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14 様子がおかしい
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――最後の試験が終わったら、返事を伝える。
あの夜からずっと、絢斗はそわそわと落ち着かないでいた。返事を伝えなければならないこともそうだが、葵の試験が気になって仕方がないのだ。
カウンターの中の咲子が呆れて溜息を吐く。
「おまえが受けるわけでもないのに……」
「自分の受験の時はもっと落ち着いてたよ」
どうでも良かったが、落ちるわけがないと思っていたから。実際その通りだったわけだが、絢斗の受験勉強の様子をまともな受験生が見ていたらキレていたのは間違いない。
告白されたことは言えないが、今まで勉強を見てきた葵の入試があるから、という言い訳は真っ当で、助かる。浮ついているのをそのせいにできた。
「オレがどうしようもできないことだから落ち着かないんだ」
「葵くんも頑張ってたんでしょう?」
「実力は信じてるよ。でも何があるかわからないから」
告白より前に、請われるまま、使っていたシャーペンを葵に貸した。ただのなんてことない千円くらいのシャーペンだが、葵の力になってくれるならそれ以上のことはない。
「葵くんの受験が終わるのはいつ?」
「今日が最後……本命だったはず」
「じゃあ、夕方には来るかしら。何か美味しいものでも用意しなくちゃ」
受験前こそ美味しいものや栄養のあるものを食べさせたかった、と咲子は少し残念そうだ。絢斗もそこは同意見だが、彼がしばらく控えたいというなら尊重するべきだ。
葵は唐揚げや、豚汁も好きだったと思う。サラダもよく食べた。この三つはメニューに入れていいだろう。咲子と話しながら、開店準備を進めた。
だがその日、葵が店を訪れることはなかった。
翌日もだ。
「絢斗、様子を見てらっしゃい」
ああいう真面目な子が前触れもなく言ったことを守らなかったということは、きっと何かあったのだ。咲子の意見に絢斗も同意し、タッパーにいくつかの料理を詰めて葵の住むマンションを訪れる。
本命入試の二日後のこと。
何度か来たことはあるが、しっかりした造りのマンションだ。きっとひとり暮らしをする葵を心配して、両親が選んでくれたのだろう。
「両親が、言ってたんです」
ここに来る前、葵が言っていた言葉をまた、思い出した。
「信頼できる大人ができたら、予備の鍵を作って預けてもいいって。何かあった時に使ってもらいなさいって。……だから、真柄さんが持っていてくれませんか」
できるだけ何もないようにしますが、と生真面目に言った葵の顔は神妙で、こんな大人に任せていいのかとも思ったが、葵が信頼してくれているのなら、と受け取った。
その鍵は自室の鍵と一緒にキーホルダーをつけて、今はデニムのポケットに入っている。
「……ふぅ……」
七階建てマンションの、五階の角部屋。ドアの前に立つと、やけにドキドキした。
玄関チャイムを押して、少し待つ。
「……?」
応答がない。
少し嫌な予感がして、もう一度鳴らした。出ない。
「…………」
真っ昼間っからシャワーや風呂に入っている可能性は、なくはないが低いだろう。昼時だから、外出している可能性は、ある。
もう少し待つか――鍵を、使うか。
抵抗はある。見知った仲とはいえ、初めて無断で足を踏み入れる。
鍵を預かっている以上、葵から許されているのだとわかっていても、個人的な領域に入って良いものか。
「……何かあってからじゃ、遅いから」
使うね、とその場で小さく詫びて、ポケットの鍵を取り出して、思い切って開けた。
恐る恐る中を覗くと、まず靴の確認をする。
「いる、のか」
ほっとしかけたが、違和感を感じた。
いつも履いている革靴は、いつも行儀良く揃えて並べられている。それが、帰ってきて脱いだそのままのように、乱れていた。
「……葵?」
玄関を閉めると部屋に上がる。お邪魔しますと言って、まずリビングへ。姿が見えないことを確認すると、今度は私室兼寝室のドアを開けた。
「葵?!」
ぐったりと、布団をかけもせず制服のまま横たわっている葵がいた。
慌てて傍に寄り、顔に触れる――熱い。熱がある。
「ええと……まず、着替えか。いや薬……?」
制服のままより、楽な服装に着替えさせたほうがいい。それに熱を冷ます薬や体を冷やすようなアイテムを揃えたほうがいいだろう。一度薬局へ行ったほうがいいか。
けれど優先順位がわからない。何を先にすればいいのか。咲子に必要なものを教えてもらうのがいいか。
病人の看護の経験はないが、してもらった経験はある。その時の経験が役に立つといいが。ひとまず尻ポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出した。
あの夜からずっと、絢斗はそわそわと落ち着かないでいた。返事を伝えなければならないこともそうだが、葵の試験が気になって仕方がないのだ。
カウンターの中の咲子が呆れて溜息を吐く。
「おまえが受けるわけでもないのに……」
「自分の受験の時はもっと落ち着いてたよ」
どうでも良かったが、落ちるわけがないと思っていたから。実際その通りだったわけだが、絢斗の受験勉強の様子をまともな受験生が見ていたらキレていたのは間違いない。
告白されたことは言えないが、今まで勉強を見てきた葵の入試があるから、という言い訳は真っ当で、助かる。浮ついているのをそのせいにできた。
「オレがどうしようもできないことだから落ち着かないんだ」
「葵くんも頑張ってたんでしょう?」
「実力は信じてるよ。でも何があるかわからないから」
告白より前に、請われるまま、使っていたシャーペンを葵に貸した。ただのなんてことない千円くらいのシャーペンだが、葵の力になってくれるならそれ以上のことはない。
「葵くんの受験が終わるのはいつ?」
「今日が最後……本命だったはず」
「じゃあ、夕方には来るかしら。何か美味しいものでも用意しなくちゃ」
受験前こそ美味しいものや栄養のあるものを食べさせたかった、と咲子は少し残念そうだ。絢斗もそこは同意見だが、彼がしばらく控えたいというなら尊重するべきだ。
葵は唐揚げや、豚汁も好きだったと思う。サラダもよく食べた。この三つはメニューに入れていいだろう。咲子と話しながら、開店準備を進めた。
だがその日、葵が店を訪れることはなかった。
翌日もだ。
「絢斗、様子を見てらっしゃい」
ああいう真面目な子が前触れもなく言ったことを守らなかったということは、きっと何かあったのだ。咲子の意見に絢斗も同意し、タッパーにいくつかの料理を詰めて葵の住むマンションを訪れる。
本命入試の二日後のこと。
何度か来たことはあるが、しっかりした造りのマンションだ。きっとひとり暮らしをする葵を心配して、両親が選んでくれたのだろう。
「両親が、言ってたんです」
ここに来る前、葵が言っていた言葉をまた、思い出した。
「信頼できる大人ができたら、予備の鍵を作って預けてもいいって。何かあった時に使ってもらいなさいって。……だから、真柄さんが持っていてくれませんか」
できるだけ何もないようにしますが、と生真面目に言った葵の顔は神妙で、こんな大人に任せていいのかとも思ったが、葵が信頼してくれているのなら、と受け取った。
その鍵は自室の鍵と一緒にキーホルダーをつけて、今はデニムのポケットに入っている。
「……ふぅ……」
七階建てマンションの、五階の角部屋。ドアの前に立つと、やけにドキドキした。
玄関チャイムを押して、少し待つ。
「……?」
応答がない。
少し嫌な予感がして、もう一度鳴らした。出ない。
「…………」
真っ昼間っからシャワーや風呂に入っている可能性は、なくはないが低いだろう。昼時だから、外出している可能性は、ある。
もう少し待つか――鍵を、使うか。
抵抗はある。見知った仲とはいえ、初めて無断で足を踏み入れる。
鍵を預かっている以上、葵から許されているのだとわかっていても、個人的な領域に入って良いものか。
「……何かあってからじゃ、遅いから」
使うね、とその場で小さく詫びて、ポケットの鍵を取り出して、思い切って開けた。
恐る恐る中を覗くと、まず靴の確認をする。
「いる、のか」
ほっとしかけたが、違和感を感じた。
いつも履いている革靴は、いつも行儀良く揃えて並べられている。それが、帰ってきて脱いだそのままのように、乱れていた。
「……葵?」
玄関を閉めると部屋に上がる。お邪魔しますと言って、まずリビングへ。姿が見えないことを確認すると、今度は私室兼寝室のドアを開けた。
「葵?!」
ぐったりと、布団をかけもせず制服のまま横たわっている葵がいた。
慌てて傍に寄り、顔に触れる――熱い。熱がある。
「ええと……まず、着替えか。いや薬……?」
制服のままより、楽な服装に着替えさせたほうがいい。それに熱を冷ます薬や体を冷やすようなアイテムを揃えたほうがいいだろう。一度薬局へ行ったほうがいいか。
けれど優先順位がわからない。何を先にすればいいのか。咲子に必要なものを教えてもらうのがいいか。
病人の看護の経験はないが、してもらった経験はある。その時の経験が役に立つといいが。ひとまず尻ポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出した。
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