音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第十幕 革命前夜

父の革命

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 俺はジゴさんに言った。

「ジゴさん、もし王国政府を倒すことができたとして……黙呪王はどうするんですか?」

「うん……」

 雄弁だった彼もそこで止まった。

「ジゴさんもあのノートに『今も生きているのかどうか定かでない』って書いてましたよね? 実はヌエさんも亡くなる前に『黙呪王なんか……』って言いかけてたんです。黙呪王って、本当にいると思いますか?」

「いや……」

 ジゴさんは絞り出すように言った。

「この500年、黙呪王は公の前に姿を見せてない。本人はもうとっくに死んでるのに、親衛隊や大臣たちが人々の恐怖を利用し、その名をかたって好き勝手してるだけ……俺はそう考えてる。しかし、王の間に入った歴代の歌い手は誰一人戻ってこない。これも事実だ」

「でもヌエさんは『キョウは生きてる』とも言ってました。人質になってるだけだと」

「何? 何でそんなこと分かるんだ?」

「それは大人の事情みたいですけど……キョウさんが生きてるからこそ、早く元の世界に戻すために、彼女は俺たちを黙呪城へ向かわせようとしてたみたいなんです」

「ふうん……そうなのか……」



 俺は心に秘めていたことを初めて口にした。

「ジゴさん、僕、ニコと黙呪城に行ってみようと思うんです」

「うっ……止めてくれ。ソウタ、それは止めてくれ。確かに黙呪王はもういないかもしれない。キョウさんも生きてるかもしれない。だけどあそこは何があるか分からない。お前も出てこれなくなるかもしれないんだぞ」

「ヌエさんは、僕とニコと光の歌術の3つがそろえば、黙呪王の世界を終わらせられるって断言しました。それに……」

 その先はのみ込んだ。

 ヌエさんは『キョウが誰か、会えば分かるさ』と言った。

 俺はキョウさんに会ってみたい。いや、会わなければならない。確かめるために。キョウさんが本当に俺の……



 ジゴさんはフッと優しい笑顔になった。

「ソウタ、話が逸れるが……実はな、俺は息子が欲しかったんだ。いや、別に娘がダメってことはないんだぞ。でも2人目は男の子が欲しくってな、ナギとずいぶんがんばったんだが、ダメだったんだ」

 がんばったって、何を?

「だからソウタが来てくれて、ニコと仲良くなってくれて、結婚したいなんて言ってくれて、本当に嬉しかったんだ。義理の息子とはいえ、息子は息子だからな」

「あ、ありがとうございます」

「ソウタ、恥ずかしいんだが、ちょっと『お父さん』って呼んでくれないか」

「あ、はい……お父さん」

「むふふふふ……こうやってな、夜更かしして、息子と2人でいろいろ語り合うのが夢だったんだ。ちょっとエッチな話をしたりしてな、ハハハ。そんなの息子じゃないとできないだろ?」

 ジゴさんは嬉しそうに笑った。

 ああ本当にこの人が父親だったら良かったのにな。強くて優しくて家族思いで……理想のお父さんだ。



「あのなソウタ。聞いてくれ」

 ジゴさんは改まった口調で言った。

「娘も、息子も、俺の大事な子供だ。絶対に幸せになってもらいたい。だからお前たちが『黙呪城に行かないと、幸せになれない』って言うんだったら、俺も、もう何も言わない。だけど生きろ。ヤバかったら逃げろ。絶対に死ぬな。俺に、もっと男同士の話をさせてくれ。孫の顔を見せてくれ」

「でも、それだったら」

 俺は言った。

「お父さんも死んじゃダメじゃないですか。ちゃんと生き延びて、僕たちの結婚式に立ち会って下さい。孫に名前を付けてあげて下さいよ」

「そうか……そうだな。息子に言われちゃしょうがないか」

 ジゴさんは一瞬、困った顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

「分った、ソウタ。ただな、これだけは聞いてくれ。俺は15歳の夜からずっと、腐った人間たちを掃除し、この世の中を変えるのが夢で、そのために生きてきた。最初は普通に歌い手の力を借りようと思っていたが、途中から変わった。異世界の力に頼らず、この世界のことはこの世界で何とかすべきだって考えるようになったんだ」

