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1巻

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「あ~、そういうのもあったか」

 意外な方向から揉め事の種が出てきた事にうめく朔耶。となると、なるべく低予算で、かつ一部の業者にのみ利益が集中しない運営法を考えてもらおうとレイスに持ち掛ける。

「いやまあ、あたしらもちゃんと考えてみるけどね。やっぱり専門家の力も借りたいなと」
「ふふ、分かりました。僕の方でそういった事に詳しい人材を探しておきますよ」
「よろしくねー」

 首尾よく協力を取り付けた朔耶は、これから工房に向かうべく席を立つ。その時、レイスが思い出したように声をかけた。

「そう言えばサクヤ、アーサリムから精霊石が届いているそうですよ」
「本当!? それじゃあ早速受け取りに行かなくちゃっ」

 新たなサクヤ式製品の材料として注文しておいた品だ。希少で高価なモノなだけに、直接工房に届けてもらうのではなく、一旦城の保管庫預かりにしている。
 朔耶はレイスに礼を言うと、保管庫に寄ってから工房に向かう事にした。



   第二章 『快治癒点灯かいちゆてんとう』開発


 城の保管庫で精霊石を受け取り、自分の工房にやって来た朔耶は、早速それらを作業台の上に並べて準備に入った。
 この精霊石を使う発明品の組み立て作業をしていた藍香は、一旦手を止めると、透明感のあるその六角柱の結晶をしげしげと眺める。

「へ~、これが精霊石かぁ~。朔ちゃんの指輪についてるやつだよね」
「藍の指輪にもね」

 指輪に埋め込まれた精霊石はすでに加工された粒状のモノである。そのためほぼ原石状態の精霊石がこういう形をしている事はなかなか想像がつかない。
 朔耶は現在、レティレスティアに貰った精霊石の指輪をめているが、実は藍香にも同じ職人が作り上げた指輪を装備させていた。これも朔耶のものと同じく、言語の異なる者同士の意思疎通そつうを図る『疎通の加護』の効果を持っている。
 ちなみに、その指輪が朔耶とお揃いである事が、使用人達の『サクヤ様は同性嗜好しこう』説を助長させていたりするのだが、朔耶本人は気付いていない。

『さて、それじゃあお願い』
 ウム

 並べた精霊石を前に、朔耶は自身が契約している神社の精霊に加工作業を頼んだ。加工といっても石を直接いじるのではなく、近くにいる精霊を呼び寄せて石に宿すのだ。
 非常に多くの魔力を含み、魔術の触媒しょくばいとしても一級品を誇る精霊石は、精霊が宿る事でその真価を発揮する。宿った精霊に精霊術士が交感を繋ぎ、特定の魔術的効果を発現し続けてもらうよう依頼する事で、特殊な効果を持つ精霊石を生み出す事が出来るのだ。
 かつて魔族組織の構成員が魔物を操るために使っていた精霊石のネックレスも、魔物に味方と判定させるための、特定の魔力の波動を発現し続けるよう加工されていた。
『特定の魔術的効果を発現させ続ける』という加工は、詠唱魔術や触媒を使った魔術でも可能であるが、それはただ光るだけとか、火が出るだけ、風が吹くだけといった簡単な効果の場合のみだ。
 精霊はそれらの効果を自然現象そのもののように呼び起こしているのに対し、魔術では長い呪文の詠唱や触媒の加工といった複雑な工程を経なければ発現させる事が出来ない。ましてや『疎通の加護』や怪我の治癒ちゆなどといった高度な特殊効果を、人間の扱う魔術をもって恒常的に発現させ続けるのは、実質不可能と言えた。
 加えて、その精霊が宿った精霊石を手に入れるのはなかなかに困難で、現在のところ、精霊が集まりそうな場所まで行って精霊石を置き、そのまま精霊が宿るのを待つという以外に、これといって有効な手段は無い。
 今朔耶がおこなっている、精霊を呼び寄せて石に宿す、などという能動的なやり方は、『精霊と重なる者』――精霊とほぼ一体化している朔耶だからこそ可能な事である。さらに神社の精霊を通じ、石に宿した精霊に対してより詳細な要求を行えるのも、重なる者ならではの利点であった。普通の精霊術士が交感を繋いで精霊に要求した場合と比べても、伝わる内容の正確さや、精霊の対応の精密さは群を抜いている。

