異界の魔術士

ヘロー天気

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3巻

3-3

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「あ、おいっ、ソレは俺が使おうと思った剣なのに」
「お前にキャリゴルはもったいねぇよ、こういう武器は人を選ぶんだ」

 剣術をかじった経験のあるメンバーが、そう言って一番高価そうなキャリゴルという銘入りの剣を手に取り、刀身を確かめる。すると、どこからか挑発するような口調であざけりの言葉が投げかけられた。

「まぁな、てめぇみてぇな小悪党が扱える代物じゃねえわな」

 キャリゴルの剣を得意気に構えていた男が「何を!」と振り返った瞬間、彼の視界は大きく回って地面に落ちた。いつの間に転んだのかと身体を起こそうとするものの、彼の意識はそのまま薄れていく。やがて首を失った彼の身体がゆっくりと倒れふした。

「あ……あわぁ! ガフッ……」

 狙っていた剣を持っていかれて愚痴を垂れていた男は、仲間の身に起きた悲惨な出来事に恐怖の声を上げるが、同時に声ごと裂かれて仲間の後を追った。

「隊長~エグイよぉ」
「文句言ってねぇで、さっさと済ませるぞ」
「そろそろ図書館から手錬てだれが来そうだしねぇ」
「な、何だお前ら!」

 いきなり仲間二人をほうむられた集団のリーダー格の男が叫ぶ。ほふった男は飄々ひょうひょうとした様子で剣を払い血糊ちのりを飛ばすと、鼻で笑いながら答えた。

「何って、見りゃ分かるだろう? おーこく派遣騎士団だよ。俺は隊長のガリウスだ、短い間だがヨロシクな」

 それを合図に派遣騎士団の甲冑かっちゅうで身を固めたガリウスの部下二人が、武装集団に飛びかかる。
 小さな身体で自分の身長ほどもある大剣を操る童顔の騎士が、慌てて剣を構えようとした男を文字通りぎ倒した。目の細いぽっちゃりした温厚そうな騎士は、槍の先に斧頭ふとうが付いた斧槍ふそうを振るい、もう一人の男の頭をかぶとごと叩き砕く。

「ひっ……おい! その娘を人質に……」

 リーダー格の男は顔を引きらせながら振り返り、少女を捕らえていた仲間に声をかけるが――

「ん? こいつらに人質をとらせるつもりだったのか……それはすまなかったな」

 冷たい目をした長身面長の騎士が、一突きで串刺しにした二人の男から血塗れの長剣を引き抜きながら言った。ほんのわずかな間に仲間の全てを失ったリーダーは、錯乱したように雄叫びを上げると、集合場所に向かって走り出す。
 が、彼らがそれを許すはずも無く、斧槍で足首を払って転がしたところを大剣で地面に縫い付けるように貫いてトドメを刺した。

「おいっ、なんだ今の声は! こっちから聞こえたぞ!」

 少し離れた街角に傭兵部隊の姿を確認したガリウスは舌打ちする。

「ちっ、傭兵共が出てきやがったか……おい、あんたらは早く家ん中入って戸締まりしてな」

 荒らされた店の前でへたり込んでいる少女と店の主人に声をかけると、ガリウス小隊は傭兵達を巧みに挑発して路地裏へと誘導していった。


 篭城ろうじょうする各国の護衛騎士団と武装集団との攻防が続く大図書館の通路の一角。

「よし、手筈通りに行くぞ」

 部下達と作戦を確認し合った傭兵団の団長は、突入開始の合図を出した。騎士団の気を引き付けるためだけに組まれた部隊が突撃を敢行し、魔術団と騎士団の迎撃を受けて即座に撤退を始める。それを追撃しようと前に出る騎士達に、イーリスの指揮が飛ぶ。

「深追いするな! 固まって防衛に徹しろ!」
「団長っ! 新手です!」
「あれは……傭兵団か!」

 隊列が乱れた隙を喰い破るように急襲して来た傭兵団。
 イーリスは後方で控える騎士達にも援護を呼びかけた。恐らくは相手の最強戦力が出て来たのだ。こちらも相応の戦力で応戦せねば押し潰される。
 事実、彼ら傭兵団の錬度れんどは高く、戦闘力も先程までの突入に交じっていた傭兵崩れなどに比べて相当に高かった。
 連戦による疲労は身体だけにとどまらず、イーリスの振るう槍にも蓄積されている。何度目かの剣戟けんげきさばいて鋭い突きで傭兵の一人を吹き飛ばしたと同時に、へし折れてしまった。

「くっ、武器が限界か」
「団長! 使ってください!」

 若い近衛騎士このえきしが自分の槍をイーリスに渡すと、予備の剣を抜いて戦闘に戻る。
 受け取ったイーリスは、槍が折れた隙を狙って突っ込んで来た傭兵二人の頭を素早く打ちつけ、かえした石突きで吹き飛ばす。さらにひるがえし、彼らの身体を穂先の刃で切り裂いた。
 雷鳴のごとく凄まじい槍捌きに、さしもの傭兵達もひるみを見せる。

「さすがは噂に名高いフレグンス近衛騎士団長の槍捌き、ぜひとも差しで手合わせ願いたい!」

 傭兵団の団長は部下を三歩下がらせると、オールグレンの長剣を構えてイーリスの前に立った。一騎打ちを申し込まれたならば受けねばならないのがフレグンスの騎士である。イーリスの部下達も三歩下がって決闘の舞台を整える。

「イザ」
「参る」

 先手のイーリスが放った鋭い突きが、叩き下ろしからのぎ払いに変化する。傭兵団長は合わせるように剣を振り下ろして相手の軌道をらし、槍のの上を剣の腹で滑らせて腕を狙う。イーリスはそれを一動作で弾き上げ、巻き込むように剣を絡め取ろうとする。
 傭兵団長は身体ごと反転させてそれをいなし、逆に打ち込んで来た。戦闘中に背中を見せるといったトリッキーな攻撃法は傭兵ならではのもので、正統派の騎士からすればやり辛い。その反面、正面から打ち合うように隙を潰していけば、癖のある傭兵は手数が限られてくる。
 疲労と他人の得物とで実力を発揮しきれないとはいえ、近衛騎士このえきし団長だんちょうまで務めるイーリスと、生き残るための剣を極めてきた傭兵団長の一騎打ちは拮抗きっこうしていた。しかし、この拮抗こそが傭兵団長の狙いでもある。
 一騎打ちなど花形の騎士同士でやっていれば良い。傭兵団長には、時間稼ぎと相手の注目を引き付けておくという別の狙いがあった。そろそろ正面から打ち合うのもキツくなってきたかと、傭兵団長が少しずつ後退を始めた時、それは起こった。

「今だ! 突撃しろ!」
「先に魔術士を狙え!」

 封鎖していた通路の瓦礫がれきが崩され、別部隊がなだれ込んで来たのだ。それに合わせて一気に攻勢に出る傭兵団。イーリス達は背後からの急襲に浮き足立ち、さらには前方から突撃を仕掛けてきた傭兵団を押さえるのに精一杯で、魔術団の援護にも回れない。
 どうにか反応した精鋭騎士団が魔術団の盾となっているが、如何いかんせん数が違い過ぎる。
 傭兵団長とその部下の攻撃をギリギリでさばいていたイーリスが焦りを募らせる。

「このままでは……っ!」
「頃合だ! アレを使え!」

 傭兵団長が新たな指示を出すと、彼らの背後から新型ボウガンを構えた部隊が現れた。人の腕力では短矢ボルトつがえる事さえ出来ないほどの硬いつるを張り、より強力な射撃を可能にしたボウガン。一度発射すると、次に発射するまでかなりの時間を要する代物だが、それだけに一発の破壊力は凄まじい。
 ガスンッという機械音と共に発射された鋼鉄の短矢は、騎士達の甲冑かっちゅうと中に着込んでいる帷子かたびらを易々と貫通して身体に突き刺さった。たとえ致命傷は避けられても、甲冑を通して突き刺さった短矢は、動く際に生じる甲冑と身体のズレによって肉をえぐり激痛をもたらす。
 撃たれた騎士達は皆動けなくなり、剣を構えて立っているだけで精一杯という状況に追い込まれた。

「騎士共の動きは封じたぞ! 全員で討ち取れ!」
「おおおおおぉぉぉ」
「く……ここまでか……レスティア……」

 肩と脇腹に二発の短矢を撃ち込まれたイーリスはもはや槍を振るう事が出来ず、討ち取られるのを待つばかりの身となってしまった。レティレスティアの婚約者候補として在りながら、忙しさを理由にあまり構ってやれなかった事を悔やむ。
 通路の中央、会議室の前まで押された近衛騎士このえきし団、精鋭騎士団、ティルファ魔術団が傭兵団と武装集団に呑み込まれようとしたその時、会議室の窓から何かが飛び込んで来た。


「わきゃああああああぁーーーーーーー!」

 ソレは凄まじい勢いで窓をぶち破ると、会議室の椅子や机を巻き込んで盛大に床を転がり、通路まで飛び出して壁に激突したところで止まった。壁には大きくひびが入ってへこんでいる。
 あまりに突然の出来事に、その場の全員の動きが止まった。煙を噴出しているソレは、ムックリと起き上がり身体に積もった瓦礫がれきをパラパラと落とす。
 黒髪に黒い瞳、薄い白色の衣をまとった小柄な少女がそこにいた。

「さ、サクヤ……殿?」

 キョロキョロしていた朔耶は声をかけてきたイーリスに気付くと、パッと顔を綻ばせた。

「あ、イーリス無事だった?」
「いや、それはこちらの台詞せりふのような気がするのだが……」

 面食らったイーリスは、傷の痛みも忘れて半ば呆然としつつ突っ込みを入れる。
 時速百五十キロ近い速度で窓を突き破り、壁に激突したにもかかわらず、朔耶には傷一つ見当たらない。衣服にも破れ一つ無い。飛ぶために纏っていた強力な魔法障壁は、あらゆる物理的衝撃から身を守るため、壁に激突した衝撃も「あいたっ」で済む程度に軽減されていた。

「うわっ、なんか刺さってるし! 大丈夫?」

 近衛騎士このえきし、精鋭騎士はいずれもボウガンの短矢ボルトに射抜かれて満身創痍まんしんそういとなり、身動きがとれずにいた。ようやく硬直状態から立ち直った傭兵団が動き出して油断無く剣を構えると、他の武装集団も我に返って攻撃を再開しようとした。
 床にぺタリと座り込んでいた朔耶はそれを察して勢い良く立ち上がり、身体からふんわりと立ち昇らせていた魔力のオーラを派手に噴出させる。

「とりあえず、あたし 参 上 !」

 白と黒の光の翼が現れると、味方の騎士団や魔術団をはじめ、傭兵団や武装集団にもどよめきが広がる。突然乱入して来た得体の知れない少女を警戒して、武装集団は動くに動けない状態におちいったが、傭兵団はどんな状況下でも攻め時を逃さない。
 この少女の姿をした存在は確かに得体が知れず、人間離れした気配には畏怖いふにも似た脅威すら感じる。だが今は、当面の障害である騎士団をほうむり去り、この建物を制圧する事が肝要だと判断する。傭兵団長が攻撃命令を下そうとしたその時――

「そして傭兵団含め武装集団の皆さん!」

 朔耶が彼らに話しかけた。武装集団も傭兵達も、そして傭兵団長すらも声を発し損ねて朔耶に注目してしまった。その一瞬の迷いや発令の遅れが、致命的な失態に繋がる。

「オヤスミ」


 カカァアアアン! カカカカカカカカアアァァアアアアン!


 乾いた炸裂音と共に放たれた眼もくらむような閃光せんこうは、通路にいた皆の視界を奪った。
 やがて視界を取り戻した騎士達が見たモノは、累々るいるいと通路に倒れ伏す傭兵団と武装集団の姿。一体何が起きたのかと混乱する彼らを優しい光が包み込む。

「ここで怪我をしてる人全員に治癒を――」

 朔耶が放つ精霊の治癒の光は、騎士団のみならず傭兵団や武装集団の傷まで無差別に癒し始める。
 騎士達は、短矢ボルトを抜き取る最中にも片端から傷を癒し痛みも消していく強烈な治癒力に眼をみはり、魔術団はこの異常な治癒に膨大な量の魔力が使われている事を感じ取り、興味をそそられていた。

「これでよしっ、下の階も片付けて来るから、ちょっと待っててね?」

 そう言って光の翼を広げたまま階段をひょいひょい降りていく朔耶の姿を、騎士団の面々は呆けたまま見送った。一方、畏怖いふと驚愕から早々に抜け出し好奇心を刺激されまくっていた魔術団の面々は、一階の様子を見物すべく階段付近へと我先にと詰め掛ける。
 どよめき、閃光せんこう、静寂。それで終わった。本当に『ちょっと』待たせるだけで戻って来た朔耶に、騎士達は動揺しどう接すれば良いのか分からないままに彼女を迎える。

「あ、あの……本当に、サクヤ殿……なのか?」
「うん、あー……やっぱり怖い?」
「あ、イヤそのっ、我々は決してそんな!」
「あ~いいよいいよ、レティ達も最初は何か恐いモノ見る目で見てたもの」

 さもありなん、さもありなんと手をヒラヒラさせて笑う朔耶に、イーリスは急に恥ずかしくなって頭を下げた。

「申し訳ない。騎士の身に在りながら、命の恩人を恐れるなど……」
「だ~からいいってばぁ、しょうがないよコレばっかりは。あたし自身これは異常だと思うもん」

「みんな助かったんだから良かった良かったで良いじゃん」と軽く流す朔耶に、他の近衛騎士このえきしも『ああ、やはりサクヤ様だ』と自分達の知っている彼女がそこにいる事を実感した。

「それより大変な事。サムズから大部隊がこっちに向かってるの」

 朔耶は大勢の気絶した捕虜を拘束する作業を手伝いながら、サムズから侵攻中の傭兵団の大部隊について語るのだった。


 街へ略奪に出ていた武装集団は、拠点となっていた大図書館に戻ってくるなり電撃で昏倒こんとうさせられ、次々と拘束された。かくして、カースティアの大図書館におけるサムズの武装集団の襲撃は鎮圧され、捕虜となっていた図書館の職員達も無事解放された。
 そんな中、遊撃活動でサムズの自警団を片付けたガリウス小隊が大図書館にやって来た。

「おいおい、どうなってんだこりゃ」
「まさか護衛の騎士団だけで撃退しちゃったの?」
「いや……ありえないだろ、それは」
「隊長、あそこに近衛隊がいるよぉ」

 大勢の捕虜で埋め尽くされた図書館前広場を見渡しているガリウスに、部下のぽっちゃり騎士がある一角を指し示す。そこには現場を指揮する近衛騎士団長イーリスの姿。
 とにかく状況確認をしようとそちらに足を向けたガリウスは、この殺伐さつばつとした現場に場違いな格好で立つ存在に眉をひそめた。白い薄手の衣を着た黒髪の小柄な少女が、近衛騎士団長と何やら話しているのだ。

「おい、あそこにいる娘――」
「黒髪に特徴的な容姿、例の魔術士だな」

 ガリウスが目配せで意見を求めると、面長騎士のクランドルが答え、「恐らく当人だろう」と続ける。

「王室特別査察官のサクヤちゃん? へぇー、結構可愛いなぁ」
「フランはああいう子が好みなんだねぇ」

 二人の会話を聞いて話題の人物を見つけた童顔騎士のフランが、興味深そうな視線を向ける。それを軽くはやすぽっちゃり騎士のスラント。
 帝国にさらわれていたはずのサクヤ式発明家魔術士が何故ここに? と疑問に思いつつ、広場へとやって来るガリウス小隊。すると、こちらに気付いたくだんの少女が振り返る。

「あ……ガリウスだ」
「……っ」

 その呟きを聞いた瞬間、ガリウスはピクリと片目を細めて警戒心を強めた。

(何故俺を知ってる……?)

 朔耶は地球世界の自室で眠っている時、契約した精霊との繋がりが見せるこちらの世界の情景、すなわち精霊の視点による夢内異世界旅行でガリウス達を見た事がある。怪しげな路地裏の空き地でダベっていた姿から、彼らに対して不良騎士という印象を持っていた朔耶は、改めてガリウス達をつぶさに観察する。

(確かあの時、傭兵団の馬車を見てサムズが怪しいとかって言ってたよね)

 ガリウスはそんな朔耶の視線を気にしながら、イーリスに声をかけた。

「クリューゲル方面、カースティア駐在派遣騎士団所属、小隊長のガリウスだ」
「フレグンス近衛騎士このえきし団団長イーリスです。派遣騎士団の大半が壊滅している中、ご無事で何よりでした。今までどちらに?」
「ああ、裏路地の抜け道使って連中が集結しないよう撹乱かくらんしてたのさ。現状を確認したいんだが」

 そう話すガリウスは、実は王都でも名の知られる門閥もんばつ貴族きぞくジャバール家の次男である。
 二年ほど前、ガリウスは王都で起こったある事件の責任を取って、王国騎士団から派遣騎士団に所属を移す事になった。事件の詳細や裏側については、王都でもごく一部の関係者にしか知らされていない。
 同じく王都から所属を外されるという左遷的な処置を受けた門閥家の子息、アクレイア家のレイスも割と問題児であったが、ガリウスはまた違った方向でいわくの付いた不良騎士であった。
 イーリスから現在の状況とこれまでの経緯を聞いたガリウスは、胡散臭げに朔耶を見下ろす。
 篭城ろうじょうくみの騎士達が危機におちいった時、飛び込んで来た朔耶の力により形勢は一気に逆転。またたく間に敵勢力を無力化できたのだという。

「ふーん、このちまっこいのがねぇ……」

 先程からじぃ~っと観察してくる朔耶に対し、ガリウスは以前部下達と彼女を話題にした時に浮かんだ疑念を思い出す。
 帝国による第一王女の拉致を阻止したところから始まる、一連の彼女の活躍。
『信頼の証』を使った貴族間の派閥争いへの介入、新設された王室特別査察官への就任、要人誘拐や暗殺等の陰謀阻止、特殊な発明品による王都経済の活性化や、帝国密偵の活動阻害と洗い出しへの貢献。
 そして最後は帝国と通じていた大物貴族によって帝国に連れ去られるという、ある意味絢爛けんらんたる軌跡。最初の事件でレティレスティア王女と懇意こんいになり、王都内における強固な基盤を得たとはいえ、あまりに出来過ぎた展開に、初めから仕組まれていたのでは? とガリウスは疑っていた。
 フレグンスに対する貢献度の高さから、さすがに全てが帝国の陰謀だったとは考えにくい。しかし、朔耶が帝国に連れ去られて間も無く帝国に政変が起き、今回の和平会談が提案されたのだ。そしてサムズの反乱で和平会談が襲撃され、各国の代表が危機にひんしたところへ颯爽さっそうと現れて活躍するという、これまた出来過ぎた展開。
 その上この少女は、面識の無いはずの自分を知っていた。
 もし彼女が王都の貴族に通じているなら、名門ジャバール家の次男、『ガリウス・ツィット・ジャバール』を知っていてもおかしくはない。だがそうすると『遠い異国の地より旅して来た発明家魔術士で、二ヵ月ほど前に偶然王女を救った』という触れ込みがますます怪しくなる。二ヵ月前に王都に来た少女が、二年前に王都を出てカースティアの派遣騎士団に勤務するようになった自分を知っているはずがない。

(やっぱどこかの家の回しもんか? 帝国とも繋がりがありそうだし、気は許さねぇ方がいいな)

 そんな風にガリウスが朔耶への対し方を考えている中、部下の一人が早速アプローチを仕掛けていた。我が部下ながら手がはえぇと少しばかり頭を抱える。

「初めましてっサクヤちゃん、僕、ガリウス小隊のフランって言うんだ、仲良くしようよ!」
「え、ええっとよろしく?」

 朔耶は、『何かガリウスさんに睨まれてる~』と思っていたら、女の子のような容姿の騎士が突然そう言って両手を握ってきたので、面食らった。
 フランと名乗るオレンジがかった金髪の小柄な騎士は、「可愛いねー」をはじめ「手小さいねー」とか「綺麗な髪だねー」とか「肩細いなぁ」などと、朔耶の彼方此方あちこちを褒めまくりながら積極的に触れてくる。その勢いはまるで尻尾を全開でフリフリしている子犬のようだ。嫌味が無く、いやらしさを感じさせないが故に、朔耶も為すがままにソフトタッチされまくっている。
 下心が透けて見えるセクハラ野郎が相手なら容赦ないカウンターアタックをかます朔耶だったが、こうも好意丸出しでなつかれると無下に出来ない。
 ふと、こちらの様子をうかがうガリウスと目が合った。『この子何とかしてー』と目で訴えてみたものの、ガリウスはスッと片目を細め、軽薄な笑みを浮かべた。
 その態度に、何だかカチンと来る朔耶。

「む、なんか今バカにされたような気がしたっ」
「うん? ああ、隊長はいつもあんな感じだよ」

 気にしない気にしないとなだめながら髪をでようとするフランの手をひょいとかわし、朔耶はガリウスを正面から見据える。すると、ガリウスはしゃに構えた態度で肩をすくめて見せる。

「おやおや、何か問題でも? 査察官殿」
「あんた、さっきからあたしの事睨んでたでしょ、何か気に入らない事でもあるの?」
「いんやぁ? メッソーもございやせんよぉ?」
「むかっ」

 そのあからさまに挑発的でふざけた態度に、見兼ねたイーリスが割って入る。

「ガリウス殿、サクヤ殿に対して失礼ですよ。フレグンスの騎士として我が国の貢献者に敬意を払っていただきたい」
「おやぁ? 近衛騎士このえきし団長だんちょう殿は以前姫君と良い仲だったと聞き及んでおりましたが?」
「……今でも親しくさせていただいている。あまり勘繰かんぐるのは良くありませんよ」

 イーリスと睨み合いになり掛けたところで、ガリウスはひょいと朔耶に視線を戻した。何やら含んだ会話の意味が分からず、ハテナ顔で小首を傾げる朔耶。

「アクレイアと違ってウチは糞兄貴くそあにきがやり手ですんで、下手に粉かけないほうが得策ですよぉ? 査察官殿っ」

 ガリウスはそう言って朔耶を挑発する。この少女がどこの誰の差し金で動いているのか、背後関係を探るのが目的だ。
 篭絡ろうらく工作のエキスパートが、絶世の美女や色気に満ちた女ばかりとは限らない。一見すると子供としか思えない外見で相手を安心させ、距離を詰めていくタイプもいる。
 ガリウスは、朔耶と睨み合いながらさらに深く考えを巡らせていた。
 先程、彼女が初対面で自分の名を呟いたのは、『何かと話題の有名人が自分を知っている』と興味を持たせるための演技か、あるいは単なる失言ボロなのか。
 そこを探るべく、レティレスティア姫様の婚約者候補であるイーリスも、ついでに利用した。姫様の朔耶に対するご執心ぶりは、末端の騎士にも聞こえてくる。
 少し前までは、姫様とイーリス団長の仲むつまじい姿が頻繁に見られ、正式な婚約発表も間近かと囁かれるほどだった。しかし姫様の拉致未遂事件以降そのような姿はあまり見られなくなり、朔耶が現れてからすっかり疎遠になっているのではと噂されている。
 朔耶の存在がイーリスと姫様の関係進展を阻害しているとすれば、そこからも『朔耶の背後にいる者』の意図を探り出せる。
 例えば、婚約者候補に名を連ねる門閥もんばつのどこかが、おのが子息を姫君の婚約者、ひいては次期国王に据えるべく裏で糸を引いている、という単純な話かもしれない。少し飛躍させるなら、帝国とフレグンスの力関係も視野に入れ、国家規模で各勢力への干渉を目論もくろむ者、あるいは組織が暗躍している事も考えられる。
 いずれにせよ、朔耶の目的や背後関係を正確に知っておく必要があると考えたガリウスだったのだが――

「うん? よく分からないケド……、有能なお兄さんにコンプレックスを持ってるって事ね?」

 相変わらずガリウスが何を言わんとしているのか分からない朔耶だったが、『糞兄貴』という言葉から彼の胸中を察し、そこをつついてみた。
 軽薄な笑みを浮かべていたガリウスの頬が、ピクリと反応する。

「……ああん? 俺がアウサレスの糞兄貴になんだって?」

 非常に聞き捨てならない言葉だったらしく、ガリウスは態度を豹変ひょうへんさせた。フランをはじめ、ガリウス小隊の面々が『あちゃー』という表情を浮かべる。朔耶はウィークポイント発見とばかりに攻めに入った。

「劣等感があるんでしょ? そのアウサレスっていう立派なお兄さんの事は知らないけど」
「ほぅ~? 知らねぇのにアレが立派だと分かるのか」
「うん、知らないけど立派なんだろうなぁって分かるわよ。あんたの嫉妬ぶりを見てると」

 互いに挑戦的な笑みを浮かべた睨み合いと、一瞬の静寂。
 すーっと一呼吸置いた後、一気に爆発する門閥もんばつ次男の不良騎士に、王室特別査察官のじゃじゃ馬娘。

「んだとコノヤロー、誰が嫉妬だっ! 喧嘩売ってんのかコラァ!」
「買ってあげてんのよ、こっちはっ! 喧嘩売ってきたのはそっちでしょー!」
「お止めなさい二人とも! 今はそんなつまらない口論をしている場合ではないでしょう」

 イーリスがガルルとがなり合う二人の仲裁に入る。我に返ったガリウスは目的を忘れて挑発に乗ってしまった事を恥じ、朔耶は周りから大層注目を浴びている事に気付いて赤くなった。


 その後、王都から連絡が入り、断片的ながら各地の状況が明らかになり始めた。
 サムズ国内に駐留する辺境騎士団や精霊神殿との連絡が取れなくなっており、サムズの首都エバンスの状況は不明。隣街のクルストスに駐在する辺境騎士団支部からは、急を知らせる伝書鳥でんしょどりが一度飛来しているが、それっきり連絡は途絶えているようだ。
 大図書館の屋上にやって来た朔耶は、夜風に髪を揺らしながらカースティアの街並みを見渡した。街灯を設置している王都に比べると、ここの街並みは田舎町のように暗い。当然、地球世界のソレとは比べるべくもない。
 細く欠けた月のかすかな明かりの中、南西の空を見上げた朔耶が精霊の光に包まれる。次いで、白と黒の翼を広げてふわりと宙に浮き上がった。

「もう行かれるのですか?」
「うん、アンバッスさん達も心配だしね」

 朔耶の見送りにはイーリスだけでなく、何故かガリウス隊も来ていた。ガリウスは真面目な騎士の顔で朔耶にアドバイスを与える。

「サムズに行くんならエバンスは素通りしてクルストスから回った方がいいぞ」
「なんで?」
「公式には発表されてないがな、エバンスの辺境騎士団がクルストスの方に脱出してるらしい」
「今エバンスに行っても多分、味方はほとんどいないんじゃないかなぁ」

 ガリウスの情報をフランが補足する。ガリウス隊はここ数日で集めた情報に加え、本日遊撃した武装集団からも情報を聞き出していた。
 エバンスにある精霊神殿の『水鏡みずかがみ』による王都への定期報告を誤魔化すため、サムズは早い段階で神殿と辺境騎士団本部の制圧に乗り出していたらしい。その際の戦闘で辺境騎士団本部の大部分がエバンスから撤退して、クルストスに脱出したという。
 イーリスはそれを聞いて得心したように呟いた。

「そうか……前回の定期報告に妙な違和感があったのは、そういう事か」
「まあ、本来ならこっちの戦力を分断されたって悩むところだがな、俺達にもサムズにも予想外の事態になっちまった今なら却って好都合だ」


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