 そうか……それでハルさんと袂を分かったって言ってたもんな。

「ゴブリンの村で助けてもらった時、お前とニコのとんでもない歌の力は見せてもらった。だからこそ、腐った人間の掃除はお前たちの力を借りず、俺たちでやる。いや、やらせてくれ」

「ジゴさん……いや、お父さん……」

「そして俺たちの掃除が終わった後、お前たちで黙呪王を片付けて、新しい国を作ってくれ。それが俺のお願いだ。頼む」

 ジゴさんに「頼む」と言われてしまうと、もうそれ以上は何も言えない。

「……分かりました」



「ただな、偉そうなこと言った後でこんなことを言うのもなんだが……」

 ジゴさんは、少し離れたところに並んでいるゴブリンたちのテントを振り返りながら言った。

「どうも俺はゴブリンと相性が悪い。俺は彼らを同士だと思ってるが、向こうさんはそうではないようだ。だから申し訳ないが黙呪兵工場襲撃まではソウタも付き合ってくれないか」

「もちろんです!」

「その後は、いったん別行動だ」

「別行動?」

「そうだ。俺たちはそのまま首都に乗り込んで革命の準備に入る。お前たちはゴブリンを中央森林まで送り届けてやってくれ。帰り道を親衛隊に襲撃される可能性があるからな」

「ああ、なるほど……でもお父さん、革命って、本当にナギさんと2人だけでやるつもりですか?」

「いやいや、さすがにそれは無理だ。ちゃんといろいろ考えてある。聞くか?」

「はい、もちろん!」



「この革命は3段階からなる。まず、第1段階は大陸の南側から始まる。首都から遠い地方でいくつか同時に反乱を起こすんだ。地方で黙呪兵を大量に消費させ、首都近辺に黙呪兵が足りない状態を作る。そうだな、そろそろ先陣を切ってレミのレジスタンスが蜂起してるはずだ」

「え? レミって、あのレミですか?」

「そうだ。レミは1つしかないだろ」

 レミのレジスタンスって確かあの『スギナ会』だろ? あの堅苦しくって融通の利かないオッサン達が、そんな大胆な行動をとれるんだろうか。

「何でも歌い手様が古城をぶっ壊してしまって、連中、すごい落ち込んでたんだけど、今回の新しい任務で元気を取り戻した、めっちゃ燃えてるって、鳥急便(トッキュウビン)で返事があったよ」

「あ、あの、あれは……」

「分かってる、分かってる。ボス敵を倒す時に勢い余って、ってヤツだろ」

 も、申し訳ない。俺の流れ弾、というか、流れ歌術のせいで一刻城はぶっ壊れてしまったもんなあ。



「第2段階が、今から俺たちがやろうとしてる、黙呪兵工場の襲撃だ。囚われてるゴブリンたちを解放し、工場を破壊する。これで黙呪兵の供給は完全にストップする。第1段階で起こった黙呪兵不足と合わさって黙呪兵の在庫は枯渇する。親衛隊の戦力は大幅に下がる」

 うん、確かに親衛隊の戦力は下がるだろう。しかし……

「そして第3段階が議会堂、政府官邸や親衛隊本部の襲撃だ。王国政府をぶっ倒す。大陸北部のレジスタンスから精鋭が首都に集結する。ナジャからもボナ・キャンプからも同士が既にこちらに向かってきてる」

「あの、気になることがあるんですが、質問いいですか?」

「もちろんだ」

「確かに黙呪兵の数は大幅に減ると思うんですが、眷属のモンスターたちはどうするんですか?」

「うん……そこがちょっと不安なところだ」

 え、ええっ? 不安なの?

「ソウタとニコが何匹か倒してくれたし、ヌエは亡くなってしまった。ただ、ソウタが以前対決したっていうベロスとか、強力な眷属がまだ何匹かいる」

 ベロス……あの3つ頭のある巨大ライオンか。最初の頃は訳が分からなかったが、今になると、あんなのと戦ってよく死ななかったなと思う。たぶんヌエさんが乱入してくれなかったら危なかったんだろう。今、戦ったらどうだろうか? ううん、やっぱり一人では勝てる気がしない。

