77 / 123
第八幕 奸計の古城
永遠のライバル
しおりを挟む
「……ソウタ、ソウタ……」
誰かが呼んでる。
誰だよ。眠いんだよ。寝かしといてくれよ。
「……ソウタ! ソウタ!」
何だよ、もう。手足が痺れてんだよ。放っといてくれよ。
あれ? 手足が痺れてる? 何で?
「……ソウタ、起きてよ! お願い! 起きて」
あ、ニコ……ニコか。起きる、起きるよ。
「ああ、良かった……起きてくれた」
ニコが大きな目をうるうるさせながら俺の顔をのぞき込んでいる。
身体を起こそうとするがうまく力が入らない。彼女に手伝ってもらい上半身だけ起こして周りを見渡す。
すぐ横にナラさんがべったり腹ばいになって、こちらも頭だけもたげている。
「おお、起きたか。気分はどうや」
「気分は別に悪くないんですけど、身体が痺れちゃってます」
「お前もか。ワシもや。ふはははは」
その笑いにも力がない。
その時、白い光の中で仁王立ちになったニコのシルエットを思い出した。
そうだ、俺たちはあの蛇女と戦ってて……ニコが雷歌を歌って……いつもとちょっと歌詞が違うなと思ったら、ものすごい閃光に包まれて……記憶はそこで途切れてる。
「ワシら3人とも雷属性に耐性あったから良かったけど、普通やったら死んどるわ」
「え? いったい何が起こったんですか?」
「それはそこのお嬢ちゃんに訊いてみ」
「はあ……ニコ、何があったんだ……っていうかニコは大丈夫なのか?」
「うん……私は大丈夫みたい。ごめんなさい……あんまり腹が立って、頭に血が上っちゃって、雷歌の歌詞を間違えちゃったの。そしたらものすごい大きな雷が落ちたみたいで」
「あーあ、何にも無くなってもうたわ。ものすごい威力や」
岩棚の端っこまで這って行って下をのぞき込んだナラさんが呆れたような声を出す。俺も真似して下をのぞき込んだら、
「あーあ」
思わず同じ声が出た。
蛇女はいない。黙呪兵もいない。というか沖合で俺たちを取り囲んでいた艦隊もいない。氷の壁も無くなり海面は元の高さに戻っている。
しかし。
砂浜がない。東西の岩場もない。何もない。そこにあるのは切り立った崖と海だけだ。
要するに、蛇女がいた辺りを中心にあらゆる物体が消失し、そこが大きくえぐれて、入り江の内側が全て海になってしまったのだろう。
海水は電気を良く通す。周囲にいた艦隊も凄まじい高圧電流に曝されたんだろう。海面にはたくさんの木くずや何かの残骸が浮かんでいるが、その多くが黒く焦げている。とんでもない大爆発が起こった後のようだ。
「ワシも途中で意識飛んでしもたけど、あんな雷歌、初めて見たわ。キョウの雷歌よりもずっと強烈や。普通の人間がおる場所では絶対に歌ったらアカンで。死人続出や」
「はい……ごめんなさい」
「いやいや、別に謝らんでええけどな」
ナラさんは、はあ、とため息をついて続けた。
「しやけど、これ、どないする? 小屋どころか浜辺全体が消えてもうた。辛うじてここと、下の2段目は残っとるけど、こんだけのスペースで生活して行けるんかな」
とりあえず保存食はこの奥の倉庫に多少ある。すぐに飢え死ぬことはないけど、さすがにこれだけのスペースでずっと生活するのは辛い。これは真剣にここから逃げ出す方法を考えなければならない。
その時、ニコが大きな声を出した。
「あ! そうだ、忘れてた!」
何だ? 何を忘れてたんだ?
