落ちこぼれ少女は死にたくない

夏秋御倉

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会いたくなかった

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 あれからどれほど経っただろうか。ヨルは動く口を必死に回して、魔術による解毒を片っ端から試みていた。服に縫い付けてあるとっておきの陣まで使って。しかし全く効果はなく、彼女は自分が落ちこぼれであることを再確認させられる。
 男に掛けられたのはどうやら習ったこともない高等魔術らしい、ということのみ理解して、潔く諦めた。

 でも、いつになれば助けてもらえるだろう。

 人が通りかかる可能性は低く、おまけにその通りかかった人が高等魔術による麻痺を解毒出来るかなんてもっと望み薄。
「……なんなのよ」
 と呟いた瞬間だった。ぐらりと床が揺れる。
「わ、あっ」
 倒れないように頭を壁に押し付けてバランスをとる。転がってしまうのは格好がつかない。
 揺れに続いて遠くで音がする。
「ば、爆発音?」
 驚いて耳を澄ますとかすかに悲鳴も聞こえる。
「な、なにが起こってるの?」

 もし、もう一度揺れたらどうしよう。さっきは本は落ちなかったけど、次は大きい揺れで、本に埋まるかも。

 ヨルは自分の考えにゾッと震える。
「大丈夫よね先生方も生徒も私よりよっぽど優秀な人たちだもの今のもきっとどこかの実験が失敗しただけに決まってるわ」
 早口で独り言を言って恐れをごまかす。実験の失敗だと言えば、そういう気がしてきた。
 あの男にはまるで死を恐れていないように言ったが、違う。ヨルはただ臆病なだけだ。
「……疲れた」
 しかし警戒は長く続かず、解毒の魔術を幾度も使ったツケがきた。
 ――魔力量が多い訳でもないのに。温存するべきだったかな。
 そんなことを考えながら、うつらうつらとヨルの意識は薄れる。

 起きた時には日常が続いていますように。



***



「――ヨル?」
「ん、ぁ」
 涼やかで甘い声。その声の主は顔も爽やかに整っていることを、ヨルはよく知っている。日に当たるとキラキラ輝く金髪に、空を切り取ったような水色の瞳。幼いのにとびきりの美形具合で女の子に間違われることも多かった。さっきまで、いっしょにかくれんぼをしていた相手。
「ヨル」
 どうして泣いてるの、クーったら鬼がさみしかったの、と言いかけて、さっきまでの光景は夢だったことに気付く。

 ひくり、と喉がひきつった。目の前が真っ暗になる。
「こ、来ないで!!」
 彼をまともに視界にも入れず、ヨルは泣き出すように拒絶する。
「……ああ、わかった」
 彼――クロウィズは寂しげに笑った。

 先ほどまで彼女が見ていた夢より十年近く大人になった、甘いマスクに爽やかな雰囲気の美形だ。しかしもう女の子に間違われることはないだろう引き締まった身体には鎧を身につけている。腰には剣を下げて、ヨルから離れたところに立っていた。

「でも、今は異常事態なんだ。知ってるだろう?」
「し、知らない。私はずっとここに居たから、外のことは知らない」
 目を合わせぬように、彼の輝く金髪の一筋も目に入らぬように、ヨルは顔ごと逸らす。
「……この感じ悪い女の為に、僕たちは来たわけかい、クロウィズ」
 だからもう一人いたことに気付かなかった。クロウィズの隣に立つ、彼と同じ格好をした少年。

 ――彼女がもう少し冷静であれば、気付いただろう。学生が帯剣して図書館まで来ている、という異様さに。アカデミーでは基本的に、学生の帯剣は許されないはずなのだから。

「俺の幼馴染みだ」
「幼馴染み? これが?」
 彼のクラスメイト――エリアスの嘲る声に、ヨルは顔どころか全身が熱を持ったような気がした。屈辱に背筋が震える。
「――どこかに行って!!」
「……ハッ。ほら、クロウィズ。この女もそう言ってるワケだし、行こうじゃないか。こんな足手纏いを連れて行っても邪魔になるだけだろう?」
 クロウィズの心配そうな視線が刺さる。
 見ないで。
「ヨル。君、動けないんだな?」
 心臓を握られたような心地で幼馴染みを見る。相変わらずきらきらしい外見で、おとぎ話の勇者のようだ。
「助けたいから、どういう状態か教えてくれるか?」
「な――」
 弱みに気付かれた。哀れみの目を向けられてる。
ぐらりと世界が傾いた気がした。

 違う。本物だ。
 地が揺れていた。先程よりも大きな揺れ。本が彼女に降り注ぐ――はずだった。
「ぶつかってないか?」
 クロウィズに庇われた彼女は色を失くす。
「……無事。ありがとう」
 囁くように、呪うように礼を言った。ホッとした顔。
 ――だから嫌いなのよ。
「もしかして、麻痺してるのか?」
 戸惑った声。手を伸ばしてくる彼に警戒して体を固くする。ひょいと抱き上げられた。
「クロウィズ!? 本気で連れて行くのかい!?」
「当たり前だろ。生きてる奴が少ないんだから、集めとかないと」
 エリアスの呻き声と淡々としたクロウィズの声。二つの声がヨルの頭上で交わされる。
 『生きてる奴が少ない』って?
「あ、の」
「ああ、抱き上げてごめんな。この等位の魔術は俺には解けないから、拠点まで運ぶよ」
「おいおいクロウィズ。この女は絶対お荷物になるぞ? 置いていかないかい?」
 いつもなら苛立つ言葉だが、ここぞとばかりにエリアスに賛成する。
「そ、そうよ。何が起きてるか知らないけれど、私を連れて行くほど馬鹿な行動はないと思うわ」
 この暖かい腕の中から逃げ出せるなら、何でもする心地だった。無様さを彼に晒すくらいなら暴言だって喜んで受け入れる。
 目を合わせられずにうつむいていたヨルを、クロウィズがおとがいに手を掛けて上げさせる。
「――ヨル?」
 冷えた水色の瞳が、恐怖によって彼女の憎悪を冷ました。望むことを言わないと怖いことをされる、という本能による瞬間的思考にヨルは大人しく従う。
「な、なんでもないわそうね確かに何があるかわからないからこそ役立たずでも集めるべきよねうん」
「役立たず、じゃないだろ?」
「役立たずじゃないわ」
 早口で自分の言ったことを撤回する彼女と、穏やかに圧力を掛けて訂正させる彼にエリアスはぎょっとした。
「く、クロウィ」
「何か文句あるか?」
 エリアスは開けた口を大人しく閉じる。笑っていない瞳の、自分より強い男に歯向かうほど彼は馬鹿ではなかった。
 肩をすくめて
「いや」
 とだけ返した。
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