39 / 72
獣人ファルク
39
しおりを挟む
結局のところ、俺は臆病者に過ぎない。入れ替わり解消後、ベリンダと気まずくなるのが嫌だから、何もしないでいようとしているだけかもしれない。
「ねえ、手ぐらい繋いでくれてもいいでしょう?」
「ああ」
アルミナの提案には頷いた。やや諦めの境地だった。並んで仰向けになり、手を繋ぐ。俺の手のほうが大きくて重いだろうから、アルミナの手を上にして指を絡めた。
目を瞑った俺はアルミナの体温、微かな指の動き、深い呼吸の音に集中した。それらにアルミナらしさを感じ取りたかった。
「私ね、普通の幸せに憧れているの」
ぽつりと語りだしたアルミナに対し、俺は低く相槌を打った。
「そうなんだ。俺では提供できないかもしれないな」
「いいえ。ファルクはたった数日間で、十分過ぎるほど私に普通の幸せを与えてくれたじゃない」
「でもこれからは違う。俺は王族だから」
「それでもいいわ。恋愛はよく火に例えられるけど、その通りだったみたい。この火が燃え始めたらもう止められないし、無理に鎮火しても元の状態には戻らない」
「……アルミナは情熱的なんだな」
茶化すように、軽い感じで俺は言った。
「ファルクは違うの?」
「うまく表現できない」
「私はファルクと、ずっと一緒にいたいだけなのに」
静かに泣き出したアルミナに対して、気の利いた台詞は一切思い浮かばなかった。どうしたらいいのかわからなくなり、とにかく彼女を抱き寄せる。
アルミナは俺の胸のあたりに顔を埋めて嗚咽を漏らした。改めて彼女の子どもみたいな無垢さを思い知る。こういった人を前に、俺は抵抗のしようもなかった。腕力や脚力が強くなったつもりでも、決して勝てはしないのだ。
「ねえ、信じて……私はファルクが好き」
「俺も好きだよ」
愚かにも俺はそう言った。また陥落してるじゃないか。言葉の力だけでも、俺はアルミナの思うがままだ。それを心のどこかで嬉しがっているのだから、救いようがなかった。アルミナは交渉については、ぐっと歳上の感があった。
「こんなふうにしてたら、俺はこれからもっとアルミナを好きになる」
「私もそう」
「なのに、1年後に別れるのか?それとも、俺が聖女の旅に勝手について行けばいいのか?」
「……入れ替わりは解消しないでいいでしょう?」
決定的な一言をアルミナは口にした。けれど、語尾に向けて消え入りそうに掠れて小さくなる声から、彼女の恐れが理解できた。アルミナは罪悪感を抱えているし、俺の反応を最も気にしていた。
「ああ。ベリンダに頼んでみよう」
少しもアルミナを見損なっていないと言外に滲ませ、手を繋ぎ直した。手のひらはどちらのものか、しっとり汗ばんでいた。
「この間も言ったけれど、ベリンダは聖女になることを喜んでいたの。実際の厳しい旅程を経験してちょっとうんざりするかもしれないけれど……」
「それでも、元に戻るよりはましとベリンダは考えるかもしれない。ただ、やっぱり苦労を押し付けるようで申し訳ないけれど……」
ベリンダが俺に断片的に教えてくれた、彼女のむごい体験。ベリンダはその代償行為として、踊り子を続けていた。アルミナの身体で聖女として過ごせるのなら、むしろ苦境から抜け出せるといえるので、そちらを選ぶ可能性は高かった。
もちろん本人にきちんと確認するまでは、身勝手な決めつけはできないが。
「ファルクがそう思うのなら間違いないわ。聖女の旅を楽にできるよう、私たちで補助するという手も一応あることだし」
「そうだな。他国の政治を悪く言いたくはないが、ひとりの女性に国防を任せるのはどう考えてもおかしい」
「そうなのよ」
フフッといたずらな妖精のような声を発し、アルミナは体勢を変えて横向きになり、俺の腕に柔らかな胸を押しつけた。
「難しい話はもういいわ。じゃあ、私たちはこのまま結婚できるのね?」
「暫定的にだ。そういうことをして、俺を挑発するのはやめてほしい」
「昨日みたいにちょっと触り合うくらい……」
「ベリンダの意思確認ができない限り、だめだ。よくない」
そう言いながらも、下半身に血液が集まってしまう。固くなった部分を悟られないよう、腰を引いた。
「ファルクはとっても苦しそうなのに?」
「我慢できる。それに俺は、アルミナを大切にしたいんだ」
俺の性的欲求はものすごくある。だからこそ、慎重になる必要があった。ただの性欲処理みたいにぶつけたくない。
身体を繋げるのは、お互いの心が通じ合ってからするもの。そう、教育係から教わった。狼の獣人は全員ロマンチストなのだ。
「大切にしてくれてると思うけれど」
「まだまだこんなものじゃない。全部教えてほしい、アルミナは何が好きで、何が嫌いなのか。どんなふうに育って、何を思ってきたのかを。俺も話すから」
それから俺たちは長く語り合った。アルミナは戸惑いながらも俺の質問に正直に答えてくれていると感じたし、疑う理由はなかった。
