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一章
102 えろグロ入ります
階段の上から、重い扉の軋む音がした。
そしてゆっくりと、森内が地下の部屋へと足を踏み入れてきた。
手にはステンレスのトレイを持っている。
その上には、まだ煤けた跡もない新品の焼印――先端には彫金のように繊細な「akiomi」の羅列。そしてもうひとつは淫紋をかたどったような物。
脇には、氷水の張られたボウルと、銀色に光るカミソリ。どれも無機質で静かだったが、それだけに恐ろしさを増幅させていた。
森内は無言のまま真城に近づき、すっとトレイを差し出した。
しかし――蓮の方に一度だけ視線が流れる。
ベッドに縛り付けられたまま、震え、涙を垂らし、目だけを見開いて助けを求めている蓮。
その姿に、森内の目が一瞬だけ曇る。
哀れだな――
可哀想な少年だ――
何も言わなかったが、確かにそのまなざしが、蓮にそう語っていた。
そしてすぐに視線を逸らし、森内は黙って俯いた。
「……本当に、やるんですか」
森内の声は、極限まで抑え込まれていた。
まるで吐息に言葉が紛れ込んだように静かで、それでいて、深く沈んだ空気を震わせるには十分だった。
真城はゆっくりと視線を動かす。
それは問いに対する返答ではなく、ただ“言葉の出所を確認する”ような無機質な眼差しだった。
凍りついた沈黙が一拍、二拍と場を満たし――やがて、彼の唇が僅かに動いた。
「俺が黒を白と言えば?」
その声音は、冷たい鉄を削るようだった。熱も、揺らぎもない。
“答えを選ぶ余地はない”という真理を、森内の胸に突きつけるには十分だった。
森内はわずかに顔を伏せ、そして静かに、しかし迷いなく答えた。
「親分が黒を白と言えば白です。そして白を黒と言えば黒。……地獄の果てまで、この命、全て捧げます」
その言葉は、血肉を捧げる誓いの継続だった。
何年も前、まだ森内が若かった頃――
指を切り、血を盃に垂らし、真城の手を取り、額をつけたあの時の誓い。
それを、森内は今も一言一句、忘れていない。
真城は、初めて薄く笑った。
それは嬉しさではない。“当然だ”という確認にすぎなかった。
煙草を一本取り出し口に咥えると、森内がすかさず手元のジッポに火を灯し、恭しくそれを差し出した。
「……ちゃんと覚えてるね」
カチリ、と音を立てて火が吸い込まれ、真城の吐き出した煙が地下の空気を灰色に染めていく。
タバコの火種の小さな赤が、今この空間のすべてを支配しているように見えた。
「温めて。強めに」
吐き出された煙とともに紡がれた指示に、森内はもう一言も発さず、小さく頭を下げた。
トレイの上にあった金属――
鋳鉄で作られたその焼印は、見慣れた「組の印」ではなかった。
akiomiーーその羅列があった
それは個人の所有印、すなわち、蓮の肉体が真城の私物であることを永久に刻みつける“烙印”だった。
森内は、それを無言で手に取り、備え付けのバーナーにかざした。
瞬間、バーナーの青い炎がボッと唸りを上げて吹き出し、焼印の先端を包み込む。
そこに、形状のまったく異なる“もう一つ”の鉄印が、静かに横たわっていた。
それは組の家紋でも、真城の名でもない。
曲線と点を組み合わせた、見るからに異様な意匠――
どこか淫靡で、どこか呪術的なそれは、“紋様”というよりも“呪い”に近いものだった。
森内は一瞬だけその印に目を留めた。
だが何も言わず、ただ黙って、もう一つのバーナーを点火する。
静かに、低く唸るように、炎がまた立ち上る。
「……もうひとつも、温めておいて」
真城の指示は、まるで日常の一部であるかのようだった。
煙草を咥えたままの彼の口元から、再び紫煙がふわりと吐き出され、地下の空気に混ざっていく。
その姿はあまりにも冷静で――だからこそ、狂気じみていた。
「……淫紋、ですか」
森内の喉がわずかに鳴った。
その言葉には、否定も同情もなかった。
ただ、確認として口にしただけだった。
「“犬”には首輪が要るだろ。けどコイツは……もっと奥まで染み込ませてやらないと、すぐまた噛みついてくる」
真城の声は静かで、むしろ穏やかですらあった。
けれどその穏やかさは、焼け爛れる皮膚と悲鳴を前提にした“支配者の慈愛”にすぎなかった。
森内は小さく頷くと、淫紋の鉄印をピンセットでつかみ、先ほどと同じようにバーナーの中心にかざした。
そして蓮の方に、目を向けた。
そこには、拷問台に縛られた“少年”がいた。
もがけばもがくほど軋む鎖。
ベッドの上で恐怖に歪む顔、張り詰めた肉体。
涙と涎が混じる中で、彼は震え、喘ぎ、壊れかけていた。
焦げる匂いはまだしていない。けれど、蓮の皮膚感覚はそれを先取りするようにざわついた。
背筋に冷や汗が這い、肩は痙攣のように小刻みに震える。
「やだ……やだやだやだっ……お願い……森内さん、止めて……っ」
蓮は必死に叫ぶが、森内は一切返事をしなかった。
彼の顔は無表情の仮面のようで、そこに“情”を浮かべることはなかった。いや――浮かべるわけにはいかなかった。
その沈黙が、蓮にとっては何よりも絶望だった。
横で真城は淡々と煙草をくゆらせていた。
まるでこの空間が、“人を人ではなくするため”に完璧に設計されているように思えた。
「……下処理しなきゃだね」
真城がそう呟いた瞬間、蓮の全身がびくりと震えた。
静まり返った地下室には、バーナーのごうごうという音と、焼印の金属が熱に反応して軋む微かな音、それに蓮の浅く乱れた呼吸が重なっていた。
森内は何も言わず、トレイの上に並べられた道具の中から小さな刃物を取り出して差し出す。
真城はそれを受け取ると、わざとらしく光にかざして笑った。
「まさかこんな事する羽目になるとは思いもしなかったよ」
淡々とした声。だがその奥にある苛立ちと支配欲は、空気すら凍らせるほど濃密だった。
蓮は身を固くしながら震え続けた。身体を覆う衣類のわずかな布すら、今は酷く心許ない。逃げようと暴れても、冷たい鎖は容赦なく手首を締めつけ、硬いベッドの上に縫いとめて離さない。
「……ごめんなさい……ほんとに……ごめんなさい……」
震える声で蓮は懇願を繰り返した。
許されたいというより、これ以上、自分が壊れてしまう前に終わらせてほしい――そんな祈りにも似た言葉だった。
けれど真城は、まるで聞こえなかったかのように静かに立ち上がり、ため息混じりに言う。
「動かないで、間違えて蓮の可愛いちんちん、切っちゃう」
そして、背後では再び金属が焼ける音が、湿った地下の空気を裂くように響きはじめた。
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