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4章【真実の代価】
新たな一歩
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妖の身体は治癒力も人の物から逸脱しているらしい。
キイロアゲハとの戦いで焼いた左腕には既に痛みはなく、火傷も痕すら残さず綺麗に治りきっていた。
まだあれから7日しか経っていないというのに。
一週間前の日曜日とは違い、日が高く上がった頃になってから気だるそうに白髪の青年は目を覚ました。
ゆっくりと瞼を持ち上げた先にあったのは無機質な朝焼け色の瞳。
遠い夏空を眺め、彼はもう眠くもないのにベッドから動かない。
「花火大会……来週かぁ……」
後輩の華火が誘ってくれた彩篠宮川花火大会はもう目前に迫っている。
幸か不幸か、ムラサキの羽は治る気配がない。
妖として致命的なダメージだったという事なのだろう。
まあ、本来なら落命してた事を思えば決して悲観する内容でもない。
人として生きればいいだけなのだから。
「……キイロアゲハ……」
しかし、それにはやはりこの呪縛が忌々しい。
人らしくあろうと思えば思うほどに、心の内を言葉にしなくては誰にも伝えられない事がもどかしく感じるのだ。
妖の自分を捨てて人として生きるために、妖の力で討たねばならない相手がいる。
空を見上げながらムラサキはふと、小さな疑問を漏らした。
「なんで、僕の感情なんか縛ったんだろう」
ムラサキが全てを失ってオオムラサキとなったあの日、つまり第九神霊災害にて彼は恐らく神降ろしの依り代となった。
それは車の中でアゲハが語ったことだ。
そこで人の身から妖へと転身し、記憶を失い、ハナカマキリと出会った。
「ハナカマキリさんと出会った……? 僕の記憶はそこから始まっている。って事は……」
視界に、歪んだ笑みを浮かべるあの黄色の妖蝶が浮かぶ。
アゲハがムラサキに呪縛を掛けたのは、彼がハナカマキリに拾われるよりも前。
ならば、もしかしたらアゲハはあの神霊災害の全貌を知っているのではないか。
いや、そうでないとしても、それを追うことがアゲハに、果てはこの呪縛からの解放にと繋がるかもしれない。
「そっか。僕は知らなすぎるんだ」
こんな風に一人でゆっくりと物事を考えるのも久々だったかもしれない。
毎日何かをしなくちゃいけないような感覚に追われて、その衝動のままに気付けば一日が終わっている。
そんな日々では考えを纏める時間など取れないのも道理か。
そういう意味では、貴重な休日を寝坊するのも悪くはなかったかもしれない。
今日は翔人の所へ行こう。
ムラサキが知る中で、彼以上に霊災と神霊災害に詳しい人物は居ない。
手荷物を纏めて、朝食を食べて、それから……。
「いや、もうちょっとだけ寝ていこうかな……」
静かな休日の朝。
紫蝶の目覚めはもう少し遅そうだ。
◆
ハナカマキリが廃工場の床を蹴り、後方へと飛び退く。
直前まで彼女が立っていた場所に、白骨化した蛇の姿を模した無数の白い鎖が轟音と共に突き刺さる。
しかし全てではない。
幾本もの蛇が狙いを変えてハナカマキリを追う。
彼女は顔色一つ変えずに大鎌を振るい、迫る蛇を捌く。
「こいつ」
蛇は地面から伸びている。
相手がヤマタノオロチならばスサノオの力で叩き伏せる事も容易いのだろうが、残念ながらこの多頭蛇は別の物らしい。
迫る蛇を打ち払う事はできているのに、その度に軋むような痛みが腕に響く。
地面から引き抜かれた蛇は再び狙いを定め、ハナカマキリへと殺到する。
「鎌獄」
深く腰を落とし、手にした鎌を一閃する。
それがトリガーとなるかのように、ハナカマキリの前方には斬線の嵐が巻き起こった。
超高密度の斬撃は、コンクリートの床と壁をすら抉り、無数の傷痕を残して行く。
蛇の群れはその空間に頭から突っ込んだ。
「--っ!?」
だが勢いはまるで衰えない。
いや、それどころか群れは斬撃空間など意にも介していないかのようだ。
蛇へと触れた斬撃はガラスが割れるような音と共に力を失い、以降その場に生まれる事もない。
効いていない。
視認と同時にそう判断し、ハナカマキリは再度後方へと逃げる。
「それなら」
