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1章【オオムラサキ】
花のある食事
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テーブルを挟んで座る二人の人物。
白い着物に黒い髪、物腰静かそうな立ち振舞いに違わず口許には柔らかな笑みを浮かべている。
向かい側に座るは白髪の学生。
朝焼け色の瞳には何も映っていないかの様に、その顔には表情が無い。
双方顔立ちは極めて整っており、街を歩けば幾人かは振り返るかもしれない。
さて、ここまでならば絵に描いたような美男美女の相席なのだが、問題は二人が挟むテーブルだ。
団体客でも来たかの如き凄まじい数の皿が積み重ねられており、その上さらに二人はビッグサイズのパフェを口に運んでいた。
「よく食べるわね」
「虫って、皆こうじゃないんですか?」
「さあ? 私、妖と一緒にゴハン食べたことないもの。そもそも、妖が私のゴハンみたいな物だもの」
「ゾッとしない話ですね」
二人は遭遇したファミレスに入り、お茶とは何だったのかと何処かから聞こえてきそうな量の食事を二人で消化していた。
ムラサキは生クリームの付いたイチゴを口に運ぶ。
一方、ハナカマキリはフレーク部分をスプーンに掬っている。
パフェを食べ始めてからというものの、ハナカマキリの食事ペースが上がっている気がする。
具体的には三倍ほど。
ムラサキの手にしているパフェカップが一杯目に対し、机の彼女側には空のカップが既に二つ。
つまり現在三杯目。
「周囲の人達、僕達の様子に何も反応が無いのってハナカマキリさんのせいですか?」
「あえ? ええ。私。擬態って聞いたことあるかしら?」
「自然界の動物が植物や別の動物に姿を似せる行動……でしたっけ?」
「ええ、そんな所。ハナカマキリ……私の事ではなくてね? 昆虫のハナカマキリもそれをするのよ。私のもそれ」
周囲の景色や動物に姿を似せる……つまり溶け込む。
人の営み、当たり前の景色に同化し、人々がまるで気に留めなくなる能力。
なるほど、ハナカマキリ。
名は体を表す。
「範囲で効果が及ぶんですね」
「というよりは私と関わっている相手に……かしら。でも当たり前の景色に溶け込むって言っても限度はあるから、食い逃げとかはダメよ」
「それは残念です。……それ幾つ目です?」
「5かしら」
「お金大丈夫なんですか?」
「ええ。お金持ちだもの」
彼女は平然と言って退けながら、指先に付いたクリームを艶かしく舐め取る。
行儀が悪いだとか、色っぽいだとか、そんな感想を差し置いて感じたのは背筋の寒気。悪寒だ。
ムラサキは改めて実感する。
彼女はカマキリで、自分は蝶なのだと。
「ごちそうさま」
満足気に呟く彼女はどこか恍惚とし、僅か上気した頬が嫌に色っぽい。
デザートは別腹などとよく聞くが、あながち間違いではないのかもしれない。
しかしまたこれだけ食べてよくスタイルが崩れないものだ。
人間では無いからだろうか。
「ハナカマキリさんって虫について詳しいのですか?」
「ええ。まあ【食い損ねた】相手についてなら詳しいと思うけども」
ハナカマキリぎドリンクバーから食後のお茶を持ってきたタイミングで、ムラサキは話題を切り出した。
聞きたいことは多くない。
ただ一つ、自分の感情を封じたあの虫についてさえ聞ければ良い。
「じゃあ、キイロアゲハって知ってますか?」
カップを口に運ぼうとしていたハナカマキリの手が止まる。
机上のどこかへと向けられていた視線は明確にムラサキへ向けられ、その菫色の瞳に彼の顔が映り込む。
「ええ、知っているわ。よーく……ね」
言い淀む語気はない。
ただ、踏み込むなという威圧感はある。
「君は、なんであの子の事を?」
「僕の感情を取り戻すために」
淡々と。
何よりも大事に思う事のはずなのに、それすら形にはなってくれない。
ハナカマキリは無言だ。
僅か首を傾げながら、吸い込まれそうな瞳でジッとムラサキを見続ける。
ムラサキも動じない。
まっすぐに彼女の視線を受け止め、同様にその朝焼け色の瞳に菫色の宝玉を映し続けた。
何を探っているのか。
感情が表に出せないムラサキに対し、ハナカマキリはそもそも考えが読めない。
無表情のようで小さな変化は多く、しかしそれでいて語調はムラサキ同様に淡々と。
長いような、もしかしたらほんの刹那だったような。
二人の間に流れるそんな静寂は彼女がカップを置いた音で破られた。
「じゃあ、交換にしましょう?」
「交換……ですか?」
「ええ。君の後ろ……あの上着を用意した人について教えて?」
「それは……」
「真面目なのね。君はきっと相手の許可を貰ってからにしたいと考えているのではないかしら? いいわ。私、しばらくこの町にいるつもりだもの。会いたくなったら、このお店の前であの上着を羽織って?」
「他の何かも寄ってくるって言ってませんでした?」
「その時は……まあ自分でどうにかして? 本来なら餌の子を相手にそこまで面倒を見てあげる義理はないもの」
腕を組み、指を顎先に当てて思案する。
対策室を出てからここまで、ハナカマキリ以外の妖には出くわしていない。
感じる力の強い者……はたしてどの程度までを指して言っているのかは分からないが、この町にそれに該当する者は何人いるのか。
ふと彼女を見るも、飲み終わったカップをテーブルに置いてからは膝の上に手を乗せたまま静かに座るばかりだ。
