悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

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第四章 ヴォルフリートの裏の顔

43 男のSub

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レオナールの内側では、薬で押さえ込んだはずの衝動が、暴れ回っていた。無理矢理抑え込むように眠りにつこうとしたが全く歯が立たない。
 抑制剤の苦い後味も、舌に残る金属のような感覚も、もう気休め程度だ。
 胸の奥で、どうしようもなく膨れ上がっていくのは――欲求。

 今すぐDomとプレイしたい。
 命じられたい。抱きしめられたい。褒められたい。
 その欲望は理性を溶かし、頭を空っぽにしていく。

惨めだった。
 こんなにも強く求めてしまう自分が、吐き気がするほどに情けなかった。

 女でSubなら、まだ許される。
 この国の貴族社会では、女が従うことは「美徳」であり「調和」だとされている。
 だが、男でSub――それは徹底的に忌避され、嘲笑の的となる。
 常に気高く、誇り高く、力強くあることを求められる男が、誰かの命令に従い、膝を折り、快楽に溺れる。
 その姿は「堕落」だと蔑まれる。

 だからこそ、誰にも知られたくなかった。隠し通す事は出来ない、なら相手をふるいにかけ気に入るやつとしかプレイしない。そしてヤリチンと言われようがなんだろうが絶対に女しか抱かない。
 ルクレール公爵家の血を継ぐレオナールが、Domを渇望して身悶えするなど知られたら大恥だ。

レオナールはベッドの上で爪が白く反り返るほどにシーツを力いっぱい握り締めた。
 
 喉の奥から漏れる喘ぎを、どうにかして堪えようと唇を噛む。

だが、身体は正直に震えていた。

 そんな兄を見下ろすアナスタシアは、紅玉のような瞳を細め、冷ややかに吐き捨てる。
 彼女の手から放られた小瓶が、ベッドの上で軽く跳ねた。

「飲みなさい」

 短く、鋭く言い放つ。
 頬を打つようなその声音には、慈悲のかけらもない。

「……それか、第二図書館にでも行ってきなさい」

 ベッドに転がったのは、二人の手持ちの中で最も強力な抑制剤。
 そして、アナスタシアが椅子の背から引き剥がして投げつけてきたのは、一枚のローブだった。
 頭をすっぽりと覆うフードには、認識阻害の魔法が織り込まれている。裾はくるぶしまで重々しく垂れ、誰が着てもただの影のようにしか見えなくなる。

 薬を飲んで衝動を押さえつけるか。
 それとも――第二図書館、すなわちDomとSubが密かに集い、欲望を満たし合う出会いの場へ赴くか。
 アナスタシアは、兄に二つの選択肢を突きつけていた。

レオナールは、唇を舐めて乾きを誤魔化す。
 ここ最近、連日のように強い抑制剤を流し込んできたせいで、顔色は悪く、指先は常に震えていた。
 身体は薬漬けで限界を迎えつつある。
 だが、それよりも恐ろしいのは――薬が切れた時に襲ってくる、耐え難い焦燥。
 あの瞬間の空虚さを、誰よりもよく知っているのは自分自身だった。

「……第二図書館に行って、良さげなのが居なかったら――これを飲む」

 低く、搾り出すように呟くと、レオナールは小瓶を手に取り、そのままポケットへ突っ込んだ。
 そして、ばさりとローブを頭から被る。

 暗がりに沈む視界。
 フードの中は、ひどく息苦しい。
 だが、この影の衣を纏えば、誰にも正体を知られずに裏通りを歩ける。
 貴族の仮面を脱ぎ捨て、ただのSubとして、Domを求めることができる。

 レオナールは深く息を吐いた。
 惨めさと焦りが胸の奥で渦を巻き、消えることはない。
 だが、それでも足を動かすしかなかった。
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