き合ったユルゲン叔父上は、アルミナを見て目尻にいっぱいの皺を作る。

「しかもえらい美人さんを連れてきたじゃないか!結婚するのか?!」

 俺の胸を肘で突き、笑ってしまうような、いかにも中年男性らしい反応をした。

「まあ、そのつもり」
「おお……!そ、そうか!それはめでたいな!紹介してくれ」
「彼女はベリンダ。ベリンダ、こちらは俺の叔父のユルゲン・ラント・レングナー」

 アルミナは叔父上に対して、深々とお辞儀をした。

「お会いできて光栄です、レングナー卿。ベリンダと申します」

 俺が簡単にしか紹介しなかったのに、ベリンダの取った礼儀は申し分ないものだった。よく考えたらアルミナは聖女という重要な役職に就いている以上、王族と謁見する機会もあったのだろう。

「私こそ会えて嬉しいよ、ベリンダ嬢。私のことは名前で呼んでくれたまえ」

ユルゲン叔父上も笑みを深くして親しげに握手を求めた。しかし、ちらっと俺へ向ける顔に「彼女の家名は?」と書いてあった。仕草からどこか良家の令嬢と思ったようだ。

「私は平民なのですが、とある貴族家にメイドとして仕えておりました」

 俺がどう言おうか迷っている間に、アルミナがさりげなく設定を付け足してくれる。打ち合わせをした訳でもないのに、それはベリンダの過去をある意味言い表していた。

「ああ、なるほど……」
「その場所にて礼儀作法を学びましたが、今は少しばかり緊張しております。どうか突然の訪問をご容赦ください」
「いや何、これからはここが自宅と思って寛いでくれたまえ。ファルクがヴァントデンに帰ってくるきっかけを作ってくれたのはベリンダ嬢だろう?」
「いえ、私は特に何も」
「謙遜することはないよ」

 ユルゲン叔父上は、すっかりアルミナの醸し出す清楚な雰囲気に嵌ってしまったようだ。アルミナは素で喋ると幼い印象だが、元々頭はいいのかもしれない。

 メイドが追加の紅茶が運んできたので、俺たちは着席し直した。そして嘘と真実を織り交ぜ、これまでの経緯を叔父上に語った。
 魂の入れ替わりについては当然触れはしない。信じてもらえないだろうし、厄介な事態になるだけだ。

 ごく単純に、アストエダム国で俺を拾ったのがベリンダ。彼女は同情心から俺に住居と食事を与え、やがて愛となった美しい物語とした。現実はもっと残酷で複雑なのだが。

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