聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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獣人ファルク

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 結局のところ、俺は臆病者に過ぎない。入れ替わり解消後、ベリンダと気まずくなるのが嫌だから、何もしないでいようとしているだけかもしれない。

「ねえ、手ぐらい繋いでくれてもいいでしょう?」
「ああ」

 アルミナの提案には頷いた。やや諦めの境地だった。並んで仰向けになり、手を繋ぐ。俺の手のほうが大きくて重いだろうから、アルミナの手を上にして指を絡めた。

 目を瞑った俺はアルミナの体温、微かな指の動き、深い呼吸の音に集中した。それらにアルミナらしさを感じ取りたかった。

「私ね、普通の幸せに憧れているの」

 ぽつりと語りだしたアルミナに対し、俺は低く相槌を打った。

「そうなんだ。俺では提供できないかもしれないな」
「いいえ。ファルクはたった数日間で、十分過ぎるほど私に普通の幸せを与えてくれたじゃない」
「でもこれからは違う。俺は王族だから」
「それでもいいわ。恋愛はよく火に例えられるけど、その通りだったみたい。この火が燃え始めたらもう止められないし、無理に鎮火しても元の状態には戻らない」
「……アルミナは情熱的なんだな」

 茶化すように、軽い感じで俺は言った。

「ファルクは違うの?」
「うまく表現できない」
「私はファルクと、ずっと一緒にいたいだけなのに」

 静かに泣き出したアルミナに対して、気の利いた台詞は一切思い浮かばなかった。どうしたらいいのかわからなくなり、とにかく彼女を抱き寄せる。

アルミナは俺の胸のあたりに顔を埋めて嗚咽を漏らした。改めて彼女の子どもみたいな無垢さを思い知る。こういった人を前に、俺は抵抗のしようもなかった。腕力や脚力が強くなったつもりでも、決して勝てはしないのだ。

「ねえ、信じて……私はファルクが好き」
「俺も好きだよ」

 愚かにも俺はそう言った。また陥落してるじゃないか。言葉の力だけでも、俺はアルミナの思うがままだ。それを心のどこかで嬉しがっているのだから、救いようがなかった。アルミナは交渉については、ぐっと歳上の感があった。

「こんなふうにしてたら、俺はこれからもっとアルミナを好きになる」
「私もそう」
「なのに、1年後に別れるのか?それとも、俺が聖女の旅に勝手について行けばいいのか?」
「……入れ替わりは解消しないでいいでしょう?」

 決定的な一言をアルミナは口にした。けれど、語尾に向けて消え入りそうに掠れて小さくなる声から、彼女の恐れが理解できた。アルミナは罪悪感を抱えているし、俺の反応を最も気にしていた。

「ああ。ベリンダに頼んでみよう」

 少しもアルミナを見損なっていないと言外に滲ませ、手を繋ぎ直した。手のひらはどちらのものか、しっとり汗ばんでいた。

「この間も言ったけれど、ベリンダは聖女になることを喜んでいたの。実際の厳しい旅程を経験してちょっとうんざりするかもしれないけれど……」
「それでも、元に戻るよりはましとベリンダは考えるかもしれない。ただ、やっぱり苦労を押し付けるようで申し訳ないけれど……」

 ベリンダが俺に断片的に教えてくれた、彼女のむごい体験。ベリンダはその代償行為として、踊り子を続けていた。アルミナの身体で聖女として過ごせるのなら、むしろ苦境から抜け出せるといえるので、そちらを選ぶ可能性は高かった。
 もちろん本人にきちんと確認するまでは、身勝手な決めつけはできないが。

「ファルクがそう思うのなら間違いないわ。聖女の旅を楽にできるよう、私たちで補助するという手も一応あることだし」
「そうだな。他国の政治を悪く言いたくはないが、ひとりの女性に国防を任せるのはどう考えてもおかしい」
「そうなのよ」

 フフッといたずらな妖精のような声を発し、アルミナは体勢を変えて横向きになり、俺の腕に柔らかな胸を押しつけた。

「難しい話はもういいわ。じゃあ、私たちはこのまま結婚できるのね?」
「暫定的にだ。そういうことをして、俺を挑発するのはやめてほしい」
「昨日みたいにちょっと触り合うくらい……」
「ベリンダの意思確認ができない限り、だめだ。よくない」

 そう言いながらも、下半身に血液が集まってしまう。固くなった部分を悟られないよう、腰を引いた。

「ファルクはとっても苦しそうなのに?」
「我慢できる。それに俺は、アルミナを大切にしたいんだ」

 俺の性的欲求はものすごくある。だからこそ、慎重になる必要があった。ただの性欲処理みたいにぶつけたくない。
 身体を繋げるのは、お互いの心が通じ合ってからするもの。そう、教育係から教わった。狼の獣人は全員ロマンチストなのだ。

「大切にしてくれてると思うけれど」
「まだまだこんなものじゃない。全部教えてほしい、アルミナは何が好きで、何が嫌いなのか。どんなふうに育って、何を思ってきたのかを。俺も話すから」

 それから俺たちは長く語り合った。アルミナは戸惑いながらも俺の質問に正直に答えてくれていると感じたし、疑う理由はなかった。

 だから、アルミナがまだ隠しごとをしているなんて、俺は想像もしなかった。
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