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一章
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聞き覚えのない第三者の声が、背後から静かに降ってきた。
その声音は低く、よく通るのに不思議と騒がしさがなかった。まるで耳の奥に直接触れるような、落ち着いた響きだった。
威圧ではない。だが、存在そのものが纏う圧は重く、声だけで空気の粒が変質するようだった。まるで乾いた砂の上にそっと水を垂らされたように、じんわりと、だが確実に波紋が広がっていく。
次第にその場にいた人間たちの動きが鈍くなる。背筋をそっと伝う汗、わずかにこわばる肩、誰もがその声の正体を悟った瞬間に、場の空気は一変した。
重さが、空間にじわじわと満ちていく。目に見えないはずのそれが、まるで霧のように輪郭を持ち、皮膚の上にのしかかる。呼吸ひとつすらも、許されていないような錯覚。
奏の中で、何かが静かにざわめいた。
空気の密度が変わった。いや、それだけではない。
ーーこれは上位のアルファだ。それも俺とかなり相性のいいやつだーー
心臓の鼓動が、まるで時間の底に沈んでいくような感覚。胸の奥で微かに軋む音すら聞こえそうだった。周囲の喧騒が、遠ざかる。
グラスの中で氷が溶ける音、誰かが足を組み替える衣擦れ、扉の隙間から吹き込む夜風のざわめき。そういったすべての音が遠く、ぼやけていった。
まるで世界が、一瞬だけ自分と――その声の主のためだけに静止したかのようだった。
時間が凍りついたわけではない。ただ、自分だけがその重さに捕らわれて、取り残されたような感覚。
視界が少しだけ暗くなる。心のどこかが、ぞわりと泡立つ。名もなき警鐘が、鼓膜の奥で鳴っていた。
――誰だ。
本能が問いかける。だが、振り返ることすら、今はためらわれた。
「ノア将軍ーーっ」
米兵の誰かがぽつりと呟いた名――そのわずかな音節が、店内の空気圧を一気に変えた。
耳を打つほどの大声ではない。それなのに、弦を張り詰めたような静電気が四方に走り、視線の端で捉えるすべて――グラスを持つ指の震え、椅子に乗せた踵の角度、胸の上下――が過敏なまでに意識へ突き刺さる。瞬時に兵士たちは動きを止め、まるで冷却ガスを吹きかけられたかのように凍りついた。
その静寂を裂くように、男が一歩足を踏み入れる。
革靴が床板に触れる低い響きは、銃の安全装置を外す音よりも緊張を誘った。短く刈り込まれた金髪がバーの鈍い照明を弾き、切り立った頬骨が影をつくる。瞳は深い水底の蒼。覗き込んだ者の心中を映しては呑み込んでしまいそうな、底知れぬ色だ。
一糸の乱れもない動作で襟を正し、僅かに顎を上げたその姿は、存在するだけで秩序を統べる鉄槌のようだった。張り付く迷彩の生地は皺ひとつ許さず、その胸元に燦然と輝く三つ星がライトに反射し眩しいほどに輝いていた。
男が放つ圧は、視覚や聴覚ではなく、皮膚感覚で襲いかかる。空気が重金属の粉じんでも混ぜられたかのように密になり、肺を動かすたび鈍い抵抗がかかる。呼気は奥でくぐもり、鼓動は胸郭の内側でゆっくりと粘るように沈んでいく。周囲に散らばっていた話し声やグラスの音は、遠い海底へ吸い込まれるかのようにひっそりと消えた。
ーー腹が痺れるーー
奏はコソッと手元に忍ばせた薬を一気に飲み干すとまた細く息をした。
男の背筋は完璧な直線を描き、肩の稜線には余計な力など一粒も乗っていない。そのくせ、わずかな指先の動きでも周囲を制圧できる剣呑さをはらんでいる。神経が研ぎ澄まされ、「見る」という行為さえ刃渡りを渡る緊張に変わるほどだった。
立ち上がりかけた米兵たちを男は手の甲でひと撫でして制し、まるで柔らかい湯気を払うような所作で迷彩のジャケットを脱ぎ、背もたれにかける。わずかに揺れた布地が、空気を震わせて波紋を投げた。彼が腰を下ろすたびに椅子の木組みが怯えたように軋み、店内の温度はまた一段階、冷えていく
「プライベートだ、敬礼は要らない」
やがて、空気という見えない膜を押し広げるようにして、男の低く落ち着いた声が放たれる。
その声音は、鋼でありながらベルベットのような柔らかさを帯び、命令ではなく宣告として場を支配した。
だが奏の頭の中は薬により茹だるような熱さと頭が割れるような痛みだけだった。
ノアは無駄な足音ひとつ立てることなく、まるで重力にさえ逆らうかのように静かにバーの奥へと歩みを進めた。背筋はぴたりと伸び、迷いのないその歩みが、空間の緊張を一層際立たせる。周囲の視線が自然と引き寄せられていくなか、彼は先ほどまで米兵たちがいた席へと迷いなく向かい、その隣――奏の隣の椅子に腰を下ろした。
柔らかくもどこか冷えた空気が、ふたりの間を満たす。ノアの青い瞳が、まるで標的の中心にピントを合わせるスコープのように、無言のまま奏を射抜いた。氷のような視線だというのに、不思議と刺さる痛みはなく、むしろ芯をじわじわと温めるような威圧感があった。奏はその視線を肌で受け止めながらも、わざと気づかないふりをしてグラスを手に取り、淡く濁った琥珀色の酒を揺らす。
そのとき、ノアの口元がわずかに動いた。
「……お前が奏か」
低く、静かな声だった。だが、曖昧さのないその響きは確かに耳に届き、心のどこかを鋭く突く。問いというより、確認に近い。既に知っているのだと言わんばかりの確信を帯びていた。
奏は、ちらりと横目で男を見た。だがその目線は長く留まることはなく、すぐに視線をグラスの中へ戻す。無関心を装ったその仕草の裏で、心の奥では警鐘が微かに鳴り始めていた。冷えた指先でグラスを撫でるように持ち上げ、そのまま口をつける動作にも、微妙な緊張が混じる。
「何の用だよ。将軍様」
わざとらしく皮肉を滲ませた声音に、氷を砕いたような乾いた響きが添えられる。その一言で、自身の立場も、相手の地位も理解したうえであえて挑発していることが明白になった。
ノアの姿には、どこか既視感があった。凍てつくような雰囲気、細部まで計算された無駄のない動き、そしてあの目。けれど、奏はどうしてもその記憶の扉を開く鍵を見つけられない。脳の奥がもどかしく疼く。思い出せそうで、思い出せない。だが――確信だけはある。どこかで会っている。確実に、この男を知っている。
その認識が胸の奥に静かに沈んでいく感覚に、奏は薄く眉を寄せた。まるで冷たい水が体内に流れ込んできたかのように、呼吸がじわじわと重くなる。鼻腔をくすぐる酒の香りさえ、どこか遠ざかっていくようだった。耳に入るはずの雑音――グラスが触れ合う音や、誰かの笑い声さえも、今はまるで別の世界の出来事のように、遠くぼやけていく。
どこから重たく甘い白檀の香りに、微かに焦げた煙草と金属の冷たい香りが混じった香りがする。けれど、その奥にはかすかに、黒糖のような、ほのかに温かい残り香があった。
これはノアのフェロモンの香りに違いない。そう気づくと、指先がいつもより強くグラスを握っていた。汗ばんだ掌に、冷たいガラスがねっとりと吸い付く。無意識に、体が戦闘態勢に入っていた。
「…今日はただの客として、お前に興味があって来たんだ。ーーそう警戒しないでくれ」
「何?遊ばれたいの?それとも抱いて欲しいの?」
だが奏は、そんな空気の変化さえも飲み込んで、表情一つ変えずに次の言葉を選ぼうとする。無意識にグラスの縁を指先でなぞりながら、瞳の奥で何かが静かに燻っていた。どんな視線を向けられても、どれほどの威圧を受けても、簡単にはひるまない。そういう生き方を選んできた。選ばされてきた。
ノアの口元がかすかに吊り上がる。
一見無表情に見えるその顔に、確かな愉悦の色が浮かんでいた。顔の筋肉は微動だにしないが、目尻のわずかな皺が、彼の感情のゆらぎを物語っていた。
「キャンキャン吠えるんじゃねぇ。欲求不満か?バカガキ」
その声は低く、乾いた夜風のように耳の奥に残る。ノアは無造作に懐からタバコを取り出し、銀色のジッポライターで火を灯した。小さな火花が暗がりの中で跳ね、オレンジ色の光が一瞬だけ彼の頬を照らす。
ノアはタバコに火をつけると、ゆっくりと深く息を吸い込み、それから味わうように煙を吐き出す。その動作はどこか儀式めいていて、無言のうちに空間の支配権を主張しているかのようだった。
その瞬間、奏は初めてわずかに目を見開いた。肺に触れた煙がほんのりと甘く、しかし芯には鋭さがある。これは……ただのタバコじゃない。ノアの匂いがする。それは無機質な金属の冷たさと、焼け焦げた革のようなスモーキーな香りが混ざり合った独特の香気で、脳の奥にじわりと染み込むようだった。
「ひゅー、それが将軍様の口説き文句か?惚れちゃうね」
奏の声には皮肉が滲んでいたが、その目には微かな好奇心が宿っていた。いけすかない軍人。だが、つまらない人間ではなさそうだ――そんな判断が、無意識に下されていた。
この男、普通じゃない――その直感だけが頭の奥で警鐘を鳴らしていた。空間の密度が変わったのを肌が感知している。微細な皮膚の震え、視線の揺らぎ、ノアの仕草一つ一つが脳に焼きついて離れない。
そして久しぶりに高揚感のある賭けが出来るのではないかと、柄にもなく奏は期待した。喉の奥に残る酒の熱と、肺の中で渦巻く煙の匂い。その二つが混ざり合い、彼の鼓動を早めていた。
その声音は低く、よく通るのに不思議と騒がしさがなかった。まるで耳の奥に直接触れるような、落ち着いた響きだった。
威圧ではない。だが、存在そのものが纏う圧は重く、声だけで空気の粒が変質するようだった。まるで乾いた砂の上にそっと水を垂らされたように、じんわりと、だが確実に波紋が広がっていく。
次第にその場にいた人間たちの動きが鈍くなる。背筋をそっと伝う汗、わずかにこわばる肩、誰もがその声の正体を悟った瞬間に、場の空気は一変した。
重さが、空間にじわじわと満ちていく。目に見えないはずのそれが、まるで霧のように輪郭を持ち、皮膚の上にのしかかる。呼吸ひとつすらも、許されていないような錯覚。
奏の中で、何かが静かにざわめいた。
空気の密度が変わった。いや、それだけではない。
ーーこれは上位のアルファだ。それも俺とかなり相性のいいやつだーー
心臓の鼓動が、まるで時間の底に沈んでいくような感覚。胸の奥で微かに軋む音すら聞こえそうだった。周囲の喧騒が、遠ざかる。
グラスの中で氷が溶ける音、誰かが足を組み替える衣擦れ、扉の隙間から吹き込む夜風のざわめき。そういったすべての音が遠く、ぼやけていった。
まるで世界が、一瞬だけ自分と――その声の主のためだけに静止したかのようだった。
時間が凍りついたわけではない。ただ、自分だけがその重さに捕らわれて、取り残されたような感覚。
視界が少しだけ暗くなる。心のどこかが、ぞわりと泡立つ。名もなき警鐘が、鼓膜の奥で鳴っていた。
――誰だ。
本能が問いかける。だが、振り返ることすら、今はためらわれた。
「ノア将軍ーーっ」
米兵の誰かがぽつりと呟いた名――そのわずかな音節が、店内の空気圧を一気に変えた。
耳を打つほどの大声ではない。それなのに、弦を張り詰めたような静電気が四方に走り、視線の端で捉えるすべて――グラスを持つ指の震え、椅子に乗せた踵の角度、胸の上下――が過敏なまでに意識へ突き刺さる。瞬時に兵士たちは動きを止め、まるで冷却ガスを吹きかけられたかのように凍りついた。
その静寂を裂くように、男が一歩足を踏み入れる。
革靴が床板に触れる低い響きは、銃の安全装置を外す音よりも緊張を誘った。短く刈り込まれた金髪がバーの鈍い照明を弾き、切り立った頬骨が影をつくる。瞳は深い水底の蒼。覗き込んだ者の心中を映しては呑み込んでしまいそうな、底知れぬ色だ。
一糸の乱れもない動作で襟を正し、僅かに顎を上げたその姿は、存在するだけで秩序を統べる鉄槌のようだった。張り付く迷彩の生地は皺ひとつ許さず、その胸元に燦然と輝く三つ星がライトに反射し眩しいほどに輝いていた。
男が放つ圧は、視覚や聴覚ではなく、皮膚感覚で襲いかかる。空気が重金属の粉じんでも混ぜられたかのように密になり、肺を動かすたび鈍い抵抗がかかる。呼気は奥でくぐもり、鼓動は胸郭の内側でゆっくりと粘るように沈んでいく。周囲に散らばっていた話し声やグラスの音は、遠い海底へ吸い込まれるかのようにひっそりと消えた。
ーー腹が痺れるーー
奏はコソッと手元に忍ばせた薬を一気に飲み干すとまた細く息をした。
男の背筋は完璧な直線を描き、肩の稜線には余計な力など一粒も乗っていない。そのくせ、わずかな指先の動きでも周囲を制圧できる剣呑さをはらんでいる。神経が研ぎ澄まされ、「見る」という行為さえ刃渡りを渡る緊張に変わるほどだった。
立ち上がりかけた米兵たちを男は手の甲でひと撫でして制し、まるで柔らかい湯気を払うような所作で迷彩のジャケットを脱ぎ、背もたれにかける。わずかに揺れた布地が、空気を震わせて波紋を投げた。彼が腰を下ろすたびに椅子の木組みが怯えたように軋み、店内の温度はまた一段階、冷えていく
「プライベートだ、敬礼は要らない」
やがて、空気という見えない膜を押し広げるようにして、男の低く落ち着いた声が放たれる。
その声音は、鋼でありながらベルベットのような柔らかさを帯び、命令ではなく宣告として場を支配した。
だが奏の頭の中は薬により茹だるような熱さと頭が割れるような痛みだけだった。
ノアは無駄な足音ひとつ立てることなく、まるで重力にさえ逆らうかのように静かにバーの奥へと歩みを進めた。背筋はぴたりと伸び、迷いのないその歩みが、空間の緊張を一層際立たせる。周囲の視線が自然と引き寄せられていくなか、彼は先ほどまで米兵たちがいた席へと迷いなく向かい、その隣――奏の隣の椅子に腰を下ろした。
柔らかくもどこか冷えた空気が、ふたりの間を満たす。ノアの青い瞳が、まるで標的の中心にピントを合わせるスコープのように、無言のまま奏を射抜いた。氷のような視線だというのに、不思議と刺さる痛みはなく、むしろ芯をじわじわと温めるような威圧感があった。奏はその視線を肌で受け止めながらも、わざと気づかないふりをしてグラスを手に取り、淡く濁った琥珀色の酒を揺らす。
そのとき、ノアの口元がわずかに動いた。
「……お前が奏か」
低く、静かな声だった。だが、曖昧さのないその響きは確かに耳に届き、心のどこかを鋭く突く。問いというより、確認に近い。既に知っているのだと言わんばかりの確信を帯びていた。
奏は、ちらりと横目で男を見た。だがその目線は長く留まることはなく、すぐに視線をグラスの中へ戻す。無関心を装ったその仕草の裏で、心の奥では警鐘が微かに鳴り始めていた。冷えた指先でグラスを撫でるように持ち上げ、そのまま口をつける動作にも、微妙な緊張が混じる。
「何の用だよ。将軍様」
わざとらしく皮肉を滲ませた声音に、氷を砕いたような乾いた響きが添えられる。その一言で、自身の立場も、相手の地位も理解したうえであえて挑発していることが明白になった。
ノアの姿には、どこか既視感があった。凍てつくような雰囲気、細部まで計算された無駄のない動き、そしてあの目。けれど、奏はどうしてもその記憶の扉を開く鍵を見つけられない。脳の奥がもどかしく疼く。思い出せそうで、思い出せない。だが――確信だけはある。どこかで会っている。確実に、この男を知っている。
その認識が胸の奥に静かに沈んでいく感覚に、奏は薄く眉を寄せた。まるで冷たい水が体内に流れ込んできたかのように、呼吸がじわじわと重くなる。鼻腔をくすぐる酒の香りさえ、どこか遠ざかっていくようだった。耳に入るはずの雑音――グラスが触れ合う音や、誰かの笑い声さえも、今はまるで別の世界の出来事のように、遠くぼやけていく。
どこから重たく甘い白檀の香りに、微かに焦げた煙草と金属の冷たい香りが混じった香りがする。けれど、その奥にはかすかに、黒糖のような、ほのかに温かい残り香があった。
これはノアのフェロモンの香りに違いない。そう気づくと、指先がいつもより強くグラスを握っていた。汗ばんだ掌に、冷たいガラスがねっとりと吸い付く。無意識に、体が戦闘態勢に入っていた。
「…今日はただの客として、お前に興味があって来たんだ。ーーそう警戒しないでくれ」
「何?遊ばれたいの?それとも抱いて欲しいの?」
だが奏は、そんな空気の変化さえも飲み込んで、表情一つ変えずに次の言葉を選ぼうとする。無意識にグラスの縁を指先でなぞりながら、瞳の奥で何かが静かに燻っていた。どんな視線を向けられても、どれほどの威圧を受けても、簡単にはひるまない。そういう生き方を選んできた。選ばされてきた。
ノアの口元がかすかに吊り上がる。
一見無表情に見えるその顔に、確かな愉悦の色が浮かんでいた。顔の筋肉は微動だにしないが、目尻のわずかな皺が、彼の感情のゆらぎを物語っていた。
「キャンキャン吠えるんじゃねぇ。欲求不満か?バカガキ」
その声は低く、乾いた夜風のように耳の奥に残る。ノアは無造作に懐からタバコを取り出し、銀色のジッポライターで火を灯した。小さな火花が暗がりの中で跳ね、オレンジ色の光が一瞬だけ彼の頬を照らす。
ノアはタバコに火をつけると、ゆっくりと深く息を吸い込み、それから味わうように煙を吐き出す。その動作はどこか儀式めいていて、無言のうちに空間の支配権を主張しているかのようだった。
その瞬間、奏は初めてわずかに目を見開いた。肺に触れた煙がほんのりと甘く、しかし芯には鋭さがある。これは……ただのタバコじゃない。ノアの匂いがする。それは無機質な金属の冷たさと、焼け焦げた革のようなスモーキーな香りが混ざり合った独特の香気で、脳の奥にじわりと染み込むようだった。
「ひゅー、それが将軍様の口説き文句か?惚れちゃうね」
奏の声には皮肉が滲んでいたが、その目には微かな好奇心が宿っていた。いけすかない軍人。だが、つまらない人間ではなさそうだ――そんな判断が、無意識に下されていた。
この男、普通じゃない――その直感だけが頭の奥で警鐘を鳴らしていた。空間の密度が変わったのを肌が感知している。微細な皮膚の震え、視線の揺らぎ、ノアの仕草一つ一つが脳に焼きついて離れない。
そして久しぶりに高揚感のある賭けが出来るのではないかと、柄にもなく奏は期待した。喉の奥に残る酒の熱と、肺の中で渦巻く煙の匂い。その二つが混ざり合い、彼の鼓動を早めていた。
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2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
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