音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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終幕 歌のあふれる世界へ

夜明けの奇襲

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 キナは今日もご機嫌だ。ナラさんの背中でまた『女神の旋律』を歌っている。

 ニコやアミが何度も教え込んだせいだろう。デタラメな歌詞もだいぶ人間語に近づいた。


 女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど

 光になって 風になって 夢中で歌う ♪


「何だか様になってきたじゃないの」

「っちゅうか、人間の言葉がだいぶ分かるようになってきたみたいやで」

 自分のことをネタにされてても気にしてない。ひょいと地面に下りると、今度はゴブリンたちの所に行く。

 俺たちからもらったドライフルーツを向こうに持って行くこともある。向こうでせしめた木の実を俺たちに持って来てくれることもある。

 それにキナが彼らに頼んでるのか、ひょっとして命令してるのか、彼らもキナと一緒になって『女神の旋律』を歌ってることがある。

 キナがそうやって行ったり来たりしてるうちにゴブリンと人間の距離は近づいた。前はきっちり30メートル開いてたのが、最近は5メートル……いやもう距離はない。ナラさんはもう連中と普通に雑談してるし、森の民の血が流れるハルさんも、徐々にゴブリン語会話を習得しつつある。



 俺たちは森から出て人家が散在する地域を進んでいる。なるべく人のいないルートを選んでいるが、何せ大人数なので人目につく。仕方なく、日中は雑木林などに身を潜め、主に夜間に行軍している。

「もうすぐね。ジゴの情報が正しければ、このまま夜通し歩いて、夜明け前には秘密工場に到着よ」

 月明かりの下、ハルさんの膝には懐かしい魔笛団謹製の地図と、工場の内部構造が記されたメモが拡げられている。

「ここの工場も地下施設だ。自然の洞窟を利用してるんだが、山の中腹に開いたこの穴がメインの出入り口になってる。俺たちはここから正面突破だ。大騒ぎしてできるだけ多くの親衛隊員をこちらに引き寄せる。ゴブたちはその隙にこの谷間の入り口から侵入してもらう。こっそり中のゴブリンを解放し、外に連れ出してやってくれ」

 ジゴさんの作戦はまずまず合理的なものだ。

『了解した。我らは谷間から突入し、できるだけ多くの同士を救出する。ただ、その後は正面に回り、お前たちの背中を守ろう。それぞれ危ない場面では助け合おう』

 今回初めてゴブリンの戦士長が作戦会議に参加してくれた。幸い彼は頭からの人間嫌いではないようで、素直に作戦を受け入れてくれた。

「ありがたい。よろしく頼む」

『ああ、こちらこそ』

 ジゴさんと戦士長が握手した。

 その時、何とも絶妙なタイミングで、キナが女神の旋律を歌い出した。

 胸が熱くなる。長年虐げられ、人間を恨んできたゴブリンと、それに罪悪感を持ち、悩んできた支配者階級の子供が握手した。それを橋渡ししたのが俺たち、そしてこの歌なんだ。

 気がつけばみんなが歌い出していた。俺たちは歌いながら立ち上がり、そして歌いながら歩いた。歌声は夜空にとけていった。



 月が西に傾き、東の空が白んでくる頃、俺たちは首都の南にある渓谷にたどり着いた。俺たちは二手に分かれ、人間たちは山の中腹に向かい、ゴブリンたちは谷間に下りて行った。

「また会おう!」

『おう! また会おうぞ』

 このまま日の出を待たずに突入する。夜明けの奇襲作戦だ。できるだけ無駄な殺生を避け、それでいて相手側に最大限のダメージを与えられる。



 行く手に大きな石扉が現れた。あれがメインの出入り口だな。

 手前に小さな小屋があって中で親衛隊員が居眠りしている。夜勤お疲れ様と声をかける代わりにハルさんが蔦歌を歌った。

 ツタで縛り上げられた門番は、よっぽど熟睡してたんだろう、そのまま眠りこけている。しかしたぶん夢見は良くないだろうな。

「さあ、派手に暴れようぜ」

「了解!」

 ジゴさんの合図で俺は震歌を歌った。

『どごおおおん! がらがらがら』

 石の扉は地響きを立てて砕け落ちた。

「ななな、何だ!」

「何だ、何だ! 何事だ?」

 中から親衛隊員が飛び出してくる。

 俺はゆっくり歩いて彼らの前に立った。そして頭に巻いた布を取って黒髪を曝した。

「みなさん、朝早くからお疲れ様です。僕は歌い手です。みなさんを懲らしめるために来ました。すいません」

 別に謝らなくっても良かったか。まあ癖みたいなもんだ。



「歌い手だあっ!」

「敵襲! 敵襲!」

 さすがに砂蠍楼の手前にいた雑魚の集まりとは違う。あっという間に10人以上の隊員が俺の周囲に展開した。

「あのう、なるべく死者は出したくないので、ちゃんと防御して下さいね」

 一応断った上で、こちらも歌い始める。大勢の敵を相手にする時は乱震刃に限る。ハイスピードラップにノって俺の両手は広角をスイープする。

「うがっ!」

「ぐわあ!」

 慌てて壁術を歌ったヤツもいたが、普通の人間が張った壁術なら、俺の震刃の方が強い。たちまち壁は砕け去り、その後は俺の震刃がもろにヒットする。気がつけばもう立ってるやつは誰もいなかった。え、これで終わり?



 と思ったら中からまたばらばらっと飛び出してきた。

「敵襲だ! 増援を!」

「増援! 増援!」

 そうそう、もっと呼んでくれ。こっちに人を集めてくれ。

 って言ってたらどんどん集まってきてすごい人数になった。しかもぐるっと取り囲まれてしまった。え? ちょっとマズくない? これ。

 目の前のヤツが炎刃を撃ってくる。震壁ではね返す。

 右手のヤツが凍歌を歌う。歌い終わらないうちに震刃で払う。

 左手のヤツが風刃を撃ってくる。震壁を張る、と思ったら後から水刃が飛んでくる。すんでの所で避ける。足元を震刃で払う。

 うわ、目の前のヤツが剣を構えた。左手のヤツがまた風刃だ。えい、もう一度みな震刃で払ってやろう、と思ったら、右手のヤツがボウガンでこっちを狙ってる……間に合わねえ!

「もう、見てられないわね!」

 赤毛の少女が大きな曲刀を振り回しながら飛び込んで来た。ボウガンを構えたヤツを切り払ってくれる。

 それと同時にツタがしゅるしゅると伸びてきて何人かを瞬時に縛り上げた。後の茂みからは強力な炎刃や風刃が飛んできて援護してくれる。

「ご、ごめん」

「謝ってる場合じゃないでしょ!」

「一人でやってみるって言うから任せたのに、頼りないわねえ」

「女神と違うて、歌い手は人間やっちゅうことやな」

 みんないろいろ言ってくれる。しかし親衛隊の方は一気にパニックに陥った。

「うわあ、仲間がいるぞ!」

「増援だ! 増援を頼むうっ!」

 陣形が崩れ、敵味方入り乱れての戦闘になった。しかしこちらは一人一人が強い。親衛隊員はどんどん倒れ、逃げ出す者も出てきた。

「よし! 工場の中に突入だ!」

 ジゴさんが剣を抜いて走り込む。俺たちもそれに続いた。



 中はニルの地下墓地で見たのと似たスチームパンクな空間だった。自然の鍾乳洞を利用したスペースに用途のよく分からない装置がずらーっと並んでる。

「ソウタ、頼んだぞ。全部ぶっ壊してくれ」

「分かりました!」

 俺は右手をかざし震歌を歌いまくった。

 ちょっと直して使えるようになるんじゃ意味がない。装置がバラバラになるまで念入りにぶっ壊した。

 時々出てくる親衛隊の残党をツタで縛り上げながら俺たちは奥へ奥へ進む。また大きな石の扉が出てきた。俺が震歌を歌うと、扉はガラガラと音を立てて崩れた。

 しかし、扉の先に拡がっていた光景に俺たちは凍りついた。
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