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一緒に死ぬ?
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雲一つない空でも湿気で体がべたついて、おまけに気温も高い。いつものように憂鬱な午後である。私は友人の家に遊びに来て、彼女が作ってくれたお菓子を食べていた。結構おいしい。
「タバコ吸う?」その友人である優子がタバコを取り出しながらそう聞いてきたけど、遠慮する。
「やめたの。言ってなかった?」
「なんで?前は吸ってたじゃん?」
「匂いがきつい。もう無理。」
「じゃあ前は何で吸ってたの?」
「怒りを鎮めるのに丁度よかったものだから。」そう言いながら、大分丸くなった自分に対して考えを巡らせる。と言っても何かがあってこうなったわけではないから、ただ時間が人を変えたのかなと漠然と結論を出しているだけ。本当に時間が何でもかんでも解決してくれているのかはわからない。
ギリシャ神話ではクロノスは負けて地下世界に永久追放されたんだから、人は時の神の支配は受け入れていないはずだけど。
「怒りね。何にそう怒っていたのやら。そう言えば昔からずっとそうだったよね。ずっと何かに対して怒ってて。」
「なんでなんだろうね。」
「お父さんがクズだったからじゃない?」
「クズかどうかはわからないけど、大体あってる。」
「父親が問題を抱えている場合、子供は怒り狂うと。」一概にそうとは言えないかもしれないけど、私の場合はそうだった。
「父親が子供とコミュニケーションを頑なに拒む場合は、怒りっぽくなると思う。」
「今でも話してみたらダメ?」
「それがね…。」実はそれが出来なくなってしまったのだ。別に父親が死んだわけではなくて。
「何かあるの?」
「私のお父さん、実は本当の父親じゃないんだって。」
「え、何それ、浮気?」
「お母さんの子供ですらない。」
私の言葉に優子は目を丸くして、まだ火をつけてないタバコを取り落とした。
「じゃあ実の親は?」
「それがね。」
「それが?」優子が乗り出して聞いてくるけど。
「わからないんだって。家の前に置かれてあって、生年月日しか書かれてなくて。名前もなかったから付けたんだってね。」
「何それ何それ何それ…。」
「私より衝撃受けてない?」
「そりゃ衝撃受けるよ。子供のころからの親友でしょうが。」
「中学からでしょう?」
「中学生ってガキじゃん。」
「三十過ぎの今の時点だと確かにそう感じるけど。」優子はタバコに火をつけて煙を吸う。気持ちを落ち着かせたかったんだろう。あまり良くないと思うけど。と言っている私もカフェイン中毒で、毎日濃いお茶を飲んでいる。コーヒーは面倒なので、茶葉でそのまま飲めるお茶、紅茶でもいい。ずっと飲んでる。飲みすぎて眠くなる時もあるけど。
私の場合はなぜか寝られなくなるのではなく、心が沈んで眠くなるのだ。セックスをしないと睡眠が増えると聞くけど、そのせいかも知れない。男なんてもう面倒。結婚を考えなくなったので、自分が好きなことをして過ごす毎日である。結構楽しい。別に大したことはしていない。絵を描いたり、映画を見るくらいで。
画と言ってもイラストではなく風景とかよく描いている。誰も見ない、一人で仕事が終わってからやっているものだけどこれが中々楽しいのである。
「それで、実の親は探してなかった?」
「どうやって?」
「遺伝子とかで。」
「それはこっちだけではなくてそっちも、親の方も登録してないといけないじゃん。それに、今更見つけてどうするの?」
「じゃあ今の親と仲良く暮らすの?」
「別に同じ家に住んでるわけでもないし。話なんて年に数回する程度で。」
「親孝行とかいらないんじゃない?」
「そうかもね。けど一応育ててくれた恩は感じなくも…。」
「感じないよね。普通に冷めた感じするけど。」
彼女の言う通りかも知れない。けどそれには理由があって、私の親は私によそよそしい。子供のころから。愛してくれない、とか以前に、たとえ愛してくれていたとしても本当にそうだったのか疑問。子供は親を選べない。選べないから育てなくなかったら捨てて野垂れ死にしたほうが良かったんじゃないのかと、私は今でも怒り狂う時がなくはない。
そうしてくれたら私は自分の、どこへも行けない気持ちと毎日向き合う必要もなかったかもしれないのに。
他の人たちが単純な気まずさなどと向き合って生きていた時、私は生きるか死ぬかの境目で自分で悪いことを排除しながら生を掴んできた。それももう疲れてやらなくなって、酷く鬱になった時期もある。今もろくな生き方はしていないし。
私の仕事は、いや、仕事なんてものは実はない。気が向いたら、株とか派生商品とか、その株や資産を担保に大金を借りては買って、売る。そうするだけで何十万、時には何百万も稼げる。長いスパムで稼ぐ投資ではない。
これは博打のようなものだ。それもなぜか私は直感で何とか次にどうなるかがわかって、これを外したことがない。
それで今はそれなりに金持ちではあるけど、住んでいるのはただの小さいマンションの一室で、家具も殆ど揃えてなくて。
やはりろくな生き方をしていない。自殺未遂も経験している。こんな人生に親なんていらないと思わないほうがおかしいと思う。親なんていない方がいいと思っているのはいてもいなくても変らないから。
最初から育てる気がない親なんて親ではない。子供を愛せないなら、子供も自分も愛せない。親から受けた愛は無償の愛でならないとならない。そうでないと子供は自分を愛せない。親孝行をする必然性なんてない。十分に愛されていないのであれば。
「親なんていなかったほうがよかった。」と言いながら私は笑顔でお菓子をほおばる。
「泣きながら言ってたら抱きしめたやったのに。」
「別にいいから。」
「けど怒っているしーちゃん結構格好かっただんけどね。論理の展開とかすごかったし。今はやってないの?」
「何を?」
「なんか難しい哲学的な論理とか使うの。」
「ハイデガー?」
「そうそう、そう言うの聞くの実は結構面白いくて。神話とかも詳しいんだよね。と言うか、文明そのものを俯瞰しているような感覚と言うか、それが見ていて惚れ惚れする。」
「そう言ってくれるのは優子だけだよ。」
「結婚する?」
「しない。」
「なんで?」
「一人がいい。と言うか、人に気を遣うのは月に一度くらいで丁度いい。」
「今も私としか会ってないわけ?じゃあもし私が死んだらどうするの?」
「自殺するかもしれない。」
「え、何それ。愛の告白?」
「まあ、友情も愛ではあるよね。」
「残念。」
別に私は優子が嫌いなわけじゃない。一人で時間を過ごすことに慣れて、誰かと一緒に暮らすのは考えられないだけ。ペットとかは悪くないかもしれないけど、それも毛とかトイレとか色々あると聞くし。やはり一人が気楽でいい。
「そういう優子はどうなの。何か怒っていることでもあるの?」
「そうそう。これ、見せたかったの。」
「何々?」私は彼女から一体何年振りに見るのか、大学ノートを受け取った。それにはこう書かれてあった。
──私が怒っていること
「これを私に読んでほしいと?」題名からしてちょっと可愛い。彼女はいったい何に対して怒っているのか。
「うん。しーちゃんからしたら幼稚かもしれないけど。」
「別にそんなことはないけど。」
「じゃあ読んで。」
そう食い気味に言われたので私は彼女が書いたエッセイのようなものを読み始めた。
世の中で最もうざい連中は知ったかぶりをするやからである。
普通に厚顔無恥な連中?そいつらはうざいとかのレベルじゃないけど、まあ、うん。そんな連中のことは考えないようにしたほうがいい。何もかも壊したくなるほど怒り狂ってしまうから。
それで知ったかぶりをするやからとはこんな感じ。
こういう風に出来ているからこうする方がいい、だから自分は正しいなどと言う考え方全般。
人の行動なんて正しくも間違ってもない。そんな基準で物事を考えること自体どうかしている。なぜそれがわからない。
それと実際に正しいことがあるとして、それをなぜ自分が判断できると思う?
例えばこんな話。昔々、ある教会の神父様が水に溺れて死にそうな少年を救ってあげました。その少年は大きくなって軍人になりました。軍人になって人を殺したから悪人です、とかの結論を出そうとしているわけじゃない。
その軍人になった少年は美術学校に入ろうとして合格できなかった。それで極端な思想を持つ連中とつるんでいるうちに徐々に才能を開花して、先導者として覚醒した。
彼の名前はヒトラー。4歳の少年を救った神父様は600万人のユダヤ人を間接的に殺したことになる…。のかな?
これにも別に結論を出しているわけじゃない。ヒトラーが死んでたらより酷い結果になった可能性だってある。そんなことはあり得ない?そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。要するに、わからない。
わからないのに知ったかぶりをする。特定の物事に関して、これは正しいこれは間違っているなどと自分が判断できると思い込む。
そんなに世の中が単純に出来ているのなら、私たちは古代文明で石クズに嫌いな人の名前書いて追放すれば済むだけ。
そうしないのは、誰も正しいとか間違っているとかがはっきりとわからないからだ。それがわかるという思いこみはただの傲慢だ。確かにどうかしている連中はいるし、そう言う連中は見たくもないし関わりたくもない。
だからと、自分が個人的に相いれない相手だからと、そいつは間違っている、自分は正しいという感じに思考をシフトさせるのは、考え方としてエラーに過ぎない。ただの傲慢。正しいはずがない。
物事は正しいか間違っているかの二択だけで出来ているわけではない。たとえそうだとして、それをたかが感覚器官に意識が制限されている個々人で出来るようなレベルの判断ではない。
数億のデータを同時に入力しては分析できるコンピューターが下した判断なら信じられるかもしれないけど、たかが一人の人間が絶対的な正しさや間違いを論ずるのは、それがどのような物事に対してのものであったとしても、信じられるようなものではない。
だから私はそんな考え方をしている人たちは間違っていると…。
言うことではないけど。普通にうざい。なんで反省しないの。何がそうさせているの。人は所詮は人なのに。
数億のデータを同時にダウンロード出来るいつかは現れるはずであろう超越した人工知能ではない。
だからそんな人工知能が現れるまで、せいぜい今のうちに知ったかぶりをしていればいいんじゃないかな。
─終わり
私は読み終わってから優子を見て。
ふいた。
「あははは。なにこれ、面白い。」
「なんで笑うの。そんなに幼稚だった?」彼女の問いに私は、
「そうじゃなくて。この人工知能の話はシンギュラリティのこと?」
「そうだよ。しーちゃんが押しててくれたから調べたんだ。」調べたのか。
「まあ、間違ってはないと思う。けど、うーん。うん。嫌いじゃないけど。」
「けど?」食い気味に聞いてくる優子。
「いや、結構考えてる。難しい書き方をしなくても、ビゴトゥリィの本質をついてて、すごいと思った。」
「ビゴなんちゃら…ってなに?」
「うん?えっとね。簡単に言うと、人を偏見に満ちた目で勝手に判断してからその人に憎悪を向けること。例えば、そう。女性蔑視とか、セクシャルマイノリティに対する差別とか、人種差別とか、教育格差による差別とか、収入による差別とか、ありとあらゆる差別の根底にある思考ね。」
「差別全般ってこと?」
「差別だけじゃなくて、えっとね。そう。優子の表現を借りるなら、自分は正しさを判断できると思い込んで、それで人を勝手に判断して知ったかぶりをすることになるのかな。」
「じゃあ私は美小鳥に反対しているわけだ。」
「ビゴトリじゃなくて、bigotryね。」
「英語知らないんだよね、これが。」
「まあ、うん。優子ちゃんみたいな人が世の中にもっと増えるといいのにね。」
「そう?やっぱり私と一緒に死んでくれるの?」
「いや、まあ…。もし優子ちゃんが何かしらの病気で、例えば末期癌とかで治療できなくて、明日でも死にそうってなったら…。えっと。シアン化物でも買って、優子ちゃんが死にそうな時に隣で飲むことはありかもしれない。」
「シアン化物ってなに?」
「青酸カリって聞いたことない?」
「探偵漫画とかに出てくる奴?それ購入できるものなの?毒でしょう?」
「工業で使われたりするから、お金だけ惜しまなかったらなんとか?」
「警察に調べられるかも。」
「じゃあ首釣るとか。」
「普通に心中とかはだめ?」
「海に身を投げるの?手を繋いで?」
「そうそう。」
「それは生きる確率あるかちょっとあれじゃない?それより車の中とか、密室で一酸化炭素中毒とかのほうがよくない?」
「死ぬ前に濃密なセックスを。」
「やめてください。」
「なんで?いいじゃん、もう死ぬんだし。」
「人の温もりアレルギーあるから無理。」
「そんなアレルギーがあってたまるか。今から確かめてやろうか。」
「いや、やめて、本当にやめ…。」
この後めちゃくちゃ抱きつかれた。
「タバコ吸う?」その友人である優子がタバコを取り出しながらそう聞いてきたけど、遠慮する。
「やめたの。言ってなかった?」
「なんで?前は吸ってたじゃん?」
「匂いがきつい。もう無理。」
「じゃあ前は何で吸ってたの?」
「怒りを鎮めるのに丁度よかったものだから。」そう言いながら、大分丸くなった自分に対して考えを巡らせる。と言っても何かがあってこうなったわけではないから、ただ時間が人を変えたのかなと漠然と結論を出しているだけ。本当に時間が何でもかんでも解決してくれているのかはわからない。
ギリシャ神話ではクロノスは負けて地下世界に永久追放されたんだから、人は時の神の支配は受け入れていないはずだけど。
「怒りね。何にそう怒っていたのやら。そう言えば昔からずっとそうだったよね。ずっと何かに対して怒ってて。」
「なんでなんだろうね。」
「お父さんがクズだったからじゃない?」
「クズかどうかはわからないけど、大体あってる。」
「父親が問題を抱えている場合、子供は怒り狂うと。」一概にそうとは言えないかもしれないけど、私の場合はそうだった。
「父親が子供とコミュニケーションを頑なに拒む場合は、怒りっぽくなると思う。」
「今でも話してみたらダメ?」
「それがね…。」実はそれが出来なくなってしまったのだ。別に父親が死んだわけではなくて。
「何かあるの?」
「私のお父さん、実は本当の父親じゃないんだって。」
「え、何それ、浮気?」
「お母さんの子供ですらない。」
私の言葉に優子は目を丸くして、まだ火をつけてないタバコを取り落とした。
「じゃあ実の親は?」
「それがね。」
「それが?」優子が乗り出して聞いてくるけど。
「わからないんだって。家の前に置かれてあって、生年月日しか書かれてなくて。名前もなかったから付けたんだってね。」
「何それ何それ何それ…。」
「私より衝撃受けてない?」
「そりゃ衝撃受けるよ。子供のころからの親友でしょうが。」
「中学からでしょう?」
「中学生ってガキじゃん。」
「三十過ぎの今の時点だと確かにそう感じるけど。」優子はタバコに火をつけて煙を吸う。気持ちを落ち着かせたかったんだろう。あまり良くないと思うけど。と言っている私もカフェイン中毒で、毎日濃いお茶を飲んでいる。コーヒーは面倒なので、茶葉でそのまま飲めるお茶、紅茶でもいい。ずっと飲んでる。飲みすぎて眠くなる時もあるけど。
私の場合はなぜか寝られなくなるのではなく、心が沈んで眠くなるのだ。セックスをしないと睡眠が増えると聞くけど、そのせいかも知れない。男なんてもう面倒。結婚を考えなくなったので、自分が好きなことをして過ごす毎日である。結構楽しい。別に大したことはしていない。絵を描いたり、映画を見るくらいで。
画と言ってもイラストではなく風景とかよく描いている。誰も見ない、一人で仕事が終わってからやっているものだけどこれが中々楽しいのである。
「それで、実の親は探してなかった?」
「どうやって?」
「遺伝子とかで。」
「それはこっちだけではなくてそっちも、親の方も登録してないといけないじゃん。それに、今更見つけてどうするの?」
「じゃあ今の親と仲良く暮らすの?」
「別に同じ家に住んでるわけでもないし。話なんて年に数回する程度で。」
「親孝行とかいらないんじゃない?」
「そうかもね。けど一応育ててくれた恩は感じなくも…。」
「感じないよね。普通に冷めた感じするけど。」
彼女の言う通りかも知れない。けどそれには理由があって、私の親は私によそよそしい。子供のころから。愛してくれない、とか以前に、たとえ愛してくれていたとしても本当にそうだったのか疑問。子供は親を選べない。選べないから育てなくなかったら捨てて野垂れ死にしたほうが良かったんじゃないのかと、私は今でも怒り狂う時がなくはない。
そうしてくれたら私は自分の、どこへも行けない気持ちと毎日向き合う必要もなかったかもしれないのに。
他の人たちが単純な気まずさなどと向き合って生きていた時、私は生きるか死ぬかの境目で自分で悪いことを排除しながら生を掴んできた。それももう疲れてやらなくなって、酷く鬱になった時期もある。今もろくな生き方はしていないし。
私の仕事は、いや、仕事なんてものは実はない。気が向いたら、株とか派生商品とか、その株や資産を担保に大金を借りては買って、売る。そうするだけで何十万、時には何百万も稼げる。長いスパムで稼ぐ投資ではない。
これは博打のようなものだ。それもなぜか私は直感で何とか次にどうなるかがわかって、これを外したことがない。
それで今はそれなりに金持ちではあるけど、住んでいるのはただの小さいマンションの一室で、家具も殆ど揃えてなくて。
やはりろくな生き方をしていない。自殺未遂も経験している。こんな人生に親なんていらないと思わないほうがおかしいと思う。親なんていない方がいいと思っているのはいてもいなくても変らないから。
最初から育てる気がない親なんて親ではない。子供を愛せないなら、子供も自分も愛せない。親から受けた愛は無償の愛でならないとならない。そうでないと子供は自分を愛せない。親孝行をする必然性なんてない。十分に愛されていないのであれば。
「親なんていなかったほうがよかった。」と言いながら私は笑顔でお菓子をほおばる。
「泣きながら言ってたら抱きしめたやったのに。」
「別にいいから。」
「けど怒っているしーちゃん結構格好かっただんけどね。論理の展開とかすごかったし。今はやってないの?」
「何を?」
「なんか難しい哲学的な論理とか使うの。」
「ハイデガー?」
「そうそう、そう言うの聞くの実は結構面白いくて。神話とかも詳しいんだよね。と言うか、文明そのものを俯瞰しているような感覚と言うか、それが見ていて惚れ惚れする。」
「そう言ってくれるのは優子だけだよ。」
「結婚する?」
「しない。」
「なんで?」
「一人がいい。と言うか、人に気を遣うのは月に一度くらいで丁度いい。」
「今も私としか会ってないわけ?じゃあもし私が死んだらどうするの?」
「自殺するかもしれない。」
「え、何それ。愛の告白?」
「まあ、友情も愛ではあるよね。」
「残念。」
別に私は優子が嫌いなわけじゃない。一人で時間を過ごすことに慣れて、誰かと一緒に暮らすのは考えられないだけ。ペットとかは悪くないかもしれないけど、それも毛とかトイレとか色々あると聞くし。やはり一人が気楽でいい。
「そういう優子はどうなの。何か怒っていることでもあるの?」
「そうそう。これ、見せたかったの。」
「何々?」私は彼女から一体何年振りに見るのか、大学ノートを受け取った。それにはこう書かれてあった。
──私が怒っていること
「これを私に読んでほしいと?」題名からしてちょっと可愛い。彼女はいったい何に対して怒っているのか。
「うん。しーちゃんからしたら幼稚かもしれないけど。」
「別にそんなことはないけど。」
「じゃあ読んで。」
そう食い気味に言われたので私は彼女が書いたエッセイのようなものを読み始めた。
世の中で最もうざい連中は知ったかぶりをするやからである。
普通に厚顔無恥な連中?そいつらはうざいとかのレベルじゃないけど、まあ、うん。そんな連中のことは考えないようにしたほうがいい。何もかも壊したくなるほど怒り狂ってしまうから。
それで知ったかぶりをするやからとはこんな感じ。
こういう風に出来ているからこうする方がいい、だから自分は正しいなどと言う考え方全般。
人の行動なんて正しくも間違ってもない。そんな基準で物事を考えること自体どうかしている。なぜそれがわからない。
それと実際に正しいことがあるとして、それをなぜ自分が判断できると思う?
例えばこんな話。昔々、ある教会の神父様が水に溺れて死にそうな少年を救ってあげました。その少年は大きくなって軍人になりました。軍人になって人を殺したから悪人です、とかの結論を出そうとしているわけじゃない。
その軍人になった少年は美術学校に入ろうとして合格できなかった。それで極端な思想を持つ連中とつるんでいるうちに徐々に才能を開花して、先導者として覚醒した。
彼の名前はヒトラー。4歳の少年を救った神父様は600万人のユダヤ人を間接的に殺したことになる…。のかな?