「これ、これ。これを見つけて、ソウタを慌てて起こしたの」
彼女が指差した物を見て俺は思わず声を上げた。
「ツタじゃないか!」
ツタが上の方からぶら下がっている。ただのツタじゃない。俺とニコにはよく見慣れた中央森林産の巨蔦だ。こんなものがここに普通に生えてるわけがない。
「ちょっと合図を送ってみようか」
ツタの端を持ってクイクイと引っ張ってみる。すると、上の方からもクイクイと引っ張り返してきた。念のためもう一度、クイクイクイと引っ張る。今度はクイクイクイと返ってくる。
間違いない。これは誰かが上から垂らしてくれたツタだ。誰か? こんなツタを操れる人間は他にはいない。
「ハルさんが来てくれたんだ!」
とりあえず俺が上がってみることになった。
上に行ってハルさんに状況を伝え、安全策のためツタをもう何本か垂らしてもらう。俺はもう一度下り、ニコやナラさん、そして荷物の搬出を終わらせて、最後に上がる。そういう段取りだ。
身体にしっかりツタをくくり付け、クイクイと合図を送る。ずっしりと重いことで誰かが上がって来ると理解してもらえたようだ。ツタはゆっくりゆっくり引っ張り上げられる。
すぐ横を滝の飛沫が落ち、岩は濡れている。自力で登ることは絶対に不可能だ。しかしツタにぶら下がった状態だとラクチンだ。しかも上まで何時間もかかるかと思っていたら、この垂直の壁はそれほど高さはなかったようで、1時間ちょっとで壁の上にあるテラス状の岩棚に到着した。
「ソウタ……あんた、陽に焼けてたくましくなったわね」
「ハルさんも、筋肉ムキムキになったじゃないですか」
「もうロッククライミングには飽きたけどね」
ハルさんは俺をしっかり抱きしめて涙声だ。
そしてハルさんの後には小柄な美少女が、どういう顔をしたらいいか分からず、結局怒った顔になって突っ立っていた。
「アミ……一緒に来てくれたんだな。ありがとう。ちゃんと旅に出られたんだな」
「べ、別にアンタのために来たんじゃないわよ。ニコが気になるから来たのよ。ニコは? あの子は大丈夫なの?」
「ああ、ニコも元気だよ。下で待ってる」
「あ、そう。そんならいいわ」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。何だ? 照れてるのか? 可愛いじゃないか。
「アミちゃん、あなた素直じゃないわねえ。あんなにソウタのこと心配して会いたがってたのに」
ハルさんが突っ込むとアミは大慌てだ。
「そそそそ、そんなことないです。ややこしいこと言わないで下さい!」
そういえばニコが、アミは意外に俺のことを気に入ってるかもしれない、みたいなことを言ってたな……いや、確かにややこしいから、そんなことは考えないでおこう。
「ああ、そうそう。そう言えばさっきのあのキノコ雲は何だったの?」
「キノコ雲?」
「そうよ。真っ白い光の柱みたいなのが見えたかと思うと、ものすごい音と振動がして、崖の下から煙が立ち上がって、キノコみたいな形になって空に上がっていったわ。何かとんでもない歌術を使ったんじゃないの?」
「ああ、それはニコが雷歌を使ったんです。ちょっと歌詞を間違えたら、とんでもない威力になっちゃったみたいで、俺もナラさんもひっくり返ってたんです」
「ええ? あれって稲妻だったの。とんでもないわねえ……ってか、ナラさんって誰?」
ああ、そうか、ナラさんのことを話しておかないといけないな。
滝から落ちる途中でヌエに拾われ、この下の浜辺に連れて来られてから3ヶ月余りのことをごく簡単に話した。
「そういえばハルさんはどうしてこの場所が分かったんですか?」
「それがね、あなた達がイズの大滝から落ちた後、アタシが必死で崖下に降りようとしてたら、アタシのところにもそのヌエが飛んできて、あなたたちは大海峡の対岸にいる、って教えてくれたのよ」
ああ、あいつ、そんなことまでしてくれてたんだ。
「それでアタシたち、はるばる大陸の中央部まで回り込んで大海峡のこっち側に渡って来たんだけど、今度はあなたたちの正確な位置が分からなくって途方に暮れてたら、またヌエが来てここだって教えてくれた上に、あなたたちに危険が迫ってるから早くしろ、って言ってくれたの」
ああやっぱり、明らかに俺たちを助けようとして動いてくれてるみたいだ。
