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三章
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朝のトラック突入という異常事態から、まだ数時間しか経っていない。
だというのに──食事を終えた本家の大広間には、すでにかすかな緊張と緊迫感が戻りつつあった。
遅めの昼食の膳を片付け終えると、組員たちは自然と情報を持ち寄り始めた。
食器を洗う者、廊下を見張る者、電話で連絡を取り合う者──それぞれが独自に動きながら、次第に“報復”の気配が空気を濃く染め始めていく。
蓮は、そんなざわめきの中で、真城の膝に腰を下ろしていた。
あくまで無関心を装うように、真城の首筋に額を預け、片腕をその腰に回している。
けれど──耳は、鋭く、周囲の会話を拾っていた。
つい数時間前までは、「自分には関係ない」と割り切っていたはずだった。
誰が何をしようが、自分には関係ない。
そう思っていたのに──今、こうしてこの男の体温に包まれて座っていると、自然と聞き耳を立てる自分に気づいていた。
大広間の隅では、部屋住たちが手際よく座布団を並べ替え、湯呑を補充し、空いた膳を引いていた。
その合間を縫うようにして、続々と枝の組の組長や幹部たちが入室してくる。
皆一様に、緊張感をまとっていた。
それもそのはずだ。
「本家」の敷居を跨ぐということは、桐生会にとって名実ともに重い意味を持つ。
不意の襲撃を受けたこの本家に、わざわざ足を運ぶというだけで、“覚悟”を背負っているということだ。
到着した組長たちは、誰もがしっかりとスーツを着込み、シャツには一つの皺もない。
革靴の先まで磨かれ、ネクタイの結び目にも乱れはない。
それぞれが、この場がただの会合ではないと理解していた。
「──組長! 報復に出ましょう!」
若い組の一人が、立ち上がるような勢いで声を張り上げた。
その言葉に、大広間の空気がピリッと張り詰める。
声を上げたのは、大志連合会との確執が深い中堅組織の一つ。
本家の敷地内にまで車両が突入するなど、これまでの桐生会の歴史の中でも異例中の異例だった。
しかも相手は、“傘下”だったはずの大志連合会。
この非礼を黙って見過ごせば、組の威信そのものが地に堕ちる。
「……ったく、あの連中、やっぱり舐めてやがんな」
「ここで黙ってたら、他の盃持ちまで見限るぞ」
男たちの声が、抑えた低音で交差する。
“次こそは俺が出る”という野心と、
“ここで手を挙げなければ終わる”という焦りが滲んでいた。
蓮には、細かな関係性までは分からない。
ただ、目の前で展開される“戦の会議”が、本物であることは伝わってくる。
真城の胸板に体を預けながら、蓮はあえて目を伏せた。
──興味ない。
そんな素振りを装うために、真城のジャケットの襟に指を這わせ、無言の距離感を演出していた。
けれど、耳は冴えていた。意識は、しっかりと拾っている。
報復先は、大志連合会の本部──それも、都市部にある一等地の拠点だという。
場所も時間も未定。
だが、やるかやらないかで言えば、「やる」に傾いている。
ただし──それに異を唱える声も、当然ある。
「今、焦って飛び込んだら……あちらの思う壺だぞ」
「本家が報復に出るなら、正式な形でやらなきゃならん」
そう口にしたのは、いずれも古参の組長たちだった。
とくに千代田一家は、沈黙を守っていた。
長年桐生会の中核を担ってきた千代田一家の一挙手一投足が、いま、この場の“重し”になっている。
彼らが動かぬ限り、本家からの総出撃はありえない。
対照的に、鷹村組はやはり血気盛んだった。
「先に手ぇ出してきたのは向こうですぜ、親父!」
「こっちも相応のツラ潰されたんです。鉄砲玉の一人や二人、ぶち込ませてください!」
真城は、こめかみに手を当てて深く溜め息をついた。
何人もが主張をぶつけ合う中、冷静に捌ける者は限られていた。
──おそらく、現実的に“矢面”に立つのは、國松組。
森内が補佐を務めるこの組は、元々裏方や汚れ仕事を引き受けることで名を上げてきた。
その傘下にある三次団体──山上会は、“静かに殺す”のが得意な連中で知られている。
通常、ヤクザの抗争で死人が出ればどこの組がどこの組のを殺したという事実が重要になるが山上会はあえてそれを隠す。彼らにとっては出世などどうでも良く仁義だけで動いているため捕まる方がめんどくさいと考えているようだ。
だが、彼らを引いていたはずの國松組の現組長は不在だった。
常陽会の離反抗争の際──あの先代、真城光一の「引け」という命に逆らい、部下を連れて“忠誠”を通しに行った末、現在は服役中。それもあと十年は出てこない
その代役を担うのが、組長代行・國松義人。
そして、その隣に立つのが、森内だった。
静かに、大広間の空気は一つに向かっていく。
