妖語り~胡蝶の夢~

九尾ルカ

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3章【二色妖蝶】

神霊の祭

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 カブトが呼び出されたのは昨日の対策室。

 ではなく、別の雑居ビルがあった場所だった。
 過去形なのは現在そこにビルは無く、瓦礫の山が積もる空地があるだけだからだ。

 この立ち入り禁止のテープで封鎖された一角に、長身の男と二人のメイドが立っている。
 翔人とミナモの二人は面識があるが、ミナモと瓜二つの少女は初対面。

 度々名前は出ているので、誰かは分かるが。


「八備さーん。おはよーございまーす」


 テープを跨ぎ、封鎖区画へと入って行く。
 背を向けていた翔人がカブトの声に振り返り、釣られるように二人のメイドもこちらへ向く。


「これは」

「これは」

「おはようございます」

「えーっと……」


 息ぴったりで交互に言葉を発する双子のメイドだったが、面識のない黒髪の側……カガミがカブトを呼ぼうとして言葉を詰まらせた。

 鏡合わせのような二人だが、やはり別々の人物らしい。
 そんな当たり前の事にカブトは何処か安堵する。


「獅子……あ、いや、火武人。カブトでいいや。そっちのが短くて覚えやすいだろうしな」

「こほん……火武人様がお見えになったよ主様。無視は酷いと思うよ」

「お前たちの自己紹介に水を差さないように気を使って静かにしていたのだが」


 相変わらず不機嫌そうな翔人は視線をカブトへと向ける。
 とても主従の関係とは思えないやり取りだが、あくまでも二人は翔人を主様と呼ぶ。
 端から見ていてなんとも不思議な光景だ。


「おはよう、火武人君。すまない。このような場所に」

「いやいいっすよ。……にしてもこれ、何があったんすか?」


 カブトの問いに対し、即座に言葉は返って来なかった。
 代わりに翔人は地面に転がる瓦礫の一つを手に取り、それをカブトへと放った。

 難なく片手でキャッチした瓦礫は、まるで石鹸を刃物で切ったようにあらゆる面が平らになっている。


「なんだこりゃ」

「見ての通り、このビルは切断されたんだ」


 翔人の言葉に周囲を見渡せば、辺りの瓦礫は全て同様の断面になっている。

 カブトは建材になど詳しくはない。

 だが、ビルを形作るような材質がこの様な形に切断されるなんて事態が異常である事くらいは分かる。
 まして、建物が一つ丸ごと、原型残さずバラバラにされるなど……。


「人間業じゃねぇ……」

「その通り」

「これは人間の仕業ではございません」


 だから翔人は此処に居るのだろう。
 霊障……霊災の種、妖への対処の専門家だ。

 長身過ぎるスーツの男は、敷地の中央で真上を見上げている。
 その足元には石材に紛れて木片があった。


「正直、君を呼ぶべきか悩んだのだがね」

「は? どういうことっすか?」

「君はつい昨日まではただの被災者でしかなかった人物だ。暴走を経て妖としての力が覚醒したばかりの、言ってしまえば素人と何も変わらない」


 容赦のない物言いには少し腹が立つが、翔人の言うことはもっともだ。
 知っていることは何もなく、実際に力を振るった事もなく、ただただ覚醒した妖であるというだけ。

 素人である事を自覚し、受け入れる。

 最重要でありながら一番難しい事なのかもしれない。


「そんな素人に、私は一つ重要な事を教えようとしている」

「主様」

「主様」

「はよ言え」

「カガミ!?」

「あのー、この漫才まだ掛かりそうっすか?」


 翔人が咳払いを一つ。

 どこか気恥ずかしそうな表情ながら、眉間には相変わらず皺が寄っている。
 その側で、すました顔のカガミにミナモがチョップを振り下ろしていた。


「神霊災害について、君はどの程度知っている?」

「んなの、すげぇ大規模な霊災じゃないんすか?」


 俗にヤンキー座りと言われる姿勢で屈み、カブトは手にした瓦礫をまじまじ眺めていた。
 やはり普通ではあり得ない形の破片は、下手をすれば角で肌を切りかねないほど鋭利になっている。