「あいつ、黙呪王の眷属なのに何で私たちを助けるのかしら? 裏があるのかしら」
「実はあのヌエって、先代の歌い手と一緒に旅をしたメンバーの一人で、先代と交わした約束を果たそうとして、わざと敵側についたらしいんです。ナラさんが言ってました」
「ああ、なるほど……やっぱり何か秘密があるのね。どっちにしてもそのナラさんにも上がってきてもらって、いろいろ話を聞かせてもらわないといけないわね」
「そうですね。ぜひ一緒に旅をしてもらうべき方です。とりあえず僕は1回下に降りて、引き上げの段取りについて話をしてきます」
「そうね。もう夕方になってくるから急ぎましょう」
しばらくして俺はニコとナラさんの所に戻った。
「おお、どないやった?」
「やはり一緒に旅をしていた仲間でした。ヌエに場所を教えてもらって、はるばる僕たちを引き上げに来てくれたようです。ナラさんも行きましょう」
「いや、ワシなあ、ちょっと気になるねんけどな。このツタ、中央森林の巨蔦やろ? お前の仲間のオッサンいうのはひょっとして耳尖ってへんか?」
ああ……やっぱりその話になったか。
ナラさんは、エルフとはずっと戦い続けて来た永遠のライバル、犬猿の関係だって言ってたよな。でもウソついたってバレバレだしな。正直に言うしかないだろう。
「ハーフエルフでもエルフはエルフや。そんな奴に助けてもらった上に一緒にメシ食うとか一緒に旅するとか、無理無理。お前ら二人だけで行け。ワシは元々ここにおったんや、ここに骨を埋めるわ」
「骨を埋めるって言うほどの地面がもう無いじゃないですか。浜辺も小屋も無くなってしまって、もうここで生活はできないでしょ。一緒に行きましょう。いや、一緒に来て下さい」
それでもナラさんは頑強に拒否し続けた。もう夕方になってしまう。仕方ない、ニコを先に上がらせよう。ニコはハルさんやアミに会いたがって、すぐに上がって行った。
上でニコがこの状況を伝えたからだろう。何と入れ替わりでハルさんが降りてきた。
しかし、ハルさんとナラさん、2人はいきなり睨み合ったまま何も言わない。めっちゃ気まずい。お、俺、どうしたらいいんだ。
俺はハルさんがギタ郎を背負ってることに気がついた。
「ナラさん、あのハルさんの背中の楽器、ダブさんが作った6本弦の楽器ですよ」
「おお、そうみたいやな」
それだけかよ。
「ハルさん、この鹿さんが俺たちをずっと助けてくれたんです」
「分かってるけど、いきなりこんなに睨まれたら、お礼も挨拶も言えないじゃないの」
って、2人とも大人げないなあ。
困った俺はべー太を出して来て1人で弾き始めた。
『ぶん、ぶん、ぶーん、ぶん♪』
弾いてるのは『女神の旋律』のベースラインだ。
この曲には何か力がある。いろいろなものを呼び寄せたり、攻撃意思をなくさせたり、気持ちを一つにしたり……
ほら、ハルさんが俺を見てる。『仕方ないな』っていう顔でギタ郎を構えた。そしてぼろん、ぼろんとコードを弾き始めた。
下手くそだけど歌う。ナラさんの顔を見ながら歌う。
するとそっぽを向いたままナラさんが後ろ足でドン、ドンとリズムを刻み始めた。しばらくすると観念した顔でタイコを持って来て叩き始めた。
とうとう揃った。ベースと、ギターと、ドラムだ。これがバンドの基本骨格だ。
そしてこれはべー太、ギタ郎、ナラさんが叩く太鼓……先代の旅の中で一緒に鳴っていた、その3つの楽器の再会のシーンでもあった。
女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど
光になって 風になって 夢中で歌う 俺の女神に ♪
演奏が終わった時、ナラさんが大きな声を出した。
「ああ、もう、負けや! ソウタ、お前はキョウとはまた違う力を持っとる。アカン、お前には勝てん。 クッソ、行くわ、もう! 一緒に行ったるわ!」
良かったあ。
これもまた、この曲の持つ不思議な力だったのだろうか。
ハルさん、ナラさん、そして諸々の荷物を吊り上げ、最後に俺が上がった時にはもう日が暮れていた。
誰かが呼んでる。
誰だよ。眠いんだよ。寝かしといてくれよ。
「……ソウタ! ソウタ!」
何だよ、もう。手足が痺れてんだよ。放っといてくれよ。
あれ? 手足が痺れてる? 何で?
