文字の大きさ
大
中
小
20 / 106
かっとうの章
第十九話:孤児院訪問
ベセスホードの孤児院は、大通りから二つほど通りを抜けた先、街の隅の区画にあった。敷地は意外に広く、国策で立てられているだけに建物もしっかりしている。
二階建てで屋根裏部屋の窓が並ぶ白い大きな屋敷だった。
「へー、結構ちゃんとしてるね」
庭は手入れがされているらしく、背の高い雑草などは見えない。木製の設置型遊具もある。
「子供達の姿が見当たりませんが……」
「今はお昼寝の時間なんだ」
アレクトールの呟きにナッフェが答える。皆が寝静まるお昼寝の時間は、院長が席を外して部屋に籠もるので、孤児院を抜け出すには絶好のタイミングなのだそうな。
呼葉達の馬車が孤児院の敷地内に乗り入れると、飛び降りたナッフェが出入り口に走る。事前に連絡無しでの訪問になるので、まずはナッフェから院長に客人の来訪を告げてもらうのだ。
「コノハ殿は、どこまで話されるおつもりですか?」
「んー、とりあえずナッフェの泥棒未遂の件は伏せといて、孤児院の運営状況とか資金の事を訊いてみましょ」
玄関前でそんな話をしながら、ノンビリ構えている呼葉とアレクトールにザナム達。そのうち、ナッフェのドタバタした足音が屋敷の奥から近づき、やがて扉が開かれた。
そこにはナッフェ少年と、彼に呼ばれた孤児院の若い院長が立っていた。走って来たのか、少し息を切らした様子で顔色が悪い。
肩まで流した軽くウェーブする栗色の髪に、少し堀の深い目元。眦の下がった碧眼と八の字気味な眉のせいか、気弱そうな印象を受ける。
「どうも、私が孤児院の院長をしている者です。ええと、貴方方は一体……?」
ウィル・フランツと名乗った若い院長は、聖都の神官と護衛の騎士、それに剣や弓が見え隠れする大きな鞄を背負い、立派な大杖を握って立つ呼葉達を見て、訝し気な表情を浮かべた。
一見して何の集団か分からないので、その反応も当然かと納得する呼葉は、ウィル院長に挨拶と訪問の理由を述べようとした。
「こんにちは、私は――」
「コノハ殿、ここは私達が対応します」
「コノハ嬢は少し待っててくださいね」
アレクトールとザナムがそう言って前に出ると、院長に自分達の身分を明かし、今日ここを訪れた目的を『聖女様による孤児院の慰問である』と説明した。
「そ、それは、何と勿体ない――大変名誉な事で御座います。ですが……――」
深々と頭を垂れて恐縮するウィル院長はしかし、今は院内が片付いておらず、とても客人を案内できるような状態ではないので、慰問は後日に改めてほしいと懇願してきた。
アレクトールとザナムは、ウィル院長の訴えをもっともだと思いつつも、孤児院の慰問は元々予定に無かった事である。日を改めるにはスケジュール全体の見直しが必要になる為、難しいという結論に至った。
そもそもが、今回の訪問目的は孤児院の運営に支障がないか、補助金がきちんと届いているか等を確かめるべく様子を見に来たので、そこさえはっきり確認出来れば施設の案内までは必要無い。
「少しお話を聞かせていただければ十分ですよ」
「いえ、申し訳ございませんが……今はちょっと……」
「……?」
頑なに慰問の受け入れを固辞する院長に、違和感を覚えた呼葉はおもむろに告げた。
「いいよ、アレクトールさん、ザナムさん。また今度にしましょ」
「しかし、それでは他の予定が……」
「大丈夫でしょ、今日みたいに視察の隙間の時間使って来れば」
公式な視察は朝昼晩と、その都度宿に帰って休憩を挟むので、ついでに顔を出しにくるくらいの余裕はあるはずだ。呼葉はそう諭して、引き揚げに掛かる。
「ご理解頂き、恐縮でございます」
「じゃあまた後日、このぐらいの時間に」
戸口で頭を下げるウィル院長に背を向けた呼葉は、アレクトールとザナムを引き連れて孤児院の建物を後にした。
そうして馬車のところまで戻ると、ウィル院長から死角になる車体の影で『宝珠の外套』の力を発動させた。
「っ……! コノハ殿?」
「アレクトールさん達は、このまま馬車に乗って一旦離れて。ちょっと探って来るから」
急に気配が消え、姿が見えなくなってしまった事に驚くアレクトール達に、呼葉は孤児院の様子を見て来ると告げてこの場を離れた。
微かな足音を残して隠密状態に入ってしまった呼葉に、アレクトールとザナムは顔を見合わせると、軽く息を吐きながら馬車に乗り込む。
「それでは宿に戻りましょう、コノハ殿」
「午後は農場の視察になりますよ」
護衛の騎士達も二人の演技に合わせ、呼葉が乗っているかのように振る舞いつつ馬車を走らせた。
一方、孤児院の裏手に回り、侵入出来そうな場所を探す隠密行動中の呼葉は、一階の廊下沿いと思しき窓の下に、僅かだが不自然に抉れた土と草の荒れた痕跡を見つけて観察する。
(子供の足跡ね。ここから飛び降りてる感じ)
何度も窓から飛び降り、ここに着地し続けた事で付けられた痕跡であろうと推測する。恐らく、ナッフェ少年が孤児院を抜け出す時の通り道だ。
中の様子を覗いながら窓に手を掛ける。鍵は掛かっていないらしく、軽くスライドして開いた。よく見ると他の窓は嵌殺しになっており、どうやらここだけ封鎖処理を忘れたのか、後から封鎖の留め具を外すなどしたのかもしれない。
付近に誰も居ない事を確認した呼葉は、孤児院の建物内へするりと侵入したのだった。
感想 16
あなたにおすすめの小説
「子を産めない妻はいらない」と離縁されたので、七人の孤児がいる辺境伯家に嫁ぎます~なぜか全員に懐かれました
ゆぷしろん「子を産めない妻はいらない」
七年尽くした夫にそう告げられ、伯爵夫人アメリアは若い愛人にすべてを奪われた。
手元に残ったのは、わずかな生活費と母の形見だけ。居場所を失った彼女のもとへ届いたのは、北の辺境伯グレンからの求婚状だった。
そこに記されていたのは、前夫が一度も見ようとしなかったアメリアの功績。求められたのは跡継ぎを産む妻ではなく、戦争で荒れた領地と屋敷を共に守る伴侶だった。
だが、嫁ぎ先で待っていたのは、親を失い心に傷を抱えた七人の孤児たち。
反発する少年、言葉を閉ざした幼子、飢えを恐れる少女。アメリアは叱るのではなく、一人ずつ寄り添っていく。
やがて子どもたちは彼女を「かあさま」と呼び始める。
そんな幸せを取り戻しかけたある日、彼女を捨てた前夫が再び現れて――。
娘を毒殺された日、夫は愛人と踊っていた――聖女と呼ばれた私は、王家を静かに崩壊させる
唯崎りいち異世界に転移し、“聖女”として王太子ジークフリートに嫁がされたフェリシア。
愛のない結婚の中で、唯一の救いは娘シャルロットだった。
しかし五歳の娘は、父から贈られたネックレスによって毒殺される。
娘が死んだ日。
王宮では祝賀会が開かれ、夫は愛人と踊っていた。
誰も娘の死を悲しまない世界で、ただ一人涙を流したのは、第八王子リュカだけだった。
やがてフェリシアは知る。
“聖女は子を産んではならない”という王家の禁忌と、娘の死の裏にある政治的思惑を。
――これは、娘を奪われた聖女が、王家を静かに崩壊へ導いていく物語。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。