「表向きはそれで正解だ」

「表向き……?」


 翔人の言葉に、カブトが視線を向ける。

 僅か細められたその目に、先程までの人懐っこさは感じられない。
 その視線には、ムラサキの無機質めいた冷たさとは別の、猛禽類が如き鋭い冷気を放っていた。


「神霊災害と霊災は、本来全くの別物なのだよ」

「……それが別モンだと、一体何が変わってくるんだ?」


 息を飲むでもなく、どこか敵意すら滲む視線を逸らさぬままにカブトは問いを投げる。
 気付けば、翔人が向ける視線もどこか冷たく、カガミとミナモが珍しく緊張しているようにも見える。


「驚いたよ。今の、たったこれだけの会話で、最も本質に近付ける問いを私に寄越すとはね」

「答えてくれよ八備さん。俺とムラサキ、そこにどんな違いがあるんだよ」


 炎が揺らめくように、カブトはゆっくりと立ち上がる。
 手にしていた破片を地面に溢すように落とし、ポケットに両手を突っ込みながら一歩だけ翔人に近付く。
 ただならぬ様子のカブトに、カガミとミナモが翔人の前に立った。


「霊災は正式には霊災害と言う」


 だが、翔人は二人の間をすり抜け、陽炎を纏い周囲の景色を歪めるカブトに涼しい顔で近付いて行く。


「霊には神秘の意がある。神秘、つまり人智の及ばぬ何か……それによって起きる災いを霊災害。つまり霊災と呼称している」

「じゃあ神霊災害は?」

「あれは本来、神祭と呼ばれていた物だ」

「神祭……?」

「そう、神を降ろす儀式……これまで八度行われ、八柱の神が降ろされた」


 カブトの周囲の歪みは消えている。
 つい刹那の前まで視線に含まれていた敵意も、不信感も、今は鳴りを潜めていた。


「神降ろしには贄が必要となる。被害がその贄だけで済むのならば、霊災との差は被害規模程度でしかないのだが……」

「神降ろしによってもたらされるのは」

「言葉の通り神なのです」

「故に私は、言霊使いの力でこの儀式を縛った」


 神祭と霊災。

 祭と災の音が同じである事を利用して無理矢理置換し、神と祭が繋がらぬように間に文字を置く。

 こうして神祭は神霊災害という言葉にねじ曲げられた。
 言霊使いではないカブトでは完璧に理解はできないが、言わんとしている事は分かる。


「私がこの処置を施したのが第七神祭の時だ」

「効果は」

「第七、第八の神祭は直接神を降ろす事には失敗したさ」

「主様、相変わらず回りくどいよ」

「真面目な話している時くらいは茶々を入れないでくださいカガミ」

「あー、ミナモー引っ張らないでー……」


 ミナモに襟首を掴まれて連れ去られるカガミを、二人は無言で見送った。
 気まずい沈黙が数秒。
 翔人とカブトは同時に向き直る。


「なんか、気ぃ抜けちまいましたね」

「カガミとミナモなりに気を使ってくれたのかもしれないな」


 翔人は小さく嘆息。


「第七、第八の神祭は不完全な神を降ろし、二人の妖がそれぞれの神を取り込む形で完遂された」

「神の力を持つ妖……」

「そう、そして第七神祭において、神である素戔嗚スサノオを取り込んだ妖がこの彩篠宮に潜んでいる」


 そう告げながら翔人は視線を落とす。
 カブトの視線もそれを追う。

 その先にあるのは地面を埋める瓦礫の絨毯だ。

 何故今このタイミングでそんな物を見る?
 僅か思案しようとして、すぐさまその真意に気が付いた。


「これをやったのがそうだって言うんすか!?」


 長身の男は静かに頷く。


「素戔嗚の力、その持ち主の名を花々万斬という」


 ハナカマキリ。

 たしか、ムラサキを最初に発見した妖だとミナモから聞いている。


「……あ? って、おい……待てよ……ムラサキが見付かったのって確か……」

「そうだ。彼は--」



 --第九神祭の依り代の可能性がある。
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