「……ソウタ、起きてよ! お願い! 起きて」
あ、ニコ……ニコか。起きる、起きるよ。
「ああ、良かった……起きてくれた」
ニコが大きな目をうるうるさせながら俺の顔をのぞき込んでいる。
身体を起こそうとするがうまく力が入らない。彼女に手伝ってもらい上半身だけ起こして周りを見渡す。
すぐ横にナラさんがべったり腹ばいになって、こちらも頭だけもたげている。
「おお、起きたか。気分はどうや」
「気分は別に悪くないんですけど、身体が痺れちゃってます」
「お前もか。ワシもや。ふはははは」
その笑いにも力がない。
その時、白い光の中で仁王立ちになったニコのシルエットを思い出した。
そうだ、俺たちはあの蛇女と戦ってて……ニコが雷歌を歌って……いつもとちょっと歌詞が違うなと思ったら、ものすごい閃光に包まれて……記憶はそこで途切れてる。
「ワシら3人とも雷属性に耐性あったから良かったけど、普通やったら死んどるわ」
「え? いったい何が起こったんですか?」
「それはそこのお嬢ちゃんに訊いてみ」
「はあ……ニコ、何があったんだ……っていうかニコは大丈夫なのか?」
「うん……私は大丈夫みたい。ごめんなさい……あんまり腹が立って、頭に血が上っちゃって、雷歌の歌詞を間違えちゃったの。そしたらものすごい大きな雷が落ちたみたいで」
「あーあ、何にも無くなってもうたわ。ものすごい威力や」
岩棚の端っこまで這って行って下をのぞき込んだナラさんが呆れたような声を出す。俺も真似して下をのぞき込んだら、
「あーあ」
思わず同じ声が出た。
蛇女はいない。黙呪兵もいない。というか沖合で俺たちを取り囲んでいた艦隊もいない。氷の壁も無くなり海面は元の高さに戻っている。
しかし。
砂浜がない。東西の岩場もない。何もない。そこにあるのは切り立った崖と海だけだ。
要するに、蛇女がいた辺りを中心にあらゆる物体が消失し、そこが大きくえぐれて、入り江の内側が全て海になってしまったのだろう。
海水は電気を良く通す。周囲にいた艦隊も凄まじい高圧電流に曝されたんだろう。海面にはたくさんの木くずや何かの残骸が浮かんでいるが、その多くが黒く焦げている。とんでもない大爆発が起こった後のようだ。
「ワシも途中で意識飛んでしもたけど、あんな雷歌、初めて見たわ。キョウの雷歌よりもずっと強烈や。普通の人間がおる場所では絶対に歌ったらアカンで。死人続出や」
「はい……ごめんなさい」
「いやいや、別に謝らんでええけどな」
ナラさんは、はあ、とため息をついて続けた。
「しやけど、これ、どないする? 小屋どころか浜辺全体が消えてもうた。辛うじてここと、下の2段目は残っとるけど、こんだけのスペースで生活して行けるんかな」
とりあえず保存食はこの奥の倉庫に多少ある。すぐに飢え死ぬことはないけど、さすがにこれだけのスペースでずっと生活するのは辛い。これは真剣にここから逃げ出す方法を考えなければならない。
その時、ニコが大きな声を出した。
「あ! そうだ、忘れてた!」
何だ? 何を忘れてたんだ?