これにも別に結論を出しているわけじゃない。ヒトラーが死んでたらより酷い結果になった可能性だってある。そんなことはあり得ない?そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。要するに、わからない。
わからないのに知ったかぶりをする。特定の物事に関して、これは正しいこれは間違っているなどと自分が判断できると思い込む。
そんなに世の中が単純に出来ているのなら、私たちは古代文明で石クズに嫌いな人の名前書いて追放すれば済むだけ。
そうしないのは、誰も正しいとか間違っているとかがはっきりとわからないからだ。それがわかるという思いこみはただの傲慢だ。確かにどうかしている連中はいるし、そう言う連中は見たくもないし関わりたくもない。
だからと、自分が個人的に相いれない相手だからと、そいつは間違っている、自分は正しいという感じに思考をシフトさせるのは、考え方としてエラーに過ぎない。ただの傲慢。正しいはずがない。
物事は正しいか間違っているかの二択だけで出来ているわけではない。たとえそうだとして、それをたかが感覚器官に意識が制限されている個々人で出来るようなレベルの判断ではない。
数億のデータを同時に入力しては分析できるコンピューターが下した判断なら信じられるかもしれないけど、たかが一人の人間が絶対的な正しさや間違いを論ずるのは、それがどのような物事に対してのものであったとしても、信じられるようなものではない。
だから私はそんな考え方をしている人たちは間違っていると…。
言うことではないけど。普通にうざい。なんで反省しないの。何がそうさせているの。人は所詮は人なのに。
数億のデータを同時にダウンロード出来るいつかは現れるはずであろう超越した人工知能ではない。
だからそんな人工知能が現れるまで、せいぜい今のうちに知ったかぶりをしていればいいんじゃないかな。
─終わり
私は読み終わってから優子を見て。
ふいた。
「あははは。なにこれ、面白い。」
「なんで笑うの。そんなに幼稚だった?」彼女の問いに私は、
「そうじゃなくて。この人工知能の話はシンギュラリティのこと?」
「そうだよ。しーちゃんが押しててくれたから調べたんだ。」調べたのか。
「まあ、間違ってはないと思う。けど、うーん。うん。嫌いじゃないけど。」
「けど?」食い気味に聞いてくる優子。
「いや、結構考えてる。難しい書き方をしなくても、ビゴトゥリィの本質をついてて、すごいと思った。」
「ビゴなんちゃら…ってなに?」
「うん?えっとね。簡単に言うと、人を偏見に満ちた目で勝手に判断してからその人に憎悪を向けること。例えば、そう。女性蔑視とか、セクシャルマイノリティに対する差別とか、人種差別とか、教育格差による差別とか、収入による差別とか、ありとあらゆる差別の根底にある思考ね。」
「差別全般ってこと?」
「差別だけじゃなくて、えっとね。そう。優子の表現を借りるなら、自分は正しさを判断できると思い込んで、それで人を勝手に判断して知ったかぶりをすることになるのかな。」
「じゃあ私は美小鳥に反対しているわけだ。」
「ビゴトリじゃなくて、bigotryね。」
「英語知らないんだよね、これが。」
「まあ、うん。優子ちゃんみたいな人が世の中にもっと増えるといいのにね。」
「そう?やっぱり私と一緒に死んでくれるの?」
「いや、まあ…。もし優子ちゃんが何かしらの病気で、例えば末期癌とかで治療できなくて、明日でも死にそうってなったら…。えっと。シアン化物でも買って、優子ちゃんが死にそうな時に隣で飲むことはありかもしれない。」
「シアン化物ってなに?」
「青酸カリって聞いたことない?」
「探偵漫画とかに出てくる奴?それ購入できるものなの?毒でしょう?」
「工業で使われたりするから、お金だけ惜しまなかったらなんとか?」
「警察に調べられるかも。」
「じゃあ首釣るとか。」
「普通に心中とかはだめ?」
「海に身を投げるの?手を繋いで?」
「そうそう。」
「それは生きる確率あるかちょっとあれじゃない?それより車の中とか、密室で一酸化炭素中毒とかのほうがよくない?」
「死ぬ前に濃密なセックスを。」
「やめてください。」
「なんで?いいじゃん、もう死ぬんだし。」
「人の温もりアレルギーあるから無理。」
「そんなアレルギーがあってたまるか。今から確かめてやろうか。」
「いや、やめて、本当にやめ…。」
この後めちゃくちゃ抱きつかれた。
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