被弾コースの蛇のみを叩き落とし、彼女はその手に意識を向けた。
花弁が舞い、手にした鎌はそれを纏い、見る間に巨大化して行く。
出し惜しみをするタイプではないが、アゲハ以外に切り札をこうもあっさり使わされるのは癪に障る。
苛立ちを覚えながら、手にした大鎌を頭上に持ち上げるように構えた。
その眼前には骨蛇の群れが迫る。
「大白鎌・荒之皇!」
空間を袈裟懸けに斬るように、斜めの軌道で鎌を振り下ろした。
建物の中とは思えない突風が床の埃を舞い上げ、勢い良く迫っていた骨蛇の群はピタリと動きを止めている。
ハナカマキリも残心よろしく振り抜いた姿勢で動きを止め、睨み付けるような菫色の眼光はただ前だけを見ている。
風切り音と、その後には耳鳴りのような甲高い音がその空間に鳴り渡った。
そうして訪れるのは静寂。
だがそれもほんの刹那の事。
まず最初に、枝が折れるような音が聞こえた。
次に何かが割れる音。
そこから先はもう聞き取れない。
暴力的な轟音と突風が嵐のように巻き起こり、ハナカマキリの眼前の空間が、骨蛇ごと潰される。
鎌獄が全く効かなかった骨蛇は、見る間に細切れとなり、しかしそれはフィルムを巻き戻すように再び形を取り戻す。
そして再び、今度は先程よりも深くまで、そしてより細かに刻まれる。
ーーこれが、スサノオ。
時間の流れを引き千切るようにぐちゃぐちゃにしながら、空間を刻み潰す。
対象は再生を無理矢理繰り返されながら、その度に致命的な裂傷を重ねられる。
技術などはなく、美しさなどもなく、ただ潰し、ただ殺すためだけの暴威。
「何だったのかしら」
大鎌は花弁となって散り消え、刻まれて動かなくなった骨蛇の群を眺めるようにハナカマキリは呟いた。
そして、彼女は気付いている。
この蛇達の本体には逃げられた事に。
「ふふ、ふふふふ……」
無機質でありながら怪訝な表情から一転。
ハナカマキリは楽しそうに笑い声を漏らす。
神の力以外を無効化する謎の妖。
ムラサキが出来上がるまでの遊び相手として、アゲハ以外に楽しめそうな相手が現れたのだ。
これが笑わずにいられるものか。
菫色の美しい瞳には狂気と狂喜が入り交じり、口元はまるでアゲハのように歪んでいる。
漏らすような笑い声は絶えず、ふらふらとした足取りのまま、彼女は景色溶けるように姿を消した。
キイロアゲハとの戦いで焼いた左腕には既に痛みはなく、火傷も痕すら残さず綺麗に治りきっていた。
まだあれから7日しか経っていないというのに。
一週間前の日曜日とは違い、日が高く上がった頃になってから気だるそうに白髪の青年は目を覚ました。
ゆっくりと瞼を持ち上げた先にあったのは無機質な朝焼け色の瞳。
遠い夏空を眺め、彼はもう眠くもないのにベッドから動かない。
「花火大会……来週かぁ……」
後輩の華火が誘ってくれた彩篠宮川花火大会はもう目前に迫っている。
幸か不幸か、ムラサキの羽は治る気配がない。
妖として致命的なダメージだったという事なのだろう。
まあ、本来なら落命してた事を思えば決して悲観する内容でもない。
人として生きればいいだけなのだから。
「……キイロアゲハ……」
しかし、それにはやはりこの呪縛が忌々しい。
人らしくあろうと思えば思うほどに、心の内を言葉にしなくては誰にも伝えられない事がもどかしく感じるのだ。
妖の自分を捨てて人として生きるために、妖の力で討たねばならない相手がいる。
空を見上げながらムラサキはふと、小さな疑問を漏らした。
「なんで、僕の感情なんか縛ったんだろう」
ムラサキが全てを失ってオオムラサキとなったあの日、つまり第九神霊災害にて彼は恐らく神降ろしの依り代となった。
それは車の中でアゲハが語ったことだ。
そこで人の身から妖へと転身し、記憶を失い、ハナカマキリと出会った。
「ハナカマキリさんと出会った……? 僕の記憶はそこから始まっている。って事は……」
視界に、歪んだ笑みを浮かべるあの黄色の妖蝶が浮かぶ。
アゲハがムラサキに呪縛を掛けたのは、彼がハナカマキリに拾われるよりも前。
ならば、もしかしたらアゲハはあの神霊災害の全貌を知っているのではないか。
いや、そうでないとしても、それを追うことがアゲハに、果てはこの呪縛からの解放にと繋がるかもしれない。
「そっか。僕は知らなすぎるんだ」