「これ、これ。これを見つけて、ソウタを慌てて起こしたの」
彼女が指差した物を見て俺は思わず声を上げた。
「ツタじゃないか!」
ツタが上の方からぶら下がっている。ただのツタじゃない。俺とニコにはよく見慣れた中央森林産の巨蔦だ。こんなものがここに普通に生えてるわけがない。
「ちょっと合図を送ってみようか」
ツタの端を持ってクイクイと引っ張ってみる。すると、上の方からもクイクイと引っ張り返してきた。念のためもう一度、クイクイクイと引っ張る。今度はクイクイクイと返ってくる。
間違いない。これは誰かが上から垂らしてくれたツタだ。誰か? こんなツタを操れる人間は他にはいない。
「ハルさんが来てくれたんだ!」
とりあえず俺が上がってみることになった。
上に行ってハルさんに状況を伝え、安全策のためツタをもう何本か垂らしてもらう。俺はもう一度下り、ニコやナラさん、そして荷物の搬出を終わらせて、最後に上がる。そういう段取りだ。
身体にしっかりツタをくくり付け、クイクイと合図を送る。ずっしりと重いことで誰かが上がって来ると理解してもらえたようだ。ツタはゆっくりゆっくり引っ張り上げられる。
すぐ横を滝の飛沫が落ち、岩は濡れている。自力で登ることは絶対に不可能だ。しかしツタにぶら下がった状態だとラクチンだ。しかも上まで何時間もかかるかと思っていたら、この垂直の壁はそれほど高さはなかったようで、1時間ちょっとで壁の上にあるテラス状の岩棚に到着した。
「ソウタ……あんた、陽に焼けてたくましくなったわね」
「ハルさんも、筋肉ムキムキになったじゃないですか」
「もうロッククライミングには飽きたけどね」
ハルさんは俺をしっかり抱きしめて涙声だ。
そしてハルさんの後には小柄な美少女が、どういう顔をしたらいいか分からず、結局怒った顔になって突っ立っていた。
「アミ……一緒に来てくれたんだな。ありがとう。ちゃんと旅に出られたんだな」
「べ、別にアンタのために来たんじゃないわよ。ニコが気になるから来たのよ。ニコは? あの子は大丈夫なの?」
「ああ、ニコも元気だよ。下で待ってる」
「あ、そう。そんならいいわ」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。何だ? 照れてるのか? 可愛いじゃないか。
「アミちゃん、あなた素直じゃないわねえ。あんなにソウタのこと心配して会いたがってたのに」
ハルさんが突っ込むとアミは大慌てだ。
「そそそそ、そんなことないです。ややこしいこと言わないで下さい!」
そういえばニコが、アミは意外に俺のことを気に入ってるかもしれない、みたいなことを言ってたな……いや、確かにややこしいから、そんなことは考えないでおこう。
「ああ、そうそう。そう言えばさっきのあのキノコ雲は何だったの?」
「キノコ雲?」
「そうよ。真っ白い光の柱みたいなのが見えたかと思うと、ものすごい音と振動がして、崖の下から煙が立ち上がって、キノコみたいな形になって空に上がっていったわ。何かとんでもない歌術を使ったんじゃないの?」
「ああ、それはニコが雷歌を使ったんです。ちょっと歌詞を間違えたら、とんでもない威力になっちゃったみたいで、俺もナラさんもひっくり返ってたんです」
「ええ? あれって稲妻だったの。とんでもないわねえ……ってか、ナラさんって誰?」
ああ、そうか、ナラさんのことを話しておかないといけないな。
滝から落ちる途中でヌエに拾われ、この下の浜辺に連れて来られてから3ヶ月余りのことをごく簡単に話した。
「そういえばハルさんはどうしてこの場所が分かったんですか?」
「それがね、あなた達がイズの大滝から落ちた後、アタシが必死で崖下に降りようとしてたら、アタシのところにもそのヌエが飛んできて、あなたたちは大海峡の対岸にいる、って教えてくれたのよ」
ああ、あいつ、そんなことまでしてくれてたんだ。
「それでアタシたち、はるばる大陸の中央部まで回り込んで大海峡のこっち側に渡って来たんだけど、今度はあなたたちの正確な位置が分からなくって途方に暮れてたら、またヌエが来てここだって教えてくれた上に、あなたたちに危険が迫ってるから早くしろ、って言ってくれたの」
