音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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終幕 歌のあふれる世界へ

もう止められない

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 そこは工場の中心部、まさにメスのゴブリンから卵を取り出すセクションだった。

 ついさっきまで作業が行われていていたのだろう。目の前の台の上には腹を裂かれ、卵を取り出されたゴブリンが、大量の血を流し息絶えていた。

「キナ、見たらアカン! 後ろ向いとけ」

 ナラさんの背中のゴブリン娘がふくれっ面で後を向いた。

 いきなりの残虐シーンに全員固まってる中、突然ニコが隣の台に駆け寄り、必死に癒歌を歌い始めた。こっちのゴブリンはまだ生きてるのか……いや、もう虫の息だ。

「ニコ、やめとけ。それはもう助からん。無理や」

「だって……」

 何度も癒歌を歌うその頬に涙が流れる。

「……せめて、苦しまんように寝かしたったらどうや」

 何度歌っても効果がないことを悟ったニコが泣きながら眠歌を歌うと、ゴブリンはそのまま静かに息を引き取った。

 部屋の隅を見ると、大きなカゴに遺体がいくつも投げ込んである。カゴから漏れ出た血が床に黒く溜まっている。

 一方、取り出された卵は白い器に山盛りになっている。これを今からオスメス選別するのだろう。そして生まれたメスはまた卵を取り出すためだけに殺されるんだ……背筋に冷たいものが走り抜ける。惨い。惨すぎる。



 その時、奥の扉がバタンと開き、谷間の入り口から進んできたゴブリン戦士たちがなだれ込んできた。

『!!』

 彼らも、この光景を見て固まった。

 誰一人声を立てる者はいない。場は静寂に支配された。

 やがて先頭に立っていた戦士長がゆっくり歩み寄り、亡くなったゴブリンの頭に手を当てた。

 彼はぶるぶる震えだした。震えはだんだん大きくなり、やがて膨れ上がる感情を抑えきれなくなった。

『やはり人間は敵だ! みな殺しにしないといけない!』

 戦士長が叫ぶと、

『殺せ!』

『人間を殺せ!』

『みな殺しだ!』

 他のゴブリンたちも口々に叫びだし、にわかに場は騒然となった。ま、まずい。せっかく村を出て以来、少しずつ打ち解けてきてたのに、全てぶち壊しだ。

 戦士長が剣を抜いた。そしてあろうことかいきなりニコに切りつけた。

『ガキン!』

 とっさに俺が放った震刃が剣を折った。

 間に合った……しかし弾け飛んだ刃がニコの頬をかすめた。

「ニコ!」

 彼女の頬に赤い線が走り、そこからつつつ……と血が流れた。

「ニコに何すんのよっ!」

「この野郎っ!」

 アミとジゴさんが台を飛び越え、ニコと戦士長の間に入り、逆に剣を突きつけた。

 ああ、もうダメか。こんな所で仲間割れなんて……やっぱり異種族の共闘作戦なんて無理なのか。



 その時だった。


 ああ 君に出会うためここに来た……

 ああ 君に歌うため世界を越えた……

 女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど……


 な、何だ? こんな時に誰が歌ってるんだ?

 ……と思ったら、ゴブリン娘が、後を向いたまま、歌っていた。

 しかしその歌声はいつもと違って元気がない。その寂しそうな歌声を聴いていると、いろいろなシーンが脳裏に浮かんでくる。

 ゴブリン村でみんなが歌い踊った場面。

 キナが俺たちとゴブリンたちを行ったり来たりしてた場面。

 そして作戦会議でジゴさんと戦士長が握手した場面。



 この歌には不思議な力がある。黙呪兵に聴かせると、ピタリと攻撃行動が止まる。親衛隊員ですら手が止まる。モンスターだの、動物だのも耳を傾ける。

 そして今も、ゴブリンVS人間の緊迫しまくった空気は、見事に水を差された。

 そのメロディーを聴いていると、かーっとなった頭の温度が下がってくる。怒りの感情がふーっと軽くなる。俺たちこんな所でケンカしてる場合じゃないよな、ってなってくる。



 キナが1コーラス歌い終わったところで、戦士長は折れた剣をカランと投げ出した。そして深く腰を折った。

『申し訳ない……怒りに我を忘れ、大変失礼なことをした』

 そして一歩前に出て、ニコの頬に手をかざし、ゴブリン語の癒歌を歌った。流れていた血は止まった。

『この場に案内してもらい、何匹かでもメスのゴブリンを解放できたのはお前たちのおかげだった。どうか許してくれ』

 アミやジゴさんは何か言いたげな顔をしているが、それを制してニコが口を開いた。

「こちらこそごめんなさい。人間がゴブリンに酷いことをしてきたことは確かです。ただ、私たちはみな、それを止めるために来ました」

 彼女は声を張った。

「あなたたちの敵は、親衛隊や大臣たち、そして武器商人です」

 ゴブリンたちはざわめいた。

『親衛隊……大臣……武器商人……誰だ、そいつら。そいつらがこんな酷いことをしたのか』

「そうです」

『そいつらはどこにいる?』

「首都です。もうここから遠くありません。一緒に行きましょう」

 えっ? えっ? 一緒に行くの?

 思わずジゴさんを見るが、彼も、娘の思いもよらぬ言葉に困った顔をしてる。だよな。俺たち、これからゴブリンを中央森林まで送って行くことになってたはずだ。

 しかしゴブリンたちは、自分たちの真の敵を知り、再び怒りがこみ上げてきたようだ。

『そいつらだ! そいつらを倒せ!』

『そいつらを殺せ!』

『殺せ! 仲間の仇討ちだ』

 口々に叫びながら、またテンションが上がってきた。怒りを我慢できず、ジタバタ足踏みしている奴もいる。

 ゴブリンって、超・素直というか、気持ちに正直というか、悪く言えば単純と言うか、瞬間湯沸かし器みたいなんだな。しかしこのままじゃまた、怒りのあまり暴走し始めそうだ。



「ソウタ、楽器を出して、『女神の旋律』の伴奏をしてくれる?」

 ニコがこっちを振り返る。どうするつもりだ? また歌うのか?

「ああ、分かった」

「あのね、歩くぐらいの速さで、でもメリハリよく、演奏してくれる?」

「お、おお」

 ハルさんもギタ郎を取り出した。アミが荷物の中から小さいタイコを1つ取り出し、キナにも持たせた。

「ほな、いくで……3、2、1、ほい!」

 ナラさんのカウントで演奏が始まる。ハルさんはコードのストローク。俺は四分音符でルートを刻んだ。ずん、ずん、ずん……こんな感じかな。キナも喜んでタイコを叩いている。

 リズムにのってニコが歌い出したのは女神の旋律だが、見事にマーチ風のアレンジになった。

 最初はあっけにとられていたゴブリンたちだが、同じメロディーと歌詞でアレンジだけが変わっていることに気がついたのだろう。喜んで一緒に歌い出した。

「行くわよ! みんな付いて来て」

 ニコは歌いながら歩き始める。ゴブリンたちの間を抜け、谷間の出口に向けて進んで行く。俺たちも、その後をゴブたちも、慌てて付いて行く。

 何だかもうヤケクソになってきた。俺も声を張り上げて大声で歌った。みんな歌いながら付いて来る。行進だ。女神の行進だ。

 KYな女神さまは止められない。ゴブリンも止められない。もう誰にも止められない。このまま首都に行ってしまうしかない。
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