悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

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第三章 アナスタシアの反撃

23 悪役令嬢

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ヴォルフリート殿下のその思わせぶりな態度でアナスタシアを持ち上げ、最後に冷たく突き落とした。
 その残酷さが、アナスタシアの心を壊し彼女をここまで駆り立てた。

 だが、だからといって王族に嫌がらせをするわけにもいかない。
 ルクレール家の令嬢といえど、そんな真似は身を滅ぼすに等しい。

結果、アナスタシアの中で歪んだ結論が生まれる。

 ――全てはエマのせい。
 あの女が現れたから、殿下が変わってしまった。
 殿下を惑わせ、奪ったから。

 だから、標的は決まった。
 怒りも嫉妬も、復讐の炎も、すべてエマ=ド=モンフォールへと注がれる。

 レオナールはその様を横目に見ながら、内心で深く舌打ちした。
 止めねばならないのに、止められない。
 自分がどれほど冷静を装おうと――妹は、もう暴走を始めてしまったのだ。

あと三十分もすれば、エマが教室に入ってくる。
 アナスタシアは取り巻きと並んで、いつも通り教室の中央に陣取っていた。
 その姿は、嵐の前に静まり返る海のようだった。

 張り詰めた空気に飲まれ、誰も口を開けない。
 そんな中で――ただ一人、声を絞り出した生徒がいた。

「そ、そんなこと……やめてください。エマちゃんが、か、可哀想です」

 それは、学級委員長だった。
 真面目一筋で通る彼女が、勇気を振り絞って口にした言葉。
 小さな声だったが、教室にいた全員がはっきりと聞いた。

 沈黙を裂くその声は、震えていた。
 けれど確かに、アナスタシアの暴走を止めようとする意思が込められていた。

 だが。

「……あら」

 アナスタシアの手にあった扇が、ぱちんと閉じられる。
 赤い唇がゆるりと吊り上がり、黄金の瞳が冷ややかに学級委員長を射抜いた。

「あなた、今……わたくしに逆らったの?」

 微笑みながらの問いかけ。
 しかしその声音には氷のような威圧が混じり、委員長の顔から血の気が引いていく。

 取り巻きたちが小さく笑った。
 その笑いは、学級委員長の孤独を突きつける刃だった。

 ――次の瞬間、教室の空気は完全に凍りついた。

「そもそもあなた、辺境伯のご令嬢よね?」

 アナスタシアは扇を軽やかに広げ、形ばかりの笑みを浮かべた。
「公爵令嬢であるわたくしに、ご挨拶もなしに口を聞くなんて……何のつもりかしら?」

「そ、そんな!」

 学級委員長の頬が赤く染まる。
 机の上で握りしめた拳が震えながらも、言葉は必死に紡がれた。

「学園は、身分関係なく切磋琢磨する場であって……だから、そんなの許されません! それに、エマちゃんは光魔法の使い手です! 大切にされるべきお方です!」

 アナスタシアは小さく鼻を鳴らすと、視線だけで委員長を見下ろした。

「あら、殊勝なことをおっしゃるのね」
 扇がぱちんと音を立て、冷たい空気を切る。
「ならば問うわ。どうしてそのとやらは、男爵家に養子へ行ったのかしら?」

 黄金の瞳が細められ、冷笑が浮かぶ。

「ここはグランディール魔法学園。表向きは身分に関わらず才能を伸ばす場所――でもそれはただの建前。実際には血筋こそが何よりも尊ばれる。あなたも、それくらい理解しているはずよ」

「許されません!!」

 学級委員長の声が、感情に震えながら跳ね上がった。
「今まで貴方の横暴を見過ごしてきましたが……もう我慢なりません!」

 息を荒げ、紅潮した顔で叫ぶ学級委員長。
 一方で、アナスタシアは涼しい顔のまま、あくまで冷静に微笑んでいた。

 ――その対比が、かえって場の空気を支配する。
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