音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

文字の大きさ
110 / 123
第十幕 革命前夜

支配者階級の子供

しおりを挟む
 その夜のこと。

 みな寝静まったテントを抜け出し、茂みに入って用を足そうとしていたら、背後に人の気配がした。

「なんだソウタ、お前もか」

「ああ、ジゴさん」

「連れション、いいか?」

「もちろん」

 ジゴさんと並んで水音を立てた。

「もうとっくに春なのに冷えるな」

「ですね。この辺りは標高が高いからでしょうか」

「だろうな」

 2人そろってぶるぶるしながらイチモツを収納する。



「そういえばソウタ」

「何ですか?」

「俺はいつ孫の顔を見られるんだ?」

 思わずずっこけた。

「ま、孫って……僕たちまだ結婚してないですよ」

「何だ、まだしてないのか。俺もナギも大賛成だぞ。早くしちまえ。っつか、結婚なんかしなくても孫はできるだろ」

「い、いいんですか?」

「いいよ全然。俺とナギだって、夫婦として役場に登録したのはニコが生まれてからだ」

「そ、そうなんですか……でもニコは結婚式をして欲しいみたいで、僕も何となく正式に結婚してないと先に進めなくって」

 というのはちょっとウソがある。本当は相変わらず鼻血が邪魔するからだ。

「ふうん、そうか……」

 ジゴさんはちょっと思案顔になった。

「何だか目が覚めちまったな。ソウタ、ちょっと話に付き合ってくれるか?」

「ええ、もちろん!」

 俺の方もいろいろ話をしたいことがあるんだ。いいタイミングだ。男2人で消えかかった焚き火をおこし直し、あぐらをかいて座った。



「以前聞いたが、ソウタのいた世界じゃ、人はみな長生きだそうだな」

「そうですね。平均寿命は80歳を越えてます」

「そうか……この世界はどのくらいか知ってるか?」

「いいえ」

「だいたい40代だ。60歳まで生きたらかなりの長生きだ」

「えっ? そんなに短命なんですか」

「そうだ。簡単な傷や病気なら癒歌で治るが、大ケガや重病になるとそうはいかない。しかも世の中の至る所でしょっちゅう争いや諍いが起る。20代や30代でも、運の悪いやつはどんどん死んでいく」

 なるほどな……俺の来た世界は平和だったからな。

「だから15歳になって、男も女も子供を作れる身体になったら、すぐに子作りに入る。ぼやぼやしてると子孫を残せないからな。俺とナギなんか、20歳過ぎて結婚したから、かなり晩婚の方だ」

「そうなんですか……」



 ジゴさんはふうっと一息ついて続けた。

「だから俺もナギも、そしてハルも、もう人生残りわずかだ。たぶんこれから起こる革命の中で死ぬことになるだろう。俺たちの命は惜しくない。しかし、お前たちは生き急ぐな。生き延びて、平和な世の中で子供を産み育てていくんだ」

「ジゴさんたちの命は惜しいですよ! ジゴさんこそ生き急がないで下さい」

「いや、俺たちは長生きすべきじゃないんだよ。早く死ぬべきなんだ。ちょっとでも世の中のためになって、早く死ぬべきなんだ」

「な、何でですか!?」

 思わず声が大きくなって、シーッと制された。

「あのな、ソウタ」

「何ですか?」

「これは、ニコにも言ってないことなんだ。言ったらいろいろ悩むだろうと思ってな。でもお前には言っとこうと思う」

「……はい」

 ジゴさんは声を落とし打ち明け話を始めた。



「俺の生まれた家は首都ジャコにある。しかも大臣たちの邸宅が並ぶお屋敷街だ」

「え? ということは……」

「そうだ。俺は実は『黙呪王の金庫番』と呼ばれてる財務大臣バグの三男坊だ」

 !!

 びっくりして大声が出そうになった。

 良い所の生まれだ……とは思ってたが、そこまでお偉いさんの家だったとは……

「どうだ? 俺に向かって唾を吐きたくなっただろ?」

「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか。父親が誰だろうと関係ないです。その人はその人です」

 俺は何だか自分にも言い聞かせるように言った。

「ありがとう。そう言ってくれると気が楽になるよ」

「っていうか僕、ジゴさんと普通にしゃべってていいんですか? 本当はひざまずかないといけないとか」

「んなわけないだろ。むしろ俺の方が世の中の人間に申し訳なくってひざまずきたいぐらいだ」

 自嘲っぽく笑う。



「三男坊といっても、間に姉貴が2人いるから、5人兄弟の末っ子だ。屋敷の中じゃ扱いは軽い。兄貴たちはお勉強、姉貴たちは習い事で忙しいが、俺は放置だ。退屈な毎日さ。だからたいてい出入りの商人の子供たちと遊んでたんだ。その中にな、耳が尖った子がいたんだ」

「あ、それがハルさんですね」

「その通り。有力な武器商人の子供なんだが、やたらひょろ長くて耳が尖ってるだろ。いじめられてたんだ。エルフだ、耳長族だってな」

 やっぱりな……可哀想に……

「俺も屋敷の中では邪魔者さ。だから妙に気が合ってな。いつも2人で遊ぶようになったんだ」

「ガチの幼なじみなんですね」

「そうさ。ハルの生い立ちを知ってるか?」

「あ……はい。聞かせてもらいました」

「その奏鳴剣のいわれも聞いたか?」

「はい……確かお母さんの形見だとか」

「そうなんだ。ある時、それを見せられて、あいつの母さんの話を聞いてな、それまでうすうす感じてたことがはっきりしたんだ。この世の中は間違ってるって。じゃなきゃ、あんなひどいことが起こるわけがない」

「エルフのことですか?」

「そうだ。エルフだけじゃない。ゴブリンだってそうだ。支配する側と支配される側がいる。そして支配する側は何だってやり放題だ。傷ついたエルフの女戦士を性奴隷にして子供を産ませるなんて朝飯前さ。吐き気がするだろう?」

「……」

 言葉が出ない。

「しかも支配する側ったって大した人間じゃない。たまたま支配する側に生まれたっていうだけだ。中身は同じ……いや、むしろ無能な奴が多かったな」

 ジゴさんは辛辣だ。

「支配する、される、その唯一の違いは、黙呪兵を持ってるかどうかだ。結局、それだけなんだ」

 やっぱり、そうなんだな。黙呪兵、それが全ての鍵を握ってるわけだ。



「だいたい、民衆にはあれだけ歌や音楽を禁じてるのに、大臣のお屋敷の中は歌も音楽もOKなんだ。ふざけてるだろう?」

「え? そうなんですか」

「そうさ。だから俺とハルはしょっちゅう屋敷の地下にこもって歌術や奏鳴剣の練習をしてたんだ。そして俺が15歳になった夜、一緒に家出して旅人になったんだ」

 15歳の夜って……バイク盗んで走り出したんじゃないだろうな。

「親たちも厄介払いができたと思ったんだろう。追われることもなかった。俺たちは歌術の腕だけを頼りに旅人として大陸北部を放浪した。金なんてないからな、ほとんど野宿だ。大臣の息子と武器商人の息子がだ。笑えるだろ」

「いや、笑えないです。カッコいいです。カッコ良過ぎです」

「そうか? そんなある時、酒場で奴隷商人たちが話してるのが耳に入ったんだ。何があったのか良家のお嬢様が家出した。それをうまく拉致ったんだが、すげえ上玉だ。どこの売春宿に売り飛ばそうか、それとも今からちょっと味見しようか……そんな話だった。俺とハルはそいつの後をつけ、潜伏場所を急襲してお嬢様を助け出した。それがナギだ」

「す、すごい。まるで映画かゲームですね」

「映画? ゲーム? 何だそりゃ? まあいいや。で、あいつ、何で家出したと思う?」

「さあ……でもお嬢様が家出するなんてよっぽどですよね」

「それがな、何でも豚みたいな大臣と政略結婚させられそうになって、家出したらしい」

「ああ、なるほど……って、大臣と結婚ってことは、ナギさんの実家もすごい家なんですね?」

「ああ。あいつの親父は親衛隊の副長官さ」

!!

 絶句した。

「ふふふ、財務大臣に武器商人に親衛隊幹部だ。悪の3大巨頭がそろってるだろ? その子供たちがレジスタンスなんだ。笑っちゃうだろ」

 どうにも言葉が出ない。

「だから俺たちは、親兄弟と刺し違えてこの世から消えるべき存在なんだよ。長生きなんてしてる場合じゃない。あいつらを倒して、世の中に貢献して、消えるべきなんだよ」

 いや、違う。消えて欲しくない。ずっと俺たちを見守っていて欲しい。しかしジゴさんの言葉にはそんな甘えを許さない重さがあった。



 そもそも支配者階級の子供に生まれるって、どんな気分なんだろう?

 きっとたいていの人間は喜んでその立場を受け入れ、甘い汁でお腹いっぱいになるんだろう。でも『これは何かおかしい』と気付く人もいるんだ。でもそうなると辛いよな。自分の存在そのものを疑うことになってしまう。

 ジゴさんたちも、悩みに悩んで、葛藤しまくって、それで家を出たんだ。そしてこの世の中を変えようと思ってレジスタンスになったんだ。

 いや、でも『消えるべき』『早く死ぬべき』存在なんて、ないと思う。支配者階級の子供だって、普通に生きて行っていいはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

処理中です...