ああやっぱり、明らかに俺たちを助けようとして動いてくれてるみたいだ。
「あいつ、黙呪王の眷属なのに何で私たちを助けるのかしら? 裏があるのかしら」
「実はあのヌエって、先代の歌い手と一緒に旅をしたメンバーの一人で、先代と交わした約束を果たそうとして、わざと敵側についたらしいんです。ナラさんが言ってました」
「ああ、なるほど……やっぱり何か秘密があるのね。どっちにしてもそのナラさんにも上がってきてもらって、いろいろ話を聞かせてもらわないといけないわね」
「そうですね。ぜひ一緒に旅をしてもらうべき方です。とりあえず僕は1回下に降りて、引き上げの段取りについて話をしてきます」
「そうね。もう夕方になってくるから急ぎましょう」
しばらくして俺はニコとナラさんの所に戻った。
「おお、どないやった?」
「やはり一緒に旅をしていた仲間でした。ヌエに場所を教えてもらって、はるばる僕たちを引き上げに来てくれたようです。ナラさんも行きましょう」
「いや、ワシなあ、ちょっと気になるねんけどな。このツタ、中央森林の巨蔦やろ? お前の仲間のオッサンいうのはひょっとして耳尖ってへんか?」
ああ……やっぱりその話になったか。
ナラさんは、エルフとはずっと戦い続けて来た永遠のライバル、犬猿の関係だって言ってたよな。でもウソついたってバレバレだしな。正直に言うしかないだろう。
「ハーフエルフでもエルフはエルフや。そんな奴に助けてもらった上に一緒にメシ食うとか一緒に旅するとか、無理無理。お前ら二人だけで行け。ワシは元々ここにおったんや、ここに骨を埋めるわ」
「骨を埋めるって言うほどの地面がもう無いじゃないですか。浜辺も小屋も無くなってしまって、もうここで生活はできないでしょ。一緒に行きましょう。いや、一緒に来て下さい」
それでもナラさんは頑強に拒否し続けた。もう夕方になってしまう。仕方ない、ニコを先に上がらせよう。ニコはハルさんやアミに会いたがって、すぐに上がって行った。
上でニコがこの状況を伝えたからだろう。何と入れ替わりでハルさんが降りてきた。
しかし、ハルさんとナラさん、2人はいきなり睨み合ったまま何も言わない。めっちゃ気まずい。お、俺、どうしたらいいんだ。
俺はハルさんがギタ郎を背負ってることに気がついた。
「ナラさん、あのハルさんの背中の楽器、ダブさんが作った6本弦の楽器ですよ」
「おお、そうみたいやな」
それだけかよ。
「ハルさん、この鹿さんが俺たちをずっと助けてくれたんです」
「分かってるけど、いきなりこんなに睨まれたら、お礼も挨拶も言えないじゃないの」
って、2人とも大人げないなあ。
困った俺はべー太を出して来て1人で弾き始めた。
『ぶん、ぶん、ぶーん、ぶん♪』
弾いてるのは『女神の旋律』のベースラインだ。
この曲には何か力がある。いろいろなものを呼び寄せたり、攻撃意思をなくさせたり、気持ちを一つにしたり……
ほら、ハルさんが俺を見てる。『仕方ないな』っていう顔でギタ郎を構えた。そしてぼろん、ぼろんとコードを弾き始めた。
下手くそだけど歌う。ナラさんの顔を見ながら歌う。
するとそっぽを向いたままナラさんが後ろ足でドン、ドンとリズムを刻み始めた。しばらくすると観念した顔でタイコを持って来て叩き始めた。
とうとう揃った。ベースと、ギターと、ドラムだ。これがバンドの基本骨格だ。
そしてこれはべー太、ギタ郎、ナラさんが叩く太鼓……先代の旅の中で一緒に鳴っていた、その3つの楽器の再会のシーンでもあった。
女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど
光になって 風になって 夢中で歌う 俺の女神に ♪
演奏が終わった時、ナラさんが大きな声を出した。
「ああ、もう、負けや! ソウタ、お前はキョウとはまた違う力を持っとる。アカン、お前には勝てん。 クッソ、行くわ、もう! 一緒に行ったるわ!」
良かったあ。
これもまた、この曲の持つ不思議な力だったのだろうか。
ハルさん、ナラさん、そして諸々の荷物を吊り上げ、最後に俺が上がった時にはもう日が暮れていた。
0
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる