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一章
60
蓮は、真城の低く落ち着いた声を聞いた瞬間、耳の奥に鈍い衝撃を受けたように固まった。
「……自分で準備して。」
それは、ただの提案でも、押し付けでもない。
命令とも取れる響きなのに、不思議と柔らかい声色。だからこそ恐ろしい。抗う余地を与えず、ただ緩やかに、しかし絶対に従わせる強制力を帯びている。
喉がひくりと動き、蓮は息を詰めたまま視線を落とす。
机の上に広げられていたテキストとノートの上に置かれた、いやらしいほど目立つピンク色の個包装ローション。照明に反射する艶が、あまりにも現実離れして見えた。
指先が震え、ローションを摘み上げる。小さなパックひとつなのに、手の中で異様に重く感じる。
封の切れ目を探し、爪を立ててゆっくりと裂く。
パリ、と乾いた音が空気を切り裂いた瞬間、妙に甘ったるい香りがふわりと広がる。嗅いだだけで身体が反射的に緊張する匂い。過去の記憶が否応なく刺激される匂いだった。
封を開けた指先に、ぬるりとした液体がまとわりつく。
この感触。やけに生々しい温度と、粘度。まるで、現実を拒むような、ぬるりとした不気味な質感。
蓮は手を伸ばし、ローターを握りしめた。
艶消しの質感が掌に吸い付く。嫌なほどしっくりと馴染むその形状に、呼吸が荒くなる。
震える指先で、ローションをゆっくりと塗り広げていく。先端から、根元へ。何度も何度も、確かめるように。
ねっとりと光沢を帯びていくローターを見つめるうちに、強烈な既視感が襲った。
乳首にクリップを付けられ、尿道にブジーを挿し込まれた、あの時のこと。
痛みと快感がごちゃ混ぜになり、恐怖と同時に体の奥底が熱く震えた、あの屈辱的な記憶。
出来れば二度とされたくない
「……っ。」
息が漏れた。唇が震え、舌が乾く。
手の中のローターが、ただの道具ではなく、自分を屈服させるための“印”にしか思えなくなる。
ぬらぬらと光を反射するその姿が、嫌でも視界に焼き付いた。
ようやくローションを塗り終えたその時――。
「――そのまま、自分で入れて。」
背後から、真城の声が降りてきた。
言葉だけは穏やかで、吐息混じりの低い囁き。
だが、そこに宿るのは抗いがたい支配と、底冷えするような残酷な優越感。
蓮の肩がぴくりと跳ね、手が止まった。
胸の奥で心臓が暴れ出す。ドクン、ドクンと、やけに大きな音を立てて血が巡る。
視界の端――そこには、薄く笑みを浮かべた真城の横顔。
穏やかさを装った目の奥に、冷たく光る獣の眼光が潜んでいる。
あの眼差しだけで、何を求められているか――いや、何を強要されるのか、理解できてしまう。
逃げられない。逆らえない。
理性が叫ぶのに、喉が音を立てず、指先がじわりと汗ばむ。
真城の膝の間で、蓮は硬直したままローターを握りしめていた。
まるで獲物を前にした捕食者が、仕留める瞬間を楽しむかのように、真城は一切動かず見下ろしている。
呼吸だけが、異様に大きく響いていた。
蓮の手は、ひどく頼りなく震えていた。
指先には冷や汗が滲み、掌がじっとりと湿っている。そのせいで握るローターがいやに重たく、滑りそうになるたび、心臓が胸の奥でぎゅっと縮む。
――本当に、自分で入れるのか。
真城の言葉が頭の中で何度も反響する。柔らかい声音なのに、絶対に逆らえない圧力を孕んだ命令。それに従うしかない現状が、嫌でも突き付けられる。
喉が渇き、唾を飲み込む音がやけに響いた。
呼吸は浅く速く、吸い込むたびに胸が痛む。
視線は勝手に落ち、手の中のローターへ釘付けになる。艶やかに光る先端。ローションでぬめり、妖しく照明を反射している。
膝をわずかに開き、腰を少し引く。その姿勢を取るだけで、自分が何をしようとしているのかを強烈に意識させられる。羞恥と恐怖が入り混じり、全身の血が耳まで昇っていくようだった。
震える指先が、恐る恐る下へと伸びる。
普段なら絶対に自分で触れたくない場所を、今まさに自分の意思でなぞろうとしている事実に、背筋が冷たくなる。
――やめろ。やりたくない。
心のどこかが必死に叫ぶのに、手は止まらない。真城から与えられる快楽に期待してしまっている。
ローターの先端が触れた瞬間、ぴくりと腰が跳ねた。
冷たさと、ローションのぬるりとした感触。ぞわりと鳥肌が立ち、背中に戦慄が走る。
「……っ、く……」
息が止まる。わずかに押し込むだけで、体の奥が反射的に拒絶するのが分かる。それでも、真城が背後でじっと見ている――その視線が、恐怖と同時に奇妙な昂ぶりを植え付けてくる。