真意は探れない。
「……分かりました。ではまた近い内にここで」
「ええ。良い返事を待っているわ?」
白い着物に黒い髪、物腰静かそうな立ち振舞いに違わず口許には柔らかな笑みを浮かべている。
向かい側に座るは白髪の学生。
朝焼け色の瞳には何も映っていないかの様に、その顔には表情が無い。
双方顔立ちは極めて整っており、街を歩けば幾人かは振り返るかもしれない。
さて、ここまでならば絵に描いたような美男美女の相席なのだが、問題は二人が挟むテーブルだ。
団体客でも来たかの如き凄まじい数の皿が積み重ねられており、その上さらに二人はビッグサイズのパフェを口に運んでいた。
「よく食べるわね」
「虫って、皆こうじゃないんですか?」
「さあ? 私、妖と一緒にゴハン食べたことないもの。そもそも、妖が私のゴハンみたいな物だもの」
「ゾッとしない話ですね」
二人は遭遇したファミレスに入り、お茶とは何だったのかと何処かから聞こえてきそうな量の食事を二人で消化していた。
ムラサキは生クリームの付いたイチゴを口に運ぶ。
一方、ハナカマキリはフレーク部分をスプーンに掬っている。
パフェを食べ始めてからというものの、ハナカマキリの食事ペースが上がっている気がする。
具体的には三倍ほど。
ムラサキの手にしているパフェカップが一杯目に対し、机の彼女側には空のカップが既に二つ。
つまり現在三杯目。
「周囲の人達、僕達の様子に何も反応が無いのってハナカマキリさんのせいですか?」
「あえ? ええ。私。擬態って聞いたことあるかしら?」
「自然界の動物が植物や別の動物に姿を似せる行動……でしたっけ?」
「ええ、そんな所。ハナカマキリ……私の事ではなくてね? 昆虫のハナカマキリもそれをするのよ。私のもそれ」
周囲の景色や動物に姿を似せる……つまり溶け込む。
人の営み、当たり前の景色に同化し、人々がまるで気に留めなくなる能力。
なるほど、ハナカマキリ。
名は体を表す。
「範囲で効果が及ぶんですね」
「というよりは私と関わっている相手に……かしら。でも当たり前の景色に溶け込むって言っても限度はあるから、食い逃げとかはダメよ」
「それは残念です。……それ幾つ目です?」
「5かしら」
「お金大丈夫なんですか?」
「ええ。お金持ちだもの」
彼女は平然と言って退けながら、指先に付いたクリームを艶かしく舐め取る。
行儀が悪いだとか、色っぽいだとか、そんな感想を差し置いて感じたのは背筋の寒気。悪寒だ。
ムラサキは改めて実感する。
彼女はカマキリで、自分は蝶なのだと。
「ごちそうさま」
満足気に呟く彼女はどこか恍惚とし、僅か上気した頬が嫌に色っぽい。
デザートは別腹などとよく聞くが、あながち間違いではないのかもしれない。
しかしまたこれだけ食べてよくスタイルが崩れないものだ。
人間では無いからだろうか。
「ハナカマキリさんって虫について詳しいのですか?」
「ええ。まあ【食い損ねた】相手についてなら詳しいと思うけども」
ハナカマキリぎドリンクバーから食後のお茶を持ってきたタイミングで、ムラサキは話題を切り出した。
聞きたいことは多くない。
ただ一つ、自分の感情を封じたあの虫についてさえ聞ければ良い。
「じゃあ、キイロアゲハって知ってますか?」
カップを口に運ぼうとしていたハナカマキリの手が止まる。
机上のどこかへと向けられていた視線は明確にムラサキへ向けられ、その菫色の瞳に彼の顔が映り込む。
「ええ、知っているわ。よーく……ね」
言い淀む語気はない。
ただ、踏み込むなという威圧感はある。
「君は、なんであの子の事を?」
「僕の感情を取り戻すために」
淡々と。
何よりも大事に思う事のはずなのに、それすら形にはなってくれない。
ハナカマキリは無言だ。
僅か首を傾げながら、吸い込まれそうな瞳でジッとムラサキを見続ける。
ムラサキも動じない。
まっすぐに彼女の視線を受け止め、同様にその朝焼け色の瞳に菫色の宝玉を映し続けた。
何を探っているのか。
感情が表に出せないムラサキに対し、ハナカマキリはそもそも考えが読めない。
無表情のようで小さな変化は多く、しかしそれでいて語調はムラサキ同様に淡々と。
長いような、もしかしたらほんの刹那だったような。
二人の間に流れるそんな静寂は彼女がカップを置いた音で破られた。
「じゃあ、交換にしましょう?」
「交換……ですか?」
「ええ。君の後ろ……あの上着を用意した人について教えて?」
「それは……」
「真面目なのね。君はきっと相手の許可を貰ってからにしたいと考えているのではないかしら? いいわ。私、しばらくこの町にいるつもりだもの。会いたくなったら、このお店の前であの上着を羽織って?」
「他の何かも寄ってくるって言ってませんでした?」
「その時は……まあ自分でどうにかして? 本来なら餌の子を相手にそこまで面倒を見てあげる義理はないもの」
腕を組み、指を顎先に当てて思案する。
対策室を出てからここまで、ハナカマキリ以外の妖には出くわしていない。
感じる力の強い者……はたしてどの程度までを指して言っているのかは分からないが、この町にそれに該当する者は何人いるのか。
ふと彼女を見るも、飲み終わったカップをテーブルに置いてからは膝の上に手を乗せたまま静かに座るばかりだ。
真意は探れない。
「……分かりました。ではまた近い内にここで」
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