だから、アルミナがまだ隠しごとをしているなんて、俺は想像もしなかった。
「ねえ、手ぐらい繋いでくれてもいいでしょう?」
「ああ」
アルミナの提案には頷いた。やや諦めの境地だった。並んで仰向けになり、手を繋ぐ。俺の手のほうが大きくて重いだろうから、アルミナの手を上にして指を絡めた。
目を瞑った俺はアルミナの体温、微かな指の動き、深い呼吸の音に集中した。それらにアルミナらしさを感じ取りたかった。
「私ね、普通の幸せに憧れているの」
ぽつりと語りだしたアルミナに対し、俺は低く相槌を打った。
「そうなんだ。俺では提供できないかもしれないな」
「いいえ。ファルクはたった数日間で、十分過ぎるほど私に普通の幸せを与えてくれたじゃない」
「でもこれからは違う。俺は王族だから」
「それでもいいわ。恋愛はよく火に例えられるけど、その通りだったみたい。この火が燃え始めたらもう止められないし、無理に鎮火しても元の状態には戻らない」
「……アルミナは情熱的なんだな」
茶化すように、軽い感じで俺は言った。
「ファルクは違うの?」
「うまく表現できない」
「私はファルクと、ずっと一緒にいたいだけなのに」
静かに泣き出したアルミナに対して、気の利いた台詞は一切思い浮かばなかった。どうしたらいいのかわからなくなり、とにかく彼女を抱き寄せる。
アルミナは俺の胸のあたりに顔を埋めて嗚咽を漏らした。改めて彼女の子どもみたいな無垢さを思い知る。こういった人を前に、俺は抵抗のしようもなかった。腕力や脚力が強くなったつもりでも、決して勝てはしないのだ。
「ねえ、信じて……私はファルクが好き」
「俺も好きだよ」
愚かにも俺はそう言った。また陥落してるじゃないか。言葉の力だけでも、俺はアルミナの思うがままだ。それを心のどこかで嬉しがっているのだから、救いようがなかった。アルミナは交渉については、ぐっと歳上の感があった。
「こんなふうにしてたら、俺はこれからもっとアルミナを好きになる」
「私もそう」
「なのに、1年後に別れるのか?それとも、俺が聖女の旅に勝手について行けばいいのか?」
「……入れ替わりは解消しないでいいでしょう?」
決定的な一言をアルミナは口にした。けれど、語尾に向けて消え入りそうに掠れて小さくなる声から、彼女の恐れが理解できた。アルミナは罪悪感を抱えているし、俺の反応を最も気にしていた。
「ああ。ベリンダに頼んでみよう」
少しもアルミナを見損なっていないと言外に滲ませ、手を繋ぎ直した。手のひらはどちらのものか、しっとり汗ばんでいた。
「この間も言ったけれど、ベリンダは聖女になることを喜んでいたの。実際の厳しい旅程を経験してちょっとうんざりするかもしれないけれど……」
「それでも、元に戻るよりはましとベリンダは考えるかもしれない。ただ、やっぱり苦労を押し付けるようで申し訳ないけれど……」
ベリンダが俺に断片的に教えてくれた、彼女のむごい体験。ベリンダはその代償行為として、踊り子を続けていた。アルミナの身体で聖女として過ごせるのなら、むしろ苦境から抜け出せるといえるので、そちらを選ぶ可能性は高かった。
もちろん本人にきちんと確認するまでは、身勝手な決めつけはできないが。
「ファルクがそう思うのなら間違いないわ。聖女の旅を楽にできるよう、私たちで補助するという手も一応あることだし」
「そうだな。他国の政治を悪く言いたくはないが、ひとりの女性に国防を任せるのはどう考えてもおかしい」
「そうなのよ」
フフッといたずらな妖精のような声を発し、アルミナは体勢を変えて横向きになり、俺の腕に柔らかな胸を押しつけた。
「難しい話はもういいわ。じゃあ、私たちはこのまま結婚できるのね?」
「暫定的にだ。そういうことをして、俺を挑発するのはやめてほしい」
「昨日みたいにちょっと触り合うくらい……」
「ベリンダの意思確認ができない限り、だめだ。よくない」
そう言いながらも、下半身に血液が集まってしまう。固くなった部分を悟られないよう、腰を引いた。
「ファルクはとっても苦しそうなのに?」
「我慢できる。それに俺は、アルミナを大切にしたいんだ」
俺の性的欲求はものすごくある。だからこそ、慎重になる必要があった。ただの性欲処理みたいにぶつけたくない。
身体を繋げるのは、お互いの心が通じ合ってからするもの。そう、教育係から教わった。狼の獣人は全員ロマンチストなのだ。
「大切にしてくれてると思うけれど」
「まだまだこんなものじゃない。全部教えてほしい、アルミナは何が好きで、何が嫌いなのか。どんなふうに育って、何を思ってきたのかを。俺も話すから」
それから俺たちは長く語り合った。アルミナは戸惑いながらも俺の質問に正直に答えてくれていると感じたし、疑う理由はなかった。
だから、アルミナがまだ隠しごとをしているなんて、俺は想像もしなかった。
1
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる