ZERO〜訳ありオメガ、軍人アルファに囲われて幸せになります〜

犬っころ

文字の大きさ
45 / 101
三章

48

しおりを挟む
「あ、と、病院の前で言うの気まずいんだけど、ZERO飲んでました。なので健康は期待しない方がいい。ついでに病院はすごく嫌いです」

「安心しろ、腕のいい医者を探しておいてやった」

「いや、そういうの関係ないって。ノアと伊月以外喋らないからな」

病院棟の正面玄関が、まるで無機質な巨獣の喉元のように、ゆっくりと視界に迫ってきた。

「いつまで続くか見物だ」

信頼のない人に自信を明け渡す気はない。誰彼構わず心を許していたらいつか破滅する、奏は思っていた。

 規則正しく刈り込まれた芝、光沢を失わないタイル張りのアプローチ。すべてが「異物を拒む構造」として機能しているかのようだった。

 ノアは一言も発さず、スムーズに車をロータリーの一角に寄せる。無音に近いブレーキ、寸分の狂いもないハンドルの切り方。彼の運転には、「日常」の痕跡がなかった。すべてが訓練され、研ぎ澄まされ、妥協なく制御されている──それが軍という世界の人間の、それも頂点に立つ者の「静けさ」だった。

 エンジン音が止むと、空気は一変する。
 風の音が戻り、病院の外壁に陽が斜めに当たり始める音さえ聴こえてきそうな静寂が訪れた。

 ノアは車のドアを開ける。

 奏は一瞬遅れてその音に反応し、助手席のドアに手を伸ばす。
 車外に出た瞬間、空気が変わるのを肌で感じた。
 街の陽気さや奔放な雑踏は跡形もなく、ここにはただ、研ぎ澄まされた清潔と、滅菌された緊張感と、統制の香りが満ちていた。

 ノアの背中が、すでに数歩先にある。
 その背を見失いたくなくて、奏は無言のまま足を速めた。

 ──迷子にはなりたくない

こんな広大な土地で迷子になったら死ねる自身しかない。

 軍医療棟。
 基地の中でも、最も限られた人間しか立ち入ることのできない区画。
 ここには、怪我の応急処置を行う救護室はない。代わりに存在するのは、軍専用の研究設備と、精神・肉体双方に対する最先端の診療ユニット。
 まるで異世界のように無音で、冷ややかに、整然としている。

 ノアのブーツの音は、絨毯の上ではかすかな重みとして伝わってきた。
 奏は、ただそれに追いつくように歩く。
 振り返らないノアの背中を見つめながら、心のどこかで「問われている」と感じていた。
 追いつけるか。追い続ける覚悟があるか。言葉ではなく、距離で。歩調で。

 ようやくノアが足を止めたのは、長い廊下の突き当たり──
 何の表札もない、殺風景な扉の前だった。
 ただ、その静けさの中に、ひどく重たい気配がある。空気がそこだけ歪んでいるような、静かな威圧。

 ノアは一切の予備動作なく、そのドアノブに手をかけた。
 ノックもせず、確認もせず、まるで自室に戻るかのように当然の動作で扉を押し開く。

 ──そこに“誰がいるか”を、最初から知っている者の動きだった。

 扉が開かれる瞬間、冷気のような室内の空気がわずかに漏れ出て、奏の皮膚を撫でていった。
 直感的に「ここはただの診察室じゃない」と理解する。
 何かが──日常では扱われない、もっと根源的な何かが行われている。そう確信させるような、透明で、異質な空気。

 奏は思わず立ち止まりそうになった。

「クレイン、連れてきた」

 けれど、ノアの背がそのまま前へ進んでいくのを見て、ほんの一拍遅れて、奏はノアの背に隠れるようにしてその境界線を跨いだ。

 室内は、白かった。
 ただただ、ひどく静かで、どこまでも白い空間だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】  触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。  彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。  冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

処理中です...