「しかしそいつらは地方の反乱鎮圧のために派遣されると踏んでる。だからこそ第1段階の反乱は遠く離れた大陸の南側で起こすんだ。眷属たちが慌ててこちらに戻ってきた頃には革命は終わってる」

「眷属が戻ってきた時点で戦闘になりませんか?」

「連中はだいたい、親衛隊に弱みを握られてるか、何か思惑があって眷属に参加してるらしい。親衛隊の上層部がいなくなれば戦う理由がなくなる。連中も無駄な戦いはしないだろう」

 そうか……でもそんなにうまく行くかなあ。本当に不安だ。



「あと、もう一つ気になることがあるんです」

「おお、何だ?」

「ゾラのことです」

「ああ……あいつか。何だか、どんどんマズい方に向かってるみたいだな」

「そうなんです」

 俺は、砂蠍楼で出会った時のことや、ヌエさんの残した言葉について話した。

「ヌエほどの実力者が殺されたんだとすると、その力は既に眷属を超えてるな。しかも自分が黙呪王に成り代わってこの世を支配しようとしてるんだとすると、いずれどこかで俺たちとぶつかることになる」

「そうなんです。しかもまだニコに執着してるようで、きっとまた僕たちの前に姿を現わすと思います」

「何か策はあるか?」

「それが、身体の黒くなった部分は剣もはね返しますし、普通の歌術は効きません。僕の震歌は効きそうでしたけど、向こうがジッとしててはくれないでしょうし……あ、そうだ」

 ノノが放った光の矢、あれが光の歌術だったのか……あれは見事に黒い腕を射貫いてた。

「光の歌術というのがヌエさんの村に伝わってて、ノノに教えてもらうことになってます。ニコがそれを使えば倒せるかもしれません」

「何でニコなんだ?」

「ヌエさんの一族か、光の女神しか、使えないみたいですね」

「ふうん、そうか」

 ジゴさんはニコが眠るテントを振り返った。

「正直、ニコが光の女神ってのはまだ半信半疑なんだが……ゾラについてはお前たちに任せないとしょうがなさそうだな」

「だから」

 俺はここぞと訴えた。

「僕たちも首都に行きます。あ、革命には手は出しません。残った眷属が襲ってきた場合や、ゾラが出てきた場合だけ戦います。それでいいでしょう?」

「う……ううん……」

 それでもゾラさんは考えてる。

「その件はとりあえず保留にさせてくれ。お前たちが来てくれるのはありがたいんだが、やっぱりそれは俺の中の何かが許さないんだ」

「そうですか……分かりました」

 ゾラさん、意外にガンコだな。ガンコ親父なんだな。



「それにしてもソウタ、お前は本当に頼りになる息子だな」

「えっ? そんなことないですよ」

「いやいや、お前が一番、物事を考えてる。しかも冷静だ。歌い手として召喚されたのは偶然じゃない。ソウタが適任だから呼ばれたんだ。これから大事な話はお前に相談させてもらうよ」

「あ、ありがとうございます……」

 その時、不意に、本当に不意に、涙腺が崩壊した。

「なんだなんだ、どうしたんだ?」

 何なんだろう。急に胸の中が暖かいものでいっぱいいっぱいになってしまったんだ。

「すいません……何だか嬉しくって……」

「何が嬉しいんだ?」

「たぶん……『お父さん』っていう存在に褒められたのが……」

「ああ、そうか。ソウタは元の世界でも父親がいなかったんだよな」

 困ったな。どうにも涙が止まらない。

「ふふふ、俺を本当の父親と思ってくれていいんだぞ。まあニコを大事にすることが前提だがな」

「あ、ありがとうございます……」

 そんなこと言われたら、もっと涙が止まらなくなるじゃないか。俺はジゴさんに肩を抱かれたまま、ひとしきり泣いてしまった。



「おやすみなさい、お父さん」

「おう、おやすみ、ソウタ。また明日な」

「はい、また明日」

 ようやっと落ち着いた俺はテントに戻った。

「お父さん……」

 暗がりの中でもう一度声に出して呟いてみる。何か顔がニヤける。

 俺にはお父さんがいるんだ。もう母子家庭だなんて言わせない。また涙腺が熱くなる。

 どこにいるのか分からないが、俺を捨てた実の父親に言ってやりたい。

「俺にはこんな立派なお父さんがいるんだぞ!」
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