少しずつ、少しずつ、慎重に押し入れていく。
異物が体内に侵入していく感覚があまりにも生々しく、押し広げられていく度に心臓が跳ねた。血流が一気に加速し、耳の奥で脈打つ音が響く。
意識の端で、過去の記憶がよみがえる。
乳首にクリップを付けられ、尿道にブジーを押し込まれたあの夜。
あの時の、…痛みと快感がないまぜになって、体が勝手に震えたあの感覚。そして自分から懇願させられた屈辱感。忘れようとしても消えない、身体中に刻み付けられた真城の噛み跡と同じだった。
「……っ、……は……」
喉の奥からかすかな声が漏れた。
ローターがさらに奥へ押し込まれるたび、肺の奥まで圧迫されるような息苦しさが襲う。
指先が根元に触れた瞬間、蓮は思わず息を止めてしまった。
――もう、完全に中に入った。
その事実が、恐怖と同時に妙な熱を体中に広げていく。
全身がじわりと痺れるような感覚に包まれたその時――。
「……うん、上手にできたじゃん。」
ぞくり、と背筋を這い上がる感覚。
褒められているのに、決して肯定ではない。まるで、自分が完全に真城の掌の中にあることを思い知らせるためだけの言葉。
蓮は唇を噛み、視線を落としたまま肩を震わせる。
羞恥。恐怖。そして――自分の意思とは裏腹に、奥底で芽生えてしまった期待。
それらが複雑に絡み合い、否応なく体を熱くしていく。
息苦しさに喉が詰まり、目の奥が熱を帯びる。
――嫌だ、なのに、抗えない。
真城は、蓮が震える手でローターを自分の中に収め終えるまで、その一部始終を飽きることなく見下ろしていた。
表情は柔らかく微笑を浮かべているのに、瞳の奥には絶対的な支配者としての余裕と愉悦が潜んでいる。まるで、獲物が自ら檻に入り込む瞬間を楽しむ捕食者のように。
蓮の指先がようやく根元から離れたのを見計らい、真城はゆったりと膝を進め、背後からその体を抱き寄せた。
分厚く力強い腕が、腰をしっかりと捕らえる。その抱き寄せ方には乱暴さがなく、むしろ丁寧で優しい。だからこそ、そこに隠された圧倒的な力の差を、蓮は嫌でも思い知らされる。
「……蓮の気持ちいい所は、ここじゃないでしょ。」
真城の声は、耳の奥に落ちるような低い囁き。
吐息が首筋にかかるたび、体温が異様に上がっていくのが分かる。
その言葉と同時に、真城の指先がゆっくりと動き出した。
腰骨の上をなぞり、下腹部へと這うように降りていく。迷いのない、しかし妙に滑らかな動き。その手つきは、これから起こることを分かっているくせに、あえて焦らすような余裕に満ちていた。
そして――的確な角度でローターを押し込み、わずかに位置を調整する。
「――っ!」
先端が、狙い澄ましたように前立腺を突いた瞬間、蓮の体がびくりと大きく跳ねた。
腰から背中へと駆け上がる電流のような感覚に、無意識に息が詰まる。
真城はその反応を満足そうに眺め、リモコンを手に取った。
指先がスイッチに触れる。押される――そう理解した瞬間、蓮の心臓は異様な速さで跳ね上がった。
カチリ、と軽い音。
次の瞬間、ブゥゥゥゥゥン……と低く唸る駆動音が空気を震わせた。
「――っ、あ、ぁ……あっ……!」
奥から、内側を直接撫で回すような振動が襲う。
前立腺に響く快感は容赦なく蓮の全身を貫き、腰が無意識に浮きかける。喉から漏れる声を止めようとしても止まらない。
視界が揺れ、思考が一瞬で白くかき消されていく。
そんな蓮の反応を、真城は一切取り乱さず見届ける。
その目は穏やかな笑みを保ったまま、支配者としての絶対的な余裕を隠そうともしない。
そして数度リモコンを押し、ローターの動作確認をすると何事もなかったかのような口調で、唐突に告げた。
「……じゃ、勉強しよっか。」
あまりにも日常的で、柔らかい声音。
さっきまでの行為を全てなかったことにするようなその言葉が、逆に蓮の羞恥と屈辱を際立たせた。
テキストは目の前に広がっている。
だが、黒い記号の羅列はただの模様にしか見えない。
視界に入っても意味として頭に入ってこない。
――次は、いつスイッチを押されるのか。
真城の指先が、またリモコンに触れるのではないか。
ほんのわずかな気配すら敏感に感じ取り、心臓が暴れる。
背中には冷たい汗がじわじわと流れ落ち、呼吸は浅く速くなっていく。
勉強などできるはずもない。
目の前のページは開いたまま、ただ恐怖と緊張と、否応なく芽生える快感への期待が、蓮の意識のすべてを奪っていく。
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