聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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獣人ファルク

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 一国の防衛を任されていた聖女に対して、名乗るほどの者ではない気すらしてきたけれど、今の俺にできることが辛うじてある。目の前のアルミナと、遠くに行ってしまったベリンダのためにも、と自分を鼓舞して口を開いた。

「俺の本当の名前は、ブルクハルト・ルードヴィヒ・アンハイサー。この国の王弟だ」
「えっ……ファルクじゃないの?王様の弟?」

 アルミナが期待した通りに驚いてくれたので、少しだけ得意になって笑いそうなところを、強いて口元を引き締める。

「逃げて消息不明になっていたけどな。呼び方は今まで通りファルクでいいよ」
「笑いごとじゃないでしょう!ファルクは多分貴族かなとは思ってたけど、よりによって王族だったの?それなのに自分で料理をしたり、危険な魔物狩りをしてたの?どうして?」

 俺はどうやら笑っていたようだ。両手で顔を一度覆い、切り替えようと軽く擦ってから目を開けた。

「……だって、よくある話なんだ。次期王の座を巡って兄に殺されかけ、逃亡した。それだけのことだ」
「それだけのことじゃないわ、今まで大変だったのね」

 アルミナは立ち上がって椅子を移動させ、俺の隣に座り直した。そして俺の背中に手を当てる。もしや、俺の気を楽にするために神聖力を使われるのかと彼女の瞳を覗いたが、そんな気はなさそうだった。真っすぐな眼差しから、疑いようのない同情心だけが認められた。

 考えてみたら3年も一緒に暮らしたベリンダにさえ、この話はしなかった。奇妙なくらい、俺はアルミナに心を開いているようだ。
 見慣れたベリンダの顔をしているから、という理由だけでは説明がつかない。ついさっきまで記憶喪失のベリンダと信じていたし、騙されていたのに、彼女を責める気持ちは微塵も湧いてこなかった。ただ、知って欲しかった。

「大変というか、すごく悔しかった。俺はまだ非力で、考えが足りなくて、大切な人を失った。もし時間が戻せたらと何度思ったことか」
「確か、ファルクがアストエダム国に来たのは3年前でまだ15歳でしょう?非力で当たり前よ、自分を責めないで。悪いのは卑劣なことをした相手よ」

 必死になって俺を慰めようとするアルミナは、とても聖女らしかった。そういえば、彼女はいつもこうだった。俺の怪我に気付いて手当をするなど、とにかく苦しみに寄り添おうとしてくれる人だ。

「その当時、兄君は何歳だったの?止めてくれる人はいなかったの?」
「……まあその辺りはともかく、話を戻そう。逃げ出して3年も隠れていた今の俺は臆病者と指を差される存在だから、もう兄にとって脅威ではなく、命を狙われる恐れはない。復位するつもりだ」
「とても理解しきれないけど、王子に戻るのはとりあえずいいんじゃないかしら」
「ああ。復位して、何をすると思う?」

 国境を不法に飛び越えたときから、ある考えが胸を占めていた。アルミナは全く見当がつかないようで、小首を傾げた。

「それもわからないわ。何をするの?」
「あなたは今、どこから見てもベリンダだ。平民で、身寄りがない。アストエダム国であなたを守ってくれる人は誰もいない」
「そうね」
「もし教会の人間に拘束されたら、解放させる手立てがないんだ」

 アルミナは知らないだろう。
 魂が入れ替わった直後の数日間、ベリンダは教会から帰ってこなかった。その間、俺がどれ程心配したことか。衛兵はベリンダを連れていった理由すら教えてくれなかった。事故か何かで彼女が偉い人を傷つけてしまったかと俺は予想し、生きて帰ってくるかもわからない不安に戦いた。

 かといって衛兵を殴るなんていう強硬手段に出るのは憚られた。彼らは役目を果たしているだけだ。結局、賄賂として渡す資金作りに魔物と戦うくらいしか、やれることがなかった。長らく一緒に暮らしてようが俺はベリンダと家族でもないし、何の権利もなかったのだ。あの焦燥感は二度と味わいたくない。

「だから、結婚してあなたの身分を王弟妃にしたい」
「そ、そんなことベリンダの了承もなく勝手にできないわ。怒られちゃう」

 俺が全部を言い終わる前に激しく首を振られるので、少し傷ついて胸が痛んだ。

「……ベリンダは俺を好きじゃないから、あとで必ず離婚するよ。俺があなたに与えられる身分はこのくらいしかないんだ」

 俺に爵位を与える権利でもあればよかったのだが、不可能な話だ。それでもヴァントデン国の王弟妃となれば、ベリンダがアストエダム国で不当に身柄を拘束されることはなくなる。
 その状態で聖女と合流し、魂の入れ替えを解消するというのが、最も確実な方法と思われた。

「うーん……」

 アルミナは悩ましげに眉をひそめ、それからじんわりと頬を染めた。

「じゃあ、結婚しましょうか」
「ちょっと待ってくれ、もう結論を出すのか?」

 今のほんの僅かな間で答えを出したのかと俺は戸惑った。大体、就寝中に襲ってきたのが本当に教会の人間かどうか、アルミナはよく確かめていない。本当に契約結婚しか手立てがないなんてことも実際には、ない。
 その辺りについて論戦する覚悟もしていたのだが、アルミナはあどけない笑みを浮かべるばかりだ。

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