──これはもう、誰かが矢を放つのを待っているだけだ。
蓮はその流れを、肌で感じていた。
いつもよりわずかに強く真城のジャケットを握るその手に、ほんの少しだけ力が入っていた。
だというのに──食事を終えた本家の大広間には、すでにかすかな緊張と緊迫感が戻りつつあった。
遅めの昼食の膳を片付け終えると、組員たちは自然と情報を持ち寄り始めた。
食器を洗う者、廊下を見張る者、電話で連絡を取り合う者──それぞれが独自に動きながら、次第に“報復”の気配が空気を濃く染め始めていく。
蓮は、そんなざわめきの中で、真城の膝に腰を下ろしていた。
あくまで無関心を装うように、真城の首筋に額を預け、片腕をその腰に回している。
けれど──耳は、鋭く、周囲の会話を拾っていた。
つい数時間前までは、「自分には関係ない」と割り切っていたはずだった。
誰が何をしようが、自分には関係ない。
そう思っていたのに──今、こうしてこの男の体温に包まれて座っていると、自然と聞き耳を立てる自分に気づいていた。
大広間の隅では、部屋住たちが手際よく座布団を並べ替え、湯呑を補充し、空いた膳を引いていた。
その合間を縫うようにして、続々と枝の組の組長や幹部たちが入室してくる。
皆一様に、緊張感をまとっていた。
それもそのはずだ。
「本家」の敷居を跨ぐということは、桐生会にとって名実ともに重い意味を持つ。
不意の襲撃を受けたこの本家に、わざわざ足を運ぶというだけで、“覚悟”を背負っているということだ。
到着した組長たちは、誰もがしっかりとスーツを着込み、シャツには一つの皺もない。
革靴の先まで磨かれ、ネクタイの結び目にも乱れはない。
それぞれが、この場がただの会合ではないと理解していた。
「──組長! 報復に出ましょう!」
若い組の一人が、立ち上がるような勢いで声を張り上げた。
その言葉に、大広間の空気がピリッと張り詰める。
声を上げたのは、大志連合会との確執が深い中堅組織の一つ。
本家の敷地内にまで車両が突入するなど、これまでの桐生会の歴史の中でも異例中の異例だった。
しかも相手は、“傘下”だったはずの大志連合会。
この非礼を黙って見過ごせば、組の威信そのものが地に堕ちる。
「……ったく、あの連中、やっぱり舐めてやがんな」
「ここで黙ってたら、他の盃持ちまで見限るぞ」
男たちの声が、抑えた低音で交差する。
“次こそは俺が出る”という野心と、
“ここで手を挙げなければ終わる”という焦りが滲んでいた。
蓮には、細かな関係性までは分からない。
ただ、目の前で展開される“戦の会議”が、本物であることは伝わってくる。
真城の胸板に体を預けながら、蓮はあえて目を伏せた。
──興味ない。
そんな素振りを装うために、真城のジャケットの襟に指を這わせ、無言の距離感を演出していた。
けれど、耳は冴えていた。意識は、しっかりと拾っている。
報復先は、大志連合会の本部──それも、都市部にある一等地の拠点だという。
場所も時間も未定。
だが、やるかやらないかで言えば、「やる」に傾いている。
ただし──それに異を唱える声も、当然ある。
「今、焦って飛び込んだら……あちらの思う壺だぞ」
「本家が報復に出るなら、正式な形でやらなきゃならん」
そう口にしたのは、いずれも古参の組長たちだった。
とくに千代田一家は、沈黙を守っていた。
長年桐生会の中核を担ってきた千代田一家の一挙手一投足が、いま、この場の“重し”になっている。
彼らが動かぬ限り、本家からの総出撃はありえない。
対照的に、鷹村組はやはり血気盛んだった。
「先に手ぇ出してきたのは向こうですぜ、親父!」
「こっちも相応のツラ潰されたんです。鉄砲玉の一人や二人、ぶち込ませてください!」
真城は、こめかみに手を当てて深く溜め息をついた。
何人もが主張をぶつけ合う中、冷静に捌ける者は限られていた。
──おそらく、現実的に“矢面”に立つのは、國松組。
森内が補佐を務めるこの組は、元々裏方や汚れ仕事を引き受けることで名を上げてきた。
その傘下にある三次団体──山上会は、“静かに殺す”のが得意な連中で知られている。
通常、ヤクザの抗争で死人が出ればどこの組がどこの組のを殺したという事実が重要になるが山上会はあえてそれを隠す。彼らにとっては出世などどうでも良く仁義だけで動いているため捕まる方がめんどくさいと考えているようだ。
だが、彼らを引いていたはずの國松組の現組長は不在だった。
常陽会の離反抗争の際──あの先代、真城光一の「引け」という命に逆らい、部下を連れて“忠誠”を通しに行った末、現在は服役中。それもあと十年は出てこない
その代役を担うのが、組長代行・國松義人。
そして、その隣に立つのが、森内だった。
静かに、大広間の空気は一つに向かっていく。
──これはもう、誰かが矢を放つのを待っているだけだ。
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