「ん、これでいいかな。藍、そっちの容器取って」
「はいこれ」

 朔耶は『治癒効果を発現し続ける精霊』の宿った精霊石から、ほのかないやしの光が発現され始めたのを確認すると、藍香が組み立てていた筒状の容器に組み込んでいく。
 藍香との共同開発品である簡易精霊治癒装置、その名も『快治癒点灯かいちゆてんとう』。本体の形状や使用時の様子が懐中電灯そっくりだったので、そのまま名前をもじった。商品名も、二人の合作らしい分かりやすいモノになったとは弟孝文の言。
 実は藍香がサクヤ式工房の助手を務める事になったのは、孝文のアドバイスによるところが大きい。
 フレグンス国内には今も、余所者よそものでありながら王族と懇意こんいにする朔耶へのアンチ勢力が存在する。以前、朔耶に対し一方的な査問会を開いて糾弾きゅうだんし、返り討ちにった重鎮じゅうちん四家がそれだ。藍香のような存在が出てきた今、彼女に近付き、朔耶排除のために利用しようと考えるやからも出てくるだろう。
 また、身分の問題も依然として横たわっている。藍香には、親友である朔耶以外には何の後ろ盾も無い。朔耶ほどに功績を上げる事は無理でも、フレグンスの人々が敬うに値する肩書きなり実績なりが必要だと弟は指摘した。

『上辺は朔姉の威光で頭を下げてても、内心でさげすんでたら、やっぱ分かるだろう?』
『あ~、確かに言葉の端々とか態度にも出てくるだろうからねー』

 藍香も決してにぶい子ではないので、周囲から悪意やあざけりを向けられれば、それに気付くだろう。そんな状態がずっと続いたら、いずれ耐えられなくなるかもしれない。本人だけでなく、藍香の存在に肯定的な人と否定的な人とが対立する事も考えられ、結局関わった人達全員が良い思いをしない。
 そこで、フレグンスの貴族達から『朔耶の親友の異世界人――というだけの平民』としてあなどられないような処置――すなわち一目置かれるだけの理由を作る事が必要になる。そう説いた孝文は、サクヤ式製品の製作において藍香の実績を作るという提案をしたのだ。
 そして、工房見学に来る職人やサクヤ式研究者達を利用して一計を案じた。
 彼らがいる場で、朔耶と『朔耶の親友で、異世界出身の工房助手』である藍香が、発明品のアイディアを出し合うという演出。
 工房で二人が話し合いを始めると、地球世界の知識や固有名詞が飛び交うので、見学者達はその内容についていけない。ティルファの研究者でも、かろうじて概要が理解できるような気がするかもしれない、という程度だ。

『携帯の中継アンテナみたいなシステムは無理なのかな? 魔力だと距離関係なくなるなら、基地局一つだけでいけるかもよ?』
水鏡みずかがみをテレビみたいにするとか? 魔力と電波って性質が違うっぽいし、個別のアンテナで正確に魔力情報を複製して再送信できれば、中継アンテナっぽい事は出来るかも』

 こんな会話をされては、サクヤ式の技術を盗み(学習的な意味で)に来たティルファの研究者達もお手上げである。実際のところ、二人に通信系の専門知識がある訳もなく、ただ単に雰囲気で話しているダケに過ぎない。が、それを理解できる人間は、こちらの世界にはいない。
 そんな弟の策をもって、藍香の『只者ただものではない』印象を膨らませ、その上で何かインパクトのある道具を作る。そうして出来たのが『快治癒点灯かいちゆてんとう』なのだ。
 誰でも簡単に治癒魔術並みの治癒効果を得られるという、精霊石を使用した、非常に高価で稀有けうな発明品である。


 作業台に並ぶ円筒形の快治癒点灯。朔耶が一本一本状態を確かめて、ふたを閉めれば完成だ。使う時は蓋を開けて、いやしの光を患部に照射するだけという手軽さ。
 一応、中の精霊が使う魔力の足しにすべく、魔力集積装置も組み込んである。

「これだけあれば各騎士団支部に配れるね。お疲れ、藍」
「朔ちゃんもお疲れ~、これでやっと一息だね」

 最後に箱詰めの準備だけ済ませて工房で昼食を取る。この後、朔耶は大学院に登校し、藍香はサクヤ邸に戻る予定だ。

「夕方、学院の帰りにでもレイスのとこに一個持って行かないとね」
「これ見せに?」
「そそ、一応騎士団の備品にしてほしいって事で申請しとくの」
「今すぐには持って行けないの?」
「昼間は公務の方が忙しいみたいだからね」

 夕方なら宮廷魔術士長の仕事も一段落しているはずなので、こういう趣味や思いつきに近いものに関しては、報告のタイミングにも配慮しているのだ。


「それじゃあまた夕方にでも」
「うん、待ってるねー」

 工房の前でバイバイと別れて朔耶は空に上がり、藍香は送迎の馬車でサクヤ邸へ。大学院の方角へと飛び去る朔耶を馬車の窓から見送った藍香は、これから夕方までの予定を思案する。自分にはメイドとしての仕事が残っているが、朔耶はそれ以上に忙しそうだ。

「今日は朔ちゃん、届け物でまた出かけるかもしれないなぁ」

 文字通り、異世界の空を飛び回って活躍する親友、かつ想い人の事を、『本当に凄いなぁ』と尊敬する藍香。そして自分は、朔耶のために何が出来るだろうかと考える。
 高校時代、朔耶は自分や実穂と過ごす時間を、『一般人としての日常』とし、それを壊したくないと言っていた。
 朔耶のこちらでの活動が、一般人の、ましてや本人が自称する『庶民』などといった枠に収まっていない事は、朔耶も自覚しているようだ。それでも、この異世界オルドリアで生活していく事を選んだのは、朔耶が『戦女神いくさめがみ』として活躍する事に、生き甲斐がいを感じているからではないか。藍香はそんな風に分析する。

(でも戦女神なんかじゃなく、朔ちゃんは朔ちゃんのままでいようとしてるのも分かる……)

 藍香は時折、朔耶がお城の偉い人達と話をしている姿を見かける事がある。その時の彼女は随分と深刻そうで、まるで別人のようにも感じられた。
 だが、何かあったのかとたずねると、いつも「大丈夫だから」とはぐらかす。そんな時は決まって、普段以上にこちらのおふざけ百合アタックに付き合ってくれるのだ。

(あれって、心配させないようにって気遣いの他に、あたしに『一般人としての日常』を求めてるからじゃないのかな……)

 もしそうなのだとすれば、自分とおしゃべりする時くらいは一般庶民の娘でいられるように、そして国家や世界の動向から、ほんの一時いっときでも意識をらしてリラックスできるように。そんな風に朔耶をいやせる存在に――

「――なれたらいいなぁ」
「はい? 何かおっしゃいましたか? アイカ様」
「ううん、ただの独り言~」

 御者ぎょしゃのおじさんに答えながら、藍香は密かにそんな想いをいだくのだった。


 お昼休みでにぎわう大学院。中央塔のサロンにやって来た朔耶は、エルディネイア達が集まっているいつものテーブルに向かう。

「やほー、ルディと楽しい仲間達&ドーソン」
「ぶっ」

 優雅に口をつけていたお茶を噴き出しそうになるエルディネイア。

「今日の僕はオマケかい?」
「きゃはははっ」

 ドーソンのコメントにリコーがウケている。他のメンバー達も『来たか』と苦笑を浮かべながら会釈えしゃくをした。
 趣向をらした変な挨拶で笑いを取りつつ、彼らに交ざった朔耶は、先日のキャンプ計画に関して、宮廷魔術士長レイス殿に人材を紹介してくれるようお願いしてきたと報告する。

「という訳で、ややこしそうな部分は専門家がやってくれると思うから、まずはあたし達で出来る事から考えて準備してみましょ」
「相変わらず周到ですわね」

 そう言って肩をすくめたエルディネイアは、感心するやら呆れるやらな雰囲気でカップをテーブルに置いた。他メンバーも『確かに』と納得しつつ、朔耶を中心に今後の活動方針について話し合う。
 いつの間にか、朔耶とエルディネイアチームが『学生キャンプ実現計画』のプロジェクトチーム的な位置付けになっていた。

「う~ん、でも何から決めればいいんだろ?」
「すぐには思いつかないよね」

 リコーの疑問にノーマが同意すると、寡黙かもくなサブリーダーの剣士エルスレイが、根本的な疑問をていする。

「……そもそも、俺達はまだ何を話し合えば良いのかすら分かってないんじゃないか?」

 それもそうだとうなる二人。すると、おっとり系の支援魔術士ルーネルシアが、のびーる語尾で意見を述べ始めた。

「確かにぃ~、私達はぁ~、こういった活動の経験もぉ少ないですしぃ~、ここはぁ~、発想が豊かでぇ~」
「ルー、論点を絞りなさい論点を」

 時間が掛かりそうだからとフォローとツッコミでうながすエルディネイアに、ルーネルシアは「う~ん」としばらく考える。

「勤労経験もぉ~、豊富なドーソン様はぁ~、何か妙案はありませんかぁ~~?」
「そうだなぁ。やっぱり当事者になる他の院生達みんなからも話を聞いておくのが筋じゃないかなぁ」

 意外にも的確なところを突いてきたドーソンの意見に、朔耶はそれならばと一つ提案をする。

「それじゃあ、アンケート取ろっか」
「アンケート?」
「うん、いくつか項目を並べた紙を皆に配って、任意で提出してもらうの。意識調査ってやつね」

 基本的に、こちらの質問に○×をつける形で答えてもらう。一言書ける自由意見欄も設ける。これなら、文章を書く事が苦手な生徒の意見もまとめやすい。

「あ、それ楽でいいね」
「うんうん」
「……確かに、個別に聞いて回るよりははるかに効率的だ。しかし、その方法には問題もある」

 リコーとノーマが良い案だと頷き合うも、エルスレイが苦言をていする。彼の言葉を引き継ぐように、エルディネイアが口を開いた。

「大学院に在籍する生徒は五百人近くいますのよ? それだけの数のアンケート用紙や、それを作る諸費用はどうやって捻出ねんしゅつしますの?」

 だが朔耶は、あっさりその問題を片付ける。

「それは言い出しっぺのあたしが用意するよ」

 父の工場にある広告用の印刷機を使えば、千枚単位でも楽勝だ。一枚だけ完璧な見本を作れば、後はいくらでも複製できる。なので、まずはアンケート内容を決めようと皆で意見を出し合う事になった。

「あと、アンケートをするにあたって学院側に根回しも必要ね」
「そうですわね。あらかじめ許可を取っておかないと、後々面倒ですわ」

 まずは全院生を対象にしたアンケートの実施や、キャンプ計画の周知活動を行うための許可申請を大学院側へ行うなど、下準備を進めていく。
 するべき事が明確になった事で、『学生キャンプ実現計画』は本格的に動き始めた。


 夕方。朔耶は大学院からの帰りに工房へ立ち寄り、快治癒点灯かいちゆてんとうの完成品サンプルを持って城へと飛んだ。そのまま宮廷魔術士長の執務室を訪ね、レイスに新たな発明品を披露ひろうする。ちょうど補佐官であるフレイも在室していたので、一緒に見てもらった。

「これはまた……随分と珍しい道具が出来ましたね」
「中の精霊が治癒をほどこしてくれる道具ですか……」
「これを各街の騎士団に配ろうと思うのよ」

 精霊石や魔力集積装置が組み込まれた類稀たぐいまれなる超特級品。フレグンスの一部公共施設に救急機材として常備させる事で、そこに勤める騎士達の肉体的負担を減らすのだ。
 魔力石ライターに始まり、魔力測定器や反発力ユニット、衝撃の篭手アンバッスさんの拳骨、エレメントブレード、機械船の推進器などなど、人々に数々の驚愕きょうがくをもたらしてきたサクヤ式。
 レイスやフレイは、ここに来てまたとんでもない道具を作り出したものだと、感心とも呆れともつかない溜め息をつく。
 一方、それを生み出した本人は割とあっけらかんとしている。材料や製作工程はかなり特殊であるが、仕組み自体は単純で、大して驚くようなものではない、という認識ゆえだ。内蔵部品が特殊すぎるので、さすがに一般市場で売り出すのは難しいが。

「では、備品としての申請登録や、騎士団への配布通達は僕の方でやっておきます。サムズ方面には竜籠便りゅうかごびんを使うといいでしょうね」
「うん、お願いねー。国境のカンタクルとカースティアにはあたしが直接持っていくよ」

 宮廷魔術士長の執務室を後にした朔耶は、夕食を取りに地球世界の自宅庭へと帰還した。


「たっだいまー」

 居間に上がった朔耶は早速、兄重雄と弟孝文に学生キャンプのためのアンケート用紙についても相談する。今回は孝文が割と乗り気で、色々考えてくれた。

「ここはやっぱり、興味を引くために用紙のデザインにも一工夫入れるべきだな」

 向こうの技術では少し難しい、ったものにすべく、いくつかアイディアを盛り込む。大学院の校舎の影をバックに、校章をうっすらと浮かび上がらせたデザイン。

「単色でもいけるけど、インパクト狙いで二色刷りにしよう」
「四隅に樹木の飾り枠も入れようか」
「あんまりごちゃごちゃし過ぎない方がいいな」

 テーブルに広げたスケッチ用の大きな紙を囲み、わいわいと鉛筆で図案を書き込んでいく。途中で夕食も挟み、詳細を詰めていった。

「フレグンスの紋章は?」
「それは国の公式アンケートと勘違いされるかもしれないから、アウトだろ」
「学院側に許可を得て実施するアンケートだし、校章は大丈夫かな」

 用紙のデザインが決まると、オルドリアの文字で質問内容が書かれた紙と共にスキャンして、パソコンに取り込む。質問内容は朔耶が昼間、大学院でエルディネイア達に書き留めてもらったものだ。
 ちなみに朔耶は、疎通の加護のおかげでオルドリアの文字を読む事は可能だが、書く事はまだ出来ない。このあたり、難しい漢字を読めても書く事が出来ないといった感覚に似ている。
 画面内で用紙と文字を重ね合わせ、画像編集ソフトで紋様や文字の位置などを調整。後はプリントアウトして、実際の出来栄えを確かめる。
 そうして、立派なアンケート用紙の雛形ひながたが出来上がった。

「うん、こんなもんだろう」
「おおー、凄い。孝くんセンスあるじゃん」
「まーなー」

 弟をヨイショしたりつつ、兄に複製を頼む。

「予備を含めて、六百枚ほどコピーお願い」
「おう、まかせとけ」

 明日の夕方受け取りに来る事にして庭に出た朔耶は、「じゃあまた明日」とオルドリア大陸へと転移した。


 翌日。朔耶は朝から城に出向くと、レイスに快治癒点灯かいちゆてんとうの配布についての状況をたずねる。

「サムズのエバンス本部とクルストス支部には竜籠便りゅうかごびんが向かいましたよ」
「そっか、それじゃ今からカンタクルとカースティアに行って来るね」

 快治癒点灯かいちゆてんとうを詰めたリュックを背負い、城のテラスから飛び立った朔耶は、南東にある国境の街カンタクルに向けて飛び立った。
 カンタクルには小一時間ほどで到着。朝の喧騒けんそうに包まれる王国騎士団支部にやって来た朔耶は、ここの責任者と手の空いている騎士達数人に快治癒点灯を渡して、使い方をレクチャーした。

「ちょっとした切り傷とか打撲だぼくみたいな簡単な怪我ならこれで治せると思うよ」
「こ、これはまた……随分と貴重な道具ですな」

 騎士達は、いやしの光を放つ快治癒点灯をかざしたり覗き込んだりしながら、ひたすら感嘆している。朔耶は『なんかレイス達も似たような反応してたなぁ』と苦笑を返した。
 その後、カンタクルを飛び立った朔耶は、国境を越えてフレグンスの衛星国家クリューゲルに入ると、大きな湖が広がるカースティアの街を訪れ、中心部にある派遣騎士団本部に降り立った。

「やほー」
「よう、サクヤじゃねーか」

 屋上に降りた途端、早速サボっていた顔馴染みの不良騎士、ガリウスに出会ったので、団長のところまで案内してもらう。その途中の廊下で快治癒点灯の説明をしていたのだが、ガリウスは微妙な反応を見せた。

「う~ん、こいつあ便利といや便利だが……」
「何? 何か問題あった?」

 サクヤ印が入った筒型の快治癒点灯を手にしてうなるガリウスは、難しい表情を浮かべながら道具自体に問題は無いと答える。

「つーかまあ、この場合は使う側の意識の問題だな」
「使う側の意識……?」

 はてなと小首をかしげる朔耶に、ガリウスは「素人しろうと隠密おんみつ行動は無理だよなぁ」とつぶやいて思案顔になる。そして小声で耳打ちしてきた。

「お前、精霊術で姿隠したりとか出来るか?」
「まあ一応、派手な事しなければバレないくらいの姿隠しは出来るよ?」

 精霊術によるステルスモード。精霊の力を借りて張る魔法障壁を調整する事で、魔力や障壁内の様子が外に伝わらないようにすれば、擬似的ぎじてきに透明になれる。留学生という立場で王都に暮らし始め、王宮の公務を手伝う頻度ひんども増えたため、なるべく人目につかない移動法を、と模索していたら思いついた。
 もちろん、これは神社の精霊が魔力の運用を微調整してくれるからこそ可能な術だ。精霊術士として未熟な朔耶には本来扱えない、非常に高度な精霊術である。

「よし、じゃあ団長と話が終わったら、バレねぇように隠れてこいつの扱いがどうなるか見てな」

 ガリウスはそう言って快治癒点灯を朔耶に返しながら、団長室の扉をノックした。


 その後、派遣騎士団の団長と本部勤めの騎士達に快治癒点灯かいちゆてんとうの仕様を説明し、本部で使う備品として納入した朔耶は、「それじゃあまたね」と言って、正面玄関から騎士団本部を後にした。そしてすぐ近くの路地に入ってステルスモードを発現。こそーっと玄関から中に戻る。

『こういう事して、本人のいないところで悪口言ってる現場に出くわしたりしたら、気持ちの処置に困るわよねー』
 イツノジダイモ ヒトノウワサズキハ カワラヌモノヨ


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