こんな風に一人でゆっくりと物事を考えるのも久々だったかもしれない。
毎日何かをしなくちゃいけないような感覚に追われて、その衝動のままに気付けば一日が終わっている。
そんな日々では考えを纏める時間など取れないのも道理か。
そういう意味では、貴重な休日を寝坊するのも悪くはなかったかもしれない。
今日は翔人の所へ行こう。
ムラサキが知る中で、彼以上に霊災と神霊災害に詳しい人物は居ない。
手荷物を纏めて、朝食を食べて、それから……。
「いや、もうちょっとだけ寝ていこうかな……」
静かな休日の朝。
紫蝶の目覚めはもう少し遅そうだ。
◆
ハナカマキリが廃工場の床を蹴り、後方へと飛び退く。
直前まで彼女が立っていた場所に、白骨化した蛇の姿を模した無数の白い鎖が轟音と共に突き刺さる。
しかし全てではない。
幾本もの蛇が狙いを変えてハナカマキリを追う。
彼女は顔色一つ変えずに大鎌を振るい、迫る蛇を捌く。
「こいつ」
蛇は地面から伸びている。
相手がヤマタノオロチならばスサノオの力で叩き伏せる事も容易いのだろうが、残念ながらこの多頭蛇は別の物らしい。
迫る蛇を打ち払う事はできているのに、その度に軋むような痛みが腕に響く。
地面から引き抜かれた蛇は再び狙いを定め、ハナカマキリへと殺到する。
「鎌獄」
深く腰を落とし、手にした鎌を一閃する。
それがトリガーとなるかのように、ハナカマキリの前方には斬線の嵐が巻き起こった。
超高密度の斬撃は、コンクリートの床と壁をすら抉り、無数の傷痕を残して行く。
蛇の群れはその空間に頭から突っ込んだ。
「--っ!?」
だが勢いはまるで衰えない。
いや、それどころか群れは斬撃空間など意にも介していないかのようだ。
蛇へと触れた斬撃はガラスが割れるような音と共に力を失い、以降その場に生まれる事もない。
効いていない。
視認と同時にそう判断し、ハナカマキリは再度後方へと逃げる。
「それなら」
被弾コースの蛇のみを叩き落とし、彼女はその手に意識を向けた。
花弁が舞い、手にした鎌はそれを纏い、見る間に巨大化して行く。
出し惜しみをするタイプではないが、アゲハ以外に切り札をこうもあっさり使わされるのは癪に障る。
苛立ちを覚えながら、手にした大鎌を頭上に持ち上げるように構えた。
その眼前には骨蛇の群れが迫る。
「大白鎌・荒之皇!」
空間を袈裟懸けに斬るように、斜めの軌道で鎌を振り下ろした。
建物の中とは思えない突風が床の埃を舞い上げ、勢い良く迫っていた骨蛇の群はピタリと動きを止めている。
ハナカマキリも残心よろしく振り抜いた姿勢で動きを止め、睨み付けるような菫色の眼光はただ前だけを見ている。
風切り音と、その後には耳鳴りのような甲高い音がその空間に鳴り渡った。
そうして訪れるのは静寂。
だがそれもほんの刹那の事。
まず最初に、枝が折れるような音が聞こえた。
次に何かが割れる音。
そこから先はもう聞き取れない。
暴力的な轟音と突風が嵐のように巻き起こり、ハナカマキリの眼前の空間が、骨蛇ごと潰される。
鎌獄が全く効かなかった骨蛇は、見る間に細切れとなり、しかしそれはフィルムを巻き戻すように再び形を取り戻す。
そして再び、今度は先程よりも深くまで、そしてより細かに刻まれる。
ーーこれが、スサノオ。
時間の流れを引き千切るようにぐちゃぐちゃにしながら、空間を刻み潰す。
対象は再生を無理矢理繰り返されながら、その度に致命的な裂傷を重ねられる。
技術などはなく、美しさなどもなく、ただ潰し、ただ殺すためだけの暴威。
「何だったのかしら」
大鎌は花弁となって散り消え、刻まれて動かなくなった骨蛇の群を眺めるようにハナカマキリは呟いた。
そして、彼女は気付いている。
この蛇達の本体には逃げられた事に。
「ふふ、ふふふふ……」
無機質でありながら怪訝な表情から一転。
ハナカマキリは楽しそうに笑い声を漏らす。
神の力以外を無効化する謎の妖。
ムラサキが出来上がるまでの遊び相手として、アゲハ以外に楽しめそうな相手が現れたのだ。
これが笑わずにいられるものか。
菫色の美しい瞳には狂気と狂喜が入り交じり、口元はまるでアゲハのように歪んでいる。
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